ファヴニルがホグワーツに入学してから一ヶ月が経過した。相変わらず視線を感じるが、何もしてこないというのが不思議なものである。文句があるなら行動で示せばいいものを、と思うファヴニルであったが、ファヴニルの近くにはいつもヴィヴィアがいる。ヴィヴィアに釣られて他のレイブンクロー生もファヴニルの近くにいることがあるし、時たまハッフルパフの生徒がいたりもする。近所付き合いが苦手なわけでもないファヴニルへ下手に手を出せば、返り討ちに遭うのは悪意ある者だろう。
「ところでヴィヴィア。グリフィンドールとスリザリンはなぜああも険悪なんだ」
「まぁ、悪習だな。この悪習の始まりは創設者の価値観の相違にあるようだ」
ほぼ生の状態ではないかと思うくらい赤いステーキを食べるファヴニルの隣に座って、パンをスープと共に食べていたヴィヴィアはゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンの価値観について話を始める。
「ゴドリック・グリフィンドールとサラザール・スリザリンはこれほどの友ありえるや? と讃えられるほどの親友同士であったらしい」
「それが思想によって変わってしまったと」
「ああ。ゴドリックはマグル生まれであってもホグワーツで学ばせるべきだと考え、サラザールは純血のみをホグワーツで学ばせるべきだと考えた」
「ふむ」
「お互いの意見は食い違い、遂には決闘にまで発展した。その後、サラザールはホグワーツを去り────今に至る……というのが悪習の始まりだ」
ゴドリック・グリフィンドールは意志と努力する気持ちさえあれば、どんな者であってもホグワーツで学ぶことができるという考えを持っており、サラザール・スリザリンは魔法族の血を汲むものに厳選すべきという考えを持っていた。その思想がぶつかり合い、サラザールがホグワーツを去っていった。そこからホグワーツにはグリフィンドールとスリザリンの軋轢が生まれてしまったということだろうか。
「純血主義を諫めるのであれば、もっとやりようはあっただろうに」
「例えば?」
「近親婚を繰り返した場合、奇形児が生まれる可能性が高くなる、とかな」
血が濃くなればなるほど、生まれてくる子供のどこかに障がいが発生する場合が多い。近親婚を繰り返して滅んだ王家もあるくらいなのだ。
「腕が無い、目が見えない、歩けない……どんな問題が出てきてもおかしくはない」
「……確かに、晩年のゴーント家はそういった者が多かったと聞くが……」
「近親婚を繰り返し続ければ、その負債が生まれてくる子供に上乗せされていく。野生動物もそうだが、別の血統と混ざれば混ざる程強くなる。混血であればあるほど、その血統の良い所が現れる」
例え話だ、と言ってファヴニルは皿に卵を二つ用意する。
「この卵の一つは砂漠の暑さに耐え抜く種族。もう片方は北欧の冬に耐えられる種族。これが合わさった場合、どうなる?」
「両方の性質を引き継いだ種が生まれる可能性がある、だろうか?」
「そうだ。さらに言えば、血統も場所も間違いなく離れているからな。新たな交流も得られるだろう」
砂漠でしか手に入らないものと、北欧の地でしか手に入らないものを持ち寄って、新しい発見があるかもしれない。
ファヴニルは卵の殻を剥いて頬張り、飲み込んでから続けた。
「それにだ。仮に血族全体に伝わる呪いをかけられた場合、ほぼほぼ親戚同士な連中に呪いを解く手段はあるのか?」
「……そうだな」
「まぁ、あくまでこれは極端な仮定だ。それだけの規模の呪いともなれば穴は絶対に存在する」
ドラゴンや神々の呪いともなれば話は違ってくるだろうな、と笑ったファヴニルは分厚いステーキをスマートに切り取って食べ尽くす。グラスに注がれた赤ブドウのジュースを軽く揺らしてから口に含むその所作が堂に入っているのを見て、ヴィヴィアは「ああ、ワインか」とすぐに察した。
「そも、生まれで優れているか否かが決まるなどあり得ん。結局はその者の才と努力と環境だろう」
「ああ、それは全く同意するよ」
「ところでお前が持っているその手紙は何だ」
「ん? まぁ、家からの手紙だよ。とやかく言わないが、励めとのことだ」
「ほう。スリザリンでなかったことを罵られはしなかったか」
「軽くは触れられたが、そこまでではなかったよ」
デザートの果物を口にするヴィヴィアの隣に座る酒カスドラゴンは、ブドウジュースを飲みながらチェダーチーズを齧っている。いつになればデザートに到達するのだろう。分厚いステーキも先程食べ終えただけで五枚を超えているし、このチーズも九つ目だ。パンやサラダに至ってはもう二十は食い尽くしている。健啖家にも程がある。
「ところでそのチキンの丸焼きは一人で食べるのかい?」
「もう喰い終えた」
「骨ごといったのか!? 今の一瞬で!?」
バリバリッ、と残った骨を噛み砕いては飲み込むファヴニルはジュースで口の中に残った油を押し流し、感嘆するように口を開く。
「骨まで食べられるようにしているとは恐れ入った。さすがはヘルガ・ハッフルパフの残したレシピと言ったところか?」
その話を聞いて興味が出たのか、ハッフルパフの生徒が自分で食べたチキンの骨を齧ってみる。パキッ、と小気味良い音が骨から鳴り、コンソメスープを飲んでいるかのような深い味と、スナック菓子を食べているような感想が頭に浮かぶ。
