もうそろそろ梅雨ですね。
私の住んでいる地域では雨≒暴風雨なので雨の季節はガチで辛いです。
当初の一日一話投稿を続けていたら一年前の今頃には完結してたっぽい(小声)。
さて、内容はβルートエピローグの下。
『れ、聆くん、死んだはずじゃ!?』と思った方は普通です。
『なるほどな』と初見で理解した人は読解力が有るとかじゃなくて多分作者とシンクロしてるんだと思います。
最終話でも誤字注意です。
「はァァァァァァァァァッ!!!」
天幕の中、勇者の風格を持つ声が木霊する。華佗という鍼治療が得意な医者(?)が治療のために氣を高めているのだ。
相手は、聆。華琳の一撃を受けてから目を覚まさない。『俺は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないか』と腹を斬りたい気分になったりもしたが、華佗の話では単に血と体力の使い過ぎで眠っているだけだとのこと。まぁ、それでも聆にとんでもない負担を掛けたのは変わりないけど(実際、華佗には『よくもこう致命傷以外のほとんど全ての傷を負わせたもんだ』と呆れられた)。
けど、そのおかげで(と言って良いか分からないけど)、最後の一撃から『対蜀呉同盟防衛戦』は まるで坂を転がるように終わりへと向かった。
聆が倒れる姿は戦に参加した殆どの将が見た。そしてその場で戦況がひっくり返った。それまでの『魏対その他』から『反鑑惺派対その他』に変わったんだ。そして、反鑑惺派は、驚くほど少なかった。実際、戦いにもならなかった。しかもその殆ど同時に、呂布が蜀呉同盟の本陣にと後方を荒らし回ったらしい。
その時点で戦は決着。
逃げる呉を、華琳は追わなかった。
「聆の様子はどう?」
聆の身体の至るところに針が刺さって針山のようになってきたころ、華琳が入ってきた。
「……まだ目覚めてない」
「あぁ、だが少しずつ氣が強まってるぞ!」
「そう。……良かった」
「それで、華琳。そっちの方は?」
「皆、それぞれに後始末を進めてるわ」
戦死者や物資の消費の記録、諸々の"後片付け"ももちろんだが、それ以上に、雑兵たちが勝利の高揚や敗北の混乱に任せて蛮行を働かないようにコントロールしなければならない。それが、戦の後の大切な仕事だ。
将たちの精神面の動揺が大きかったこの戦いでも、それは変わらない。
「もっとも、殆ど最低限のことを済ませたらここに押しかけてくるでしょうし……そもそもそれどころじゃない娘も少なくないけれど」
でも、もちろん限度は有る。凪たち、聆の幼馴染の三人は呆然自失として涙も流さない。逆に張飛は大号泣で仕事にならないし、関羽は戦闘が終ってすぐ自分の首を切ろうとした。
意外に大丈夫だったのは劉備で、彼女も聆と親しく、しかも戦の最中呉によって衛兵を全滅させられ囚われるという危機も有ったという割にしっかりと落ち着いて後始末の指揮をとっていた。彼女もまた、君主としての強かさを持っているということなのか……それとも、最後のケジメのつもりなのか………。
「訪問者については『繊細な治療をしてるからあまり近寄って欲しくない』って言っておきましたよ」
「七乃」
そんなことを考えていたら、天幕の中にもう一人。
七乃さんも、"知っていた"うちの一人なんだろう。
「これが、策の最後の部品です」
「おいおい、そういう話を俺の前でしていいのか?」
懐に手を伸ばした七乃さんに華佗が突っ込む。も、七乃さんは止まらない。
「あなたは、たぶんそういうのは黙っておける種類の人間ですよね?」
そして取り出したのは、紙の封筒。
「……遺書?」
「……なるほど、ね」
「そうです。『鑑嵬媼は死んだ』」
「医者の治療してる傍でそんな……」
「何も本当に死ねというわけじゃないんで気にしないでください」
「死人の最期の願いほど重いものは無いからね」
「ま、まぁ分かってるが……」
「さて、遺書の内容は大きく三つ。まず『鑑惺の死』に動揺したり責任を感じていたりする者に対する激励。これは主に劉備さん宛てですね。『私は死んで尚、劉備の強さを信じている』と。次が曹操さんへのもの。『戦に酔ってるのを正したかった』的な内容で、蜀の意向を理解してやるように進言する流れです」
「ふん。そもそも聆が何か企んでるようだったから乗ってあげただけよ」
「どうだか」
「……」
睨まなくてもいいだろ。
「こほん。……で、最後は蜀と魏の同盟を勧めるとの内容」
同盟と言っても、国力や状況、なにより蜀の後ろめたさから魏が有利になることは必然だろうけど。
「これが、口語調かつ所々に冗談を交える、策のカラクリを知らなければ生前の聆さんを偲んで涙腺大崩壊不可避の名文で綴られています。あとは、華琳さんが蜀側を立てるように振る舞えば」
「分かってるわ。ふふ。関羽も趙雲も、ついでに劉備も私のものよ」
魏は実質的に蜀を下したことになり、一方で華琳が劉備の思想を認めることによって蜀もある意味で当初の目的を達したことになる。劉備たちへの風当たりは穏やかではないだろうけど……華琳が囲ってしまえばそれも些事だ。
……けど、
「それで、どうするんだ?目的も大体の流れも分かるけど、肝心の、死んだことにする方法は」
