今回でβ√本筋終了です。あとは解説とエピローグ的なアレです。
普段これを書くときは場面で『甲』『乙』の二つに分けて書いていく(片方に詰まったらもう片方を書いてリフレッシュする)のですが、今回はまさかの『甲』『乙』『丙』『丁』に後から付け足した『零』という五分割進行でした。
そんなんやから纏まりが無くなるんじゃ(反省)。
そんなんやから同じ文章を繰り返すミスするんじゃ(猛省)。
『全兵力を以って曹操 鑑惺を討て』
劉備と諸葛亮の意に反し、中央よりの伝令が蜀呉同盟全軍へ伝わるのにそう時間はかからなかった。訂正を出そうにも呉の軍師でありながら懐刀である呂蒙、そして陸遜により蜀側の近衛は無力化、二人の声は幕内に封殺されたのだ。
鑑惺の消耗、曹操の突出、蜀呉同盟の破綻。戦はついに終局となる。
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「とうとう、だな」
司令書をクシャリと握りつぶし、趙雲はため息を吐く。
ここまでつまらないことになったか。
「さて、――」
「……」
「鈴々!?」
身の振り方を訊く間もなく張飛は駆け出していた。無論、鑑惺のところへ。
「もう我慢できんか。……私もだ」
趙雲もそれに続く。
一周回ってシンプルな思考。
烈士に濡れ衣を着せる国に仕えたいか。
否。
ではその烈士を助けたいか。
是。
弱きを助け悪を挫く。まるで初めて武器をとった時のような一本道の心だった。
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「まったく、こんな命令よく押し通したわね。こうなる予感はばっちりしてたんだけど」
列を組んで駆けながら孫策が薄く笑う。
今日は勘が冴えているらしい。
伝令が廻ってきたとき、既に呉の将軍格は左翼の突撃から後退し、いつでも曹操討伐へ迎えるよう準備していた。
「ですが、向こうも、いよいよ全力です」
その孫権の言葉通り。対する魏の兵も敵を動かすまいと呉軍を喰い潰して迫る。
早急に往かなければまた足止めを喰らう。……いや、既に現在地と曹操とを結ぶ直線上にかかって来ているらしい。
「たかが雑兵がここまで……」
「でも、コレを抜ければ呉の勝利よ」
曹操が倒れたなら『曹操王国』の魏は当然その力を大幅に失う。『ここで勝っても先が長い』という予想は曹操が健在だという前提有っての話だ。
そして蜀……これは孫策の勘だが、あそこももう死に体。あの優しい優しい小娘は、どんな心境でこの命令の顛末を見るだろう。自分の無力を嘆いて自ら道を断つか……そうでなければ周りが離れていくか……全員死んだ目でこれまで通り国を保つのか?
どの予想でも、容易い。
雌伏の時は終わり、呉が大陸の頂点となる。
「足を止めるなっ!私に続け!!」
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「左翼、中央は共に全兵力を華琳様の下へ!右翼は壁を作り呉の動きをなんとしてでも防ぎなさい。――――本陣!?ここなんてもうどうでもいいわよ!とにかく、相手の指揮系統が乱れてるのは明らか。相手首脳に何か重大な問題が起こったことに間違いはないの。このうねりを乗り越えれば勝ちなのよ!――呂布?あぁ!呂布が来てるわね!で、アンタらみたいなのが呂布なんて止められるの?本陣防衛は諦めて各自生き残ることに集中してなさい!!」
「おぉ〜……桂花ちゃん、いつも以上に荒ぶってますねぇ」
「すぐそこまで呂布が来てるのよ!これが荒ぶらずにいられる!?とにかく、指示することはし終えたわ。あんたたちも速く机の下にでも隠れなさい」
「そう苛立たずとも……。すぐそことはいえ彼女も何故か士気が低く、その進軍速度は予測のなん十分の一ほ――」
バギャッゴシャァァッッ
まだ余裕が有ると主張しようとした矢先。
本陣の幕が木の柱もろとも引き倒される。現れたのは、呂布。
「おぉ〜……」
「ここにきて予測の百倍ですか……」
「華琳様っ……これからは魂魄として常にお側に………」
そこまま接近。三人は狼狽える気すらわかない。
「おねがいがある」
しかし、予想していたようなこと(斬首、全身粉砕骨折、微粒子レベルで粉砕etc)は起こらず。呂布からのまさかのセリフ。
「お、『おねがい』ですか……?」
「そうよ……逆に考えるのよ………体を失えば、その代わり物理的な限界から開放されるはず。なら例えば華琳様のお身体のナカにに入れるのでは………!?」
