口論のシーンになるとついついテンションが上がってしまう作者は心の貧しい子。
もう日も沈みきったというのに、遠くから歓声が響いてくる。城下の演習場を会場に、張三姉妹とななみうのライブがひらかれているのだ。
私はそれを、少し離れた城壁の上に一人、グラス片手に眺めている。
チケットが売り切れていたからしかたなく……、とか、そんな理由でここにいるのではない。私の手に掛かれば特等席の斡旋も余裕だし、舞台袖に行って、一曲歌い終えた演者たちとハイタッチすることもできる。
こっちの方がオサレっぽいからだ。
現世でも花火大会とかで会場に行かずに、自宅の窓から眺めて余裕の笑みをを浮かべつつ『セレブごっこ』に勤しんだものだ。
勘違いしないで欲しいが、『すぐ群れるやつwww』なんて言うひねた性格なのではない。その日の気分とか予定とかで変わるのだ。会場の近くを通りがかればそのまま参加するし、お硬い性格の上司を連れて行って、疲れて寝るまで全力で遊ばせたこともある。
今回は明日に迫った孫呉侵攻に備え、OSR値の補充を試みたのだ。
が、
「どうしたの?聆。こんな所で」
あとは薄ら笑みと伴に意味深な一言を呟けばフルコンボ、というところで思わぬ邪魔(と言っては語弊が有るが)が入った。
「こーやって遠くから眺めるんも乙なもんやからな。華琳さんは?」
「私は少し様子を見に来たのよ。書類仕事の息抜きも兼ねてね」
「あー、戦前戦後は書類がなぁ……」
特に上層部は事後処理から本番と言っても過言ではないほどになる。もちろん戦前の物資確保や、その確認、そして戦後のための事前準備も。そういう点では、部隊長に過ぎない私はかなり楽だ。
「んだら酒勧めるんはナシやな。またすぐ戻らんなんやろし」
「いえ、いただくわ。一杯二杯程度じゃ酔わないでしょう」
「うーん、まぁこの酒やったら大丈夫かな」
普段の酒なら一撃でアウトだろうけど。幸運にも、今回はOSR値に配慮したため、フルーティでスウィートなピーチ系カクテルもどきだ。
しかし、グラスに注ごうとしたところでふと気づく。
うっかりしていた。元々一人で呑むつもりだったのだから、グラスは私の分しか無い。呼べば部下が持ってきてくれるだろうが、仕事以外でこき使うのは好ましくない。
仕方ない。
「杯持ってくるわぁ……」
「いえ、そこにあるので構わないわ」
「……これ、私が使うとるやつやけど?」
「ええ。分かっているわよ」
「………まぁ、ええか」
グラスに注ぎ直し、縁の一段高くなったところに置く。一段、と言っても、城壁の巨大な石材が基準だ。ちょうどカウンターのようになる。
「……甘いわね。貴女のことだから、また度が過ぎた辛口を飲んでいるものとばかり思っていたわ。桃かしら?これ」
「桃香」
「え?」
「桃香。……その酒の銘」
暫し無言。
遠くではライブ会場が一層の盛り上がりを見せている。どうやら、七乃さんの二胡ソロパートらしい。
「…………甘いわね」
言葉と共にため息を吐き、グラスを置く。私はそれを手に取り、一口。舌の上で転がすように味わう。
うん。フルーティでスウィート。アルコール度数は味の割には意外と高い9〜11くらいだろうか。気を抜いてると常人ならすぐに酔う。
「でも不味くは無い、やろ?」
グラスは再び華琳の手へ。
「そうね」
……あ、ちゃん美羽がコケた。
「劉備、か……」
「おもろい奴やわ」
「貴女は……どうして私に仕えているの?」
「…………」
「春蘭たちのように心酔してくれているワケでもない。霞のように戦場を求めているわけでもない。沙和のように周りに合わせるような人間ではないのは明らか。むしろ、私の『覇道』をいつも冷ややかな目で見ている。そして、この魏から抜けても勝ち残れるだけの胆力、実力、人脈を持っている……」
