哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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mgジオングは思ったより小さいです。

SEKIHEKIは戦闘が始まるまでが思ったより長いです。


第十三章一節その二 〈α〉

 船団での行軍というのは、兵自らの足で歩く必要が無く消耗が少ないため、通常なら便利なものだ。ただ、他の船との間の連絡手段が大声くらいしかなく(矢文という特殊例も有るが)、さあ何か話し合おうと思い立っても叶わない。また、船酔いでダウンなんかする奴も出る。

 

「まあ、そんなわけでもう夕方やな」

「……悪かったわよ!」

「別に桂花さんを責とるんと違うで。体調不良やったんやもんな。仕方ないな」

「悪意を感じるわ……」

「それで、急にどうしたのですか〜?軍師会に招集をかけるなんて」

「おう。……今日船乗って分かったと思うけど、魏軍って船にめっちゃ弱いやろ?」

「だから悪かったわよ!」

「いや、さっきのはマジで他意無かったんやけど……。まぁ、そんで、船を安定させるんに、鎖で繋いだらどないかなって」

「鎖で……?」

「昼間、漁師が船同士を鎖で繋いどるのを見たんや。黄蓋らが言うには、揺れを抑えたり船を大きく使うための、この地域に伝わる風習らしい。軍船においても、船酔いの防止と兵の移動補助に効果が見込めるんやと」

「あの者らの言うことを信じるのですか?」

「我が軍の状態があまりにも酷いんでな。何や方法が有るんなら一考の価値有りやろ?」

「……アンタ、私が泣くまでイジるのをやめないつもり?」

「だから違うって。……で、どう思うよ」

 

さあ、存分に議論してくれ。大陸の行く末は、今、この会議にかかっているのだ。

 

「そうですねー、まず皆さん分かってると思いますけど、火計にすっごく弱いですよねー」

「火のついた船を隊列から離せないから当然よね」

「まぁ、そうだけどよ。火計についちゃそんなに気にしなくても良くねェか?今日もそうだったが、下流にいる敵からすれば向かい風になってんだろ。となると火矢も飛距離が出ねェし火も廻らない。大規模な火計はできなくねェか?こっちの失火とかにゃ注意が要るだろうが」

「たしかに靑さんの言うことも一理ありますけど〜、いま私たちは懐に火元を抱えてるようなものなのですよ〜」

「黄蓋ね。でも、それについては心配無いわ。もとから最前線で文字通り矢面に立ってもらうつもりだから」

「いえ。それよりも、です」

「ん、どないしたん禀さん」

「まず、赤壁付近ですが……時によって風向きが変化します。ですので時間によっては火矢が有効になるかと。七乃さんは知りませんでしたか?」

「あはは……なにぶん一人で全て仕切らなきゃいけなかったもので………地方の時間単位の風向きとかはさすがに」

「え……袁術の領土全部仕切ってたのかよ!?」

「うふふ……もっと褒め称えてもらってもいいんですよ?」

「ワースゴイナ-。……で、禀さん。『まず』ってことは他にも何か知っとるんやんな」

「『この辺りには船を鎖で繋ぐ風習がある』とのことでしたが、そのような風習はありません。少なくとも、以前私が旅した時はそんな船は一度として見ませんでした」

 

よし。さすが禀さん。やっぱりだ。軍師たちでよく話し合えばSEKIHEKIの計略は破れると思っていた。史実でも『郭嘉が居れば曹操は負けなかった』っていわれていたし。事前に釘を刺しておくことで一刀と黄蓋の動きも押さえた。しかもこの流れなら私の直接の動きはほぼ無し!

 

「……策か」

「策ですねー」

「話に信憑性を出すために偽の漁師を使うなんて……。嫌に手の込んだものね」

「地の利を最大限に活かしているのですよ〜」

「けどよ、その割に根本があまりにも杜撰じゃねぇか?」

「逆に、地の利を意識しすぎたのが失敗ですね。たしかに、風習や風向きというのは、実際にその場に住んだ者にしか分からないほど細かな情報です。普通、余所者には分からない」

「でも禀さんが各地を旅していた、というただその一点で崩れてしまったんですねー」

「そんで、どないする?」

「どうもこうも。黄蓋を処刑するべきよ。明確な裏切り行為をされたんだから」

「えー、一度乗ってあげたらどうかと思いますけどー。黄蓋さんを殺しちゃったらそれまでですけど、引っかかったように見せかけたら、したり顔で攻めてきた敵軍もろとも長江に沈められるんですよ?ステキじゃないですか〜」

