「む」
「あ」
「お?」
朝食を済ませ、一度自由時間としてヴィヴィアと別れたファヴニルが廊下を歩いていると、グリフィンドールのローブを着た少年二人と出くわした。その二人の顔に、ファヴニルは見覚えがあった。
「ウィーズリーと……ポッタラーだったか?」
「僕はポッターだよ。えーと……」
「失礼したな、ポッター。ファヴニル・モルトキュールだ。呼びにくいならニールかモルトでもいい」
「えーと、ポッタラーって何だよ、モルトキュール?」
「ポッターの先祖のあだ名だ。家名もポッタラーであると勘違いしていた」
魔法薬を作る者で、彼らの名を知らない人間はモグリだと言われるほどに、ポッタラーの名は有名だ。ポッター家の資産を莫大にした者もまた、ポッタラーと呼ばれた男であり、その子孫が成功を収めたことでその資産は三倍となったと言われている。
「まぁ、大昔の人間の話だ。知りたいのなら、絵画の人やゴーストに聞いてみるといい」
「詳しいんだね」
「魔法薬について少し興味があった時があってな。調べたことがあった」
本当に、触りだけしか調べていないがな。そう言って肩をすくめたファヴニルは、ところで、とハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーに目を向けた。
「グリフィンドールはいたずら道具の開発に尽力する者が多いのか?」
「「誤解だ!!」」
ファヴニルの問いに叫ぶハリーとロン。グリフィンドールに対するファヴニルの印象がフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーに固定されていると察した二人は、必死になってグリフィンドールへの誤解を解こうとあれこれ言葉を紡ぐ。
「フレッドとジョージのやつ……!」
「面白いことを考える者もいる。あれは大成するぞ」
「そう言って笑うのは君ぐらいだと思うよ、ニール……」
間違いなくあの双子は大成するだろうと確信しているファヴニルと疲れ切った表情のハリーとロン。そんな二人はこの数分でファヴニルが噂にそぐわない、愉快で穏やかな人物であることを確信していた。大方ファヴニルにちょっかいをかけたスリザリンの生徒達が彼を貶めようと流した噂なのだろうことは誰もが分かっていたことだったが、ちょっと話してみるだけでバレる嘘をなぜ流したのか。
「グリフィンドールにも愉快な人間が多いとは、いいことだ」
「愉快かなぁ?」
「それ、いいことなのかよ?」
「やりすぎて迷惑をかけなければ、愉快であることは良いことだぞ。退屈とは精神を殺す劇薬だ」
だからこそ、モルトキュール家を含めたファヴニルの故郷の者達は己の趣味に生きているのだ。退屈過ぎて死にかけた者達を何度も見てきたからだ。退屈は精神を壊し、生きる屍へと変える。趣味を持ち、様々な者と交流する者と、一人でひっそりと生きている者の老化速度が全く違うのもこのためだろう。永遠に近い時間を生きるドラゴン達は退屈を凌がねば、惰性を貪るただの獣となってしまう。
「何か夢中になれるものを見つけた時。思わぬものが必要となる場合がある。そういったことを考えながら勉学に励むと、面白いものだ」
「そういうもの、なのかな?」
ハリーが首をかしげた時、ファヴニルは鷹揚に頷く。
「そうだとも。そうだな……ポッター、お前は好きなものがあるか?」
「え? ううん……今のところ、だけど……クィディッチは気になるかな?」
「そうか。ではそんなクィディッチで使われる箒。あれを作るために様々な学問が使われていることは知っているか?」
ハリーとロンは首を横に振った。魔法の道具であることは分かっていたが、どんなものであるかを考えたことは今まで一度もなかった。
「素材、施す魔法、加工の際に使う薬品……この三つだけでもう三つも学問が要求されている」
「植物学、呪文学、魔法薬学ってこと?」
「その通りだ。箒に使う木材、塗布する薬品、かける魔法で箒の性質が変わる。面白いだろう?」
そう言ってからファヴニルはすぐに、現在発売している競技用箒であるニンバスシリーズを話題として挙げる。様々な箒があることも、ニンバスシリーズが素晴らしい箒であることも知っている二人は目を輝かせてファヴニルの話に耳を傾ける。