……困ったことになった。おかしいな。華琳が桃香について苦言を呈して、私がヘラヘラ笑いながら適当にフォローする流れになると思っていたのに。
そして確かに、この世界での出来事だけを考えれば、私が華琳に仕えているのは違和感だらけ。風という不思議ちゃんに疑問を持たれるのは予想していたが、まさか覇王曹孟徳が直接訊いてくるほどヤバかったとは……。
どう返したものか。
そもそもの行動理念が、『脱落キャラを助けたい』というもので、魏に仕えている理由が、『魏ルートなら魏に居るのが一番都合が良い(一刀さんのおちんぽ的にも)』という、原作知識ありきのものだ。
「それに反して、戦場での働きは当に忠臣。自らの身を挺してでも曹魏のために戦う。劉備たちの侵攻のときも、真っ先に戻って来たわね」
それも何と言うか……。『どうせ一度死んでる(?)んだし、その人生もわりと満足だったし、この世界は所詮ボーナスステージだろ』というゲーム感覚の成せる業だ。
華琳への心象についても、原作に慣れ親しんで、よく『知って』いる。むしろ、『覇王曹孟徳』と、『華琳という少女』との間で葛藤するキャラクター性に母性が湧いてくるぐらいだ(ちなみに恋愛対象としてはNG)。……しかし、そんな一面は本来 一刀しか知らないはず。
はは。一つとして明かせることがないな。
「……名誉欲、やな」
「名誉欲……?」
「そ。『格上相手に怯まない(寧ろ倒して仲間にする)』『謀略に長ける』『町民からも慕われる』……千年先にも語り継がれる大英雄やろ?裏切らんのもそのため。一遍でも鞍替えしたら尊敬度半減やからなぁ」
おお、適当に言ってみたけどしっくりくるぞこれ。
「……そんなことのために?」
「強い奴と戦いたいなんぞ言う理由で動いとる奴も居るんやし、別に可笑しないやろ」
うん。一分の隙もないな。
「……はぁ。本当のことを言うつもりは無いというワケね」
「華琳さんは勘繰り過ぎや。私の戦う理由なんかその程度」
「『その程度』のことに命を掛けられるものかしらね?」
……ミスった………。
「あー、んだら、『この国を守りたい』で」
そうそう、こっちだ。この前一刀を誤魔化したときはこれ言ったんだ。
「『んだら』って何よ『んだら』って。適当まる出しじゃない」
言い直した時点でアウトだったがな。
「ふふ……。まぁ、いいわ。そろそろ戻らないと桂花が拗ねちゃうから。お酒ごちそうさま。あ、そうだわ。『華琳』は有るのかしら?」
「一応は」
「今度はそっちを飲ませて欲しいわね」
「やめとき。クセだらけのキッツい味しとるから」
「そう。通好みの味と理解しておくわ。……それじゃ、明日は早いんだから、公演が終わったらさっさと寝るのよ」
「おー。華琳さんも切りええとこで寝ぇよ」
私の声に適当に手を振って答えつつ、華琳は執務室へと帰っていった。
…………クソッ『桃香。……その酒の銘(キリッ)』くらいまではOSR値MAXだったのにラストで持ってかれちまったZE。
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「――そう。ついに動き出したのね」
孫策は、自らに言い聞かせるように呟いた。
『曹魏、南東方面への動き有り』……。つまりは呉への侵攻。建業の城は今ままでにない緊張感に包まれている。
「本気でしょうか?今まではこちらのことなど殆ど眼中に無いようでしたが……」
「……思春。冗談で軍を動かす者など居るか」
「す、すみません」
袁家辺りはやりそうではある。
