──────夜の10時を過ぎた頃。キッドとジェシカ保安官、並びに王国騎士団達は、ワルサー地区の外れにある桟橋にやって来た。現場は小舟が何隻も係留されており、低く遠くで響く穏やかな波をしている。キッドとジェシカ保安官は漁師が使うと思われる樽や木箱に身を潜めていると、50人を越す程のクイーンホーネットの構成員達が羽音を立てながら夜空から降りてきた。蟲人族の女性の姿は獣人族同様に人間に近い姿をしている。
「ジェシカ保安官、奴らが来ました」
キッドが双眼鏡で様子をジェシカ保安官に伝えると、ジェシカ保安官は確認し、魔線機で合図をした。
「オーケー、こちらジェシカ保安官。お姫様達のご到着だぜ」
《……ザザ……こちら王国騎士団のガウェインだ。ザザ……聞こえるか?》
魔線機の調子が悪いのか、ノイズ音が聞こえて来る。ジェシカ保安官はイラつきながら声をかける。
「おい、魔線機の様子がおかしいぞ」
ジェシカ保安官が威圧的に言うと、
《ザザ……ザー!!》
最終的には魔線機がおかしくなった。キッドは顔を引き攣らせる。
「ま、魔線機が通じない!?」
「恐らく魔法で妨害されてるんだろ。アンチマジックってやつか?」
「アンチマジック……魔法、魔導具が使えないって事ですね。どうしますか?撤退しますか?」
キッドがそう言うと、ジェシカ保安官はピースメーカーを抜いた。
「バカ言ってんじゃねぇ。魔線機が使えなくても方法があんだよ」
「えっ?それって……」
その頃、キッド達とは反対側に待機していた王国騎士団の第1部隊のガウェイン達は、
「くそ、アンチマジックか」
「ガウェイン隊長、どうしますか?」
ランスロットが尋ねると、ガウェインは少し考えて、
「いや、待機だ。あの保安官達が中止にする訳がない」
「それはまぁ、そうですね」
「こんだけ集めたんだから中止に出来る訳がねぇよな」
同じ部隊のランスロットとパーシヴァルが嫌味な事言い出す。すると、ケイが海の中が波打ちしだし、水しぶきを上げながら何かが近付いて来るのに気が付いた。
「海から何かが近付いてます!」
「なんだ?アレは?」
場所は代わり、キッド達も同じ物に気付いていた。
「ジェシカ保安官、海から何かが出て来ますよ?」
「ほう?情報通りだな」
海面から馬の様な姿をしたモンスターが現れた。キッドは思わず声を出す。
「あれは【ケルピー】!?」
ケルピーは、多くは漆黒の馬の姿で水辺に現れ、旅人を誘惑する。背に乗せた者を水中に引きずり込み、溺死させて肉を喰らうとも、内臓だけを残して水面に打ち上げるとも言われている。
ケルピーの背中には革袋つが巻き付いていた。ケルピーがクイーンホーネットの群れに近付いて行くと、1人のスズメバチ系の蟲人族の女が手早く革袋を取り、別の革袋を巻き付けた。するとケルピーは、来た道を戻るように海に潜って行った。スズメバチ系蟲人族の女は、そのまま堂々と座っているオオスズメバチ系蟲人族の女に渡した。
「あの中にブツが入ってるな」
「その様です、でもどうするんですか?」
キッドが尋ねた瞬間、
「こうするんだよ!」
そう言った瞬間、ジェシカ保安官が飛び出した。
「全員動くな!保安官だ!両手を上げろ!」
「えっ、ジェシカ保安官!?」
キッドも慌てて飛び出し、サミュエルから貰った代用品のレバーアクションライフルを抜いて構える。
「動くなっ!動いたら撃つ!」
「はぁ!?なんで保安官がこんな所にいんだよ!?」
キッドとジェシカ保安官は背中合わせにしながら構えていると、あっという間にクイーンホーネットの一行に囲まれた。
「良いから黙って手ぇ上げろ!こちらジェシカ保安官、王国騎士団突入して来いって!!早く!!」
《ザーザー!!》
ジェシカ保安官が叫んでも魔線機からは雑音しか聞こえない。それを見ていたスズメバチ系蟲人族の女が鼻で笑った。
「ぷっ、応援なんて来ないじゃん。あんたらあたし達を2人でやり合うつもり?ねぇ?姐さん」
すると、偉そうに座っていたオオスズメバチ系蟲人族の女が立ち上がってこちらに近づいて来た。見た目はスズメバチ系蟲人族より頭2つ程高く長身で、黄色と黒のハニカム構造の模様の軽装に身を包み、手足が長くその先が鋭い爪になっている。頭部には蜂の触覚が付いており、腰にはオリハルコン製のレイピアを差していた。
「魔線機が壊れてるんだろ?見逃してくれるって言うなら、あたい達は何もせずにここから立ち去るよ。どうだい?悪い話じゃないだろ?」
すると、ジェシカ保安官が睨みを利かせる。
「【グリゼルダ・スターク】、テメェ程の大物を逃がす訳ねぇだろ」
「なら、これならどうかしら?」