「……桂花ちゃん〜?」
呂布の様子もおかしいが、もう一人様子がおかしいのがいた。
「ねぇ」
「ふひっ……そうなれば華琳様の美しい朱色と蜜に包まれて一日……いえ、十日でも一月でも過ごし、ふひひっ……お、オリモノと混ざり合って一緒に排泄される………!!!」
「ちょっと、桂花さん?」
「流石にこの妄想は上級過ぎて禀ちゃんも反応しないようですね〜」
「想像つかないことは重ね合わせようがないですから……って、それは今関係ないでしょう!」
「関係ないからボソッと言ったのですよ〜。ワザワザ拾ったのは禀ちゃんの責任」
「う、と、とにかく、今は妄想してる場合でも漫才してる場合でもありません!」
「あぁ……食べ物に取り憑いてあの白い歯列で引き裂かれすり潰されて細くしなやかな喉を下り溶かされ吸収されて全身を巡りやがて華琳様の血肉となるのもきっと素晴らしいわ………」
「………」
パァンッ
「アッ」
呂布によるビンタ。頭が吹っ飛んだと思ったが、意外と無事だった。そのまま胸倉を捕まれ、吊り上げられる。
「ヒェッ」
同僚が大変なことになっているときに不謹慎だが……体が完全に浮いて脚がぷらぷらしてる様や、緊張のせいで凄いことになっている顔色に泳ぎまくりの視線なんか凄く面白いなー、と郭嘉は思った。絶対に笑ってはいけないシチュエーションで笑いたくなる心理も働いているかもしれない。
「聞け」
「ハイ」
「ここに部下を置いていく。攻撃しないでほしい」
会話できそうにない荀彧に代わり、郭嘉が返事をする。
「?……それはどういう………」
「月と詠を助けるのは、今しかない」
「月……?詠………?」
「とにかく、おねがい」
「そうは言っても、貴女と私たちはて…き……――」
「………」
「どうしですけど貴女の方も今後こちらに攻撃を仕掛けてこないというならその頼み、受けましょう!」
「ありがとう。行く」
端的に礼を述べた呂布は半分意識が飛んでいる筆頭軍師をポイと捨て、来た道を引き返していった。
目指す先は呉蜀同盟後方……そこに、人質として董卓と賈詡が囚われている……はず。事前に陳宮が入り、今頃居場所を特定しているだろう。
「い、行きましたね」
「素人でも分かるあの氣の密度……基本 格上殺しの聆ちゃんが戦闘放棄して説得に全力をかけたのも納得なのですよ〜………」
「そうね………」
別に返事をしなくてもいいのに、地面に投げ出されたその格好のまま相槌をうつ。
それがまた郭嘉のツボに入った。
「……プフッ」
「とりあえずあんた殴るわ」
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「あの娘がこの命令通りのことを望むと思うか?」
「……いえ」
中央中陣。厳顔と黄忠は命令を受けて、比較的落ち着いた態度でいた。
「どうする」
「望まないことも、やらなければならないときは有るわ」
望むわけないどころか基本理念から危ういというのは、蜀の将なら簡単に分かることだ。だが、鑑惺が理解の範疇を超えた危険因子であるのも事実。未来の安寧のために、今 一度義に反するのも仕方のないことと言えるかもしれない。
「それに、もう遅い」
しかしそんな複雑な思考も結局、これに尽きる。
「……ふむ。ならば、行くか」
そうだろうとは思っていたが、やはり返ってきた"つまらない"答え。しかし、厳顔は何も反論はしなかった。
「そうね……」
逆に黄忠の方も厳顔が命令に従う気がないのは気取っていたが……"そこ"までは一緒に行くことにした。
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「むむむ……聆は大丈夫なのかや?」
「策は順調ですよー」
袁術の問いかけに、張勲は全く淀みなく普段通りの笑顔で答える。
「………――」
「七乃さーん!」
「斗詩さん。……来ましたね」
「はい。殆ど第三予測の通り。中心はやっぱりあそこですけど、こっちにも無視できない数。……一つ予想外に、趙雲さんまで聆さんのところにまっすぐ行っちゃったみたいですけど」
「ふむむ……まぁ、こっちに有利な誤算、ということになるでしょうか……?」
「そうなりゃ逃げずにここで防衛の方が安定するか」
「そうですね……」
「ともかく、ここに来る将軍格は魏延さんのみのようです」
「厳顔とこのガキか。うーん、楽できて嬉しいが、やっぱちょっと物足りねェなァ……」
