ハリー・ポッターと酒カスドラゴン   作:エヴォルヴ

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酒カスドラゴンと大広間宿泊

 ホグワーツ三年目の10月の夜。ファヴニルは夕食として提供されているが、人気が無いせいで余っていたという12種野菜のスムージーを飲みつつ、巨大なニシンの丸焼きを器用に身を解して食べていた。

 

(ニシンは日本酒か、焼酎か……いや、熱燗……)

 

 ここで酒を飲まないだけの分別はあるが、頭の中はもう酒のことでいっぱいになっているファヴニル。隣で一度干したことで旨味が増した代わりに、すぐには飲み込めない蛸の足を齧っているヴィヴィアはファヴニルが酒のことを考えていることを看破。いつものことだが、本当に酒のことしか考えていないのだなと苦笑する。

 凄まじい速度でニシンを食べるファヴニルと、あまり食べたことがない蛸の魅力を知りつつあるヴィヴィアに近付く影があった。

 

「ニール、ヴィヴィア。ちょっといいかな?」

 

「ん? ああ、ハリーか。どうかしたか?」

 

 声をかけてきたのはファヴニルとヴィヴィアの友人であり、魔法世界では生き残った男の子として有名な少年、ハリー・ポッター。保護者からホグズミード行きの許可をもぎ取れなかったために、ロンやハーマイオニーと共にホグズミードに遊びに行けなかった少年である。

 そんなハリーが声をかけてきたのは、ファヴニルとヴィヴィアに相談事があったからだ。

 

「うん。その……吸魂鬼のことなんだけど……」

 

「吸魂鬼について、というわけではないな? 察するに……何らかの対策法についてか」

 

「うん、そうなんだよ。守護霊の呪文についてルーピン先生に教えてもらってはいるんだけど、うまくいかなくて……」

 

 皆に色々と話を聞いているんだ、と困ったように笑うハリーの様子に二人はなるほど、と頷く。

 ハリーの身の上についてや、生活環境についてはあまり聞いてはいないが、肉付きが良くないことや、自分で何でもできるようにしないといけないという強迫観念が滲んだりするところから、ハリーがあまり良くない環境にいることは察して余りある。間違いなく魔法の才能があるハリーが、守護霊の呪文を中々マスターできない理由はそこにあるかもしれない。

 

 守護霊の呪文を行使するためには、何か一つ、『一番幸せだった思い出を、渾身の力で思いつめる』必要がある。ハリーには、その一番幸せな思い出というものを思い浮かべることができていないのだ。そもそも守護霊の呪文がとても高度な魔法であることも要因の一つかもしれないが……とにかくハリーは一番幸せな思い出をイメージするために、他の人から一番幸せだったことを聞いて回っているようだ。

 

「事情は理解した。しかし、幸せな思い出か……なるほど。確かに難しい」

 

「ニールでもそう思うんだ?」

 

「ああ。その日幸せだと思ったとしても、後々考えた時にあれは幸せだっただろうかと疑ってしまうことは誰にでもあるだろう?」

 

「……確かに」

 

 ううん、と唸るハリー。そんな悩める少年に苦笑しつつ、次にヴィヴィアが口を開く。

 

「それだけではなく、幸せの定義は人それぞれだ。お菓子を食べることが一番の幸せだと感じる者、友達と一緒にいることが一番の幸せと感じる者……」

 

 傍から見れば些細な幸せだと思うようなことを、それこそが自分の一番の幸せだと思う人間は多くいる。そういう人間程それを自覚せず、失ってから気付く。だからこそ、守護霊の呪文はとても難しい呪文なのかもしれない。一番の幸せを土壇場で思い浮かべるのは、とても難しい。

 

「ハリー、君が今考える中で幸せな記憶は?」

 

「え? えーと…………僕が魔法使いだって知った時とか、ロンやハーマイオニーと友達になった時とか……あ、クリスマスプレゼントを貰った時とか?」

 

 口にしてみれば、幸せな思い出がいくつも出てくる。それを口に出しているハリー自身も「僕にはこんなに幸せな思い出があったんだ」と驚くくらい、たくさんの思い出が出てくる。思い出すだけで心が震える、泣き出したくなったり、飛び上がりたくなったりするくらい嬉しい、幸せだと感じた思い出の数々が。けれども。

 

「一番幸せな思い出は……思い付かないかも。全部幸せなんだ。一番なんて選べないよ」

 

「ふむ……それはそれでいいだろう」

 

「へ?」

 

 ニシンを食べ終えたファヴニルが食後の紅茶を飲みながら言う。

 

「全部幸せだと思ったのだろう? なら、それ全てを思い浮かべればいい」

 

