ハリー・ポッターと酒カスドラゴン   作:エヴォルヴ

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酒カスドラゴンとアズカバンの囚人
酒カスドラゴンと吸魂鬼


 ホグワーツ特急に乗るのもこれで三回目。三年目もきっと何らかのトラブルがやってくると確信があるファヴニルは、魔法世界の教科書ではなく、非魔法世界の文学作品をいくつかテーブルに置いて読み漁っていた。

 

「……なるほど、ストーブでスルメを炙って熱燗と共に……」

 

 もちろん片手にはいつも通り酒が入った器が収まっている。今回の酒はキンキンに冷えたビール。エールではなく、ビールである。

 

「なぁニール、それはエールじゃないのか?」

 

「ああ。このビールとエールは別物だぞ」

 

 冷えたビールをジョッキに注いで呷るファヴニルの向かい側には、知的な印象を持たせる眼鏡をかけたヴィヴィアが座っている。手にはファヴニルの友人が作った【蛮族にも分かる動物言語】という本。近くにはファヴニルが用意したルイボスティーとハイビスカスティーが用意されていた。

 

「俺が今飲んでいるのはラガービールというやつだ。イギリスのパブでよく飲まれているのはエールビールだな」

 

「……ビールではあるんだな?」

 

「ああ。ただ、使うものが若干違う」

 

 そう言って取り出されたのは、エールと書かれた透明な瓶と、ラガーと書かれた透明な瓶。どちらも瓶の形が同じせいで、名称が書かれていないと分からない代物だ。ただ、酒カスドラゴンは勘で理解しているので書かなくても問題ない。

 二つの瓶には何か魔法がかけられているのか、中に入っている液体が何やら活発に活動しているのが見える。

 

「そもそもの話、エール、ラガーというのは酵母の名称だ。エール酵母とラガー酵母という二つの酵母がある」

 

「酵母……パンに使うあれか」

 

「そうだな。一つ目の違いとして、エール酵母は15℃から25℃の常温で活発に活動するが、ラガーは5℃から10℃の低温で活動する」

 

「ふむ……?」

 

 そう言われても温度が分からない。

 疑問符を浮かべるヴィヴィアにファヴニルは苦笑しつつ続ける。

 

「まぁ、この瓶だけだと分かりにくい違いだな。二つ目の違いなら分かりやすい」

 

「………………何か、浮いてるな。だが、こっちは沈んでいる」

 

「それが二つ目の違いだな。エールは発酵すると上に上がっていくが、ラガーは発酵すると下に沈殿する」

 

 だから、エール酵母は上面発酵酵母、ラガー酵母は下面発酵酵母と呼ぶのだ。温度が高くて上に上るのがエール酵母、温度が低くて下に下がるのがラガー酵母という覚え方をすると覚えやすい。

 

「次の違いは発酵期間と熟成期間だな。エールは発酵に約3日から5日、熟成は約二週間」

 

「短いんだな」

 

「温度が高いのも原因かもしれんな。対するラガーは発酵に約7日から10日、熟成に約一ヶ月」

 

 もちろん環境によっては前後したりもするんだが、とファヴニルは話した後、出来上がったエールビールとラガービール────出来てすぐにアルコールを抜いたノンアルコールだ────をそれぞれ別のグラスに注いで、ヴィヴィアに差し出す。

 

「次の違いを語る前に飲んでみろ。アルコールは抜いてある」

 

「む……なら、少しいただこうかな」

 

 差し出されたグラスを一つずつ受け取ったヴィヴィアは、ファヴニルや両親、祖父母がやっていたような飲み方を思い出しながらグラスを傾ける。

 

「エールは……香りが強いな」

 

「ああ。エール酵母は温度が高いのもあって、香り成分を副産物として大量に生み出す。ワインも温度によって香りが開いたり締まったりするが……まぁ、そこはさておきだ」

 

「ああ。…………む、ラガーは香りが少ないな。こう……スッキリしているような感じだ」

 

「温度低い状態で発酵させるからな」

 

 夏休みに入る度に連れ回されているヴィヴィアも、大分ファヴニルの趣味に対する理解力が高まっている。酒カスドラゴンに染まっているわけではないが、酒の魅力というやつを何となく理解しつつある。まだ10年と少ししか生きていない少女だというのに、いいのかと思わないでもないが、そもそもヴィヴィア自身が大分大人びているので存外に似合っているのが実情だ。

