授業が全て休みになる日曜日、昼食を済ませたファヴニルは、いつもの小部屋で色とりどり、姿形もそれぞれなグラスや酒瓶を磨いていた。
「それにしても、ハグリッドの授業は中々趣があったな」
「ああ、まさかヒッポグリフを間近で見ることになるとは思わなんだ。それとユニコーン」
例の如くファヴニルと共に小部屋にいるヴィヴィアが言うように、ハグリッドが担当している魔法生物飼育学では中々お目にかかれない希少な魔法生物、ヒッポグリフと、魔法とは切っても切れない関係にあるユニコーンを観察することになった。
ノーバートと名付けられたノルウェー・リッジバックの件が相当に堪えたのか、森番の合間を縫って魔法生物について学び直したらしいハグリッド。魔法生物の素晴らしさだけではなく、恐ろしさ、自分とホグワーツ生の違いなど────本当に、様々なことを学び直したようで、友達のはずのハリー達であっても「ハグリッド、風邪でも引いたのかな」と言ってしまうほどの変わりようだった。
そんな変わった彼の授業は、教科書を使うことが少ない。どちらかと言えば魔法生物の図鑑を使い、その図鑑には載っていない生態についてなどをハグリッドが説明するような授業である。
「まぁ、君は怖がられていたがな」
「そうだな。あれだけ賢いヒッポグリフは中々いない。ハグリッドはよく育てたものだ」
魔法生物を飼育することに関しては、間違いなく五本の指に入るであろうハグリッドの手腕によって育てられたヒッポグリフのバックビーク。彼はファヴニルを視界に入れるや否や威嚇したり、脅しの攻撃を仕掛けたりと、群れの主であるハグリッドを守ろうとする素振りを見せた。擬態しているファヴニルに対し、自分ではまず勝てない格上判定を下してもなお、群れの存続のため動く戦士の姿がそこにはあった。
「まぁ、何にせよ、今年は去年に比べて比較的穏やかに過ごせるといいな」
「違いない。一昨年は賢者の石、去年はバジリスク……ホグワーツの安全神話とは何だったのかと思わざるを得ないことばかりだったしな」
ファヴニルの言葉に苦笑と共に同意したヴィヴィア。吸魂鬼やシリウス・ブラックのことはあるが、それでも正体が分かっている分心に余裕ができるというものである。
「……それで、そのグラスは?」
「ああ、これか? カクテルグラスだ」
ファヴニルが磨いていた様々な形状のグラスが気になったヴィヴィアが問うと、ファヴニルはグラスを一列に並べてみせる。背が高いグラス、丸いグラス、ダイアモンドのようなカッティングが施されたグラス、一息で飲み干せるほどしか入りそうにないグラスなど────本当に多種多様な形状のグラス達だ。
「カクテル……というと、あれか? 君が前に作ってくれた、シャーリー・テンプルとかいう……」
「ああ。あれはノンアルコールで作ったカクテルだな。モクテル、なんても呼ぶこともある」
ヴィヴィアが思い出すのは、ファヴニルが夏休みに作ってくれたジンジャーエールとグレナデンシロップが使用される、濃厚な甘さと爽快な炭酸が癖になるシャーリー・テンプルというノンアルコールカクテル。今年の夏は猛暑ということもあって、キンキンに冷えた飲み物が沁みたものである。
ちなみにこのシャーリー・テンプルというのは人名。アメリカのスター俳優であった彼女に捧げられた一杯である。
「そもそもの話なんだが、カクテルというのは何なんだ? 魔法界でもパーティーで見かけることもあるが……」
「そうだな……簡単に言えば、数種の酒、果汁、薬味などを混ぜ合わせた飲み物だ。一般的にはベースの酒に、他の酒やジュースを混ぜて提供する飲み物だな」
