哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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お久しぶりん(アイオライトブルー)。
6月もはや半ばとなり、だんだんと日の光が夏の様相を呈してきましたが、まだまだ早朝はひんやりと気持ちの良い風が吹いています。
この温度差のせいでがっつり夏風邪をひきました。鼻と喉のダブルパンチ。糞が。

内容は原作十五章、蜀侵攻戦です。クライマックスです。ちょっとだけボリューム増しでいきたいと思ってます。思ってます。


第十五章一節その一

「聞け!魏の勇士達よ!」

 

 一刀たちが本国から戻った後数日を待たずして、出立の時は来た。

 城壁の下に広がる黒い海原……曹魏全軍、五十万。その前に立ち、華琳が声を張り上げる。声は覇気により更に響き、鮮烈な力を纏ったまま最後列まで到達する。瞬間、兵は美しいほどの『気を付け』の姿勢で静止し『海原』と表現するには相応しくない静寂を以って華琳の次の言葉を待つ。

 

「これより我らは国境を越え、劉備率いる蜀への侵攻を開始する。成都への道は嶮しく、地の利は向こうにある。呂布、関羽、孫策……それに諸葛亮、周瑜。敵には名だたる将、そして軍師が居る」

 

マイナス要素を並べる華琳。もちろん、先に不安点を挙げてそれを否定し自らの利を強調するのは演説の常套句だ。それは、ここで聞いている誰もが分かっているだろう。だが、それを抜きにしても、全く恐れが無い。

 

「しかし」

 

声も氣も共に膨れ上がる。

 

「我らは黄巾賊を抑え、反董卓を成し、西涼を制し、定軍山の謀も踏みつぶし、黄蓋の罠も赤壁の火計も孫呉との真っ向勝負も越えて勝利した!……さあ、夏侯惇、夏侯淵、許緒、鑑惺、楽進、李典、于禁、典韋、張遼、華雄、文醜、北郷、荀彧、郭嘉、程昱、張勲……それに私、曹操。これらの名が、彼の者らに劣るか?」

 

「「否!」」

「「「否ッ!!」」」

 

地鳴りのように次々に声が上がる。

あくまで演出としての問かけだったのだろう。まさか応えが帰ってくるとは考えていなかったのか華琳は驚いたように一瞬眼を見開き、そして僅かに微笑んだ。

 

「敗北が我らと縁遠いものであることは、皆が解っている通りだ。では、その先の勝利をどう引き寄せるか。私は、諸君ら『民』によるものと確信している。無論、刃を以って戦うことにも長けている。しかし、それ以外にも皆は、質の良い武具を作り、潤沢な食糧を作り、戦場に在ってすら心を枯らすことの無いほどの文化を作った。この戦乱の時代に在って尚、我らは豊かだ。それこそが、我が魏 最大の力であり、正当性の証明である」

 

 単純な話『良い国だから強い』……転じて『強いことが、つまり良い国である証明だ』と言う。ともすれば危険な思想かもしれない。だが実際、少なくとも突っ込む気が失せる程度には、魏は良い国だ。

 

「この大陸に残るは二国のみ。魏と、蜀。問うまでもない。魏こそ、勝利するに相応しい!今こそ蜀を呑み込み、我らが大陸の主、大陸の守護者となる。総員、出立せよ!我らが威光を蜀の地の果てにまで満たすのだ!」

 

一斉に武器や拳を掲げ、地を揺らさんばかりに叫ぶ。その声は、遠くの山々にまで反響し、もしかしたら成都の劉備の耳にも届いたんじゃないか。いや、冗談抜きで。

 

  ――――――――――――――――――――――――――――

 

「――まだ身が震えるようです。あの鬨は……」

 

 進軍開始から一刻ばかり過ぎた頃。ふと、凪が呟いた。

 

「いろんなことが凄すぎて、凄いとしか言えないの……」

「ウチの兵士って、あんなに居たんやねぇ」

 

沙和も真桜も、それに同意する。と言うより、元から二人もかなり感動していて 語りたくてしかたないんだろう。惜しむらくは本人たちの言うとおり、アレを上手く表現する言葉が見つからないことか。

 

「普段は兵とちゃう志願兵もそれなりに居るみたいやけどな。まぁ、やったら尚更、付け焼き刃の訓練だけであの一体感はヤバい。今も進軍全然乱れとらんし」

 

