新一年生の組み分けが終わった翌日、魔法薬学の授業に参加していたファヴニルは教鞭を握るセブルス・スネイプの話を聞きながら羊皮紙にどんな学びを得るものなのか、今日はどのような魔法薬を作るのかを書き綴っていた。
「この授業では、魔法薬剤の繊細な科学と厳密な芸術を学ぶ」
ふざけていれば大惨事を起こしてしまうことは必至であろう魔法薬学。調合を少しでも間違えた場合、薬としては処方することができない。面白いが、しかし興味本位で取り扱ってはいけないものだ。
「モルトキュール、質問だ」
朗々と持論を展開していたスネイプに指名を受けたファヴニルは、一度書き留めを止めて立ち上がる。
「竜殺しの霊薬を作る際、使用する際の注意点は?」
「竜殺し、と呼ばれているが材料に竜由来の材料が無いことです。また、竜殺しと言えど効果があるのは生まれて間もない子供のドラゴンのみ。成体、老体ともなれば効きにくい」
「ふむ。では、材料を一つ────いや、二つ上げよ」
「朝露に濡れたキイチゴと月光を三日三晩浴びさせた月桂樹を漬けた紅茶です」
「……正解だ。ハッフルパフに二点差し上げよう」
「ありがとうございます」
表情が能面のように動いていない以外、問題なかったファヴニルがスネイプから加点され、ファヴニルの回答をメモしていなかった生徒達がスネイプから指摘されて慌てる中、ファヴニルはスネイプの顔をどこかで見たような、疑問符を浮かべていた。
(……どこだったか)
百年間非魔法界にいたから、見覚えがあるとすればそちら側の人間だろう、と考えたものの、百年間の記憶を全て掘り起こしている時間はない。思い出すにしても、授業が終わった後の夜になるだろう。そこまで覚えていれば、だが。興味のあること以外をすぐに忘れるのはファヴニルの欠点の一つである。一番の欠点は酒カスドラゴンであることだろう。
「では、これから諸君にはおでき薬を作ってもらう」
(おでき……ああ、ニキビか)
古風な呼び方をするものだ、と思いつつ大鍋で角ナメクジを茹でたり、ヤマアラシの針を擂り潰してみたりとスネイプが説明した通りに魔法薬の調合をしていると、火にかけられた鍋にヤマアラシの針を入れようとしている者を見かける。ハッフルパフではない。レイブンクローの生徒だ。しかもその近くには自分だけではなく、ペアであろう者もいる。
そしてファヴニルのペアは、集中しているのか一言も話していないヴィヴィア。友人を巻き込むことはできないと考えることができるくらいには、酒カスドラゴンであっても良識があった。
「鍋を火から降────」
言い切る前にその生徒はヤマアラシの針を火にかけた鍋に放り込んでしまった。その結果起こったのは────大鍋の大爆発である。大爆発を起こした大鍋の中身はレイブンクローの生徒に降り注ぐことはなく、全てファヴニルへと降り注いだ。
「ぁ、ぇ……何が……?」
「何をしている!」
(……ふむ。ニキビができている感じはしないな。当然と言えば当然か。……そういえばこういう香りの酒があったな)
「モルト、大丈夫か!?」
調合を失敗したことを悟り、青褪めるレイブンクローの生徒と異変に気付き叫ぶスネイプ、そして事故に気付いたヴィヴィアが身を案じていることを尻目に、ファヴニルは酒のことを考えていた。普通に最低である。
酒カスドラゴンではあるが、腐ってもドラゴンなのだ。下手な薬が効くわけもなかった。ファヴニルに効く薬が欲しいのであれば、ドラゴン由来の素材を用いた魔法薬を用意するべきだろう。それでも効くかはファヴニルの体調次第であるが。
「モルトキュール、今すぐにマダム・ポンフリーのところへ。アドワーズ! モルトキュールの付き添いを」
「はい。モルト、行くぞ」
「……ああ」
何かあったわけでもないのだが、と思いつつもローブのフードをかぶって教室から出ていく。
「……む?」
「ん?」
「あなたは……」
マダム・ポンフリーがいる医務室に向かうために、妙に入り組んでいる廊下を進んでいる中で、ファヴニルとヴィヴィアはゴーストの女性に出くわした。美しいドレスに身を包み、憂いを帯びた表情を浮かべる美女であるそのゴーストは、レイブンクロー寮に憑いているゴースト────
「あなたはリンヴルムの血族ですね」
「大祖母を存じているのですね」
「ええ、彼女にはとてもお世話になりましたから……」
