そして年明けでもお酒は二十歳になってから!!
秘密の部屋で起きたことの殆どが、ロックハートに押し付けられることとなってから数か月が経過した。
ロックハートが自室で己の師であり、己の死である男から手紙が届いていることに頭を抱えている中、秘密の部屋で勝利をもぎ取ってみせたファヴニルとヴィヴィアは、ホグワーツで使われていない部屋の一つでネァイリングの様子を観察していた。
「……ふむ。俺の力の他にバジリスクの劇毒が混ざっているな」
「やっぱりか。どうりで鱗が違うと思ったんだ」
ネァイリングを握るヴィヴィアの腕はファヴニルの鱗のように黒く染まってはおらず、まるで蛇のような────そう、件のバジリスクのように薄緑色の鱗に覆われている。さらにネァイリング自体も刃から明らかに毒であることを示す液体が滴っていた。
「しかし、効くのか? ドラゴン相手に」
「通常のドラゴンなら効くだろう。俺達には……痒みが出るレベルだな」
「バジリスクの毒は魂すら破壊する代物のはずなんだがな……」
「それにしては王とは呼べぬ弱さだったな」
ぐびり、とウォッカをボトルで飲むファヴニル。ネァイリングを指輪の形態に戻したヴィヴィアは、ファヴニルが呟いた言葉に疑問符を浮かべる。
「弱い、というのは?」
「毒を持つ、即死光線を持つ────それだけの性能を持っているというのに蛇限定の王にしかなれない。弱くないか?」
「すまない、私には脅威にしか見えないのだが……」
「王とは絶対的な存在だ。生態系の頂点に立つ存在のはずだぞ」
しかしバジリスクはどうだろう。調べる人間がいないだけかもしれないが、生態系の頂点に君臨しているという記録は存在していない。出生が特殊な生き物であるということも、要因の一つではあるのだろう。だが、生態系の頂点に君臨する種であるファヴニルにはバジリスクが王として君臨するイメージが湧かなかった。
頂点に君臨する種から見て、己を喰らい、玉座を奪われる可能性────それがバジリスクには感じられなかったのである。
「俺からすればヴィヴィア、お前の方が頂点捕食者として君臨できるポテンシャルがあるように感じる」
「王なんて質じゃない。そもそもなりたいとも思わないさ」
「なぜだ?」
「貴族以上に窮屈だろう、王というのは」
「違いない」
苦笑しながら言った彼女に、ファヴニルはカラカラと笑う。
ちなみにヴィヴィアはファヴニルの発言を軽い冗談程度に受け取っているが、ファヴニルは本気で言っている。竜を退け、生態系の頂点に君臨する王となる素質をヴィヴィアという少女から感じ取っているのだ。
「それはそれとして、だ。ニール、あの瓢箪はなんだったんだ?」
「ああ、これか。中国のとある山に猿と仙人がいてな」
「……猿と、仙人?」
ちゃぷちゃぷ、と禍々しい紫色の瓢箪を揺らすファヴニルは続ける。
「猿と仙人の知人を集めた飲み比べで勝って貰ったものだ」
「飲み比べ」
「5樽で潰れるとは情けない。よくもまぁ仙人や斉天を名乗れたものだ」
「5樽」
いつか酒を飲むことがあっても、こいつのペースに合わせてはいけない。そんな教訓をヴィヴィアが得たところで、ファヴニルは手に持っていた瓢箪の口を開けて中に入っていた黒い酒を飲み始めた。
「そうして俺が貰ったのは、名を呼んで応えた存在を吸い込み、酒にする瓢箪だ。……しかし、闇の帝王とやらを酒にすると雑味が強い。バジリスク単体は期待できそうだが」
「死喰い人が聞けば卒倒しそうな話だな」
「ああ、ヴォルデモートの配下とやらか? 純血主義だと聞くが、肝心の首魁は半純血。妙な関係性だな」
ヴォルデモート本人が聞いても、死喰い人が聞いても激昂して死の呪文を放ってきそうな発言だが、ファヴニルは気にしない。殴られたら殴り返せばいいし、そもそもファヴニルに死の呪文が通用するかどうかも怪しいのだ。通用したとしても、すぐに起き上がって殴り返しにきそうな怪物よりも怪物しているこの酒カスドラゴンは、思い出したようにヴィヴィアに手を伸ばした。
「……ん?」
「そういえば返してもらっていないと思ってな」
「ああ、そういえばそうだったな」
ファヴニルの指がヴィヴィアの瞳から、常に潤い続けている薄い鏡を取り出す。あの日、バジリスクの即死光線を防ぐためにゴルゴーン三姉妹から借り受けていた鏡の目である。
「むぅ……それなしだと、やっぱりぼやけるし、微かにしか捉えられないな」
「魔力の流れが見えるのだったな、お前は」