「さらにクィディッチの観客に被害が及ばないようにするための結界。あれはルーン学などが多く使われている」
「そういえば、クィディッチで観客にブラッジャーが飛んできちゃった時、弾かれるようになったもんなぁ。あれ、ルーンだったのか」
「こうやって自分の好きなものに物事を重ねてみると、意外と面白いものだ。教師がどうあってもね」
スネイプがハリーに厭味ったらしくなじることは何度か合同で授業を受けていた時に見ていたため、苦笑交じりにそんな言葉を口にしたファヴニルにハリーとロンは苦々しい顔を浮かべた。
「本当にひどいよなぁ、スネイプのやつ! ハリーに対して嫌味ばっか言うし!」
「ふむ……まぁ、確かにな。だが、彼はポッターを見ているようで、見ていない」
「え?」
「お前を通して、別の誰かを見ているように俺は感じたよ」
それが誰なのかは全く知らないが、と付け足して、ファヴニルはヴィヴィアとの待ち合わせ時間がそろそろ迫っていると口にして動き出す。
「まぁ、俺の憶測だけだ。そこまで気にする必要もない。また機会があれば話そう」
待ち合わせに遅れるとよろしくないのだ。特に故郷で待ち合わせに遅れた時、待っていたのは殺し合い一歩手前まで発展した姉との大喧嘩であったから。竜の牙と爪が両者の肉を抉り、数多くの武具が体に突き刺さったあの大喧嘩を経て、ファヴニルは「二度と待ち合わせに遅れない」という教訓を得た。酒のことになれば待ち合わせも放り出して殺し合い一歩手前まで戦うこともやぶさかではないが。
ハリーとロンに軽く挨拶をして別れたファヴニルは、待ち合わせ場所の決闘クラブの教室に向かう。目的はもちろん戦闘である。これについてはヴィヴィアが提案したもので、自分の実力がどれくらいのものなのか、そして習得した魔法をどう使えばいいのかを実践することで体に覚えさせるためだ。
活動が休みである決闘クラブの教室を借りるのは、凄く簡単だった。ただし、条件はついたが。
一つ目は一年生であるということで、教師の監視の目がついたことである。あり得ないことではあるが、闇の魔法を使わないように、危ない魔法を使わないようにという意味がある。今日の監視の目はマクゴナガルとフリットウィックが行うことになっているため、何か不測の事態が起こったとしても間違いなく対応可能だろう。
二つ目は終わったら教師の講評を聞き、次の週までにレポートを提出することを義務付けられた。第三者からの意見は貴重だし、実力者であるホグワーツの教師から話を聞ける機会や、自分の戦いを振り返って言語化するという行為も間違いなく成長に繋がるとヴィヴィアは二つ返事で了承した。
授業でいつも見せてくれる魔法が洗練されているヴィヴィア。そんな彼女の実力はいかほどかと気になっていたファヴニルも、願ってもない機会だと思っており、ヴィヴィアが自分にどれくらい喰らいつけるか楽しみにしている。
決闘クラブの教室に到着したファヴニルは、静かに教室のドアを開け────待っていた少女に小さく笑みを浮かべた。
「待たせたか?」
「いいや、私もさっき来たばかりだ」
そう言って微笑むヴィヴィアから放たれる闘気にファヴニルは笑う。それは間違いなく戦士として覚悟を決めた者の圧であったから。これは、覚悟無しに喧嘩を売ってきた連中にしたような、魔法の実験はできないだろう。そんなことをすれば一矢報いられるどころか、三矢報いられるか、逆鱗を切り裂かれる可能性すらある。
たかが十年と少ししか生きていない人間相手に何を、と人間を見下しているような者達は思うかもしれない。だが、ファヴニルは知っている。どれだけ強大な敵がいたとしても立ち向かうことができる人間の強さを。不死すら超越した人間の勇ましさを。素晴らしい発明を繰り返し続けた人間の研鑽を、ファヴニル・モルトキュールは知っている。
ゆえに────ファヴニル・モルトキュールは、ヴィヴィア・アドワーズを敵として認めた。
「Mr.モルトキュール、Miss.アドワーズ。準備はよろしいですね?」
マクゴナガルの声に二人が頷く。ファヴニルとヴィヴィアの構えは奇しくも同じであった。ゆらゆらと本当に自然体な状態で杖を握るそれは、素人にはただ脱力しているように見えたが、だらけているわけではない、全くの別物である。どんな状況であっても対応できるように、今できる限界まで体を緩めた状態は、戦いが始まる前とは思えない程に穏やかな印象を感じさせた。
