哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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お久し生牡蠣(海のミルク)
電車の四人ボックス席の隣と向かい側に知らない人が座ったときの不快感は異常です。体の筋肉が緊張した状態が続いて頭痛腹痛関節痛の同時多発テロです。

さて、作品はようやく戦が始まりました(刃を交えたとは言ってない)。
もうね、作者の天才力はレッドゾーンです。β√とか何で始めたんでしょうか。過去の私をぶん殴りたい。ガシッボカッ。アタシは死んだ。スイーツ(笑)


第十二章X節その十六 〈β〉

 平原を埋め尽くさんばかりに並んだ人、人、人……全く、これだけの数をよく集めたものだ。魏軍は予想通り籠城ではなく野戦を選んだ。黒塗りの甲冑の人垣は背にしていた時は大して意識していなかったが、対峙して見るとなかなか威圧感のあるものだ。

 しかもそれを最前線で受け止めなければならんのだから余計に憂鬱だ。

 

「ほんで隊長んとこをぶつけて来る、か。華琳さんはやっぱ冴えとるなぁ」

 

軍団の一角、私の丁度真正面には北郷の十文字旗が揺れている。

 

「なぁ、聆」

「なんや」

「……ホンマに大丈夫なん?」

 

真桜を引っこ抜く時に使った方便……一刀と凪、沙和の安全は保証するという約束。

 

「大丈夫や」

 

敢えて顔を見ずに答える。

 

「聆」

「さて、そうこうしとる内に舌戦や」

 

 真桜の声を遮って戦場の中央に目を向ければ、丁度向こうから華琳が、こちらから孫策と桃香が出て向かい合ったところだった。

 

「あら、そっちからは二人でお出迎え?」

「出迎えに見えたのなら貴女の目と頭は相当な病気を患ってるってことになるけど」

「ふーん……戦いを好まない貴女にしては随分と喧嘩腰ね、劉備」

「私は……戦うかどうか、この場の話で決めます」

「劉備!?」

 

……えぇ………?大丈夫かこれ?

 

「ぷふっ……あはははっ」

「チッ……!」

「可笑しいわねぇ孫策。私が少し躓いたのに気を良くしてたのかもしれないけど、貴女もバラっバラじゃない?患っていたのは蜀呉同盟の方だったようね」

「曹操さん」

「ふふ……えぇ、何かしら?」

「質問が有ります。……貴女の本当の言葉が聞きたい」

 

可笑しくてたまらないというふうな華琳や戸惑いを隠せない孫策たちをよそに、桃香は大真面目な表情。

 

「ふん……」

「何言ってるのよ劉備。こんな場で本当の事なんか言う?両軍の士気を伺って耳障りの良いことしか言わないわよ。どうせ」

「それは違うわ。孫策」

「曹操さんの統治の本質は有言実行の積み重ねです。過去と現在は偽れても、未来は本当のことしか言えない」

「…………」

 

華琳の顔から侮蔑の色が消える。『警戒に値する人物』として評価し直したようだ。

 

「曹操さん。……貴女は、蜀や呉を何故攻めるんですか?そして、侵略した後に何をするんですか?」

「劉備、貴女まさか……」

「……選択肢としては有り得ます」

「何を言って……!?」

「曹操さんの手で皆が幸せになれるなら、わざわざ私が邪魔をする必要なんてありませんから」

「その言葉が何を意味してるか――」

「そろそろ良いかしら」

「……はい」

「……」

「そうねぇ……まぁ、簡単なことよ。貴女たちの国が私の国より劣っているから。私が治め、正常化しなければならないの」

「正常化……?」

「そう。正常化。……腐った社会を滅ぼし、最も効率良く世の中を廻す必要が有る」

「私も、もちろん孫策さんも良い為政者にであろうと努力しています。それに、確かに魏には劣りますが十分に豊かな国を持っていると思っています。……わざわざ侵略をしてまで貴女の流儀に合わせないといけませんか?」

「いけないわね」

「それは何故?」

「貴女たちが『縁』に頼っているからよ。友好やら血筋やら……そういう柵が目を曇らせ社会の機能を腐らせる。保身と汚職に塗れて滅びた漢から何も学ばなかったの?」

「それは自分とその血統にしか愛がなかったからです。国を支える民もその縁の仲として考える心がなかったからです」

「なら貴女にはそれが出来るというの?……もし出来たとして、それを貴女の子や孫が違えず守れると言い切れるかしら?」

「なら曹操さん……貴女は行き過ぎた実力主義が何を産むか、希望的観測を無しに考えていますか?誰かを追い抜かしたくて、誰かに追い抜かされたくなくて、ずっと不安でずっと走り続けて……それが人として幸せなカタチですか?」

「国が前に進みつづけるには民が前に進みつづけるしかないわ。国は魏蜀呉の三つだけじゃない。五胡に南蛮……その外の羅馬に海の向こうの倭。彼らもまた前に進んでいるわ。いつか対峙したとき、私たちはそれ以上に進歩していなければならない」

「初めから敵になる前提なんですね。外交は苦手ですか?」

「為政者は常に最悪の状況を考慮しなければはならないの」

「最悪の状況に引っ張られて希望を手放すなんていかにも貧しい考え方じゃないですか。覇王って思ったより臆病で可哀想な人みたいですね」

「ふふ……中々言うようになったじゃない。関羽のオマケくらいにしか思ってなかったけれど、貴女、欲しくなったわ」

「欲しいとか欲しくないとか……人をそうやって物みたいに扱うから曹操さんには任せられないんです」

「そう。でもこれは私の性分だしねぇ」

「改める気は無い、と?」

「改めさせたいなら私に勝つことね」

「………」

「………」

 

 力強く堅実な言葉で自らの正当性を説いた華琳と、ゆらりゆらりと論点を変えながら印象的な言葉で刺した桃香……文字に並べてみれば恐らくドローか華琳有利だが、さて、聞いていた民の印象は……?

 舌戦は"互角"。

 言葉が途切れ、じっと向かい合う。おそらくは両者にしか分からない"何か"が交わされた。

 

「……孫策さん、ご迷惑をおかけしました。私、戦います」

 

嫌に永く感じる一瞬の後、桃香が先に視線を切って振り向きざまに宣言した。

 

「………初めからそう言いなさいよ。ビックリさせないでよねホント」

「すみません」

「でもまぁ、中々良い"イチャモン"だったわ」

 

 

 互いの大将が自軍に戻り、兵に最後の激励をかける。

 

「孫呉の、そして蜀漢の勇士たちよ!今、憎き北の巨龍の身と心にようやく綻びが生まれた!」

「今こそ力を振り絞ってその野望を打ち倒し、私たちの人間として幸せになる権利を守らなければなりません!」

「敵は強大だ。しかし我らもまた大きく強くなった。勝利は勇士諸君の奮戦により必ずや齎されるだろう」

 

史実では泥沼の戦いの始まりとなる対魏反攻戦。

 

「我が魏の戦士たちよ。此度の侵攻において、確かに、我らの内から離反する者があった。だが、それにより真に我が理想と共に在る者だけが残り、我らはより純化し、その結束は堅くなった。我らは正しい。我らは強い。そのことは我らの国の姿が保証する。……今まで通りに戦いなさい。そうすれば必ず勝てる」

 

それを『戦乱の終焉』にできるか。

 

「「全軍」」

「「突撃」」

 

戦"舞台"の始まりだ。




寒い

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