─────その後。アンナに逮捕後の流れを教えているとあっという間に夕方になっていた。キッドが書類整理をしていると、疲れた顔をしたオースティン保安官がアームストロングを引き連れて戻って来た。オースティン保安官は着いた途端、
「装備保管室に行って速度違反の用紙を貰ってこい」
「はいっ、分かりました!」
アームストロングを追い払った途端、机に突っ伏した。
「お疲れ様です。あの、大丈夫ですか?」
キッドが心配そうに声をかけると、オースティン保安官は顔を上げる。
「おぉ……若いの。お嬢様はどうだ?使えそうか?」
「ええ、まぁ。喧嘩っ早いのが問題ですが、物覚えと勤務態度は問題ありません」
「そうか……そりゃ良かったな」
そう言った途端にまた机に突っ伏した。
「あの、何かあったんですか?愚痴なら聞きますよ?」
「聞いてくれるか……?」
オースティン保安官はぐりんと首を動かしてキッドに顔を向ける。
「まず、馬に乗るのに10分かかったのは許すとして、強盗犯は取り逃がすわ、バッジは馬房に落として行くわ、銃撃戦の時に弾は落とすわ、最後の最後に書類の書き漏らしはあるわで散々だったぜ……」
「気の毒に……あの方、よく訓練所を卒業出来ましたね」
「俺も思ったよ……どうすっかなぁ……」
「もう少し様子を見てみてはどうですか?流石に初日にクビにしてくれって言ってもグレン連邦保安官も首を縦に振るとは思えませんし?」
「だよなぁ……なんか取り柄があればなぁ」
これ以上危険ではないかと判断したキッドは、オースティン保安官に声を掛ける。
「内勤を経験させてはどうですか?受付とか書類整理とか?」
キッドが提案すると、オースティン保安官は「その手があったか」と言う様に手を叩く。
「それは、良いかもな。新人の必須科目だしな」
「ほら、もうすぐ【不要武器買取りの日】ですし?いい機会じゃないですか!」
不要武器買取りの人とは、引退した冒険者達が使わなくなった武器などを保安官がウェスタンが国内で発行している商品券と交換が出来る行事だ。目的としては、家庭内事故、自殺、あるいは犯罪に悪用されるリスクのある武器を減らす為である。
「それならグレン連邦保安官も納得してくれるだろうな」
「それでも失敗をする様であれば……残念ですが……」
キッドも歯切れの悪い言い方をする。だが、死と隣り合わせの保安官は失敗は許されないのが現実なのだ。
「確かにな、ギリギリで卒業出来たかも知れないが実践で役に立てなければ無理だ。よし、グレン連邦保安官に許可を貰おう」
オースティン保安官は顔を上げると、偶然にグレン連邦保安官が小走りしながらやって来た。
「ここにいたか」
「グレン連邦保安官、ちょいと話があるんですが……」
「ちょっと待ってくれ、キッドに急用があるんだ」
オースティン保安官が声を掛けるが遮られた。キッドは思わず自分に指を指す。
「えっ?僕ですか?」
「ああ、悪いんだが明日からワルサー地区の保安官事務所に応援に行ってくれないか?」
「ワルサー地区ですか?」
ワルサー地区とは、多くの魚人族が住む住宅街として知られ、美しい自然の海岸線が広がる落ち着いた地区である。それにより、海岸付近のダンジョンや海岸のモンスターや海賊から市民を守る管轄として激務の地区でもある。
「なんで若いのがワルサー地区に?」
オースティン保安官が尋ねると、グレン連邦保安官は顔を濁らせる。
「最近、海岸付近で魔薬草が多く流れていて手が足りないらしい。オースティンやロッキーを向かわせようと思ったが、七つの大罪の一角を逮捕したという新人のキッドと会ってみたいと言うのだ」
「確かに、海岸付近はまだ経験ないのでいい機会ですけど?アンナ保安官はどうするんですか?」
「アンナはジャックポットと組ませるから安心しろ。どうだ?行ってくれるか?」
キッドはグレン連邦保安官の方に体を向けながら大きく頷いた。
「分かりました!行きます!」
「そうか、助かる。アンナが落ち着いたらジェシカを向かわせる」
「えっ?ジェシカ保安官ですか?」
オースティン保安官やロッキー保安官ではなく、ジェシカ保安官の名前が出た。キッドは思わず首を傾げた。
「どうしてジェシカ保安官なんですか?」
「まぁ、行けば分かる。明日から頼んだぞ」
「あっはい。了解しました」
曖昧に答えられたが、キッドは納得せざるを得なかった。キッドがその場を離れると、ようやくグレン連邦保安官はオースティン保安官の方を向いた。
「で?話とは何だ?」
「アームストロングの件なんですが……」
「あいつか……言いたい事は分かっている」
