事件から3日後。キッドは目を覚ました。見知らぬ場所に寝かされていた。上半身を起こすと、傷が無いのにも関わらずに身体中に激痛が走った。痛みのあまりに声を出すと、白衣を着たマックイーン医師が部屋に入って来た。
「まだ動かない方がいいわよ?」
「あの……ここは?」
キッドが辺りを見渡すと、キッドが寝ているベッドを含めて4つのベッドがある部屋だった。マックイーン医師は椅子に座りキッドの体を触り始めた。
「回復魔法を使ったけど、悪魔でも傷口を塞いだだけ。脳が錯覚して傷口がないのに痛覚を感じるのよ。魔法って便利な様で不便なのよねぇ」
回復魔法というのは悪魔でも傷口を塞ぎ癒す魔法だが、脳は負傷した状態のままなのだ。故に冒険者達はその激痛に耐えながらクエストをこなしているという事になる。回復魔法を使ったとしても直ぐには動けるものではない。
キッドは不思議な感覚に悩まされながらマックイーン医師に声をかける。
「僕はどうやってここに……?ここは何処ですか?」
「ここは私の病院。事件の時の事、覚えてる?」
「それは勿論。バンデットファミリーに捕まって……バンデットファミリーは!?」
思い出したかの様にキッドは動き出すが、マックイーン医師に止められた。
「まだ動いちゃダメよ。まだ脳が傷を癒したと認識してないんだから大人しくしてなさい。バンデットファミリーなら消滅したって聞いたわよ?」
「消滅!?」
「ええ。ほら、昨日の新聞だけど大きく掲載されてるわ」
マックイーン医師から新聞を受け取って広げると、バンデットファミリーが保安官の働きにより消滅したと記されていた。
「い、一体誰が……」
「さぁ?グレン連邦保安官の指示により貴方は約2ヶ月半ここに居て貰う事になったわ」
「2ヶ月半!?そんな、まだ研修も終わってないのに!?」
「仕方ないじゃない。万全な体じゃないと保安官は務まらないでしょ?グレン連邦保安官の命令でもあるのよ?」
「グレン連邦保安官の……」
キッドは観念したのか、ベッドに横たわった。
2ヶ月半後。
キッドは傷を完治して病院から外に出ると、荒野のフロンティア大陸に冬がやって来ていた。乾いた大地に粉雪化粧を施していて外にいる住民や冒険者達は冬仕様の服装に変わっていた。コートを纏って保安官事務所に出勤すると、全保安官達が出迎えていた。グレン連邦保安官が近付いて来てキッドの肩に手を置いた。
「皆、バンデットファミリーの件で入院していたキッド・ウォーカー保安官が今日無事に復帰した。今日からまた頑張ってくれよ!」
グレン連邦保安官が拍手をすると、他の保安官達もつられて拍手をした。キッドは照れくさそうにすると、事務所内で通報放送が響く。
《コルト地区の22番通りで冒険者数名が口論しているとの通報。直ちに出動して下さい。キッド保安官、復帰おめでとうございます》
通信士の女性からも激励を貰うと、グレン連邦保安官が口を開く。
「さぁ、皆今日も1日頑張ってくれ。体慣らしにキッド保安官、ジェシカ保安官。現場に向かってくれ」
「了解しました」
「あいよ。あたしも怪我の治り具合い知りたかったしね」
そう言いながらジェシカ保安官はキッドのケツを蹴る。ジェシカ保安官なりの「おかえり」という事なのだろう。
「痛いですよ!装備は僕が取ってきます」
「おう、頼んだよ」
装備保管室に向かって装備を受け取り、馬房に向かった。既に馬に跨っているジェシカ保安官が声をかける。
「ほら、早くしな。復帰して体訛ってるんじゃねぇのか?」
「そんな事ありま……せんっ!ふう、ビリー久しぶりだね」
「ヒヒーン!ブフルル!」
愛馬のビリーも「久しぶり」と言わんばかりに嘶く。挨拶を済ませたキッドはそのまま現場に急行した。その数分後、コルト地区の22番通りに到着すると、褐色肌のエルフ族の男性、イタチ系獣人族の男性、カメレオン系蜥蜴人族の男性がさらりと流れる長い黒髪と神秘的な眼差しが特徴的な人間族の女性に絡んでいた。
「おいおい、男が寄って集って女を虐めてんのか?みっともねぇな」
「ちょっと様子を見てみますか?あの女性の方も冒険者の様ですよ?」
キッドがそう言うと、ジェシカ保安官が首を傾げる。
「なんでそう言えるんだよ」
「あの服装は異国の剣士の服装だからです」
「異国?ロンドール大陸から来たとかか?」
「恐らくですが、東洋の国の【ヤマト大陸】だと思います。ビックベルにいた時に何人か似た様な服装の冒険者がいましたから」
「ふーん、面白そうじゃん」
ジェシカ保安官がその女性冒険者に視線を向けた。その女性は一般的な女性冒険者と違ってオレンジ色の着物と小豆色の袴で身を包み、茶色のブーツを履いており、腰には白い朴の木の鞘に収まっている片刃の剣を差していた。