「ほんとだ、美味しい!」
「なんかフライドポテトみたいだ!」
「うわあ。なんで気付かなかったんだろう。分かってたらチキンを何度もおかわりしてたのに」
ぽつりぽつりと増えていくチキンの骨試食を行う者達。よく見れば、生徒だけではなく教師も試しに食べてみて驚いているではないか。
「ホグワーツにはまだ知られていないことが多いようだな」
「そうだな……確かにいけるな、これは」
少しだけ試してみようとチキンを食べて骨を齧るヴィヴィアは、骨を噛み砕いてはどこか物足りなげにしているファヴニルを見て苦笑する。この男、間違いなく酒の肴になると考えているのだ。本当に酒のことしか考えていない酒カスドラゴンである。
「ところでモルト」
「どうした」
「君はレヴィオーソをとても重用しているようだが」
一ヶ月間共に過ごしていたヴィヴィアはファヴニルがよくレヴィオーソを使うのを見ている。ウィンガーディアム・レヴィオーサではなく、宙に浮かせるだけのレヴィオーソをだ。
「ではアドワーズ。質問だ」
「ん?」
「お前は宙に浮いた状態で杖を正確に振って相手に呪文をぶつけられるか?」
「…………無理だな」
「それが答えだ」
レヴィオーソで宙に浮かせ、脊髄を蹴り上げるなり、喉を殴るなりすれば大抵の生き物は大人しくなる。竜の膂力を十全に発揮すればそれだけでケリが付くのだ。そんなことをしなくても浮かせて崖から突き落とせば大抵のやつは死ぬ。戦いに誉れなど求めてはならない。お辞儀をしながら炎を吐くくらいはやるし、気付かれないように罠を張る事だってする。────酒を飲むことを邪魔する者に対してファヴニルが容赦することはない。
「基礎的な魔法を舐め腐った結果、アズカバンに放り込まれた密猟者は少なくないだろうに」
「……もしかして、ダイナ・へキャット氏の話をしているのか?」
「あれほどの女傑は中々いないだろう。レヴィオーソの有用性を最も理解している魔女と言っても過言じゃない」
遠い昔、ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えていた元無言者の女性がいた。ホグワーツの歴史を少し調べればきっと出てくるくらい、その女傑は優秀な教師だった。
「そう思いませんか、ダンブルドア」
「ほっほっほ。ああ、そうだとも。へキャット先生はとても素晴らしい先生じゃった」
いつの間にかファヴニルが座っている席の近くまで来ていたダンブルドアは、とても楽しそうに、朗らかに笑っている。
「かくいう儂もへキャット先生から魔法を教えていただいたよ。とても実践的な────それでいて分かりやすい、素晴らしい授業じゃった」
「ウェールズ東部最大の密猟者を一人で全滅させた女傑の授業か。興味深い」
「ほっほ。時間があれば校長室に来るといい。思い出話を聞かせるとも」
願ってもない提案だとファヴニルは笑う。酒のことしか考えていないとはいえ、ドラゴンの血を引いているからなのか、英雄や英傑、豪傑の話を聞くのも好きなのだ。酒の席で明るく語れることであればなおさら。酒の席に武勇伝は必須と言えるだろう。
「さて、儂はこの辺りで失礼しようかの。今日は少々仕事が多くてのう」
では、よい一日を。
そう言って音もなく消えたダンブルドア。姿くらましだろうが、ホグワーツで使えるのだったか? と首を傾げたファヴニルとヴィヴィアは顔を見合わせて、自分の皿に残された料理や果物を全て食べ終える。
「さ、俺達も行くか。箒による飛行訓練……なぜ箒なのだ」
翼を生やして飛べばいいだろう、とは言わない。そうは思ったが、魔法使いは箒に乗って空を飛ぶと相場が決まっているからだ。
「まぁ、様式美だろうよ」
「ところでアドワーズ、梅シロップが先程完成したが、三時のティータイムにどうだ?」
「すまない、梅シロップとはなんだ?」
「ふむ、そういえばこっちでは梅を食べる文化が無かったか。日本でよく食べられている果実なんだが────」
口を開けば梅がどんな植物なのか、どうやって食べるか、どうやって活用されているのか、歴史などの情報が滝のように出てくる。それだけの知識を持っているのに、なぜレイブンクローではないんだと一部の生徒が考えるが、口にすることはしない。口を挟むことができないでいた。
「氷砂糖と共に半年以上は漬けているんだがな」
「へぇ」
「これを粉々にした氷にかけても美味い」
「氷菓子のようなものか。試してみたいな」
「夏になれば嫌でも振舞う。期待しておけ」
「ふふっ、ああ。期待してるよ」
いつも氷のように冷たい表情を浮かべているヴィヴィアが、ファヴニルと共にいる間は凄く柔らかい笑みを浮かべている。その表情を見た誰もが見惚れてしまうが、笑顔を向けられている我らが酒カスドラゴンは全く動じていない。よく笑う女の子だとしか考えていない。もっと言えば、酒のことを話しても嫌な顔一つせずに付き合ってくれるとは、面白い人間だとしか考えていない。
ヴィヴィアに出会うのが酒に出会う前であれば変わったかもしれないが、時すでに遅し。酒カスドラゴンは酒カスドラゴンであった。
浮かせて殴って浮かせて蹴り飛ばして浮かせて叩き潰す。じゃないとひき肉になっちゃう。