昔を懐かしむような、けれどどこか苦くて楽しかった記憶を噛み締めるような表情を浮かべた灰色レディは、憂いの中に確かな喜びを感じさせる微笑みを浮かべている。そんな彼女に対して、ファヴニルはフードを脱いで恭しい礼を行う。
「初めまして、叡智の人、その忘れ形見よ」
「モルト、君、何ともないのか!?」
そんなことをすれば、ヴィヴィアに無傷であることがバレる。驚愕の色に顔を染め上げるヴィヴィアに顔を向けることなく、ファヴニルは言い切る。
「あの程度で何かできるものかよ。俺に一服盛りたいのならあの百倍は持ってこい」
「君は本当に人間なのか……?」
「案外人間と闇の生物とやらの混血かもしれんぞ?」
もっとも、闇の生物よりもとんでもない生物との混血なのだが。聞かれない限り答えるつもりもないが、ヴィヴィアならば鱗などを見つけてそのうち気付くだろうとファヴニルは若干の期待を持っていた。なお、気付かなかった場合、気分によっては盛大にネタバレをかますつもりである。失神したりしたとしても責任を取るつもりはないので、本当に質が悪い酒カスドラゴンである。
「あなたと話をしたいのは山々だが、生憎と医務室に行かなくてはいけないので」
「ああ、本当にそっくりなのですね」
「私はもう頭が痛くなってきたよ」
「水でも飲むか? 薬水だから苦いが」
「誰のせいだと……」
クハハッ、と笑ったファヴニルが薬水の入った瓢箪を呷り、その苦味に舌鼓を打つ。制服の下に付けている小さなポーチに拡張魔法が施されているので、私服でなくとも酒や薬水、酒のリストを楽しめるのだ。飲酒をしているのをマクゴナガルにでも見られたら卒倒間違いなしである。なおそれでも止めるつもりはない。ドラゴンから宝を奪おうとするなら戦いの始まりであるのだ。
昔を懐かしむ灰色レディと別れてからしばらくして、医務室に訪れた二人はノックの後に医務室に入室する。薬品と消毒液の匂いがする医務室には女性が一人いるのみ。
「おやまぁ……初日からこの医務室を訪れるなんて、今年の一年生はやんちゃなのですね」
「モルト────彼がおでき薬をかぶってしまいまして。見たところ外傷はありませんが、治療を」
「それと彼女も頭痛が酷いとのことで。水分不足と睡眠不足だろう」
「仲がよろしいようで結構。さあ、こちらへ」
医務室の主、マダム・ポンフリーが手招きをし、促された二人が用意された椅子に着席する。まず最初に確認されたのは、おでき薬を頭から浴びたファヴニルだ。
「……どこにもおできはできていませんね。でも、一応休んでおきなさい。時間が経ってから効果が出る可能性もありますから」
「はい」
「それとアドワーズさん。あなたは彼の言った通り水分不足と睡眠不足です。少し休みなさい」
「……分かりました」
有無を言わさぬ圧を放つマダム・ポンフリー。彼女が医務室の主として君臨している理由が何となく分かったと思いつつ、ファヴニルとヴィヴィアは隣り合ったベッドで横になる。
こうして授業をサボることになるとは思わなかったものの、自由に眠れる時間を手に入れたと考えれば素晴らしいものだとファヴニルが考えていると、ヴィヴィアが寝ているベッドから声が聞えた。
「不味いぞモルト、眠れない」
「酒でも流し込んで眠らせてやろうか」
「それは遠慮しておこう。……何か話でもしてくれないか?」
「いいだろう。まぁ、その前に防音魔法はかけるが」
マダム・ポンフリーにバレたら大目玉間違いなしだろうことを希望する少女に対し、ファヴニルはその希望を拒むことはしなかった。
「さて……今回はリキュールについてでも話そうか」
「リキュール……?」
「蒸留酒に果実やハーブを漬け込み、砂糖、シロップなどを入れた混成酒だ」
カクテルとかによく使われる、とファヴニルが言えば、ヴィヴィアが納得したように声を上げる。年がまだ幼くとも、カクテルという存在を知らないわけがなかった。
「原初のリキュールの誕生は古代ギリシャとされている。ヒポクラテスがワインに薬草を詰めたものが始まりとされているそうだ」
「蜂蜜酒もそうだが、本当に気が遠くなるような歴史があるんだな」
「まぁ、ワインを利用したものをリキュールとは呼ばないが」
「諸説あり、というところか」
「そうだな。……今のリキュールは最初、錬金術師共がエリクサーを生み出そうとして生まれたらしい」