「てめぇ、ぶつかって置いて謝りもしねぇで黙って睨みつけとか、俺達にケンカ売ってんだよな?」
「さっきから黙ってばっかでよぉ、俺達が誰か知ってんのか?」
いかにもキッドと同じくらいに思える程の歳をした女性剣士が3人相手に怯むどころか相手にすらしていないという状態だった。肝が据わってるのが気に入ったのか、ジェシカ保安官もそこに気付いた様だった。
「もうめんどくせぇ、ここで痛めつけて宿に連れ込んでやる」
褐色肌のエルフ族の男性が曲がった刃が特徴のショーテルソードを抜いて女性剣士に突きつける。しかし、女性剣士は眉ひとつ動かす事はなかった。
「…………」
女性剣士はひたすら沈黙のままに相手を睨みつける。一触即発の空気に危険を察知したキッドがホルスターに手をかける。
「流石にもう、止めた方がいいですよね?」
「いや、あの3人組は1週間前に厳重注意を受けたばっかりなんだけどよ。まだ懲りてねぇ見てぇだ。ここはちょっと痛い目にあってもらおうぜ」
「またそんな無責任な……」
女性剣士より頭1つ背が高い褐色肌のエルフ族の男性冒険者とキッドと大して身長が変わらない女性剣士。体格差を考えれば、女性剣士が不利である。このままでは女性剣士はあっという間に真っ二つにされてしまう。しかし、ジェシカ保安官の勘が当たってるのか、女性剣士も退くつもりなどないようだった。
「死ねやおらぁぁっ!」
褐色肌のエルフ族の男性冒険者が雄叫びを上げながら斬りかかった。ショーテルソードが上段に振りかぶられた瞬間、褐色肌のエルフ族の男性に異変が起こっていた。身に付けていた革ベルトが真っ二つに切れて腰袋などがバサッと音を立てて落ちていた。
「えっ?一体、何が……?」
「おい、お前見えたか?」
「いや、気付いた頃にはあの姉ちゃんは鞘に剣を収めてたし……」
キッドを含め野次馬達が摩訶不思議と首を傾げる中で、女性剣士は無表情で構えを解いた。だが、ジェシカ保安官にはかろうじて見えていた。女性剣士の振るった剣が、相手の革ベルトを斬ったのだ。褐色肌のエルフ族の男性冒険者が驚いた様子で後ずさりをすると、他の冒険者達が襲いかかった。
「そんなもんで俺達が」
「ビビると思ってんのかぁぁっ!」
イタチ系獣人族の男性冒険者とカメレオン系蜥蜴人族の男性がハルバードとクレイモアソードをそれぞれ同時に振り上げた。その一瞬の間に女性剣士は再び身構え、剣を抜きながら冒険者達の波状攻撃をひらりひらりと躱した。そして、互いが交差した時、女性剣士が剣をパチンと収めると革ベルトがまた斬り落とされた。
「すげぇ、いつ斬ったのか見えなかったぜ」
「あの姉ちゃんすげぇな……」
「こ、この野郎っ!」
カメレオン系蜥蜴人族の男性冒険者がハルバードを構えた瞬間、
「おーっと、喧嘩はそこまでだ」
ここでようやくジェシカ保安官が動き出し、背後に回って後頭部に銃口を突きつける。キッドも遅れながらもイタチ系獣人族の男性に銃口を向ける。褐色肌のエルフ族の男性は既に負けを認めたのか、武器を捨てて両手を上げていた。
「殺人未遂と暴行の容疑で貴方達を逮捕します」
「なっ、保安官がいたのかよ……」
冒険者達は手錠を掛けられて牢竜車に乗せられて行くのを見送ったキッドは次に、女性剣士に顔を向けた。その間、ジェシカ保安官はただ黙って女性剣士を見つめている。「ほら、次はコイツだよ」と言わんばかりにキッドに合図を送るジェシカ保安官。キッドはやれやれと呟きながら声を掛けた。
「遅くなって申し訳ございません。では、詳しく事情をお聞きしたいので保安官事務所まで御足労願います─────」
女性剣士の背後から声を掛けたのが不味かったのか、女性剣士は振り向きざまに一瞬で剣を抜いてキッドの首元に刃を突き付けた。女性剣士は我に返ったのか、はっとした顔をする。
「あっ……えーっと……」
「保安官に対する暴行。現行犯逮捕だな」
時すでに遅しというのはまさにこの事。ジェシカ保安官は剣を持っていた右手首に手錠を掛けた。女性剣士は観念したのかはたまた悪い事をしたのを自覚しているのか、抵抗することなく剣を鞘に収めてもう片方に手錠を掛けた。安全を確認したジェシカ保安官は魔線機取り出す。
「こちらジェシカ保安官、コルト地区22番通りにもう一度牢竜車を寄越してくれ。容疑者追加だ」
《了解しました。直ちに向かわせます》
─────その後。事務所に戻って来たキッドとジェシカ保安官は先程の女性剣士の元へ訪れていた。2人は女性剣士を取り調べ室に連れて行き、喧嘩の経緯を聞く為だった。女性剣士を座らせてからキッド達も席に着く。キッドはコホンと咳払いをして口を開いた。
