エマ保安官は2000万ゴールド分のミスリルの延べ棒が入った船トランクを幌馬車に積んで漁港から出た。すると、張り込んでいた道化師達も巡業馬車に戻って行き動き出した。キッドとジェシカ保安官も動き出す。だが他にも、漁港の海面からミズダコ系魚人族の男が顔を出した。
「幌馬車が動き出したな……場所は3番埠頭」
ミズダコ系魚人族の男がそう呟くと、深く潜っていたメガロドン系魚人に声が聞こえていたのか、メガロドン系魚人族の男の口が開く。
「良し、野郎共……地上に上がるぞ。例の『秘密兵器』を持って来い」
メガロドン系魚人族の男がそう言うと、暗い海中から不気味な光がポツポツと輝き始めた。そして、取り引き場所の3番埠頭に辿り着いたエマ保安官が待機していると、隣の廃棄にグンタイアリ系の蟲人族がエマ保安官を監視するように望遠鏡を覗いていた。グンタイアリ系蟲人族の男はどこから手に入れたのか、魔線機を取り出した。
「ガルシア、幌馬車が着いたぞ」
《こちらガルシア、確認しました》
ガルシアと呼ばれたグンタイアリ系の蟲人族の男は3番埠頭の数十メートル離れた場所でエマ保安官を確認していた。キッド達も3番埠頭の近くに到着して待機する。だがその時、3番埠頭の海面が揺らぎ始める。海面からミズダコ系、ウツボ系、ノコギリガザミ系、ホオジロザメ系様々な魚人族が現れた。堤防を登り、海水を滴らせながらエマ保安官の幌馬車に近付いて行く。だが、妙な気配を感じ取ったエマ保安官が幌馬車の後ろを確認するとホオジロザメ系の魚人族、シュモクザメ系魚人族と目が合った。
「なによあんた達!?」
「くそっ勘付いたか、金を寄越せっ!」
「殺せぇっ!」
ホオジロザメ系魚人族の男が腰からハンドアックスを抜いて振りかざすとエマ保安官は、咄嗟に幌馬車に隠していた水平式散弾銃を突き出し発砲した。ホオジロザメ系魚人族とシュモクザメ系魚人族の男が倒れて銃声が鳴り響くと、グンタイアリ系蟲人族やキッドとジェシカ保安官、そして道化師達が反応した。
「ジェシカ保安官!?」
「どうやらパーティーが始まった見てぇだな!」
キッドとジェシカ保安官が銃を抜いて辺りを警戒した。エマ保安官は慌てて幌馬車を逃げる為にその場所から離れると、ウツボ系魚人族の男とノコギリガザミ系の魚人族の男が幌馬車の御者席にしがみ付いた。
「ガルシア!直ちに幌馬車を追跡しろっ!襲撃だっ!」
グンタイアリ系蟲人族の男がガルシアに指示を出す。ガルシアも慌ててライダーラプトルに跨り後を追う。エマ保安官は必死に幌馬車を走らせるながらしがみ付いた魚人族達を振り払う。漁港から出てくると、キッドとジェシカ保安官はエマ保安官を見付けた。
「エマ!?」
「エマさんがなんでこんな所に!?」
「早く追うぞっ!」
ジェシカ保安官は血相を変えて馬に跨り後を追う。エマ保安官はワルサー貨物魔導列車に荷物を積み下ろしている馬車の列に差し掛かってしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「どいて!危ないから離れてっ!」
馬車を動かそうとした時、荷台にミズダコ系魚人族の男がいつの間にか侵入していた。エマ保安官は散弾銃に弾を込めて慌てて発砲した。ミズダコ系魚人族の男が吹き飛ばされると、周辺の労働者達は逃げて行く。だが、その代わりに先回りしていたのか、更に魚人族の集団が現れた。
「2人でブツを盗め!残りは俺と一緒に秘密兵器で保安官を止めるぞ!」
「了解、船長!」
メガロドン系魚人族の男が指示を出すと、オオカミウオ系魚人族の男とウミヘビ系魚人族の男がエマ保安官の元へ行く。他数名の魚人族は木箱から何やら大砲の様な物を取り出し、火薬を砲身の中へ詰め込み、鉄の砲弾を詰め込み始めた。そこへ、駆けつけたキッドとジェシカ保安官は目を疑った。
「ジェシカ保安官、あいつら大砲を抱えてますよ!?」
「やばいっ!今すぐ馬から飛び降りろ!」
キッドとジェシカ保安官は慌てて馬から降りた瞬間。
ドォン!ドォン!