首の長いカクテルグラスに氷をいくつか放り込み、氷の角を取りつつ水を捨ててジュースやシロップを注いでノンアルコールカクテルの中でも多く親しまれているかもしれない飲み物の一つ、カシスオレンジを完成させたファヴニルは、ヴィヴィアにそれを提供しつつ続ける。
「カクテルの歴史は諸説あるが……まぁ、結構長くてな」
「そうなのか? てっきり酒は単品で飲むのが多いのかと思っていたが」
「まぁ、ほとんどはそうだったかもしれんな。ただ、紀元前のエジプトでビールに蜂蜜やジュースを入れて楽しんでいたという記録があるくらいには歴史がある」
「紀元前……なんとも気が遠くなる話だな」
「そもそも、昔の酒は味が濃すぎるものが多かったようでな。古代ローマのワインなんかは水割りが基本だったと聞く」
そんな中でヨーロッパではワインに薬草を入れて香りを付けて楽しんだり、インドから渡ってきたミックス・ジュースと合わせたりと発展していったカクテル。そんなカクテル界は19世紀に転機を迎える。
「人工製氷機の完成で非魔法世界ではカクテルが爆発的に成長してな。その中でマティーニやマンハッタンなんかも生まれた」
「ああ、それは何となく知っているな」
「そんなカクテルだが……様々な道具を使う。グラスも多いが、道具も色々あるぞ」
グラスの横に広げられたカクテルを作るための道具の数々は、よく手入れが行き届いており、年季を感じさせるものばかり。独特の筆跡で刻まれた「酒好きなドラゴンへ」という刻印があるそれらを一つずつ、大事そうに触れるファヴニル。
「メジャーカップ、バースプーン、シェイカーにアイスピックなど……どれもカクテルには欠かせないものだ」
「こちらでは見かけないものばかりだな……」
「ああ、魔法で全て計量したり混ぜたりするからだろうな。それはそれで面白いが、やはり見えないというのもスパイスになる。俺は断然こっち派だな」
一度に大量に作るなら話は変わってくるが、と言葉を括り、ファヴニルは慣れた手つきでシェイカーを操り、混ぜ合わせた混合物をカクテルグラスに注いだ。フワリとカカオが香るそのカクテルを一口飲んだファヴニルは、小さく笑う。
「このカクテルを作っていると、メアリー王女とラッセル子爵を思い出す。飲む時もな。……作っている時に、そういう思い出を感じることができるのも、カクテルのいいところだ」
「メアリー王女とラッセル子爵? …………80年は前の話か!?」
ヴィヴィアの家の使用人には非魔法世界からやってきた人間もいる。80年以上アドワーズ家に仕えている者もおり、その中の一人が王女と子爵の結婚式について楽し気に語っていたことを思いだしたヴィヴィアは驚いた声を上げる。
「世界中を飛び回っていたからな。一日で様々な国を渡ったこともある」
「文字通り飛び回っていたんだろうな、君は」
「ああ。魔法世界の人間に出くわしたことはないがな。もしくは、会っていたが知らなかっただけか」
そういう人間もいるにはいるだろう、と呟いたファヴニルはプリンセス・メアリーと呼ばれるカクテルを飲みながら時計を見る。昼食が終わったと言っても、それはファヴニルやヴィヴィアが食べるスピードが比較的早いからであって、まだまだ次の予定まで時間に余裕があると言っていい。というか次の予定は夜なので、もう何杯か行ってみようか────そう思った矢先、バチンッ、という音と共に白く豊かな髭を生やした男性が現れた。我らが偉大なる魔法使いダンブルドアである。
「ほっほっほ、こんにちは、ファヴニル、ヴィヴィア」
「こんにちはダンブルドア校長」
「ホグワーツはあなたの庭と言って過言ではないようですね、ダンブルドア」
「うむ。そして、おぬしらの庭でもあり、第二、第三の家でもある。学び舎ではあるがの」