「僕の名前はキッド・ウォーカー保安官。そしてこちらはジェシカ・レジーナ保安官です。先程の喧嘩の原因をお聞きしたいのですが、良いでしょうか?」
キッドが丁寧に尋ねるが、女性剣士は全く無表情だった。
「あ、あのー?言葉分かりますか?」
「…………」
「黙秘権でも使ってんのか?」
「えぇ〜?困ったなぁ……」
黙ってばかりいる女性剣士に困ったキッドは唸りながら考える。そして、閃いたのか、「あっ」っと声を出して懐からメモ帳を取り出した。
「なんだ?連絡先でも聞こうってのか?」
「違いますよ。えーっと……あったあった。私の名はウォーカー・キッドと申します。貴女のお名前をお聞かせください」
キッドはメモ帳を見ながら言葉を発すると、女性剣士は驚いたよう目をまん丸にしてキッドを見つめた。それと同時に知らない言葉を聞いたジェシカ保安官も驚いていた。
「なんだよ今の言葉!?何語だよ!?」
「ヤマト大陸の言語ですよ。ギルドに居た頃似た様な人達からもクエストを受注してたので勉強してたんですよ」
「へぇ〜ギルド職員ってのは便利なもんだな」
ジェシカ保安官が珍しく関心している中、キッドは今度はヤマト大陸の言葉で女性剣士に再び尋ねた。
「では、お尋ねします。先程の喧嘩の原因を詳しく事情を説明して頂けますか?言葉が話せないというなら、筆談も可能ですよ?」
キッドは鉛筆と紙を差し出すと、女性剣士は懐から木札を取り出して机に置いた。キッドとジェシカ保安官は受け取ってまじまじと見つめた。
「なんだこりゃ?」
「恐らくヤマト大陸で発行している冒険者ライセンスの様ですね」
「お前、読めるか?」
「ちょっと待って下さい……。えーっと、【カエデ・イズモ】という名前の様ですね。年齢は17歳、剣士★6……だそうです」
2人が木札を見ている間にカエデは紙にスラスラと何かを書いており、書き終えて鉛筆を置いた。それに気付いたジェシカ保安官はキッドに声を掛ける。
「おい、紙に何か書いたぞ?」
「え?どれどれ……突然耳長の男がぶつかって来て因縁を付けられた。襲いかかって来たから脅かした。貴方に刃を向けたのは申し訳ない。仲間と思ってしまった……と」
「正当防衛だな。後はお前が許すかどうかでコイツは留置所に行く事になるぜ?」
「えっ!?僕ですか!?困ったなぁ……」
キッドは困りながら考えた。誤って刃を向けてしまっただけの相手をこのまま帰してしまっては保安官の面子に関わってしまう。悩みに悩んだ結果。
「では、一晩だけ留置所に入って頂きます。今晩は冷えますしね?」
「うわ……入れんのかよ」
「入って貰うだけです。それに、指紋や写真は取りません」
「ほう?そう決めたらそうしな」
ジェシカ保安官から茶化されなが、カエデを留置所に連れて行った。カエデは牢屋に入ると、背筋をピンと伸ばし、ゆったりとした所作で牢屋のベッドに腰を下ろした。キッドは上品で清楚なカエデを見て育ちの良さを感じ取っていた。
「明日の朝にまた参りますので、今晩だけここに居て貰います。剣は明日の朝お返しします」
キッドがそう言うと、カエデはゆっくりと頷いた。キッドが牢屋から離れると、ジェシカ保安官が口を開いた。
「なぁ、ちょっとその手帳貸してくれ」
「え?なぜです?」
「女同士話しがあんだよ。いいから貸せ」
半ば強引にキッドの手帳を奪ってカエデの前にしゃがみながら手帳を読みながらカエデに話しかけた。
「綺麗な字で読みやすいな……えーっと?あたしの、名前はレジーナ・ジェシカ。あんた、行く所があるのか?」
カタコトの喋り方でカエデに尋ねると、カエデは首を横に振った。ここでジェシカ保安官はカエデはウェスタンに来たばかりと判断した。しかもカエデは話す事が出来ない。
「ねぇのか、なら……えーっとこの字をこうかいて……あたしのサインを書いて置けば大丈夫だろ」
ジェシカ保安官は紙に何かを書いてカエデに差し出した。
「明日、ここへ行って、冒険者ギルドでウェスタン国で、発行する、冒険者ライセンスを作って貰え、あたしの、サイン、見せれば、大丈夫」
カエデは受け取ると、理解出来たのか深々と頭を下げた。
「うーんと、おやすみなさい」
ジェシカ保安官は照れくさそうに早足で留置所を後にした。外で待ってたキッドが何を聞いたのか尋ねる。
「何を聞いたんです?」
「女同士の秘密だよ。なんだ?別に違法な事はしちゃいねぇよ」
「へー。珍しく興味持ってましたし?そりゃ気になりますよ」
「うるせぇっ!さっさと仕事に戻るぞ!」
キッドのケツを蹴りながら再び街に戻って行った。