耳を塞ぎたくなる轟音が鳴り響いた。着弾の瞬間、地面が大きく跳ね上がった。土煙が晴れた跡には惨状が広がっており、保安官達はその規格外の威力に恐慌を来たした。キッドは咄嗟にレバーアクションライフルを連射する。だが、向こうはものともせずに撃ってきた。
「伏せろっ!」
キッドとジェシカ保安官が伏せると、鉄の塊がうなりを上げ、猛烈な爆炎とともに、見上げるほどの白煙の柱が立ち昇った。地獄と化した現場に魔薬草取締官達も合流し、応戦し始める。
「応援を全部集めろ!」
道化師の格好をした中年男性がレバーアクションライフルを構えながら言い放つ。
「キッド、魔線機でこの辺の保安官を全員集めろ!」
「はいっ!こちらキッド保安官。ワルサー地区6番通りでメガロ海賊団が大砲の様な物で我々に発砲しています!近くの保安官を全員寄越して下さいっ!早くっ!」
キッドは魔線機の応答を聞かずにレバーアクションライフルで再び攻撃し始める。土煙が晴れるとようやく姿を表した。それは、船の大砲より2回り程小さい鉄の塊だった。漆黒の砲身は、鈍い鈍色の光を放ち、そこに据えられているだけで周囲の空気を重く支配している。
「訳わかんねぇもん持ってくんじゃねぇっ!」
ジェシカ保安官も散乱した鮮魚の入った木箱に身を隠しながらピースメーカーを連射して応戦する。大砲の音が鼓膜を突き破り、すぐ脇の砂利が激しく砕けて白い粉が舞った。ピースメーカーを乱射するジェシカ保安官は弾切れになり、隣にいた道化師の格好をした魔薬草取締官から弾を譲って貰っていた。
その頃、エマ保安官もようやく抜け道を見つけてその場を離脱しようとしていた。後ろからは2人の魚人族が追ってきており、咄嗟の判断でエマ保安官は貨物魔導列車の線路脇の道路を走り始めた。
「おい、魔導列車を奪えっ!行くぞ!」
オオカミウオ系魚人族の男がウミヘビ系魚人族の男に命令すると停車していた貨物魔導列車の運転手を引き摺り下ろし、奪い取った。他の魚人族達も牽引されている無蓋車や有蓋車に飛び乗って行く。
「ジェシカ保安官!貨物魔導列車がっ!」
「追うぞ!ピィッー!!」
ジェシカ保安官は口笛で愛馬を呼び寄せて一気に飛び乗る。キッドも愛馬のビリーを呼び寄せて跨った。馬の尻を叩き一気にスピードを上げて行き、貨物魔導列車の後を追う。
「馬にも限界が来る、さっさと仕留めるぞっ!」
ジェシカ保安官は馬に跨りながら弾の装填をする。すると、有蓋車に乗っていた魚人族の男達が先程の大砲を向けて来た。
「ぶっ殺せっ!」
砲弾が地面に着弾し、爆発が起きる。ジェシカ保安官やキッドはギリギリ躱すが応援に駆け付けた保安官達は爆風に巻き込まれて落馬していく。ジェシカ保安官は頭に血が上る。
「この野郎っ!キッド、撃ち返せっ!撃てっ!撃てえっ!」
キッドはレバーアクションライフルで応戦する。キッドの使うレバーアクションライフルは銃身と銃床が短くなっている為、スムーズに撃てていた。魚人族の男達も負けじと砲弾を込めるが焦れったくなったのか、無蓋車に積まれていた貴族馬車の車体を持ち上げ、落して来た。何台も落下した貴族馬車の車体は激しく横転し、行く手を阻んだ。キッドとジェシカ保安官は一旦離れて躱す。
「とんでもねぇ海賊だな。これ以上好きにさせねぇ!」
