ハリー・ポッターと酒カスドラゴン   作:エヴォルヴ

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竜の逆鱗

 豪雨と暴風によって隣にいる人間の姿くらいしか見えない、それくらいの悪天候の中でクィディッチ・アリーナの席に座っていたファヴニルとヴィヴィアは、微かに見える嵐の向こう側でしのぎを削っている選手達を眺めていた。

 

 試合はグリフィンドールとハッフルパフのもので、現在はグリフィンドールが優勢。オリバー・ウッドというクィディッチ狂いが朝練に放課後練習などで選手を振り回したこともあってか、今のところは点数を何点かリードしている。

 

 しかし、ただでは起きないのがハッフルパフ。堅実に、背中にぴったりと張り付いて追いかけてくる粘り強さは見事なもので、グリフィンドールは勝っているが勝ちきれない、決め手に欠ける状況が続いていた。

 

「あれはグリフィンドールが辛そうだな」

 

「ああ。あそこまで粘り強く戦われると、追われる者の精神力が試される」

 

 クィディッチの実況が盛り上がる中で、ファヴニルは自分の寮を応援している────わけではない。いや、応援はしているし、勝ったのならば祝福もするつもりではあるのだが、クィディッチに興味があまりないのも事実。寮杯が欲しいとも思っていないし、どちらが勝とうがどうでもいいと思っているのがファヴニルの本音であった。口に出していたら大顰蹙間違いなしである。

 

「それにしても、こんな嵐の中で防水魔法もかけずに飛び回るのは自殺行為じゃないか?」

 

「ルール上、自分に使うことは問題ないはずだが……セドリック先輩は使っていたしな」

 

 試合を始める前に防水魔法を使っていたらしいセドリックを含めたハッフルパフの選手達の服は、水を弾いているかのように乾ききっている。もちろん魔法の効果時間以内に試合を終わらせないと、今以上に体温を奪われて動きが鈍くなってしまう。

 

「……ああ、スニッチを取るまでの時間で体力を削るつもりか」

 

「寒さは動物の天敵だからな。体が冷えれば動きも鈍るし、判断力も鈍る。暑すぎてもそうなるが」

 

 クィディッチの選手達の顔色が悪い。特にグリフィンドールの選手は唇が紫色になっている者もいる。体温が下がって動きが鈍くなっているのが見て取れた。

 

 決着が着くのも時間の問題────そう思った矢先、黄金の輝きをファヴニルが捉える。それと同時か少し遅れる形で、最新鋭の箒ニンバス2000に乗っているハリーと、年季が入っているがまだまだ現役であろう一世代前のニンバスに乗るセドリックが凄まじいスピードで飛び出した。性能はハリーが、技術はセドリックが勝っている。どちらも間違いなく才能があり、その才能を磨いてきたシーカーであり、強者(エース)。どちらがスニッチを取ってもおかしくはないだろう。

 

 ハリーとセドリックがほとんど同じ速度で加速していく。お互い制御できる限界の、トップスピードを叩き出しているのか、箒がもう一つの嵐となったかのような風鳴り音を鳴らして飛んでいた。お互いのトップスピードで競り合うデッドヒートに生徒達だけではなく、教師陣も前のめりになって声を大きく張っている。スネイプや、マクゴナガルすら声を張り上げてはいないがそんな様子である。魔法使いのクィディッチ好きは凄まじいものだ。なお、ダンブルドアは現在魔法省への抗議を行うために出かけているので不在。

 

「さて、どちらが取るか……」

 

「ニールはどちらだと思う?」

 

「そうさな……フィジカル面や技術を見ればセドリック先輩だ。だが、ハリーには土壇場での強さや箒の才能がある。番狂わせの可能性は少なくない」

 

 つまり、どちらが勝ってもおかしくはない。ファヴニルはそう言い切って、瓢箪に入っている薬水を呷る。

 セドリックとハリーがほとんど同じ距離でスニッチに手を伸ばし、どちらかがスニッチを取る────その時であった。

 

 

 

吸魂鬼(ディメンター)だ!!」

 

 

 

 誰かが叫んだのとほとんど同時に、クィディッチ・アリーナに黒い影が飛び込んできた。吸魂鬼だ。それも群れでアリーナに飛び込んできた。

 