「ほんで私ももう鎖発注してもとるしなー。それに、揺れがマシになるんはマジやし」

「ただ、それならそれで被害が出るのでは?引っかかったようにみせるなら、船を鎖で繋いでおかなければなりません。となると、やはり火計の危険が……。気をつけておくとしても、下々まで言い渡すとバレるでしょうし、一部しか知らなければやはり混乱が……」

「いや、何言ってんだ?」

「……?」

「その辺をどうにでも出来る奴がいるじゃねェか」

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

 「ん〜〜〜、よく寝たのーーーーっ」

「なんだ、元気一杯だな」

「うん。昨日と違って揺れないからねー、気持ち悪くならないの。この鎖のおかげなの?」

「どうもそうらしい。こんな鎖があるだけで、随分と違うものだな」

「あ、それ私が進言したんやで」

 

 全ての船には、船同士を固定する鉄の鎖が組み付けられていた。相当な突貫工事で付けられたらしく、乱雑に叩きつけられた釘の跡と、『触るな』と書かれた札が貼られているのが何とも痛々しい。……これなら、いざとなれば力持ちが数人集まれば外せるか……?いや、さすがに無理か……。

 

「これを一晩でか……」

「触りなやっ!」

「……っ!?」

「ど、どうしたんだ、真桜……」

「な、なにか大分機嫌が悪いな……」

「ムシャクシャしちゃって働き過ぎ〜?」

「ちょーっと工兵隊で徹夜で突貫工事しとっただけや」

「ああ……お疲れさん」

 

まあ、こういう仕事は真桜に振られるよな。……でも、それだと逆に、真桜にしては仕事のクオリティが低いような気がする。船酔いのせいだろうか。

 

「……そんなわけで、寝かせてもらうで。敵の襲撃があったくらいやったら起こさんといてな」

「いや、それは起きろよ」

「んだら華琳さんの胸が大きなったりしたら?」

「それは起こして。寝ぼけて『もっと寝る』とか言っても叩き起こして」

 

いや、どんな基準だよ……。

 

 

 「それにしても、長江って広いの〜」

「いや、それ俺が昨日言ったけどな……」

「あの時は酔ってたんだもん。広いとか広くないとかそんなのどうでも良かっ……………ん?」

 

船の縁に乗り出して周りを見回していた沙和が、ある一箇所に目を止める。

 

「どうした?」

「隊長、気付かないの?」

「何かあるのか?」

「ねえ、凪ちゃん、聆ちゃん」

「……うむ」

「あー………」

 

沙和に言われて、二人とも何かに気付いたらしい。

 

「何か気になることが?」

「うん。あそこの船の兵士さんたち……私の知らない顔ばっかりなの。凪ちゃん、知ってる?」

 

沙和が言いたいのは、二つ向こうの船らしい。

 

「いや、覚えがない。聆は?」

「私が鑑惺隊以外で育てた兵はあんな風に談笑することは無い」

「多分真桜ちゃんの隊でもないの」

「おいおい、いくら訓練部隊の担当だからって、兵士全員の顔を知ってるわけじゃないだろ……?」

 

新兵の訓練自体は、魏の各所で行われている。都での担当は確かに沙和たちだけど、今回の遠征には都以外からの兵士たちもたくさん参加しているわけで……。

 

「それはそうだけど……あの鎧、都の正規軍が着る鎧なの」

 

そう言えば、鎧っていくつかバリエーションがあるんだっけ。各所に配置されたドクロモチーフの表情が違うとか……。

 

「他の地方ならまだしも、本国の部隊の兵士なら我々の誰かが関わっているはず……」

「老兵集団でもないしな。一人二人は覚えた顔が無かったらおかしい」

「……教えた顔は、全員覚えてるのか?」

「そんなの当たり前なの」

「はい。皆、手塩にかけて育てた大切な部下。………特に聆なんかは……」

「あー、誰かが失敗する度に個人番号読み上げてるもんな」

 

まず顔を覚えるのが前提だってことか。

 

「鎧は本国の正規軍の鎧で間違いないんだな?」

「いつも見てるんだから、見間違えるはずないの」

「丸顔で目つき悪い髑髏やな」

「分かった。凪、このことを華琳に伝えておいてくれ。くれぐれも情報漏れのないようにな」

「……了解です」

「ね、隊長。あれって……」

 

船室から船の指揮官が姿を見せた。沙和の知らない兵たちと親し気に話しているそいつは……。

 

「……ああ。黄蓋だ」




聆がいったい何がしたかったのか理解できた人は武道館で作者と握手。

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