どうせならそのまま酒のつまみを考えていれば、酒の進化はさらに進んだだろうに。
酒のことしか頭にないファヴニルはそう呟いてから、リキュールの歴史を滔々と続ける────わけもなく。ポーチから様々な製法で作られたリキュールを取り出し始めた。
「リキュールの製造にはいくつか方法があってな……蒸留窯で蒸留する方法、香料原料をベースリキュールに漬けてしまう浸漬法、蒸留した酒にエッセンスを加えるエッセンス法、コーヒーを抽出する時のように作るパーコレーション法……それぞれの方法によって生み出されたリキュールはそれぞれの特色がある」
「……ふむ」
「さらにリキュールの香料として使うものも多種多様でな……果実、薬草、キノコに香草、スパイス、ナッツ……それぞれがそれぞれの良さを持っている。香りも味も全く違う」
「………………ふむ」
「ゆえにテイスティングをする時いつも心が────」
そこまで言って、ヴィヴィアがいるベッドから柔らかく穏やかな息遣いが聞こえた。どうやらファヴニルの話を聞いている間に睡魔が襲ってきたようだ。
「……子守唄でも歌ってやった方が良かったか?」
ドラゴンが歌を歌う時は、大体滅びの歌であると相場が決まっているものの、自分が歌えばどうだろうか。酒の席で楽しくなれる音楽程度にはなれるだろうか。
「まぁ、いい」
マダム・ポンフリーはどこかに行っているのか、気配を感じない。誰かに見られても、聞かれてもいない空間で、ファヴニルは取り出したリキュールの一つとトマトリキュールを混ぜ合わせて一気に飲み干す。常人ならば喉が焼けるようなアルコールによって噎せ返ってしまう程の度数だが、ファヴニルは何ともないように飲み干してみせる。
(そういえば……朝食の際、妙な視線が多かったな)
人間よりも耳がいいファヴニルには視線だけではなく、嫉妬や憎悪のような声も聞こえていた。朝食を食べている間、ヴィヴィアとずっと話をしていたからかもしれない。美しいものを独占する者に対しての反応に、魔法族も非魔法族も関係ないのだなぁ、としか思っていないファヴニルであったが、その声や視線の多くはスリザリンから向けられていたとは考えもしていないだろう。
ヴィヴィア・アドワーズの家は代々スリザリンに入る純血の魔法族家系だ。死喰い人に所属しているわけではないが、それでもスリザリンらしい野心と狡猾さを持った家として、多くの魔法族達から一目置かれていた名家である。ずっと、本当にずっと昔からスリザリン。才能もあるし、純血だ。そうともなれば、組み分けでスリザリンとなることは間違いなかった。
だが、ヴィヴィアはスリザリンではなくレイブンクローへと入寮した。誰もが確信して、当然と思っていたことを振り払って。湖の乙女の名を与えられた少女は、純血を謳う蛇であることではなく、叡智を求める鷲であることを望んだのだ。
ただ、それに納得できないのがスリザリンの子供達。特に純血こそが至高であると本気で考えている者達だ。何かの間違いだ、誰かに唆されたに違いないと考える者が少なからずおり、唆したのがファヴニルであると確信する者も多くいた。組み分けが終わった翌日────つまり今日だ────ヴィヴィアがわざわざレイブンクローの席からハッフルパフの席に訪れ、チーズがたっぷりかけられたシーザーサラダを心ゆくまで貪っていたファヴニルに声をかけ、楽しそうに話しているのを見たのが一番の要因だろうか。
初日だというのにヴィヴィアの何が分かるのかと言いたいが、人間とは信じたいことだけを見る傾向がある。人間とはそういうものだと割り切っているファヴニルにとっては、何もせずに陰口を叩いたり視線を向けてくる程度そよ風にもならない。それをアテにして酒を飲むくらいは平然とやる。
「だが、まぁ……そうだな」
挑んでくるのならば、それ相応の対応をさせてもらおう。
ヴィヴィアを宝として見ているわけではないが、
────なお、この少年の姿をしたやつが酒カスドラゴンであることを知っているのは、ホグワーツのごく一部だけであることは突っ込んではいけない。
ところで、どうしてプロテゴと壁で挟み込んで擂り潰すような戦い方する魔法使いがいないのか。なんか壁みたいにして圧し潰すくらいはできそうなんですけど…そんなに万能じゃないのか?