「ああ。薄っすらとだが」
「俺の知り合いに、それと似たようなことをできるやつがいる。会ってみるか? そのピントを合わせることができるかもしれん」
「ああ、それは是非ともご教授願いたいところだな」
ちなみに、今年の優勝寮はクィディッチで優勝したこともあってグリフィンドールが勝ち取った。今は大広間で一年が過ぎたことを祝う会食が行われているが────この二人、そそくさといくつかの料理をちょろまかしていつもの小部屋に来ている。祭りは嫌いではないが、静かに過ごしたい時もあるのだ。それと、今年の夏休みの予定もここで立てるつもりであった。
もちろん大目玉を喰らわないように、マクゴナガルやフリットウィック、ロックハートなどの教師にあれこれと根回しをして大広間から退出する口実を作っていた。用意周到で悪知恵が働くものである。これが知恵の賜物。
「なら、決まりだな。今年も竜の楽園に招待し────いや、あいつは今非魔法世界側か。……ふむ。それはそれで都合がいいな」
「?」
「仔細は追って連絡するが……ヴィヴィア、非魔法世界の避暑地というやつに興味はあるか? 今ならもれなくスイーツもつくが」
「………………まぁ、無いと言えば嘘になるな」
誓って甘いものに釣られたわけではない。ないったらない。
心の中でヴィヴィアがそんなことを考えているなど、全く考えもしないままファヴニルは予定を組みつつ懐からフォカッチャを取り出して齧りつく。こいつのポケットを叩くと酒か酒の材料か酒のアテが出てくる。
* * *
場所は変わってホグワーツ特急プラットフォーム────ではなく、ホグズミード付近の、人気のない荒野。ホグワーツ生達がホグワーツ特急に乗り込む中、ファヴニルとヴィヴィアはロックハートが逃げ惑う姿を眺めていた。
「おーおー、逃げ足だけは一丁前になりやがって馬鹿弟子が」
「ああ、我が死よ! 我が死の拳は本気で!! 喰らったら! 死ぬでしょう!!?」
「ははは、こいつめ。師じゃなくて死とは上手いこと言うじゃねぇか。ほらもう一撃行くぞ!!」
「オアアアアアアアアアアア!!?」
結界が張られているとはいえ、結界内部は暴力の嵐が荒れ狂っている。その暴力の嵐の正体はもちろんファヴニルの親友、ヨルガンドである。戦士、喧嘩師としての勘が鈍ってしまった自覚があるロックハートは、闇の魔術に対する防衛術の教師を辞職した今日────ヨルガンドに拉致されてここで彼の攻撃を避け続けていた。
「あー……ニール。あれは大丈夫だと思うか?」
「問題あるまい。鍛える前のロックハートでも頬が片方裂けた程度で済んでいる。眷族でもないのによくやるものだ」
「眷族じゃないのか」
「ああ。そもそも、今のロックハートでもヨルの血を与えられたら四肢が捥げて爆散するぞ」
「四肢が!?」
「それだけ竜の血というのは凄まじい効果を持つんだ」
それこそ、ジークフリートやシグルドの逸話のようにな────そう言って笑うファヴニルの視界には、ヨルガンドの口から放たれた紫電を間一髪で躱すロックハートが映っている。ヨルガンドに引きずられてワールドツアーをさせられた時は、あの一撃を避けることができずに感電して気絶したというのに、回避に関しては凄まじい練度となっていた。
伊達にワールドツアー中に何度もヨルガンドから逃げようとしてはいない。なお、その度に捕まって、ガチの巨人やら、冥府の怪物やらと戦わされていた。かと言って逃げなければヨルガンドの喧嘩友達であるギリシャの怪物やら、北欧の怪物やら、明らかにマグルでも魔法使いでもない隻眼の老人やら、明らかに人間ではない金槌を持った偉丈夫との戦いに巻き込まれる。回避と嫌がらせに特化せざるを得なかったロックハートに悲しき過去……というやつかもしれない。
「ああ、それと。ヴィヴィアにはあれくらいはできてもらわねば困る」
「……私に何をさせるつもりだ?」
「いや何……ティフォン姉さん含めて、あれの眷族は全員色ボケ面食い両刀だからな。
「????」
「だから、お前がこれからも俺と交流するならば、そういう連中から自衛できるくらいの実力を身に着けてもらいたい」
この世にはまだ知らない世界がある。というか理解を拒みたくなるようなこともある。ロックハートが遂に画面端に追い詰められて気絶させられたところを目撃しつつ、ヴィヴィアはとてもくだらないことを学習した。
では、次回からアズカバン編です。アズカバンなー……大丈夫かしらね