もうすぐナイトホーク地区に差し掛かると、エマ保安官は路地を曲がると魚人族の男達も貨物魔導列車を止めて追い掛けようとしたが、急にオオカミウオ系魚人族の男が立ち止まった。
「これ以上は無理だ!塩が足りねぇ!」
「何!?ちきしょう!大金は目の前だってのにぃっ!」
「船長になんて言えゃいいんだ……」
魚人族の男達は奥歯を強く噛み締めながらその場を立ち去った。魚人族は陸に上がるには充分に塩分と水分を摂取して置かないと命に危険が及ぶのだ。奇跡的に振り切ったエマ保安官は安堵した。
「はぁっ、はぁっ……危なかった……引渡しの場所まで行かなきゃ」
ようやく駆け付けた保安官達が魔導列車を包囲する中、ジェシカ保安官はエマ保安官を探していた。
「あいつは……どこだ!?どこいった!?」
「ジェシカ保安官、あそこです!」
建物に入って行くのが見えて後を追うジェシカ保安官。追い付くと、ジェシカ保安官は馬から降りた途端、怒鳴り散らした。
「エマ!これはどういう事だ!?」
「私は潜入捜査してたの、あの保安官達を早く引き上げさせて!」
エマ保安官はその場にしゃがみこみ、身なりを整える。だが、ジェシカ保安官の怒りは更にヒートアップする。
「命を助けてやったのに何だその言い方!?」
「それは感謝してるよ!だけど魔薬草取締官の仕事を邪魔しないで!半年かけてここまで来れたのに準備して来た事を台無しにされたら困るの!」
「あたしに黙って潜入捜査なんかやりやがって!姉妹だっての忘れてんじゃねぇか!?」
「私にどうしろって言うの!?」
つばぜり合いみたいな押し問答。キッドには熱を帯びた威圧感や殺気が肌に直接伝わってくる。
「2人とも落ち着いて下さいっ!エマさん、あの幌馬車の中に何が入ってるんですか?」
キッドが尋ねると、エマ保安官は溜め息を吐きながら答える。
「私が錬金術で変化させた2000万ゴールド分のミスリルの延べ棒」
「どこへ運ぶつもりだったんですか?」
キッドが尋ねるが、言いたくないのか顔を逸らす。
「それは言えないわ、極秘捜査だし」
「はぁ!?何言ってんだてめぇ!」
エマ保安官の言葉にジェシカ保安官は更に激昂した。
「私だってこの仕事続けたいからよ!だから決まりを守らなきゃ」
「そりゃどういう意味だ?」
「保安官に話すと、何らかのきっかけで情報が漏れるからよ!」
けんか腰の言い合いが続く。怒りが治まらないジェシカ保安官はエマ保安官の胸ぐらを掴む。
「だから、あたしはお前の姉だっての忘れてねぇか?さっきの行動は無謀だったし愚かな行為で危険だった!そんな仕事とっとと辞めちまえ!」
ジェシカ保安官は啖呵を切ってその場を離れた。キッドはエマ保安官を慰める様に声を掛ける。
「申し訳ないですが、ジェシカ保安官の言ってる事が正しいです。家族でもある貴女が大事なんですよ。ほんの少しでもジェシカ保安官に相談するのが筋ですよ……」
エマ保安官は震える手を抑えながら頷く。キッドはエマ保安官が今日初めて人を相手に銃を使ったのだと分かった。すると、幌馬車にグンタイアリの蟲人族が馬車で近付き、中に入っていた船トランクを持ち去って行った。
「あっ、ミスリルの延べ棒が奪われる!!」
キッドがレバーアクションライフルをホルスターから抜こうとした時、エマ保安官に止められた。
「いいの、引渡しだから。私はもう行かなきゃ……姉さんを頼むわね」
エマはそう言い残し、追い付いた巡業馬車に乗り込んで去って行った。