哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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平日お昼の投稿ですがニートじゃないです。
そして今回はスマホの調子が悪いのでpcでの執筆。
初めてpCで自分の文章見ましたけど、5000字以下の文章をpcのモニタに写すとすっごいスッカスカに見えますね。見えるだけならまだマシですけどね。


第十五章二節その三

「――たったの一箇所、か……」

 

 狩りに出ていた面々が戻り、夕食前の少しの時間。何ともなく始まった雑談は、当然と言うべきかこの戦の話題で占められ、やがてまるっきり軍議そのものへと変わっていた。

 

「はい。成都までの地形で検討したところ、我が軍の数の利を活かして戦える戦場は、間に一箇所。……綿竹の南方にある平原のみです」

「森ならまだしも急斜面なんかになると今日みたいなこともできませんしねぇ」

「えっ?街沿いに行けばいくらでもあるじゃんか」

「………」

「………」

「ご、ごめん」

 

 猪々子が言ったことは、通常なら正しい。遠征軍というものは敵国の街の畑や民家から食糧を調達しつつ進軍していくものだ。そして、防衛側は敵に奪われるくらいなら、と畑に火を放ったりする。民衆はどちらが勝ったところで関係無い。ただ戦線が過ぎるのを待つばかり。

 しかし、今回は……と言うより魏対蜀の戦に関しては事情が違う。互いに民衆を巻き込みたがらないし、食糧の強奪など以ての外。そして民衆による君主への忠誠も高く、制圧は容易ではない。信条と実質の両方で下策だ。

 

「そこで決戦になるということか?」

「いいえ。蜀は呉での戦いで兵をあまり動かしていないわ。……将は大々的に投入していたけれど。……ともかく、兵数には余裕が有る。急いてはこないでしょう」

「対してこちらの物量的な戦力は蜀の奥地に進むほど下がるワケですから、決戦は恐らく成都……」

「最悪、緊急で遷都してさらに奥まで引き延ばされるかもしれませんねぇ。私ならそうします」

「劉備の性格はそれほど悪くないと思いますから、そのようなことは無いと甘く仮定しても……」

 

……さらっと七乃さんの性格が悪いことになったな。そして誰もそれにつっこまない。

 

「分かっていたことだが……もどかしく精神的に辛い場面が続くということか」

「それで、今日の戦い、いかがでした?」

「戦いにならなかったのだから、感想の持ちようもない」

 

 春蘭が憮然とした態度で言う。けど、それは最終的な……いや、過程をすべてふっ飛ばして結果だけ、しかも勝った負けたという一次元的な判断基準での感想だ。この戦いではこちらも下手をうったし、その失敗は今まで気付かなかった認識面の問題に起因している。

 

「私の失敗やな」

「聆?」

「今回の戦いは戦術的な負けを力技で揉み消したようなもんや。で、戦術で負けた理由。地形の他に、私ら別働隊が後手に回って敵の奇襲を受けたせいで急がならんかったって点も有る。こっちが先に相手を見つけて中央に報告して、作戦を練るんが理想のカタチやったはずや」

「でも手掛かりが全然なくて、それにあの猫みたいな子の身体能力……木の上から来たんだろ?常識外れの反則みたいなものじゃないか?」

「それを言うならこちらも幾つか反則的なワザをだしているわ」

 

華琳の言う通り、自分のことを棚に上げて相手に対しては『非常識だからノーカウント』とはできない。後れを取ったことは認めなければならない。

 

