51 新しい新人達
ウェスタンに春がやって来た。冬の雪や氷が解け、あちこちの道が泥の海になる時期でもある。そんなコルト地区のとある酒場に、貴族の馬車が止まった。馬車から降りてきたのは……金髪縦ロールの髪型にずっしりと重いベルベット。絹糸がみっしりと詰まった重厚なブロケードで光沢と肌を滑るような滑らかなサテンに光を受けるたびに表情を変える赤いドレスを身につけた人間族の女性が現れた。
「じいや、ここで良いわ」
御者席に座っている人間族の老人に声をかけると、
「お嬢様、よろしいのですか?目的地はもっと先でございますよ?」
「構わないわ。ここからは私1人で歩いて行きますわ」
「大丈夫でございますか?」
「大丈夫よ。今日でお別れね、じいや」
「はい、寂しくなりますね……アンナお嬢様。どうか、お元気で」
「貴方もね、では……」
馬車が再び走り去るとアンナと呼ばれたお嬢様は、何を思ったのか酒場の中へと入って行った。中には屈強な冒険者や荒っぽい労働者で溢れかえり、賑わっていた。アンナはそのまま気品のある歩き方をしながらカウンターに座った。人間族の中年男性のバーテンダーは不思議そうな顔付きで尋ねる。
「申し訳ありませんが、店を間違えてませんか?」
バーテンダーは当回しにあんたが来るところじゃないと言わんばかりに言う。すると、アンナは凛とした顔をして答える。
「いいえ、間違えておりませんわ?幾つかお尋ねしたくて来ましたの」
「はぁ……まず、何か注文して貰いませんかね?」
バーテンダーがそう言うと、
「それもそうですわね。なら、お紅茶を頂けるかしら?」
アンナがそう言うと、やり取りを見ていた労働者や冒険者がゲラゲラと笑い出した。
「ギャハハ!聞いたか、お紅茶だとよ!」
「まったくだ!ここは貴族のお嬢様が来るところじゃねえぜ!」
「執事の入れたお紅茶が恋しいのか?お嬢様?ギャハハ!」
周りが騒いでいても眉ひとつ動かさずに凛とした顔つきでバーテンダーに顔を向ける。バーテンダーも呆れた様子で、
「申し訳ないんですが、紅茶は置いてないんですよ。庶民の安酒かレモネードしか置いてないんです。飲みたければ喫茶店にでも行った方が……」
「そうですの……なら仕方ありませんわね。レモネードをお願いしますわ?」
「はい、かしこまりました」
バーテンダーがカチャカチャとレモネードを入れていると、ドワーフ族の男とブルドッグ系犬の獣人族の男がアンナに声を掛ける。
「お嬢様、朝っぱらから香水くせぇんだよ」
「あんた見たいな生娘が来る所じゃねぇんだよ。なんなら俺達がお話し相手してやろうか?」
チンピラ見たいな絡み方をして来た。すると、アンナは涼しい顔をしながら顔を向ける。
「私、今日から初出勤ですの。なので邪魔をしないで頂けるかしら?」
「鼻につく言い方しやがって……痛い目見ねぇと分かんねぇらしいな」
ブルドッグ系犬の獣人族の男が手をゴキゴキと鳴らすとアンナは手提げカバンから白い手袋を取り出した。
「痛い目をと言うのはどういう事ですの?」
手袋をしながら尋ねると、
「分かんねぇか?こういう事だっ!」
ブルドッグ系犬の獣人族の男が拳を繰り出した瞬間、アンナは華奢な腕なのにも関わらず片手で受け止めた。ドワーフ族の男も驚きを隠せなかった。
「なっ!?」
「ふざけるのも大概になさいまし……」
アンナがそう呟くと掴んだ拳に力を入れてミシミシを音を立て始める。段々ブルドッグ系犬の獣人族の男は顔を歪める。
「イデデデェッ!!」
「お仕置きが必要かしら?」
離れていた他の冒険者達にも火がついたのか、喧嘩に割り込んで来る。
「貴族が調子こいてんじゃねぇぞゴラァ!!」
「貴族は税金が特別免除とかふざけてんのかぁっ!」
「やっちまえやっちまえ!」
冒険者や労働者達はアンナを取り囲む。だが、アンナは涼しい顔をしながら出されたレモネードを嗜む。
「まぁ、こんなに沢山……血が騒ぎますわね」
一方その頃。保安官事務所では、着替えてミーティングルームで朝礼を待っていた。ジェシカ保安官がキッド達に顔を近づける。
「なぁ?確か今日は新人が来るって話だよな?それらしき奴いたか?」
「そういえば今日でしたね……男の更衣室には新顔は居ませんでしたよ?女性じゃないんですか?」
キッドがヒソヒソ答えると、ジェシカ保安官に軽くチョップされる。
「いねぇから聞いてんだろ?なんだ?しっぽ巻いて逃げたか?」
「あいたっ!まさか、初日で逃げるって有り得ますか?」
ヒソヒソ話していると、グレン連邦保安官が慌ただしくミーティングルームに入って来た。
「おはよう。早速だが新人を紹介……おい、どこだ?」
グレン連邦保安官が見渡すが新人の姿はない。
「おい、新人3人を見てないか?部屋を間違えてるとかじゃないのか?」
それを聞いた保安官達は同じ方向に首を傾げる。グレン連邦保安官は手で顔を隠す。
「全く……今年の新人はどーなってんだ!初日に遅刻とはいい度胸だ」
グレン連邦保安官がボヤいたと同時にミーティングルームに放送が流れる。
《コルト地区の6番通りの酒場で喧嘩の通報。ウェスタン駅で不審人物が騒いでるという通報が入りました。至急現場に急行して下さい!》
「ええいこんな時に、朝礼は中止だ。キッドとロッキーは酒場へ迎え!ジェシカとジャックポットはウェスタン駅へ、オースティンは……」
ジリリリ!