「巡回勤務より先に、内勤を先にやらせた方がいいかと思いまして」
オースティン保安官が胸の内を話すと、グレン連邦保安官は腕組みをしながら声を唸らせる。
「参ったな……アームストロングだけを内勤にさせる訳には……」
「正直に言うが、ありゃ向いてない。いずれ命を落とす上に保安官の看板に泥を塗る事になりますぜ?」
オースティン保安官の言葉にグレン連邦保安官も声を唸らせる。考えた末、グレン連邦保安官は顔を上げた。
「よし、ならキッドがワルサー地区に行く間まで巡回勤務から外して内勤に回そう。もしかしたらデスクワークの才能があるかも知れん」
「了解。奴にはなんて言います?」
「いや、俺から伝えて置く。だから今日だけ面倒を見てくれ」
「あいよ。やれやれ骨が折れるな」
オースティン保安官は凝った肩をコキコキと鳴らしながらアームストロングを探しに行った。
翌日。
キッドは、海岸付近を管轄している保安官事務所にやって来た。コルト地区の保安官事務所とは違って強烈な台風や高温多湿な気候に耐える為に白亜の硬化岩造りになっていた。キッドはスイングドアを通り、受付にいたカモメ系鳥人族の女性保安官に声を掛けた。
「おはようございます。コルト地区保安官事務所から応援に来ましたキッド・ウォーカーです」
「おはようございます。少々お待ち下さい」
カモメ系鳥人族の女性保安官は魔導話の受話器を取り、話し始めた。
「おはようございます。キッド・ウォーカー保安官が到着しました。はい、はい。分かりました」
チンと音を立てて受話器を戻すと、
「では、奥の部屋が更衣室になりますので着替えてから2階のミーティングルームに向かって下さい。オルカ連邦保安官がお待ちです」
「分かりました」
キッドは更衣室に向かうと、カジキ系魚人族や、イルカ系魚人族、タツノオトシゴ系魚人族、多様な魚人族が着替えていた。他にエルフ族、ドワーフ族、蜥蜴人族、人間族もチラホラいるが、魚人族の方が圧倒的に多い。着替え終わったキッドは駆け足でミーティングルームに向かうと、圧倒的な体格と筋肉質の肉体をしたシャチ系魚人族の保安官が立っていた。胸には白金のバッジが付けられていた。
「キッド・ウォーカー、着任しました」
「はっはっはっ!おはよう。君が噂の不作の新人君か。私の名前は【ジャック・オルカ連邦保安官】だ。少しの間、よろしく頼むよ」
オルカ連邦保安官が光沢のある手を差し伸べて来た。キッドも返すように手を出して握手をする。
「よろしくお願いいたします」
「それじゃ、前に掛けてくれ」
キッドが椅子に座ると、他の保安官達もゾロゾロとミーティングルームに入って来た。その中に、ジェシカ保安官と同じくらいに無駄のない筋肉質の長身をしたハスキー系犬の獣人族の女性保安官が入って来た。
「全員揃ったな?それじゃ、朝礼を始める。早速だが、コルト地区保安官事務所から応援が来てくれた。キッド君、挨拶してくれ」
オルカ連邦保安官に促されたキッドは、立ち上がって振り向く。
「キッド・ウォーカーです。この間金バッチに上がったばかりですが、少しの間お世話になります!」
キッドが頭を下げると拍手が上がる。
「それじゃ、初日は【エマ・レジーナ】、君に任せる。姉さんの後輩を虐めるなよ?」
「えっ?」
キッドが少し驚くと、
「大丈夫ですよ。私は姉とは違って乱暴じゃありませんから」
「よし、近頃魔薬草がワルサー地区にも流れて来ているという情報が入った。これ以上犠牲者が出ないように厳しく取り締まれ!」
オルカ連邦保安官の激が飛ぶと、保安官達は我先にミーティングルームを後にした。取り残されたキッドはエマ保安官に声を掛けられる。
「姉さんの所とちょっと違うかも知れないからゆっくり教えてあげるわね」
「あっはい……」
「どうしたの?私の顔って姉さんに似てるかな?」
キッドはジェシカ保安官とは違ってエマ保安官は優しい雰囲気をしており、とても姉妹とは思えなかった。それを察知したのか、くすくすと笑う。
「まぁ、私と姉さんは真逆の性格だからね。同じウルフドッグ系なのに」
聞きなれない言葉にキッドは二度聞きした。
「えっ?ウルフドッグ?ハスキー系じゃないんですか!?」
「知らなかったの?アハハ!良く間違えられるんだけど、私と姉はウルフドッグ系獣人族だよ?」
エマ保安官は声を上げて、子供のように無邪気に笑う。キッドも慌てて頭を下げた。
「失礼しました、以後気をつけます」
「いいよいいよ、似てるからね。それじゃ、ワルサー地区保安官事務所へようこそ、キッド保安官!」
エマ保安官は満面の笑みを浮かべながらキッドを迎え入れた。