好々爺のように笑うダンブルドアは、この小部屋にいつの間にか用意されているカウンターテーブル────ファヴニルとヴィヴィアが食事をするようになったら置かれたものだ────に置かれた椅子に座って口を開く。
「あまりこういうことはしないんじゃがの。ファヴニル、君のオススメを一つ」
この魔法使い、昼間から堂々と酒を飲むつもりらしい。ファヴニルも人のことを言えた義理ではないが、この爺さん、自由人である。
「ふむ……要望などはありますか?」
「そうじゃのう…………うむ、まだ暑さを感じる時期だからの。こう……夏を吹き飛ばすような一杯をいただこうかね」
「なるほど」
ファヴニルが用意したカシスオレンジ(ノンアルコール)をストローで飲みつつ、ヴィヴィアはダンブルドアの注文を聞いてテキパキと作業を進めるファヴニルを見る。いつものことながら、手慣れている。グラスに氷を入れる時や、酒の計量、フルーツのカットなど────動きの一つ一つが洗練されており、見ているだけで楽しい。
「では、まずはこの一杯を。ジン・バックです」
「ほう、
洗練された動きで薄造りのタンブラーに注がれたカクテルの名は、ジン・バック。ドライジンをベースに、コーディアルライムジュース*1とジンジャーエールを使った一杯だ。
最近、炭酸飲料にハマっているらしいダンブルドアは、静かに気泡を立ち上らせるカクテルを受け取ると、まるでバタービールを飲むが如く一気に喉に流し込んだ。
「っかあっ! こりゃあ効くわい! 甘さと酸味がよく噛み合っておる。猛暑に飲めばさらに美味しいじゃろうなぁ」
「ええ。ドライジンを使っているのもあって、キリッとした飲み心地かと」
「うむ……そしてこのカットライムを搾るとまた味わいが変わる……まさに
ジン・バックを嬉々として飲み干したダンブルドアは、次はどうしたものかと唸り始める。ファヴニルの作る酒は間違いなく絶品。だからこそ、飲み過ぎてしまうこともある。いくら日曜日だとはいえ、飲み過ぎは良くないのだ。
うんうんと悩むダンブルドアを尻目に、ヴィヴィアは飲み終えてしまったカシスオレンジのグラスをファヴニルに返してからふと、今年から解禁されたことを思い出す。
「そういえば、私達は三年生になったからホグズミードにも行けるようになったな」
「ホグズミード……ああ、許可書を提出した記憶があるな」
ホグワーツ魔法魔術学校の3年生以上の生徒だけに許可された、週末の遊び場としての村、ホグズミード。主にゾンコの『いたずら専門店』や、パブ『漏れ鍋』、『ハニーデュークス』などの専門店やパブが生徒達の行先だ。
日曜日ということもあって、ホグワーツの三年生以上の生徒はほとんどホグズミードに出かけている。出かけていないのは許可が下りていない一年生や二年生、テストや課題に追われている三年生以上の生徒、保護者から許可をもぎ取れなかった生徒くらいだろう。それと、ここにいる酒カスドラゴンと、ヴィヴィア。
「百味ビーンズやゴソゴソ豆などもあそこで購入できるな」
「百味ビーンズか。俺は当たりしか引いたことがないが、酷い味はとんでもないらしいな」
「ああ。最近は泥味なんかも追加されたらしい……土味があるんだから十分だろうに」
何度か外れの味を引いたことがあるのか、ヴィヴィアは少しばかり吐き気を催したような表情を浮かべてぼやく。
「美味くもないことを思い出すよりもこれを飲むといい」
「……これは?」
「ミルク・セーキ。牛乳と卵と砂糖だけのシンプルなノンアルコールカクテルだ」
実はノンアルコールカクテルらしいミルク・セーキ。ホットミルクを使えばホットミルク・セーキというホットカクテルになるが、今回はよく冷えた透明なゴブレットに注がれた冷たい飲み物。口に入れればもったりとした甘さと冷たさが心地良い。