 一つ笑い話にするなら、華琳の演説中に初めに『否』と応えた奴はたぶん演説を聞き慣れていない志願兵だ。

 

「もちろん、追加の兵でも俺達が本国から帰っくるときに連れてきた正規の兵士の方が志願兵より多いんだけどね。でもやっぱり、士気が段違いだよなぁ」

「当たり前でしょ。この戦に全身全霊を掛けるべきだってことはバカでも分かるんだから」

 

むしろバカはいつでも全身全霊な気がするが。

 

「まぁそうだけどさ。……って、軍師の桂花がどうしたんだ?こんな末端に」

 

 おお、そう言えばさっきの声は桂花か。……何か、桂花はいつも突然にさり気なく登場するな。

 

「私も出来れば精液増槽のところになんか来たくないわよ。この先の山で道が細くなってるから、隊列の変更を指示しに来てあげたのよ。わざわざ。わざわざね!」

「そうか。桂花も大変なんだな」

 

発言→『おぉ、居たのか』→毒舌→受け流し この流れを魏の無形文化財に指定してはどうかと、私は最近思っている。

 

「確かに、そう言えば先程より行軍速度が遅くなってきていますね」

「山で、道が細くて、か……奇襲が心配だな」

 

 一刀の心配するように、こういう山道での奇襲は要注意だ。桂花が苛ついているのも、今はよく分かる。大軍になればなるほど軍師の苦労は増える。それは、こういう奇襲の対策では顕著だ。直接被害を抑えることはもちろんだが、そのための整理(情報伝達の徹底だったり、或いは被害を受けたあとの立て直しだったり)の手間も加速度的に大きくなる。

 

「それが有るから私が来てあげたんでしょ!そこまで分かってるならもう少し先まで理解しなさいよ」

「じゃあ何て言えば良かったんだ?」

「黙って私の言葉を待てば良かったのよ」

「理不尽だけどぐうの音も出ねぇ」

「それで、指示ってのんは?」

「聆たち四人は隊を率いて、周囲の偵察に出て欲しいの。伏兵だけじゃなく、罠なんかにも警戒してね。こちらは兵が多い分、奇襲を受けたときの相対的被害が大きくなるわ。責任重大よ」

「この山道やと、待つ側は何でもできるからなぁ」

「定番だと矢の雨とか岩雪崩とかですか」

「薬剤散布も有るかもしれんな」

「さすがにそんなんするんは聆だけやと思いたいけど……ウチらが偵察に来るんを予想して山ん中にトラバサミでも置いとるかもしれん」

「ふっふっふ……地獄のおりえんてぇりんぐで鍛えられた沙和たちは、半端な罠じゃ躓かないの」

 

沙和がふんすと気合を入れる。

 例の一件で少しばかりケチはついたものの、オリエンテーリングは魏の正式な訓練メニューとして取り入れられていた。今や山中での戦闘能力は鑑惺隊の専売特許には留まらない。もう道なんか無視して全軍山越えで行けばいいんじゃないかと薄々思っていたりする。もちろん、よく考えれば物資の運搬や志願兵が混ざっている点が足枷になって不可能なので口には出さない。

 

「ちっ……忌々しいけれど、この全自動女人孕ませ機の提案は有効だったようね………」

「それで、その俺は何をすれば良いんだ?」

「あんたが山に入ったところで何が出来るわけでもないでしょ」

「一応、第一回オリエンテーリング完走者なんだけどなぁ」

「沙和と凪に助けてもらって、でしょ。ともかく、本陣に来るようにという華琳様の命令よ」

「あぁ、じゃあ隊列の整理したらすぐ行くよ。とりあえず今の半分くらいの幅にしたら良いか?」

「その諸々の整理をここからは私が肩代わりするのよ。奇襲に備えて、この、有 能 軍師の私がこの隊を含めた後列一帯を任されたの!そうじゃなかったら、こんな指示のためだけに 筆 頭 軍師が一々直々に来るワケ無いでしょうが!!さぁ、さっさと動きなさい。聆たちもよ」

「はいはい……」

「了解しました」

「了解や」

「了解なの」

「任せぇ」

 

 ササッと兵を纏めて道から逸れ山に入る。もう慣れたものだ。

何も無いとは思うが、なめてかかっては必ず碌でもないことになる。一応、どんな状況にも対処出来るよう心構えはしておこう。




聆+山=

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