 

 そんなヴィヴィアとファヴニルの談笑が緩やかに続く中、不意に列車が止まった。

 

「……ん?」

 

「まだホグワーツに到着するには早いはずだが……」

 

 またトラブルか、と二年間の経験から理解した二人はすぐに意識を切り替えた。ファヴニルはいつも通りの自然体だが、よく見れば目元に鱗が現れており、ヴィヴィアはいつでもネァイリングを使用できるように人差し指に嵌めている指輪に軽く力を込めている。

 

 列車の故障、というのはホグワーツ生を乗せている列車には存在しない。そもそも、リンヴルムのことも知っている列車の販売員がそういったトラブルを見逃すはずもない。ならば、外的要因が列車を止めているわけだが────その痕跡はすぐに発見された。

 

「冷えてきたな」

 

「冷えてきた、で済ませていい室温低下ではないが」

 

 突然のことに対して列車に乗っているホグワーツ生がパニックになっているのか、ファヴニルとヴィヴィアがいるコンパートメントの外からは、戸惑いや怯えの声が聞こえてくる。その声で聞えにくいが、恐慌状態に陥っている者を落ち着かせるべく声を張り上げているセドリックや、チョウ、悪戯グッズで気を逸らすべく奔走しているらしいフレッドとジョージなどの上級生の声もファヴニルの耳に届いていた。

 

「ヴィヴィア、これに関してお前の意見を聞きたい」

 

「……恐らく、だが。吸魂鬼(ディメンター)だな」

 

 吸魂鬼(ディメンター)。地上を滑走するように移動する、非存在に分類されている闇の生物。世界で最も悍ましい魔法生物と言われており、人の幸福を餌として生きている存在だ。そんな彼らが人間の近くにいるだけで、人間は絶望と憂鬱に支配されてしまうとされている。

 

「この恐慌状態は恐らくやつらが近くにいることで起こっているのだろう。そういうやつらだからな」

 

「ふむ……気分がそうなる、という程度に聞えるが、それだけではないんだな?」

 

「ああ。やつらが最悪と言われている理由────人の魂を吸い取ることができる。……人の幸福だった記憶や、感情すらも」

 

 ヴィヴィアが言う通り、吸魂鬼最大の特徴がそれだ。吸魂鬼のキスと呼ばれるそれを行われると、キスをされた人間から魂が吸い取られてしまう。魂を吸い取られた人間は昏睡状態、植物人間と化してしまうのだ。ゆえに吸魂鬼。魂を吸う鬼。人を抜け殻に変えてしまう悍ましい生き物である。

 

「しかし、そんなやつらがなぜここにいる?」

 

「魔法省がホグワーツの防衛を目的として放ったらしい。アズカバンでシリウス・ブラックの脱獄があったからな」

 

「話が見えんな。脱獄した人間がなぜホグワーツにいると?」

 

「……ポッターがいるからだろう」

 

「何?」

 

「シリウスは死喰い人────つまりは、ヴォルデモートの信者だった男だ。ポッターがホグワーツにいるとなれば、ホグワーツに行く可能性は高い」

 

 その話も、少々疑わしいが……と、ヴィヴィアは話を区切った後に何かが近付いてきていることに反応した。生き物とは思えない、バジリスクと対峙した時とは違う、生理的な嫌悪感が体に絡みついてくる。体が冷たくなっていくような、力が奪われていくような感覚だ。

 

 そんな感覚がより強くなった瞬間、列車が大きく揺れる。その揺れによって列車の明かりが落ちてしまい、列車の中で起こっていた恐慌状態がさらに加速した。

 

「ニール、吸魂鬼への対策だが……守護霊の魔法が挙げられる。君は使えるか?」

 

「いや。だが────殺せる気がするな」

 

 ファヴニルがそんなことを言った直後、何者かがファヴニルとヴィヴィアがいるコンパートメントの戸をゆっくりと開けているのが見えた。まるで恐怖を強くさせて、食事を豊かにしたいと言わんばかりの行為だが……ここにいる二人は普通じゃない。特に、男の方は。

 

「────────ッ!!!???」

 