グリゼルダが指をパチンと鳴らすと、一瞬でグリゼルダの手下がキッドの首元にレイピアが突き付けられた。キッドはレバーアクションライフルをゆっくり置いて両手を上げた。
「どう?これで気が変わると思うんだけど?」
だがジェシカ保安官は怯むどころか、余計火がついてもう一丁のピースメーカーを抜き、二丁のピースメーカーをグリゼルダに向けた。
「上等だよ、やってみろ。その前にテメェの頭ぶち抜いてやんよ」
「ジェシカ保安官、ちょっと落ち着いて下さいっ!」
「あたしなら落ち着いてるよ、だから動くんじゃねぇよ!」
キッドとジェシカ保安官がピンチな時、その頃王国騎士団達は、遠くから様子を見ていた。
「くそ、蟲人族が多すぎて保安官達の様子が見えない!」
「隊長、2人が危険です!」
ランスロットとケイが言い放つが、ガウェインは首を縦に振らない。
「はっきりした合図がない。まだ動くな!」
その頃、キッドは首元のレイピアをチラチラ見ながら、
「いや、不味いですよ!応援来ないんですよ!?」
「そこのヤツは金バッチになったばっかりの甘ったれだからそんな事言ってるけどな、あたしは甘くねぇからな!?全員皆殺しにしたって構わねぇぞ!?なんならいっその事全員でフォークダンスでもおっぱじめるか!?」
ジェシカ保安官は怒りのボルテージが上がり、さらにヒートアップする。
「ジェシカ保安官、それ以上はホント不味いです!」
「おいコラ、さっさと剣下ろせ。3秒まってやっから」
ジェシカ保安官は左手のピースメーカーでキッドに向けると、一触即発の中、人質をとっていたスズメバチ系蟲人族の女が口を開いた。
「マジでウザイんだけどこのメス犬」
それを聞いたキッドは慌てふためく。
「1!」
「いや、それは言っちゃダメです!これ以上この人を怒らせないで!」
「2!」
その時、ジェシカ保安官の後ろからレイピアを抜いた手下が出てきた。キッドは思わず声をかける。
「ジェシカ保安官、後ろ!」
ドン!
右手のピースメーカーが火を吹いた。銃声が鳴り響いた瞬間。王国騎士団も異常事態と判断し、突入を開始した。一瞬怯んだのを見逃さなかったジェシカ保安官は人質を取っていたスズメバチ系蟲人族の女の頭を撃ち抜き、キッドを解放した。キッドも地面に落としたレバーアクションライフルを拾い、応戦を始める。クイーンホーネットも弓矢や杖を持っていたのか、数名が矢と魔法で応戦するが、重ねられた樽に身を隠しながらキッドが連射して倒す。
カチン!
「弾切れかっ!くそっ!」
キッドが弾を装填していると、グリゼルダがレイピアを抜いて後ろから襲い掛かった。それに気付いたジェシカ保安官は横っ飛びに飛びながらピースメーカーを向けた。
「キッド!!」
ジェシカ保安官の放った弾丸は螺旋回転しながらキッドの左肩を掠める。だが、そのままグリゼルダの腹部と右太腿に直撃し、グリゼルダが倒れた。
「いったぁぁぁッ!?」
「王国騎士団!突撃しろー!」
両手剣を抜いたガウェインが突入して来てクイーンホーネットと衝突し始めた。キッドが肩を抑えながら撃っていると、次々に犯人達は取り押さえられていく。数分後、ようやく銃撃が治まり、グリゼルダ達を連行していると、キッドはケイの治療魔法を受けていた。
「済まなかった、アンチマジックの影響で遅れてしまった。キッド君、大丈夫か?」
「いえ、僕なら大丈夫です……いてて」
キッドとガウェインが話していると、ジェシカ保安官がやって来た。
「ようやく片付いたな。なぁに、あたしらなら平気だから」
「平気?どこがですか!?人の肩撃っておいて!?」
ジェシカ保安官の言葉にカチンと来たのか、キッドは声を上げる。だがジェシカ保安官も言い返して来た。
「はぁ?誰が撃ったって?」
「誰って、ジェシカ保安官しかいないでしょ!?銃を使うの僕らだけなんですから!」
「アレは仕方ないだろ!?グリゼルダが後ろから襲ってたんだからよ!」
ジェシカ保安官とキッドが言い合っていると、ランスロットとパーシヴァルが粒型魔薬草と紙煙草型魔薬草の入った革袋2つを持って来た。
「たったコレだけか!?ギュスターヴが送った魔薬草が大量に来るって話だっただろ!?」
「タレコミ屋はあたしが痛めつけておく」
「これだけ騒ぎを起こして、割に合わないぞ!?」
「さっさと引き上げてくれ」
ランスロット達と話している間にキッドの傷も塞がった。
「これで大丈夫。痛みは2、3日で抜けるよ」
「ありがとうございました、ケイさん」
「いいよ、んじゃ」
ケイがランスロット達と共に引き上げると、ジェシカ保安官はキッドに手を差し伸べた。
「傷も癒えたし、あたしらも帰るか」
「……はい」
キッドは納得がいかないのか、事務所に帰るまで一言も話さずに帰って行った。