次の日の晩、ナイトホーク地区のとある娼館にはエルフ族の娼婦達が妖艶な雰囲気の中、客を部屋に連れ込んでいた。それぞれの部屋の中では様々な魔薬草を持ち込んで客に売り、服用させていた。娼館の奥の部屋の一室で魔導話の呼び鈴が鳴り響く。そこに、髪や髭が綺麗に手入れされ、体型に合った落ち着いた色合いの服を着こなしたエルフ族の老紳士が受話器を取った。
「もしもし?」
《売り手が潰されてしまった》
受話器の奥からは男の声が聞こえて来る。エルフ族の老紳士は事情を知っていたのか、落ち着いた様子で話し始める。
「バンディ殿、私もどうなっているのか把握しかねる。どうやら、我々は少々厄介な事態に直面しているようですな」
エルフ族の老紳士が魔導話で話していると、部屋に別のエルフ族の男がドアをノックして入って来た。
「失礼します、支配人。お客様の1人が倒れられたそうです」
「申し訳ない、どうやら問題が起きたようですので失礼します」
エルフ族の老紳士が魔導話を置いて案内されて行くと、裸のエルフ族の娼婦の傍で人間族の中年男性が痙攣を起こして倒れていた。
「やれやれ、あれ程使いすぎるなと忠告したのに……」
「支配人、如何致しますか?」
「このままでは仕事になりませんからね、お引き取り願いましょうか」
エルフ族の老紳士が溜息を吐きながら言うと、屈強な体格をしたエルフ族の男が数人入って来た。倒れた人間族の中年男性を担いでどこかへ向かって行った。
「いやはや、魔薬草の力は素晴らしいですな」
運ばれた人間族の中年男性は、暗い路地に棄てられていた。太陽が顔を出すとウェスタンに朝がやって来る。キッドは怪我の為、休んでいたのだがジェシカ保安官に朝食を誘われて、エマ保安官の姉妹と一緒に海の傍に建てられた土壁の一軒家で朝食を食べていた。ワルサー地区の建物は塩害を防ぐために土壁の家屋が多い。
「2人はここから通ってたんですね」
「まぁな、コルト地区もそんなに遠くねぇし」
「私は近いから凄い助かるんだよねぇ」
無表情で淡々と話しているキッドの態度が気に入らなかったのか、ジェシカ保安官が食ってかかる。
「いつまで膨れてんだよ、確かにあたしが撃ったけどよ?あの時あたしが撃たなかったらお前はここで呑気にトーストなんて食ってねぇからな?」
「怒ってませんよ。僕だってそこまで根に持つ性格じゃありません」
「怒ってるじゃねぇか」
「怒ってません」
キッドとジェシカ保安官が言い合っていると、エマ保安官が呆れながら仲裁に入る。
「まぁまぁ、喧嘩しないで。起こった事は仕方ないんだから」
そう言いながら懐中時計を見て時間を確認すると、
「いっけない!遅刻しちゃう!」
「なんだよ、エマ?どこか行くのか?」
ジェシカ保安官が尋ねると、エマ保安官は慌てながら立ち上がる。
「溜まった書類とかあるの!私だって忙しいんだから!」
「へいへい、片付けはやっとくからさっさと行きな」
「ごめんね、姉さん!」
エマ保安官は余程急いでいるのか、靴べらを使う暇すら惜しみ、かかとを強引に踏み潰してドアを飛び出して馬に飛び乗り駆け出して行った。
「あんなに急いでるなんて、余程忙しいんですね」
「まぁな、あいつは【魔薬草取締官】だからな」
「えっ!?」
魔薬草取締官とは、魔薬草の取り締まりや不正流通の監視を行う保安官である。
「ジェシカ保安官とは大違いですね」
キッドがからかう様に言い放つと、ジェシカ保安官はカチンと来たのかナプキンを投げつける。
「うるせぇっ!あたしはちょっと魔導話で話してくるから片付けてくれ」
「はいはい。分かりました」
ジェシカ保安官が別室に行って魔導話でどこかにかけ始めた。相手が出たのか、いきなり怒鳴り始めた。
「このインチキ占い師がっ!たった革袋2つってどういうこった!?あたしに恥かかせやがってこの野郎っ!?」
別室なのに響く怒鳴り声を他所に、キッドは耳をシャットアウトして黙々と皿を片付ける。ジェシカ保安官はお構いなしに怒鳴り続ける。
「なんの占いしてもいいからやっとけ!さっさと情報寄越さねぇと今すぐそっちに行ってその水晶玉カチ割るからなっ!」
「タレコミ屋相手に脅し過ぎじゃないですか……?」
キッドはボソッと呟きながら皿を洗っていると、情報を引き出したのかメモを書き出す。
「今度は確かな情報なんだろうな……ああ、わかった」
ジェシカ保安官が受話器を置くと、キッチンにひょっこり顔を顔を出した。
「おう、キッド。出かけるぞ」
「えっ?出かけるって何処へですか?」
「メガロ海賊団がどっか襲撃するんだってよ」
「メガロ海賊団が!?分かりました」
キッドは皿を片付けて仕度を済ませ、ジェシカ保安官と共に愛馬のビリーに跨り駆けていく。着いた先はワルサー地区のとある漁港で貨物魔導列車の駅からも近い場所だった。キッドとジェシカ保安官は近くの公園のベンチに座りながら辺りを警戒していた。