「……美味しい」
「そうか。わざわざ日本で卵を買った甲斐があるものだ」
「なぜ日本で卵を?」
「ああ、その飲み物は生の卵を使うからな」
「これ、生の卵が入っているのか!? 全く感じないな」
安心と信頼の日本産の朝採れ卵を使ったノンアルコールカクテルはヴィヴィアのお眼鏡に適ったらしく、味わうように少しずつ飲んでいく。
ヴィヴィアが持つゴブレットの中身が半分くらいになったところで、唸っていたダンブルドアが顔を上げた。
「よしよし、決まったぞい。バーテンダーを一つ貰おうかの」
「かしこまりました」
注文されたカクテルはバーテンダー。このカクテルでバーテンダーの腕を知ることができると言われている、いわゆるバーテンダーの腕試しとして作られることが多いカクテルだ。ジン、デュボネ、ベルモットをミキシンググラスに計り入れ、ステアしたそれをカクテルグラスに注げば完成するそのカクテルは、紅茶のように華やかな色をしている。
カクテルグラスに注がれたバーテンダーをダンブルドアが口に運ぶ。含むようにして飲んだダンブルドアは飲み込んだ後、にっこりと笑って頷いた。
「うむ、上品かつ複雑……辛口のジンで引き締まっておる。しかし、それでいて包み込むようなふくよかな味わい。見事なバランスで成り立っておる」
「お眼鏡に適ったようで幸いです」
「ほっほっほ。これが授業であれば10点をやりたいところじゃよ」
アルコールが回っているのか、ほんのりと赤くなっているダンブルドアはカクテルを味わうようにゆっくり、ゆっくり飲み────不意に、思い出したように手を叩いた。
「そういえばマクゴナガル先生に呼ばれておったわい。すっかり忘れておった。ではの、ファヴニル、ヴィヴィア。よい日曜日を」
突然現れたかと思えば、また突然消えてしまったダンブルドア。昼間から酒を飲んでいたが、その魔法の腕は健在であった。
ダンブルドアが消えて数秒後、ミルク・セーキを飲み終えたヴィヴィアは口を開く。
「ニール、今度の日曜日にホグズミードに行ってみないか?」
「構わんが、何を見る?」
「そうだな……まず、バタービールは外せないだろうな」
「バターの酒か?」
さすが酒カスドラゴン。
「いや、ホットドリンクだ。アルコールは……ほんの少し入っているとは聞くが」
「ふむ……聞く限り甘酒に近いか?」
「うん? 甘酒というのは何だ?」
「ああ、甘酒というのはな……」
去年と比べるととても穏やかな日曜日。この小部屋を見つけることができるのは、場所を知っているファヴニルとヴィヴィア、そして先程現れたダンブルドアだけということもあって、誰にも邪魔されない穏やかな時間が流れていった。
カシスオレンジ
どこで注文したとしても間違いない味。実はノンアルコールカクテルとしてしか飲んだことがない。アルコール入りの方は味が違うと聞きます。まぁ、モナンシロップとカシスリキュールは全くの別物だからね、仕方ないね。
プリンセス・メアリー
いつか飲んでみたいカクテル。イギリスのメアリー王女とラッセル子爵の結婚を祝って作られたカクテル。クリーム、お酒、カカオ……悪酔いしそうな組み合わせだァ……
ジン・バック
実は私が初めて飲んだカクテル。甘酸っぱくて美味しい。度数もそこそこあるけど、夏に飲むと進むので飲みすぎ注意。まぁ、私は一杯が限界なんですけどね。
ミルク・セーキ
セーキはシェイクが訛ったもの、何て説もあるノンアルコールカクテル。ホットよりアイスの方が私は好き。間違いない味。皆は新鮮な卵を使おうね(6敗)
バーテンダー
ジン、デュボネ、ベルモットを混ぜて作るカクテル。これもいつか飲んでみたいカクテルの一つ。