街に戻ったキッドとジェシカ保安官の魔線機に休む暇なく通信が入る。
《コルト地区13番通りの酒場で魔族の男が暴れているとの通報。キッド保安官、ジェシカ保安官。現場に向かえますか?》
ジェシカ保安官は腰に付けていた魔線機を取り出して応答する。
「こちらジェシカとキッド。現場に向かいます。ほら、行くよ!」
「はいっ!」
キッドとジェシカ保安官が現場に到着すると、酒場の店主が入口で待ち構えていた。キッドとジェシカ保安官は馬から降りて店主に声を掛けた。
「通報はあんたか?」
「はい、もう手が負えなくて……」
店主は余程大変だったのか、頭を抱える。
「店主さんはここにいてください」
「新入り、行くぞ」
キッドとジェシカ保安官がブーツの拍車をチャリチャリと鳴らしながらスイングドアを通り中へ進むと食いかけのパンと空の酒瓶が何十本も転がっており、体格が良くて頭に角を生やした白髪の男性が店内のテーブルをひっくり返して床に大の字になりながらいびきをかいて寝ていた。ジェシカ保安官はキッドに向かって声を掛ける。
「さて、キッド保安官。このような状況の時どうする?」
ジェシカ保安官の質問に少し考えたキッドは、
「えーっと……まず、銃は使いません。対話を試みます」
キッドの答えにジェシカ保安官はうんうんと頷いた。
「まぁまぁの答えだ。やってみな」
「分かりました」
キッドが魔族の男性に近付き、声を掛けた。
「もしもーし。こんな所で寝ていると風邪引きますよ?」
いびきをかいていた魔族の男性は目を開け、ムクリと体を起こした。
「あなた随分飲んだ様ですが、大丈夫ですか?起きれますか?」
「あー?あぁー?んだー?おめぇ……?」
余程飲んだのか、男性の言葉は呂律が回っていなかった。キッドは優しく話し続ける。
「あのですね、ここだとお店に迷惑だから料金を支払って一旦外に出ましょうか?今日は天気が良いので気持ちいいですよ?」
「はぁ!?でねぇよ馬鹿野郎がぁっ!ざけんな馬鹿野郎が!」
「まぁそう言わずに……ね?支払いしないと店主さんを怒らせてもう店に入れて貰えませんよ?」
キッドがそう言うと、魔族の男性は妙な鼻歌を歌いながらゆっくりと立ち上がった。だが、魔族の男性は身長170cmのキッドを遥かに越えた身長をしていた。思わずキッドはホルスターに手をかけながら距離を取る。魔族の男性はキッドに据わった目で声を掛ける。
「なんだぁコラァ、俺様が誰だか分かってんのかぁ?あぁん!?」
「はいはい怒鳴らないで下さい。店主さん。ここの料金はいくらですか?」
キッドは振り返って外から見ている店主に尋ねると、
「5350ゴールドだ!」
「随分飲みましたね、5350ゴールドだそうです」
ウェスタン国の通貨は【ゴールド】と言う単位を使い1、10、100、500ゴールドは4種類の硬貨を使い、1000、5000、10,000ゴールドからは3種類の紙幣を使う仕組みになっている。
「さいふぅ〜さいふぅ〜チャラ〜チャチャチャチャラ〜チャチャチャ」
「楽しく飲んだんですからキチンと払わないとダメですよ?」
魔族の男性は財布を探すが、一向に見付からない。挙句の果てには悪態を付いて来た。
「財布がねぇ、お前が立て替えておけぇ!」
「嫌ですよ。貴方が払って下さい」
「なんだと、俺様の言う事が聞けねぇのかぁっ!?」
「このままだと無銭飲食になりますよ?それに、こんなに店をめちゃくちゃにしたんですから器物損壊罪も加わりますよ?」
「器物損壊?無銭飲食?知らねぇよ!この俺が誰か知らねぇのか!?」
魔族の男性は凄むが、キッドは怯まず返した。
「いえ、分からないので冒険者ライセンスカードか、武器所持許可証はありませんか?」
「あー?ライセンスゥ?ライセンスってなんだぁ?」
「貴方は冒険者では無いのですか?」
「冒険者……んなわけねぇだろぉっ!」
魔族の男性は冒険者では無いようでキッドは困った顔をする。
「困ったなぁ……。では、事務所に照会してみるのでお名前よろしいでしょうか?」
キッドがペンを取りメモ用紙を取り出して尋ねると、魔族の男性が口を開いた。
「魔王……」
「はい、魔王……え?」
キッドは思わずペンを止めてしまった。ジェシカ保安官はおかしかったのか、ゲラゲラと笑う。
「あははっ!新入り、本物の魔王がいる訳ねぇだろ!」
「たっ、確かに……。ふざけないでちゃんと答えて下さい!」
キッドもそんな訳ないと考え直す。現に故郷ビックベルの冒険者ギルドの書類で数年前に魔王は勇者一行に倒されたと記されていたからだ。魔族の男性はキッドの言葉が気に食わなかったのか、食ってかかる。
「この人間風情が、この魔王に楯突くか!?」
「暴れないでくださいっ!」
キッドに掴みかかろうとすると、ジェシカ保安官がホルスターに手をかける。魔族の男性がキッドに殴ろうとするが、泥酔状態が祟ったのか蝿が止まりそうな速度のパンチが飛んで来た。コツンとキッドの顔に当たった為、キッドは手錠を取り出し、魔族の男性の手に掛けた。
「んおっ!?」
「保安官に対する暴行の為、貴方を逮捕します。事務所の留置所で頭を冷やして下さい」
「あー?おー、ちくしょう!」
「こちらジェシカ保安官。魔族の男性を暴行罪で逮捕、牢竜車を要請」
《了解。直ちに送ります》
数分後、牢竜車が到着した。御者として来たカナヘビ系蜥蜴人族のウィストン保安官と共に魔族の男性を牢に入れた。魔族の男性は入った途端ガーガーといびきをかいて寝てしまった。
「しかしでっけぇな。流れ者か?」
「恐らくそうかと思います。無銭飲食と暴行、器物損壊で逮捕しました」
「で?このおっさんの名前は?」
「冒険者ライセンスカードを所持してないのですが、本人は魔王と名乗ってます」
魔王と言った途端、ウィストン保安官はポカンと口を開けてからジェシカ保安官と同様ゲラゲラと笑い出す。
「ははははっ!魔王ってか!あの世界征服を目論んでいた魔王軍の総大将が無銭飲食、暴行、器物損壊で捕まるかよっ!」
「だろう?ウィストンもそう思うよな!」
ジェシカ保安官も会話に混じり、ウィストン保安官に声を掛ける。ウィストン保安官はジェシカ保安官に軽く挨拶する。
「よう、ジェシー。新人指導は順調見てぇだな」
「うるせぇよ。それより奥さんは元気か?」
「あぁ、ピンピンしてらぁ。んじゃ、また事務所でな」
「おぅ、奥さんによろしくな」
「ああ、伝えて置くよ」
ウィストンは牢竜車の手綱を持ち、事務所に向かって行った。
「さっ、あたしらも仕事に戻るよ」
「はい!」
キッドとジェシカ保安官は再び馬に跨り、街へと駆けて行った。