あの傷、あの戦いを見れば誰もが"死んだ"と思うだろうけど……それも、実際に生きている聆を見てしまえば崩れ去る。このまま何処かへ隠れさせることができればいいが、そうもいかない。
聆の寝台の横に皆が集まる絵面なんて容易に想像できるし、そこを"もう死んだ"ことにして強引に突破しても、最後に一目顔を見たいと言い出す者も多いはずだ。
「『火葬』です」
「焼いたら流石に治せないぞ!?」
「本当に焼くわけじゃないだろ。ダミー……えっと、偽物を焼くんだな?」
「はい。天の国式の葬儀と言い張って棺桶に"堅く封じて"早々に。聆さんが生前『死ぬ時は天の国式がええなぁ』と言っていたことにして……その旨もコレに書いてありますけどね」
「それで私達が同盟のための会議を行っている間に聆は物資や雑兵と一緒に本国へ帰すワケね」
「ふむ……それなら、治療はここまででいいかもしれないな」
「というのは?」
「あまり元気を取り戻すと、氣に敏感な人なら気付いてしまう。もう峠は超えたから、多少看病の心得が有る者がついていたら大丈夫のはずだ」
「案外協力的なのね……」
「どうもこれ以上戦が起きないように頑張ってるみたいだからな!」
「そう。……解ってもらえて、この娘も嬉しいでしょう」
「それで、本国に戻ってからは片田舎で隠居でもするつもりらしいです。あと、落ち着いたら流石に凪さん達くらいにはバラしても良いとも」
「できるだけ早くしてあげないとな」
ホントにな……。
「ともかく、この方針で行くわよ」
そして俺たちは動き出した。
華琳が"信頼できる配下"を呼び出し、割り振った。計画は着々と進められ、その日の日没前には眠ったままの聆が隠された箱が本国へと送られたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
その後。
遺書が読み上げられた後、火葬は驚くほどスムーズに済んだ。
誰かが『顔を見せてくれ』とゴネて『棺桶の蓋は絶対に開けないのが天の国流なんだ!』と押し通すつもりもあったんだけど、そんなことは無く。
今思えば、聆は最後に顔に攻撃を受けた。それ(見るに耐えない感じになっているかもしれない)が蓋を開けない理由だと察した(間違い)のかもしれない。
同盟の方は予想と違う形になった。
劉備の言から、そもそも同盟ではなく、正式に魏が蜀を下し統治するということになったのだ。
蜀の主張を魏が飲んでくれるならそもそも二国に分かれている必要は無い。さらに一つ、聆が許しても、劉備の義と徳を信じていた蜀の民を裏切ったことに代わりはなく、おめおめと上に立っていることは私見を抜きにしても不可能……と。
結果、蜀の国土と将はそのまま魏へと編入され(これも劉備の意向)、劉備だけが責任を取るような形で政治の舞台から姿を消すことになる。……華琳はほとぼりが覚めたら中央に召し上げる気満々みたいだけど。
そして、呉。
一度建業へと引き篭もった彼女らだけど、ただでさえ圧倒的だった戦力差がさらに広がってもうどうしようもなくなったことは流石に悟ったらしく、こっちが交渉を呼びかけたら素直に従った。内容は『呉の政治に魏が口出しをする権利を認める』というものが主。この条件が言い渡された時、孫策はそれはもう正に『殺気で人が殺せたら――』な表情をしていたけど、華琳も自らの手で官を正すという信念は曲げるワケにはいかなかったらしい。
それに、魏と蜀の将の間でも、戦での呉の行動への反感は高かった。
そんな感じでギスギスしたまま結ばれた条約だったが、例によって華琳は"正しい"ことしかしなかった(むしろ孫家が過去の恩なんかのせいで手出しできなかった部分を正常化できて大いにプラスだったりする)ので敵対心はやがて薄れ、新しい平等な条約を作る目処が立ち始めている。
最後に、聆のこと。
聆は戦の後、遥か東……遼東まで居を移した。もちろん、会えるような状況(蜀の扱いが決まって体制が整ったくらい)になってすぐ(地方の視察任務というミノをかぶって)凪たちを連れて会いに行った。
凪たちはそれはそれは喜んで涙も鼻水も流したし、力加減もなく聆に抱きついたり、逆に無茶な作戦を立てたことを怒りもした。
聆も、口の傷のせいで喋ることはできなかったけど身振りや筆記でいつも通り戯けていた。その傷も大方回復してきてて、華佗もたまに来る約束をしていると言う。次会うときは喋れるようになっているかもしれない。
つまり、今はどういう状況なのか。
一言で簡単に言える。
平和だ。
もちろん、これから俺たちで守っていかなきゃいけない。でも、三国の英雄が皆揃って同じ方向を向いている今、それが難しいことだと感じない。
明るすぎて安っぽいかもしれないけど……どう足掻いても希望。
それでも
……ただ一つだけ挙げるなら。
聆に会いに行ったとき、無意識に『はじめまして』と挨拶してしまったこと。
そのことたった一つが、思い出す度に星の無い夜空のような不気味さを投げかけた。
ホラー落ち(?)
関係ないですが解説が書き終わってα√の続きの投稿を開始したら目次の順番を弄ると思います。