 この状況に観客席だけではなく、選手達も大混乱。教師陣や監督生などが落ち着くように声を上げても、下級生達は体を震わせてその場から動けずにいたり、中には失神してしまっている者もいる。酷い者はあまりの恐怖に魔力暴走に至っている者もいる。

 

「不味いぞニール……! ポッターに吸魂鬼が群がっている!」

 

 そう叫ぶヴィヴィアもほとんど不意討ちに近い襲撃に対して、ネァイリングを使うことも忘れ────そもそもこれだけの衆目があって使えるような代物かどうかは別として────、青褪めている。一度目の襲撃はネァイリングの武器状態でファヴニルの力を纏っていたこともあって凌げていたが、現在はそうではない。涙が滲んでいる彼女の心の中に張り付いているトラウマが引きずり出されているこの状況で、ファヴニルが近くにいなければ声を発するのも難しかっただろう。

 

 吸魂鬼に群がられて気絶したハリーはというと、近くにいたセドリックがどうにか回収してアリーナを離脱。箒の機動力を活かしつつ、吸魂鬼を掻い潜るために森の近くを高速で移動していた。磨き上げた筋肉が躍動している。

 

「クハッ……クハハッ……!! ハハハハハッ!!」

 

 そんな中、ファヴニルは笑った。この大混乱が起きているアリーナの中で、何がおかしいのか大きく口を開けて笑っていた。

 

「ニール、笑っている状況で、は────」

 

 ヴィヴィアが驚愕して硬直する。笑っているファヴニルの表情は間違いなく笑ってはいる。笑ってはいるが────目が笑っていない。纏っている空気も、今までのファヴニルが纏ったことがない、どす黒い怒りの気配。ヴォルデモートに寄生されたクィレル、ジニーに寄生したトムなどと相対した時すら纏っていなかった怒りを通り越した、殺意。

 

「そうかそうか! ああ、そういう生き物だからな、お前達は。味のしないガムよりもご馳走に手が伸びるのは分からんでもないさ」

 

 そう言って立ち上がったファヴニルの手には杖が握られていた。竜の楽園にて収穫されたトネリコの木と、ドラゴンの心臓の琴線を使ったファヴニルだけに忠誠を誓う、眷族のいないファヴニル唯一の眷族とも呼べる杖が、ファヴニルの父が送った杖ラインが、ファヴニルの魔力に呼応して荒々しい魔力の奔流を生み出す。

 

 その魔力の奔流はまさしく御伽噺に登場するような圧倒的な暴力の化身。魔法世界に住んでいるドラゴンよりも強く、気高く、そして美しくて恐ろしい破壊と破滅の象徴たるドラゴンそのもので。近くにいるだけで失神しかねない圧を放っているファヴニルの隣にいたヴィヴィアが立っていられるのは、彼女がファヴニルの力をネァイリングを通して受け取ったことで圧をそこまで強く感じていないためだ。

 

「だが、竜の巣に入ったやつがどうなるか想像もできないか。そして巣に入るだけでは飽き足らず────竜の宝に手を出したな?」

 

 ファヴニルが杖を振る。呪文はなく、簡単な────誰にでも使える杖から花を咲かせる魔法を使い、咲かせたのはブルースターと呼ばれる淡い水色の花。だが、規模が違う。杖を超えて、ファヴニルの足元にも花が咲いている。魔法の調子を確かめた後、心を静かにさせるように大きく深呼吸をしたファヴニルは、父から送られたラインを振るい、呪文を唱えた。

 

守護霊よ、来たれ(エクスペクト・パトローナム)

 

 なお、ファヴニルは守護霊の呪文を会得してはいない。今使ったとしても、銀色の靄が飛び出るくらいになるだろう。

 

 しかし、ファヴニル・モルトキュールには狙いがあった。

 

 大衆の視線がある────ほとんど錯乱しているが────状況で、吸魂鬼を撃退するためにはそういう言い訳が必要だったから。

 

 ファヴニルの詠唱の後、杖から青い炎が溢れ出る。ファヴニルの口から放たれる炎が杖から放たれ、その炎は形を成して動き出す。その姿はホグワーツ特急の中でヴィヴィアが見た姿よりも鮮明に形作られている。

 