しかし、二人の戦意はマクゴナガルとフリットウィックの肌に突き刺さる程に鋭さを増している。その戦意の高まりが最高潮に達した時、マクゴナガルが叫ぶ。
「始めっ!!」
その掛け声を聞いて最初に動いたのはファヴニルではなく、ヴィヴィアであった。
脱力から発揮された瞬発力が成した早撃ち。武装解除呪文であるエクスペリアームスを放ったヴィヴィアが見たのは、その魔法が杖に直撃する直後に手を離すことで武装解除呪文を無効化したファヴニルの姿。呆けている暇はないぞと言わんばかりに放たれたレヴィオーソを回避できたのは、ファヴニルが初動を必ずレヴィオーソで始めると分かっていたから。
「アクシオ」
「っ!」
「────ふむ。ではアグアメンティ」
「ステューピファイ!」
グンッ、とローブが引っ張られた瞬間にヴィヴィアは着ていたローブを脱ぎ捨て、水を呼び出したファヴニルの視界をローブで遮ってすぐに麻痺呪文を放つ。そんな視界妨害を受けながらも紙一重で躱したファヴニルはお返しと言わんばかりに杖をヴィヴィアの足元に向け、呪文を口にする。
「ルーモス」
「は────ぐぅっ!?」
ルーモスは杖の先を光らせるだけの魔法のはず。そう思ったヴィヴィアに待っていたのは目が潰れたと錯覚するほどの凄まじい光。このような強い光を出せるはずがない。何か種があるはず、と考えてすぐに、ヴィヴィアの優秀な頭脳はルーモスの極光の原因を割り出した。
「水の乱反射か……!」
「正解だ」
水を呼び出し、水浸しになった教室。その水にルーモスをぶつけることで凄まじい光を生み出すことに成功していたファヴニル。ちなみに泡を呼び出してさらに光を乱反射させるという手段も取れる。魔法の使い方がテクニカルすぎる。
「そら、まだまだここからだぞ。レヴィオーソ」
「くっ!?」
ファヴニルが撃ち出す魔法がヴィヴィアを襲うが、紙一重で躱していく。基礎的な魔法と回避だけの戦いだが、その攻防は激しいものだ。ファヴニルが攻撃の手を緩めれば、その隙をすぐにヴィヴィアが刈り取らんと魔法を放つ。ヴィヴィアの手札や選択肢を的確に潰し、確実に仕留めようとするファヴニル。
お互いに魔法を撃ち、躱し、屈み、転がり────相手の魔法をいなしてはカウンター気味に魔法を撃ったり、緩急を生み出してフェイントをかけたりと、11歳とは思えない攻防にマクゴナガルとフリットウィックは目を奪われていた。ファヴニルは11歳ではないが。
「そこです! ああ、惜しい!」
「そこはエクスペリアームスではなくアクシオ────そのレヴィオーソは素晴らしい選択ですよ、アドワーズさん!」
基礎的な魔法と身体能力だけの戦いだというのに、その攻防に目が離せない。
手札を潰されたヴィヴィアが壁を蹴ることで魔法を回避し、その回避を予測していたファヴニルが着地点に潤滑の呪文を唱えて滑らせる。しかしその滑りすら利用して魔法を唱えれば、ファヴニルのローブに魔法が掠る。
「ようやく掠めたな!」
「クハッ。まだ序の口だぞ」
まるで神話の怪物に挑む勇者の気分だと心の中で叫ぶヴィヴィアは、ファヴニルの隙を見逃さずに魔法を差し込み続ける。誰がどう見ても劣勢なこの状況であっても、ヴィヴィアの目は全く死んでいない。ドラゴンの喉笛を掻っ切ってやろうと挑み続ける彼女を見て、最も心躍っているのは間違いなくファヴニルであろう。
腐っても最強種ドラゴン。酒のことしか考えていない酒カスドラゴンだが、自分に全力で挑んでくる勇者に喜びを感じないわけがなかった。どれだけ劣勢であっても折れず、曲がらず、屈せず、挫けず、強大な敵へと挑み続けるその姿は正に、ファヴニル達ドラゴンが愛した人間の姿そのものだ。
本来の姿に戻り、歓喜の咆哮を上げたくなるのを堪えながら、至宝たる輝きを魅せ続けてくれる少女を真っ直ぐに見つめる。泥臭く、しかし気高く、美しい勝利を勝ち取ろうとするヴィヴィア・アドワーズという人間の姿を焼き付けるために。
(さぁ、次だ。次はどう躱す? 次はどこから攻撃してくる? どこまで魅せてくれる!? 魅せてみろヴィヴィア・アドワーズ! さぁ、お前はどこまで俺に魅せてくれる!!)