「こんな真昼間からメガロ海賊団が襲ってくるんですか?」
キッドが不満そうにジェシカ保安官に尋ねると、ジェシカ保安官は煙草に火をつける。ふうっと煙を吐きながら、道化師の巡業馬車が並んでいる場所に指を指す。
「タレコミ屋の話だと、あの道化師の巡業馬車は魔薬草取締官のヤツだ」
「魔薬草取締官!?ってことは、極秘捜査をしていると!?」
「ここだけの話、道化師の巡業馬車ってのは保安官が良く使う隠れ蓑なんだよ。十中八九、ここで何らかの取り引きまでこぎつけたんだろうよ」
「ならここで様子見って事ですか?」
「ああ、少し泳がせて見ようぜ。エマに手柄なんか渡さねぇよ」
ジェシカ保安官が不敵な笑みを浮かべてる時。漁港ではエルフ族の老紳士がエルフ族の中年男性を数人連れてやって来た。するとそこへ幌馬車が入って来た。エルフ族の老紳士の前に幌馬車が止まると、幌馬車の中から全身を覆うローブを羽織ったエマ保安官が現れた。
「風の噂で凄腕の錬金術師がいると聞いて紹介して貰いましたが、まさかウルフドッグ系の獣人族のお嬢さんじゃありませんか。差し支えなければ、ご年齢を教えていただけますかな?」
「それなりの年齢よ。時間もかかるから早速取り掛かるわ」
エマ保安官は再び幌馬車の中へ入ると、そこには大きい机が置かれていた。更にその机の中心には赤い塗料で魔法陣が描かれており、その魔法陣の中に船トランクが置かれていた。エルフ族の老紳士は思わず声を出す。
「これが話に聞いた錬金術の道具ですか、早速この500万ゴールドをミスリルの延べ棒に変えて貰えますかな?」
エマ保安官は500万ゴールドの札束を受け取り、船トランクの中へ入れる。そして、ブツブツと呪文の詠唱を始めると魔法陣が不気味に光出した。光が治まり、再び船トランクを開けて見ると銀色に輝くミスリルの延べ棒に姿を変えていた。エルフ族の老紳士は舌を巻く。
「素晴らしい能力ですね。これなら信用出来そうです」
「お褒めの言葉ありがとう」
エマ保安官がミスリルの延べ棒を1つずつ出している途中、ピタッと止まった。
「おかしいわね、490万ゴールド分にしかならないわ」
それを聞いたエルフ族の中年男性の1人が声を出す。
「そんな筈はない。確かに500万ゴールド渡した」
「490しかないわ。量が少ないもの」
「500万渡したぞ!誤魔化すな!」
「誤魔化してるのはそっちでしょ?これ以上誤魔化すなら辞めてもいいのよ?こっちは忙しいんだから」
殺伐とした雰囲気の中、エルフ族の老紳士が部下を宥める。
「まぁまぁ。抜き打ちテストの様な物ですよ、我々が見くびってた。残りの金を渡して差し上げなさい」
エルフ族の中年男性は応じて残りの金を渡した。無事に延べ棒に変わると、信用を得たのか部下に椅子とテーブルを持って来させ、エマ保安官を椅子に座せて本題を話し始めた。
「確かな腕前、拝見させて頂きました。この仕事は長いのですか?」
「まぁね、それなりに長いわ」
見下した様な顔付きで話した途端、部下達が剣の柄を握り始める。
「オホン、もう少し我々に興味を持って頂かないと困りますな」
「そっちが私を呼んだんでしょ?高額紙幣を錬金術で延べ棒に変えてそれを大事な人に遅れずに渡さないと怒られるのは貴方達ってだけよ」
言い負かされたエルフ族の老紳士はエマ保安官が肝が据わっているのが気に入ったのか、クスクスと静かに笑った。その後、着々と錬金術を始めて現金をミスリルに変え、作業は順調に進んだ。指示された現金の錬金術を終えると5つの船トランクを前にしながら説明を始めた。
「この1つのトランクに3000万ゴールドを変えた宝石。この2つのトランクにどこかの誰かさんに渡す予定の2000万ゴールド分のミスリルの延べ棒。分かったかしら?」
「ふむ。問題ないです」
「そして、あなたには魔法で追跡されない紙幣に変えた1000万ゴールドが入ったトランクがこの2つ。その1000万ゴールドから手数料300万ゴールドを頂くわ。その代わり、2000万ゴールド分のミスリルの延べ棒は私が代わりに届けます」
エマ保安官が説明している時に、他のエルフ族の中年男性が計算していたのか老紳士に耳打ちする。
「支配人、出費が多過ぎませんか?3000万ゴールド分の宝石と現金700万ゴールドでは割に合わない様に思えますが?」
老紳士も不満に思っていたのか、悩み始める。
「確かに、バンディ殿に連絡しましょうか。お互い大事な仕事仲間ですからね」
「では戻ったら直ぐに再交渉の手筈を整えて置きます」
「私はこれから取り引き場所に向かいます」
「はい。受け渡し場所は3番埠頭です。よろしくお願いいたします」
エマは船トランクを幌馬車に積んでその場を後にした。