 馬だ。炎の馬と共に、誰かがやってきた。炎を纏った馬と共に現れた男の手には鋭い槍が握られており、顔は鎧によって隠されているが、纏う空気が告げていた。あの騎士は強者であると。

 

 ファヴニルに一礼した騎士は馬に跨り、駆け出す。炎を纏う馬が空を駆け、吸魂鬼の魔の手から逃れるために箒が壊れてしまうかもしれない限界まで速度を上げているセドリックの元へ。炎を纏う馬は進行方向にいた吸魂鬼を轢き潰し、騎士はセドリックとハリーを追いかける吸魂鬼をその手に握った槍で貫いていく。

 

「ホグワーツの外であればなんでもしていいとでも思ったか? その森も、このアリーナも、余すことなくホグワーツの敷地だ」

 

 本来であれば己の手で吸魂鬼を打ち倒したいところだが、あとから色々と面倒なことになっても世話がない話。守護霊の呪文と偽って現れたあの騎士に吸魂鬼を任せて、ファヴニルは今後の予定を組み立てる。

 

(ホグワーツにいる吸魂鬼は正直なところ、殺していいだろう。食事を優先して仕事をしないのは論外だ。だが、殺すと面倒があるのも事実……ダンブルドア校長が黙らせる可能性は少なくないが)

 

 このことが耳に入ればダンブルドアは文字通り火を吐くように怒るだろう。彼は愛が大事なのだといつも口にしているように、ホグワーツへの愛を持っている。そのホグワーツで学んでいる生徒にも、愛を持って接していると言っていい。時と場合にもよるが。

 そんなダンブルドアが、吸魂鬼によって生徒が襲われたと知れば────想像したくないような怒りぶりを見せるだろう。それこそ、契約の履行として吸魂鬼の絶滅をファヴニルに指示するかもしれない。

 

(まぁ、いい。この辺りはダンブルドア校長が帰ってくれば仔細が分かるだろう。それよりも……)

 

 すん、と匂いを嗅ぐような仕草をしたファヴニルは、目を細める。錯乱する子供達を宥めるのに奔走する教師陣や監督生などの中に、妙な臭いがしたのだ。

 

(ネズミに……犬、か? だが……人間の匂いもする。妙な生き物が混ざり込んでいるな。キメラか?)

 

 ネズミは近く、犬は遠い。それと同じ場所に人間の匂いもする。これについては後々調べることにしつつ薬水を呷ったファヴニルは、吸魂鬼を刺し貫いて数匹を残して消えたワラキア公国の騎士を見届け、アリーナに戻ってきたセドリックを出迎える。

 

「お疲れ様です、セドリック先輩」

 

「ああ、うん……あれは、君が?」

 

「ええ。それはともかく、ハリーは?」

 

「気絶してるだけだよ。すぐにマダム・ポンフリーのところへ連れて行かなくちゃ」

 

「ええ。それに、セドリック先輩も休むべきです。あれだけの飛行、肉体、精神に疲労が溜まっているはず」

 

「あはは、バレた?」

 

 ガクガクと膝を震わせているセドリックは苦笑して、ハリーをファヴニルに預ける。セドリックが戻ってきたことは教師陣も気付いており、こちらに慌てて走ってくるマクゴナガルとスプラウトが見えた。

 

「ごめん、ファヴニル。ちょっと気絶する。あと……あれを勝ちだとは思いたくないね。ハリーとは、もう一度ちゃんと勝負して勝つよ」

 

「ええ、見事な飛行でした。そしてそれはグリフィンドールと審判、そしてハリーに」

 

 セドリックが限界を迎えて、前のめりに倒れた。後ろに倒れるのではなく、最後まで前に倒れる漢であった。

 

「ああ、なんてこと……吸魂鬼がポッターを……」

 

「まずは医務室へ運びましょう。モルトキュール、あとは私達が」

 

 マクゴナガルとスプラウトが杖を一振りすると、柔らかな綿と頑丈な骨組みで作られた担架が現れた。ファヴニルがハリーとセドリックを担架に下ろすと、その担架は素早く、しかし揺らすことなく勝手に医務室へと飛んでいった。

 

「モルトキュール、アドワーズ。あなた方は大広間へ。ホットチョコレートを用意するようにハウスエルフに伝えてあります」

 