「……眼中に無いどころか、私達が南部を統べるまで待ってくれていただけだろう」
「儂らが南部を統一した所で、その上前をはねるつもりか。……効率が良いと言えばそれまでだが……。あまり褒められた方法ではないの」
「まあ、曹操としては、多すぎたお釣りを取り立てに来ただけなんでしょ。確かに官渡で夏侯惇からもらったお釣りはちょっと多かったわ」
「まさか姉様……!」
ちなみにこの議論は的外れである。曹魏がこの時期に呉を攻めるのは、蜀が予想以上に縮み上がってしまって手持ち無沙汰だからだ。色々と事情は有るのだが、要約すればこうなる。
「冗談よ。父祖から受け継いだこの江東の地、ようやく袁術から取り戻したというのに……むざむざくれてやるものですか」
「……はい」
「だから蓮華、小蓮。この戦いは袁術と戦ったとき以来の大きな戦になるわ。あの時二人はいなかったけれど……覚悟は良いわね?」
「あったりまえでしょ!シャオに任せてよ!」
「もちろんです。必ずやこの手で曹操を……」
「冥琳。曹魏の大軍団を退け、我が呉が大陸に覇を唱えるための策は揃っている?」
「無論だ。今まで孫呉とこの周公謹を放っておいたこと、さぞ後悔することになるだろうよ」
ならば、と孫策が号令を発そうとしたときだ。
「……ふむ。机の上でただ思いつくだけなら、それこそ袁術でも万策を思いつこうて」
「……何だと?」
「祭……さま?」
闘志に水を指すような言葉に、黄蓋以外の誰もが驚きの表情を浮かべる。普段、冷静でありつつも誰よりも勇ましいのが黄蓋という武将だ。
策に意見することは有れど、このような、ただただ非生産的な発言はするはずかない。……のだが………。
「いかな権謀術数を用いようと、一万の兵で百万の大軍団は迎え撃てぬ……そういうことだ。軍師殿」
「例の状況は我らの現状と余りに違いすぎる。敵は十倍も無い。そもそも、仮に味方がたったの一万だとしても、百万の敵を迎え打てるようにするのが軍師の仕事だ」
「果たせぬ仕事は引き受けるべきではないぞ?」
「勝算は有る。曹魏には隙も多い。兵は水辺の戦いに慣れておらず、曹操は覇道に拘る。思考を読むことは容易い。そこを突けば、多少の戦力差など……」
「それはあくまでも理想であろう。魏の兵は地力が高い。何人もの参謀が居る。大軍を前にすれば威に圧されるのが人の常というものじゃ」
「祭。これから戦ってときに、何言ってるのよ!部下が不安がるじゃない。慎みなさい!」
見かねた孫尚香が遮るも、黄蓋は言葉を緩めない。
「小蓮様の言葉でも、そうはいかん。儂は堅殿から孫家のことを託されたのだ。儂が生きておる間に孫家の血筋が絶えたとあっては……あの世で堅殿に顔向けができんのでな」
「それは、私の指揮では雪蓮が死ぬ、と……?」
「……此度の敵はあまりにも強大。策殿、袁術ごときと同じように考えていると、痛い目どころでは済みませんぞ?」
「曹操と袁術なんか比較すらしたことないけど。……なら、祭。どうしろと?」
「……降伏なさいませ」
俯く黄蓋の言葉に、皆がフリーズする。
「……へっ!?」
「な、何ですってーっ!!?」
「祭!いくらなんでも言葉が過ぎるぞ!!」
「江東の太守程度の条件なら、曹操も嫌とは言いますまい。そうすれば、孫家の血筋も、この地の安寧も保たれるでしょう」
「……ふぅ。文台様の代から仕える宿将も、老いぼれたものだな」
今度は周瑜が黄蓋の提案を揶揄した。多分に呆れを含んだ声で。
「……何じゃと?」
「戦わずして王の座を譲り渡すくらいなら、そも乱世に名乗り出る事などするべきではない。初めから曹操の陣営にでも加わっておけばいい。袁術を追い出す必要も無かっただろうさ」