ファヴニルの心の咆哮に応えるように、ヴィヴィアは前進する。前へ、前へと突き進む。魔法が殺到する中、的確に回避、防御を行い、ファヴニルにどんどん距離を詰めていく。
「ステューピファイ! レヴィオーソ! エクスペリアームス!」
(さらに鋭くなった! 魅せてくれる……!)
洗練され続ける魔法により、魔法をことごとく防がれ、回避され、ファヴニルとヴィヴィアの距離はどんどん縮んでいく。
一歩、一歩と距離が縮まり、ファヴニルとヴィヴィアの距離はもはや四メートルも離れていない。攻防はさらに加速していくが、両者一歩も引くことはしない。何かきっかけがあれば、この均衡が一気に崩れる。この場にいる誰もがそれを察している中、動いたのはヴィヴィア。
「アクシオ!!」
「ッ!?」
この距離でアクシオを放たれるとは思っていなかったファヴニルの体が引っ張られ、ヴィヴィアがファヴニルに背を向けているのが見えた直後────彼の視界に飛び込んできたのは、ヴィヴィアの踵であった。
(ここで回し蹴りを選択するか! 魔法だけではない、体術……そうか、創設者達に仕えた家系ならば、騎士であってもおかしくは……体術も洗練されているとは恐れ入った。だが────)
「勝ちを譲ってやることはできんな」
ファヴニルの声が耳元で聞えたと思った時にはヴィヴィアの体は宙に浮いており、思い切り床に叩き付けられてしまう。
「────かはっ!?」
「……詰み、だな」
そう言って笑うファヴニルの手にはヴィヴィアの杖と、彼自身の杖が握られていた。決着は、誰が見ても瞭然だった。
「……届かなかったか」
「いいや? 先程の回し蹴りには度肝を抜かれたとも」
現にほら、と頬を指差した彼の頬には赤い線が残っており、あの回し蹴りが掠めていたことを示している。荒い呼吸を続けるヴィヴィアにファヴニルは、純粋な称賛の意を湛えた笑みを浮かべて声を上げる。
「素晴らしい戦いだった、ヴィヴィア・アドワーズ」
「はは、お気に召したのなら、良かった」
「ああ。さて、少し休んだら講評に移りたいが……立てるか?」
「あ、ああ……しかし、あれだな。背中がびちゃびちゃだ」
「だろうな。すぐに乾かそう。スコージファイ、デパルソ」
清め、水のみを消し去るという高等テクニックを披露するファヴニルを見て、ヴィヴィアは彼との実力差を実感する。しかし、そこで折れるという選択を選ばない。むしろファヴニルに一発加える────いや、一本取ってやろうとやる気を燃え上がらせていた。
そんなヴィヴィアの闘志を感じ取り、ファヴニルは心を踊らせた。今日は間違いなく美味い酒が飲めると。
「すぐにでも講評に移りたいですが……ファヴニル・モルトキュール、ヴィヴィア・アドワーズ。見事な戦いを見せてくれた二人に十点ずつ与えます」
「私からも十点ずつ。素晴らしい戦いをありがとう、モルトキュール君、アドワーズさん」
点数など興味がないとはいえ、誰かに褒められることで気分を害するような捻くれた性格ではない二人は純粋に感謝の言葉を述べ講評を聞くために一度休憩を挟む。
そんな休憩時間であっても最後に使った技は何だったのかとか、あの時もっとこうすれば上手くいったかもしれないなどを話し合う二人を見て、マクゴナガルとフリットウィックはこの二人が成長した時、素晴らしい魔法使いになっているだろうと確信を持った。