「それと……あの魔法が何だったのかは、今は問いません。悪霊の火や、ディアボリカのような危険な魔法だったのやもしれませんが……」

 

 さすがにバレるかと小さく肩を揺らしたファヴニルの隣で、自分のことではないのに不安そうな表情を浮かべるヴィヴィア。この後何を言われるのかと思っていると、マクゴナガルは小さく笑みを浮かべて言う。

 

「ですが、あなたの勇気ある行動でポッターもディゴリーも気絶で済みました。ハッフルパフに2点の減点を加え────」

 

「私からハッフルパフに7点を与えます。見事な魔法でした」

 

「寛大な処置に感謝を、マクゴナガル先生、スプラウト先生」

 

「さぁ、大広間へ。吸魂鬼の影響は想像以上に強いものですよ」

 

 ファヴニルに加点したマクゴナガルとスプラウトは、魔力暴走を起こしていた生徒の対処などに戻っていく。

 

「……先に風呂だな。雨水は冷える」

 

「ニール、魔法で乾かせばいいだろう。……確かに冷えるが」

 

「魔法ですぐに何とかなることと、何とかならないことがある。体温の低下で免疫が落ちればすぐに病気になるぞ」

 

 魔法使い達が頑丈なのは知っているが、それでも病気は恐ろしいものである。

 

「ゆえに風呂だ。それに……雨水で濡れると髪が痛むぞ」

 

「む……それは少し、困るな」

 

「ホットチョコレートは大広間に行けば貰えるらしいからな。風呂に行ってからでも遅くはあるまい」

 

 魔法によって体を清めることができるせいなのか、ホグワーツではあまり利用されていない大浴場。シャワールームとは別に用意されているそこに向かうファヴニルとヴィヴィア。

 ホグワーツのみょうちきりんな構造にも慣れてきて、スムーズに移動できるようになった二人はゴーストや絵画に声を掛けられつつ大浴場へと辿り着いた。

 

「では、あとでなニール」

 

「ああ。……っと、忘れるところだった。ティフォン姉さんから渡されていたものだ。持っていけ」

 

 そう言ってファヴニルが取り出したのは、ガーベラの意匠が施された香油の小瓶。しかもガーベラの色は赤、白、ピンク。

 

「ちなみに花はニド姉さんが育てた最高品質のものだ。花言葉は気にするな」

 

「花言葉? この色のガーベラは確か……………………ニール、私は素直に喜べないんだが」

 

 さすがの教養である。凄く微妙な顔をして、間違いなく素晴らしい出来栄えであろう香油を見ているヴィヴィアに、ファヴニルは思わず苦笑する。

 

「まぁ、あんなのでも分別はある。……ある程度はな」

 

「分かった。今度君の故郷に行ったら、君から離れないようにするよ」

 

 ホグワーツから遠く離れた境界の向こう側で、今日も今日とて己が眷族と戦ったり、戦った後の高ぶりのまま眷族の肢体を貪っているであろうティフォンが蠱惑的に笑っているのを幻視しつつ、今度こそファヴニルとヴィヴィアは大浴場に向かった。




ティフォン
「ええ、あの子は弟のものよ。それは分かってるわ。でも、弟ごと私色に染め上げるのも、得難い経験よね……」

ニードヘッグ
「ガーベラの花言葉は色によって違ってね。ピンクは感謝や燃える神秘の愛、赤は神秘の愛や情熱、オレンジは神秘、白は純潔、黄色は究極の愛さ。愛を伝える花というわけだね。ティフォン姉さんは愛多き竜だよ。ああ、ちなみにブルースターは一般的に瑠璃唐綿(ルリトウワタ)と呼ばれていて、花言葉は幸福な愛、信じ合う心、望郷、星の精、早過ぎた恋、身を切る思いだね。ウェディングの装飾で使われることもある美しい花だよ」

酒カスドラゴン
「カクテル言葉? 前に色々とバーで聞いたな。カシスオレンジは確か……素直な愛情だったか? それはそうと、カシスリキュールに使われるカシスはクロスグリという植物だ。この植物は葉や茎からジャムのように甘い強烈な香りがする。精油のアクセントに使われることもあるな。リキュールに使うなら鮮度が命だ」
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