「見通しが甘かった。『敵は優秀な将が揃っている』と言いながら、それらに対する心構えが不十分だった」

「関羽やら孫策やらの名将で鳴らしてるヤツ以外にも一芸特化の厄介なヤツが要注意ってェこったな」

「……と言われても、ならばどいつに留意すれば良いのだ」

「周泰、孟獲……は、今回のことを見るに確実だな」

「それと馬岱もね」

「アイツは精一杯良く言ってかなりの悪戯好きだからな。何かしら罠を仕掛けてると思って良い。足下には落とし穴、頭上には網、逃げたら誘引だ」

「呉の呂蒙とかいう軍師も、およそ軍師とは思えないほど動けるようです」

「弓兵隊を率い、精神力も高い黄忠と厳顔は今後存在感を増すでしょう」

「見通しの悪い道、且つ防衛戦での弓兵か。考えるだけでも鬱陶しいな」

「黄蓋は氣で矢の軌道を曲げたと言うが、こ奴らも何かしらの小細工を持っているのだろうか」

「黄忠は割と素直なもんや。定軍山の時点やったらやけど」

「厳顔の方は破壊力特化のようです。そして、接近戦でも重い一撃が特徴とのこと。ですが、一方で思慮深く緩衝材として布陣の結束に大きく寄与すると」

「星ちゃんも性格の面で要注意でしょうね~」

「星というと……趙雲だな」

「話しかけられても無視したらある程度はマシなるやろ」

「辛辣だな」

「奇襲が怖いって話なら呂布だよなぁ……バッチリ猛将で通ってるけど」

「アレは出てこないんじゃないかしら」

「そうなのか?三万人斬りの猛者だぞ。報償は高くつくが、そうも言っていられまい。出せるだけ出したいだろう」

「アレには聆の口車に乗って命令違反した前科が有るわ。敵地に送り込んでそのまま取り込まれる危険が常に付き纏って、奇襲になんて出せたものじゃないでしょう。……会戦じゃ確かに最も危険な相手でしょうけれど」

「ウチも何かにつけて関羽関羽やったけど直した方がええんかな」

「めったなことを言わないで欲しいわね。天気が崩れたら厄介だわ」

「雨が降ったらその分敵に矢を降らせてやりゃァ良い」

「靑さんはどんどん下衆くなっとるなぁ」

「諸侯のおもりしなくていいからな」

「さきに挙げた将への注意を怠れば矢を降らされるのはこちらだけれどね。……とは言え、個人技を戦術で管理し制することは難しい。大々的な対策は取れないでしょう」

「警戒を逆手に取られたら本末転倒やもんな」

「聆ちゃんが言うと説得力が違いますね~」

「曹魏の蛇鬼の十八番ですもんねぇ」

「雌狸がよぉ言うわ。悪名高い定軍山もホンマは七乃さん主導やったやんけ」

「その後その場に居た全員がドン引きするほど陰湿な離間計を提案したのはだれでしたっけぇ?聆さんだったと思うんですけどぉ?」

「私は『馬超を逃がしてやれ』って言っただk」

「ゴホンッ」

「はい」

「各々が注意することが肝要よ。初歩的なことだけれど、効果は大きいわ」

「見通しの効かないところでは周泰の存在を警戒すること。厳顔が居る場合は優れた兵法に備えること。趙雲の言葉は無視すること。あと馬岱は性悪。……ですね」

「皆さん!猪の丸焼きができましたよ!」

「お、良いタイミングだな」

「汁ものも揚げ物もたくさんありますから、お腹いっぱい食べられますよ!」

「ほう……」

 

我が軍の餓狼たちの眼がギラつく。

 

「や、やっぱりちょっと足りないかもしれないので譲り合いの心みたいなものを……」

「つまり早い者勝ちだな!」

 

慌てて訂正するも、もう遅い。と言うより元々こいつらは食べることが好きで、競うことが大好きだ。流琉の発言に関わらずいずれ暴走していただろう。

 

「……っ!」

「させるかよ!」

 

華琳も愉快そうに傍観してるし、こりゃ私もちゃんと取り分を確保しとかないとダメそうだ。

 

  ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 魏軍で料理の取り分を巡って熾烈な争いが行われていたころ。成都城壁に、劉備の姿があった。賈詡から初戦の報告を聞きながら、ただ魏の来る方、仲間が戦っている方……東を見ている。

 

「——そう。翠ちゃんたちは無事?」

「残念ながら、南蛮兵の幹部の一人が鑑惺から逃げ遅れたそうよ。当の美以は殆ど気にしていないらしいんだけどね」

「聆さん、か……」

「その子、ピンピンしてるんでしょうね。……定軍山で翠を逃がしたり、赤壁じゃ雛里も返して来たし、黄蓋も武人生命が終わるような傷はつけられていない。……よく考えれば、呂布を誑かしたときもそのまま魏に抱き込んじゃえば良かったはずなのに。アイツ、何がしたいのかしら」

「私と同じ、欲張りなんだよ」

「………今、朱里や周瑜たちが次の作戦をどうするか検討中よ」

「ごめんね。詠ちゃんにも手伝ってもらっちゃって。……蜀の将軍でも、軍師でもないのにね」

「ボクたちはボクたちのために蜀に勝ってもらわないといけないだけだから」

「………曹操さんも」

「—―って、ちょっと前なら言ってたとこなんだけどね。桃香が言おうとした通り、曹操も今更ボクたちを処刑したりしないはずよ。……でも、鞍替えする気は、不思議なほど、全く起きなかった」