「それは……どうなのかな?」

 

「そもそも、その時々で一番幸せだと思うことは変わる。なら、全部だ。聞く限り、お前の幸せな思い出は全てベクトルが違う幸せだ」

 

 ほら、全部一番幸せな思い出だろう? といつものニヒルな笑みを浮かべたファヴニルの言葉に、ハリーは少し考えつつ────少しだけ、納得したような表情を浮かべて頷いた。

 

「なんか、ちょっとだけ分かった気がする」

 

「そうか」

 

「それはそれとして、ニールとヴィヴィアの一番の幸せって何?」

 

 ハリーの興味本位の問いかけにファヴニルとヴィヴィアは少しだけ考える。最初に口を開いたのはヴィヴィアだった。

 

「アドワーズ家の皆と過ごしている時だな。血の繋がりだけが家族じゃない。使用人も含めて私の家族だ」

 

「家族かぁ……僕にはあんまりしっくりこないや」

 

「すまない、何か気に障ったか?」

 

「ううん。大丈夫だよ。ニールはどう?」

 

 ハリーの問いかけに対して、考えをまとめたファヴニルが顔を上げる。ファヴニルの幸せな思い出は間違いなく酒であると察したヴィヴィアが、この衆目がある中でぶちまけるつもりかと背中に冷や汗を流す中────

 

「酒だな。正確には、酒を飲んで笑っている人を見るのがいい」

 

 アウトよりのセーフで叩き込んできた酒カスドラゴン。さすが酒カスドラゴン。アウトかもしれないが、自分が飲んでいるわけではないからセーフという絶妙なところを突いてきた。百年以上人間社会を渡り歩いてきた酒カスドラゴンの処世術は伊達じゃない。

 

「お酒かぁ……でも、自分が飲むんじゃないんだね」

 

「ああ。いい飲み方をしている人間はいい笑顔を見せるからな。俺はそれを見るのが好きだ」

 

「ニールの両親はお酒に関わってるの?」

 

「いや。ただ、知り合いの店で手伝いをしていたことがある。そこで見た客は皆、笑っていた」

 

 知り合いの店で手伝いをしていたのは嘘ではない。客が笑っているのを見て自分も嬉しくなったのも嘘ではないのだ。

 

「だからこそ俺は酒が好きだ。酒は人によって顔を変える……それもまた面白い」

 

「ううん……難しいや」

 

「だろうな。俺自身、他と変わっているのは自覚している」

 

 だからと言って何か変えるわけでもないがな。

 そんなことを言って紅茶を飲み干すファヴニルを見て、苦笑するヴィヴィアとハリー。この男の趣味を矯正するなら、せめてファヴニルを殺すことができる実力持ちを連れてこなければならない。打倒されてこそ、竜はその者に従うのだ。なお、打倒されたとして言うことを聞くかと言えばそうじゃないパターンの方が多い。竜の楽園にいるやつらはそんなものだ。

 

「おやポッター。怖い怖い吸魂鬼対策かい?」

 

 ファヴニルに苦笑しつつ、もう少し何か食べようか────そう思ったハリーの耳に、せせら笑うようなからかいをしてくるドラコ・マルフォイの声が入る。ただし、こんなからかい混じりの挑発など、この三年間で何度も受けてきたハリーはそれを華麗にスルー。ダーズリー家でも生き残るために磨き上げてきたスルースキル。カッとなって無闇に動かなければ、スルースキルはホグワーツ屈指の実力になっているかもしれない。

 

 ちなみにスルースキルトップはファヴニル。スルーすると見せかけてカウンターで討論会に発展させることができれば、スルースキルトップランカーに名を連ねることができるだろう。無視することだけがスルーではないのである。守りのスルーと攻めのスルー。二つを両立させてこそのスルーマスター。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ハリーのスルースキルが輝いたその一時間後。自室で寝酒を選んでいたファヴニルは、再び大広間に戻っていた。腹が減って校則違反を犯しているわけでも、契約の履行をホグワーツから催促されているわけでもない。ホグワーツにいる生徒と教員、その全員が、大広間に集められていた。

 

「さて、皆の衆。残念なことに、ホグワーツに侵入者が現れた。ゆえに皆にはここで泊まってもらう。先生方は城中をくまなく探さねばな」

 

 ダンブルドアの言葉にざわつく生徒達。そんな中でマクゴナガルやフリットウィックなどの戦闘に長けた教員が、大広間を強固なシェルターに変えていく。窓、扉────入口になりうる箇所には鍵をかけ、生徒達に危害を加えるような悪意の主が大広間に近付いた瞬間、侵入者に鎧が襲い掛かるように魔法を起動させたのだ。