 ゴキャアッ!! と生物から出てはならない音が鳴り響いたと思えば、ソレは引き戸と共に廊下にぶっ飛ばされていた。

 

「……妙な感触だ。非存在というのはこういうことか」

 

 本来であれば物理攻撃など通用しないはずの吸魂鬼は、困惑していた。引き戸の奥にいるのは間違いなくこの列車の中で一番幸福に満ちているご馳走で、抵抗できない餌であるはずだったのだ。だというのに、自分は砕けた引き戸ごと廊下にぶっ飛ばされている。

 

「なるほど、中々醜悪な顔をしている」

 

 吸魂鬼の姿を見たファヴニルが呟く。

 黒いボロ布を被っている吸魂鬼の姿は、間違いなく醜悪そのものだ。顔に当たるであろう部分も含めて肌の色は腐敗したグレー。腐敗した死体と白骨死体を足すのではなく掛けたような外見に、冷たく凍えるような吐息。なるほど、確かにまともな人間であれば恐怖で身動きが取れなくなってしまうだろう。

 

「さて……吸魂鬼とやら。お前の仕事と生態は聞いている。今なら未遂で見逃すが……」

 

「………………」

 

 ぶっ飛ばした張本人であるファヴニルの中にあるドラゴンの力がそうさせているのか、純粋な人間ではないやつに興味がないのか……吸魂鬼は己をぶっ飛ばしたファヴニルではなく、堪らないご馳走────ヴィヴィアに目を向けている。

 

「はははは、そうか。俺ではなく、竜の宝(ヴィヴィア)にご執心か」

 

 ぶっ飛ばされたことを忘れたかのように起き上がった吸魂鬼は、ファヴニルを無視してヴィヴィアに近付こうと動き出す。吸魂鬼に涎を出す器官があったのならば、ダラダラと涎を垂らしてヴィヴィアという最高のご馳走を喰らおうとしただろう。

 

「なるほど、ドラゴンの記憶はいらんか。まぁ、やるつもりもないが……良い良い。お前の生態からして人間にしか興味が持てないのだろう」

 

 だが、糧を得ようと躍起になっている吸魂鬼は、ファヴニルという異常に気付くことができなかった。

 

「だが、竜の巣に入ったやつがどうなるかくらいは想像に難くなかったはずだぞ?」

 

 ファヴニルの口から、魂すら焼き尽くす業炎が溢れ出す。まるで人々を導く篝火のような、優し気な────しかし、恐ろしい力を孕んだ青い炎が吸魂鬼を襲う。

 

「────────────!!!???!!??」

 

 炎に包まれた吸魂鬼は何が起こっているのか全く理解することができずにのたうち回る。吸魂鬼が声を出せたのなら、間違いなく絶叫しているであろう炎はのたうち回る吸魂鬼が灰になるまで燃やし続ける。それだけならばまだ良かっただろう。ファヴニルが吐いた炎は吸魂鬼の内部にも入り込み、まるで内側から無数の槍を突き立てられていくかのように吸魂鬼の体を貫いていく。

 

 その炎はかつて国を救うため竜の如く苛烈に戦い、恐れられた王の軍隊の如く列車に広がっていき、直接燃やしている吸魂鬼以外にも乗り込んでいたらしい吸魂鬼を串刺しにして追い払ってしまった。

 

「……ふむ。過保護なことだよ、我が祖父のことながら」

 

 ファヴニルがそう呟いてから数分後、訪れた平穏によって列車は再び走り出した。

 

「ニール、今のは?」

 

「俺の炎だ。とはいえ、少々手を加えていたがな」

 

「いや、そうではなく……明らかに人の形をしていたんだが……」

 

「ああ。祖父とその軍だな。どういうわけか俺の炎に相乗りしていたらしい」

 

 やっぱりこいつ、規格外だ。

 三年目のホグワーツ、やっぱりやってきたトラブルの一つを一先ず納めたファヴニルを見たヴィヴィアは心の中でそう呟いた。




竜の楽園は世界の時間と全く違います。ファイアーエムブレムifの子供達がいた世界みたいな感じで、時間が滅茶苦茶になってます。なので色々年齢がズレていたり、年代がズレていたりするわけです。よく分からない?忘れましたか?この作品はそういうものです。ノリと勢いがあれば問題ありません
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