「どうして?」

「言わないわよ恥ずかしい。……とにかく、こんなとこで黄昏てないでさ」

「……うん」

「心配なのは分かるけど、風邪でもひいたら大変よ。城に戻りなさい。お茶くらい淹れてあげるから」

「珍しいね」

「ボクは蜀の将軍でも軍師でもないけど、蜀のお茶汲み係ではあるもの」

 

柄にもなく洒落た言い回しをしたと内心はにかみながら踵を返す。

と、すぐにその心情は一転。できれば在ってほしくなかった人影が目に入った。

 

「……」

 

いつからなのか、城壁内側の階段に孫策が腰かけていたのだ。

 

「っ!」

「……貴女も心配なんですか?雪蓮さん」

「いえ。内緒のお話中だったみたいだから、終わるまで待ってたのよ」

「あはは、気にせず声をかけてくれてもよかったのに……何か、御用ですか?」

「ええ。次の戦いの件だけれど……やっぱり、蓮華の帰りを待つのは性に合わないわ。私が出る」

「えっ!?なら、将の選出とか……そう ポンと言われても………」

「あー、そうやって色々蜀側が手を廻してくれなくて良いわ。私の単なるわがままなんだから。主蜀の力は、蜀の主である貴女と供に、蜀の都である成都で時を待てば良い。……そうよね賈詡」

「ボクのこと……!?」

「袁術って、朝廷にツテが結構有ったのよね。支配の地盤を整えてからは殆ど利用していなかったみたいだけど。……その辺りから情報を引き出せば割と簡単に……ね」

「なら、当然周瑜も……」

「知ってるわ。……そう構えないで。桃香と曹操が許して、私だけが未だに貴女たちの首をどうこうすると思う?」

「思わない。……なら、軍略家 賈詡として胸を張って言わせてもらうわ」

 

一度大きく息を吸い、空を仰ぐ。

視線が戻ったとき、その眼は十常侍と連合軍を相手に戦い抜いた希代の軍師のものだった。

 

「涼しい顔でトチ狂ったこと言ってんじゃないわよこの猪バカ」

「……へ?」

「詠ちゃん!?」

「呉の強みは『地の利』『士気』でしょ。それらが万全の状態である赤壁・建業の会戦ですらあの大敗。今はそれに加えて個人の戦闘技能で主力だった黄蓋も、まだ回復しきってない。地の利も当然無い。士気も、落ち延びてきての防衛だからあたりまえに低い。いまさら呉対魏をやったところで何の足しにもならないわよ。武人の誇り?孫呉の意地?ガキじゃないんだからいい加減弁えなさい!そんなことのためにたった一度しかない前哨戦を浪費するワケにはいかないの。いえ、浪費するだけならまだマシよ。これで呉が今度こそ壊滅でもしてみなさい。『同盟国が滅亡した』ってことでこっちまでワリを喰う。貴女の出る出ないはこの際置いておいても、次の会戦は当然蜀も干渉するわ。しなさい。桃香」

「え、う、うん……えぇ………?」

「ま、まさかこんなにバッサリ言われるとはね……」

「言うよ。猪武者が言うことを聞いてくれてたら、あのとき、洛陽が堕ちることなんてなかった!それにアイツ……魏に入ってからは、大事なトコじゃちゃんと言うことを聞いてるらしいじゃない……!」

 

苦い経験を想起し俄かに語勢が強まるが、ため息を一つつき、落ち着いた表情を取り戻す。

 

「戦略的な観点と、個人的な恨みと、あと、人情から言うわ。孫策、蜀と呉は同盟国よ。そのことを、もう一度よく考えて」

「……そうね。ありがとう。もう知ってるでしょうけど、私の真名……『雪蓮』よ。次からはそう呼んで」

「ボクは『詠』」

 

新たに真名を交わした二人。このことは反董卓戦の遺恨の解消を意味し、沈んでいた劉備の心を幾分か晴らした。

 かくして、賈詡は晴れて軍師として蜀呉同盟の軍議に立つこととなる。その第一回目の場で彼女が提案したことは、綿竹南方での呉対魏の会戦であった。……『呉対魏会戦』という名の策である。




孫策「実はちょっと融和の機会狙ってた」

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