突然ミーティングルームの魔導話が鳴り響いた。
「今度はなんだ!?まったく……」
イラつきながらもグレン連邦保安官は魔導話の受話器を手に取る。
「もしもし、グレン連邦保安官だが……。あぁ、今日来る予定だが……?なに?そっちに居るだと!?すまんな、今迎えをやる……」
チンと音を立てて受話器を置いた。グレン連邦保安官はオースティンに顔を向ける。
「1人の新人が間違って王国騎士団の基地にいるそうだ。ガストンと共に迎えに行って来てくれ」
「どんなバカタレだ!了解、ガストン行くぞ!」
「普通間違えるかね!?」
「駅に不審人物ってなんだ?痴漢か?それともまたテロか?」
「行けば分かるよジェシーちゃん」
オースティンはシェパード系犬の獣人族のガストンと共に出ていった。ジェシカ保安官とジャックポット保安官も呆れながらも早々と出て行く。キッドもロッキー保安官と共に現場に急行した。数分後、酒場に到着すると、酒場の窓は割られており緊迫した状況だった。キッドとロッキー保安官は緊張しながらピースメーカーを構えながら中へ入って行った。
「保安官だっ!両手を見える位置まで上げろ!」
キッドが叫ぶとそこには、屈強な冒険者達や労働者達が床に倒れており、アンナに至っては片手で冒険者を持ち上げていた。
「あら、保安官が来てらしたのね?」
「その人を離して下さい」
キッドが冷静に言うと、アンナはパッと手を離し両手を上げながらキッドに言い放つ。
「これには訳があるのです。私はただこの街の事を聞きたくてお邪魔しあのに皆様が因縁を吹っかけて来ましたのよ?」
「聞きたいことってなんですか?」
キッドが尋ねると、アンナはキリッと顔させる。
「保安官の事をお聞きしたかったの。なんせ私、今日から保安官ですの」
「今日からって……まさか、新人って君なの!?」
ロッキー保安官が尋ねると、アンナは西洋の礼法で、足を少し引いてスカートの裾を軽くつまみ、膝を曲げてお辞儀した。
「アンナ・ローランドと申します。以後お見知りおきを」
「とにかく、事務所に来てもらいます。この騒動はその後に聞かせてもらいますよ?」
「ええ、勿論。それで、私は何に乗ればよろしいですの?」
キッド達に馬がいるが、アンナは歩くことになる。仕方ないと思ったロッキー保安官が声をかける。
「仕方ない。俺の馬に相乗りして貰うよ?原則としては2人乗りは禁止されてるんだけどね。キッドはそのままここで聞き込みしててくれ」
「了解。ロッキー保安官、お願いします」
ロッキーはアンナを乗せて事務所に戻って行った。その間、キッドは酒場に残ってバーテンダーに事情を聞くことになった。事務所に戻ると、ジェシカ保安官とジャックポット保安官に連れられて来たアマガエル系の魚人族の男と、オースティン保安官達に連れられて来た小人族の男がいた。
「たかが財布落としたぐれぇでギャアギャア騒いでんじゃねぇよ!」
「ひいっ!すいませんすいませんすいません!」
「若いの、事前に事務所の場所くらい調べておくもんだぞ?」
「すいませんでした……」
アンナも連れられて来ると、腕組みをしながら仁王立ちをして鼻息を荒らげるグレン連邦保安官がいた。
「新人の3人が来たな、今すぐ俺の部屋に来いっ!」
あまりの剣幕で流石のロッキー保安官も冷や汗をかいた。透かさずアンナに声を掛ける。
「アンナさん、早く行った方が良いよ」
「え、ええ。そうしますわ」
小人族の男とアマガエル系魚人族の男と共にアンナは部屋に入って行った。ロッキー保安官達は窓を覗くが防音魔法がかけられている為、グレン連邦保安官の怒鳴り声は聞こえなかったが明らかに激昂しているのは分かった。ジェシカ保安官達は呆れながら話し始める。
「ってか、なんだあのお嬢様は?アレが今年の新人か!?」
「そう見たい。そっちのアマガエルも?めっちゃ挙動不審なんだけど?」
「ああ、駅に着いたら財布を落としたらしくてな?それでその辺の人に声を掛けまくってたらしい。先が思いやられるぜ……」
「小人族の若いヤツも似たもんだ。王国騎士団の基地が事務所だと思ってたらしい。今年の新人はクセが強いな」
新しい新人達を目の当たりにした先輩保安官達は落胆した。