「靑さんって病人ですよね……?」
「それにこっちにはお嬢様もいらっしゃるんですから無茶はしないようにしてくださいよ。お嬢様も、ちゃんと私の後ろで大人し……く………」
言い聞かせなくてもプルプル震えてるだろうけど、と袁術の方へ向き直る。が、姿が見えない。
「お嬢様ー、お嬢様ー!?」
「美羽様が消えた……!」
「マジか」
「こ、こんなことも有ろうかと!キュインキュイン!『七乃天通眼』!!」
「なんですかそれ」
「あれほど溺愛してたお嬢ちゃんが居なくなったんだ。そりゃ気もおかしくなるだろうさ」
「見えた!」
「なにがですか」
「お嬢様、よりにもよって右翼前線に向かってます!」
「マジか」
二つの意味で。
「後を追いましょう!追って下さい!」
言うが早いかさっさと馬を駆る張勲。
「は、はい!」
いつもの流され気質で後を追う顔良。
「策は……いや、頭脳がこうも取り乱してちゃ 一緒か」
馬騰は少し躊躇したが、諦めて追跡を開始する。
そして周りの雑兵たちも将軍格が一斉に駆け出したのを見てとうとう進軍かと勘違いし、勇ましく前進を開始した。
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「なんやなんや、きな臭い動きしとるな」
張遼が眉をしかめながら辺を見回す。
敵軍全てが急に行動を開始。しかしその速度は全くバラバラ(一つの隊の中ででも)で動く、という奇っ怪な様相を呈している。
「………」
「何か知っとるんか?」
終始妙に落ち着いていた華雄の表情がかすかに動いた……ような気がした。
「聆の策だ」
「これが………?」
「不思議だろう」
「そんな……仕掛けは……そもそも、これで何が起こるっていうんや」
「気になるなら見に行けば良い」
「はぁ……」
『確かにそうだ』という納得と『お前が散々足止めしていたんだろ』とか『もしかして自分が見に行くのまでこの流れの内なのか』とか、諸々の不満と疑問が混ざった『はぁ……』である。
「行くか」
「華雄も行くんかいな」
「当たり前だ。興味が有ると言っていただろう」
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「桃香様……」
およそ劉備のものとは思えない指令。呉と組んでいるのだから、劉備以外の思惑が入ったものが出るのは当然だが……これを、了承したのか?
もし、鑑惺が本当に裏切ったなら敵同士となるのも仕方ない(それも本当は受け入れ難いが)。だが、この命令はどうだ。まるで鑑惺を殺すことを前提に考えて、考え抜いた結果何も出なくてやけになったような杜撰さ。
「………」
コレがどういう経緯で決定されたのか。
劉備の心変わりか、諸葛亮が思考の深みに嵌ったか、それとも呉が"何かした"か。
しかし、それも今までやってきたことではないか。無垢な劉備を守るために各々が最善と思うことをする。多少強引であっても、だ。
ただ……どんな真相であっても、鑑惺が死んでしまえばそこで"終わり"だ。間違いであっても正せない。解らないまま進むにはこの分岐は大きすぎる。
「行かないと」
関羽が思案している間にも、戦場のざわめきははっきりと高まっていた。既に皆"進んで"いる。
「聆殿を、護る」
曹操や他の魏の将から。命令を受けた蜀呉の将から。
反逆と取られてもいい。『いまさら』『身勝手』という非難も甘んじて受ける。
そして、劉備に問いたい。
何を思うのか。
「もっと速く……!」
――――――――――――――――――――――――――――
皆がそれぞれの想いで駆け、辿り着く先。
「――カハッ……」
そこには、北郷の刃に穿かれる鑑惺の姿が有った。
「………」
刀がゆっくりと引き抜かれるとともに、いつか華雄から受けた傷と同じ位置から血が滴る。
脚から力が抜け、膝をつく――
「聆……もう立つなッ……!!」
――が、それ以上崩れない。
楽進の声に逆らい、いつもの"あの"笑みを浮かべ立ち上がる。
「聆殿ッ」
「……っ………」
人垣から関羽が飛び出すよりほんの一瞬だけ早く、曹操の鎌が弧を描き、鑑惺の顔を薙ぐ。
ついに崩れ落ち、立ち上がらない。
だが、耳元まで裂けた傷が、まだ嗤っているようだったと関羽は記憶している。
――――
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Q:出番が有りませんでしたね。
A:今回は出たら貧乏クジだから残当。