「ふん。戦のイロハも分からぬヒヨッコが……」
「『ヒヨッコ』か。……ならばそちらは如何程の者だと?呉をここまで立て直し、計略によって西涼と魏を争わせたこの私に舐めた口を聞ける程度には戦を熟知していらっしゃるのでしょうなぁ??」
「この黄蓋の歴戦を愚弄するか!」
「前半、田舎豪族相手に暴れまわるも袁術に全て掻っ攫われる。後半、周公謹の指揮の下 呉を再建」
「なっ!?」
「何か間違っているか?」
「貴様の策が滞り無く実行されるのも、儂らが居ってのことじゃろうが!」
「ああ。だから、黄蓋殿のように驕り高ぶった者以外には感謝していますとも」
「驕り高ぶっておるのは貴様じゃろう。自らは剣を持たず、本を読んだ程度で戦を理解した気になりおって」
「学問の才は凡夫か何人集まったところでその代わりを務めることはできない。武術の才は凡夫を集めることで戦力の補填ができる」
「……それは脅しか?」
「……今の私は呉の司令官として雪蓮から全軍を預けられた身。あまり無礼なことばかり言うようなら……」
「ははは。力ずくで来るか……?面白い。総司令官の肩書きごときで、この黄蓋を黙らせられると思うなよ!」
「……祭。冥琳」
周瑜が今にも衛兵を呼び出しそうになったが、それは孫策によって遮られた。
「はっ」
「何だ」
「戦を挑まれた以上、私の中に、戦わずして負けを認めるという選択肢は無いわ。戦いの中に死ぬのであれば、それが私の定めなのでしょう」
「……………」
「しかし、もし私が志半ばで倒れたなら、その遺志は蓮華が継いでくれる。蓮華の後は小蓮がね。だから……私が死んでも、孫家が途絶えたりはしない」
「姉様!?何を急に」
「冥琳でも祭でもなく、次はあなたが私の想いを継ぐのよ。良いわね?蓮華」
「そ、それは勿論ですが……」
「……ふむ。後継人を決めていただけるのは、儂としても重畳じゃが」
「黄蓋殿!なんという不敬を……!」
「別に死ねと言うておるのではないわ。後継者が決まっておれば、無用な諍いも後継者争いも起きぬ。それを喜んだだけだ。馬鹿者め」
「くっ……」
「なら、祭……」
「じゃが、それはあくまでも後継者の問題が解決したにすぎぬ。儂とて、策殿に死んで欲しゅうない……」
「……そう。分かったわ」
「姉様、魏に降るおつもりですか!?」
「いいえ。……祭がもしそこまで抗戦に反対だと言うのなら、あなたには蓮華と小蓮の警護を命じるわ。いいわね?」
「それは、この儂を一線より外すと……そういうことですかな?」
「戦はしたくないのに一線には拘るのね」
「………」
「それに、蓮華と小蓮を守るということは、呉の未来を守るという大切な役目よ」
「……承知いたしました。それが御大将のお考えとあらば。……失礼する」
途中退場……言葉とは裏腹に、護衛任務に大きな不満を持つことを如実に表している。
「……行っちゃいましたねぇ」
「どうしたのでしょう、あの祭様が……」
「いつもなら、祭が敵に突っ込もうとして、それを冥琳が注意するよね……」
「あなたらしくないわよ冥琳。一体どうしたの?」
「……どうもせんよ」
「ふーん……」
「…………」
「分かったわ。今は何も訊かない」
「すまん……」
「いいわ。……今日の軍議は解散にしましょう。皆、今回の戦は今までになく大きなものになるわ。くれぐれも準備を怠らないようにね」
「御意」
「了解であります〜」
「冥琳、亜莎は明日の軍議までに作戦をまとめておいて。穏は物資の最終確認をお願い。それでは、解散」
曹魏対孫呉。大国同士の存亡をかけた争いは、双方妙な雲行きのままに始まったのであった。
孔明の罠(孔明が仕掛けたとは言っていない)