 

「申し訳ないが、監督生には大広間の警備を頼もうかの。人手はいくらあっても足らん」

 

 他にも様々な指示を出しつつ、大広間に全員分の寝袋を用意したダンブルドアは生徒達を安心させるようににっこりと笑い、ホグワーツの教員を引き連れて大広間を出ていく。

 教員が全員大広間から出ていってからすぐ、しっかりと鍵がかかる音が大広間に響き渡る。施錠音が消えてから、大広間はざわざわと騒がしくなった。寮を超えて情報収集を始める生徒達が多くいる中、寝酒を選んでいた最中に呼び出されたファヴニルはというと……

 

「さて……これだけ騒がしいと眠れるものも眠れんだろう」

 

 そんなことを言いながら大広間の端に並べられたテーブルを一つ持ってきて、懐から取り出した大きな鍋にワインをドバドバぶち込み始めた。大きな鍋は二つ。一つ目の鍋には赤ワインが大量に投入されており、二つ目の鍋には白ワインが入っている。

 

「ニール、何をしてるんだ?」

 

「何、心を落ち着かせるなら何か温かい飲み物が必要だろう。寝る前に何か温かいものを飲むと、安眠できるからな」

 

 何かをしていることに真っ先に気付いたヴィヴィアがファヴニルに問うと、彼は作業を続けたままヴィヴィアに顔を向けた。一昨年、去年とトラブルに付き合い、竜の楽園も体験したが、まだまだ精神的に大人には遠いヴィヴィアは不安に瞳が揺れている。

 

「本来ならクリスマスに飲むことが多いが……いつ飲もうが問題はないだろう」

 

 大きな鍋に追加されていくドライフルーツやシナモン、生姜などのスパイス。杖を振って火を付けたことで、大きな鍋の中身が加熱されていく。加熱されていくごとに香りは豊かに、遠くまで優しく広がっていき────甘くてどこか心を落ち着かせてくれるホットワインの香りに、大広間の生徒達が釣られた。

 

「マグカップが全員分出てくるのがホグワーツの利点だな」

 

 そう言いながら出来上がったホットワインの出来栄えを確かめたファヴニルは、それぞれのマグカップに心を穏やかにさせてくれる飲み物を注いでいく。

 

「蜂蜜が必要なら自分で入れてくれ。赤白一人一杯ずつだが……まぁ、お代わりが欲しいなら起こせ。俺は寝る」

 

「配膳まではしないんだな」

 

「好みもある。飲みたいやつが飲めばいい」

 

 少々ぶっきらぼうかもしれないが、ファヴニルが用意したホットワインに心惹かれた生徒達が少しずつマグカップをテーブルから取っていき、全員がゆっくりとホットワインに口をつけた。もちろんノンアルコールワインで作ったホットワインなので、アウト判定を喰らうことはない。

 

「あったかい……」

 

「ホッとする味だね」

 

「白ワインのホットワインって初めてかも」

 

 ファヴニルのホットワインは好評のようで、鍋の近くに寝袋を置いていたファヴニルの耳にも喜んでいる生徒達の声が聞こえている。友人に酒を振舞うことも好きな酒カスドラゴンとしては、隣人が喜んでいるのなら振舞った甲斐があるものだ。

 

「ところでニール、君が持っているそのゴブレットの中身は?」

 

「ワインだが」

 

「……さては飲む口実を作るために振舞ったな?」

 

「ああ。だが、落ち着かせるのに温かい飲み物は効果的でもある。美味いならなおさらな」

 

「まぁ、そうなんだが……」

 

 何だか釈然としない表情を浮かべながら、ちびちびとホットワインを口にするヴィヴィア。ただ、味は間違いなく本物であり、クリスマスマーケットで飲むようなホットワインや、ホグズミードの人気商品バタービールよりも美味しく感じている。

 

 それもそのはず。ファヴニルが用意したホットワインの材料となっているノンアルコールワインは、酒を趣味にする酒カスドラゴンであり、一流のソムリエ資格も持っているファヴニルが選びに選び抜いたワイン。材料は竜の楽園で農業に明け暮れているファヴニルの姉、ニードヘッグとその眷族が育てたブドウ。製作はもちろん酒造りに100年以上の時間を使っている酒カスドラゴンのファヴニル。不味いわけがなかった。

 

 最高の美酒(ノンアルコール)で心を落ち着かせた生徒達は、穏やかかつ、少々張り詰めた空気で寮間を跨いだ情報交換を始める。そんなやり取りを音楽代わりにしながら、ファヴニルは目を閉じた。

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