哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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お久しぶっかけ

聆の策の効果はたぶん読者様方の期待よりかなり穏やかなものになると思います。


第十五章二節その六

「斥候の報告は?」

 

 聆が休みに入ってからまた数日。更に頻度が増した奇襲を掻い潜り、俺たちはついに呉の本隊を前にし第二の会戦に入ろうとしている。

 

「敵の本隊はこちらの想定した位置に部隊を展開していますねー」

「孫策が最前線に。他、予想通り呉の将の旗が、有名どころは全て」

「深紅の呂旗は無い、か。ひとまず安心だな」

「予想と違ったのはここに入る流れ……孫策、周瑜、そして復活した黄蓋が進んで下っ端の動きをしていたことですかねぇ」

「だな。まさかあいつらが本陣で構えずに牽制で出てくるとは」

「そしてここでも孫家の牙門旗……つまり呉の国主の旗は陣の中央後方に、対して孫策本人は今まで孫権が使っていた、ただ赤地に孫と書かれただけの旗を掲げこれ見よがしに最前線……これは………」

「黄蓋さん、それに周瑜さんも前線指令をするつもりのようですねぇ」

「世代交代、ということでしょう」

「何故この時期に?」

「……この時期だから、でしょう」

「………?」

「それで、更に後方は?劉備は来ていない?」

「それが……蜀の兵は来ているようなのですが、極端に後方で……」

「勝敗を見守ろうってわけね」

「やっぱり、孫策はこの戦いに何か賭けて来てるってことか」

「ここで孫策の首を挙げることは難しいですかね~」

「孫策が背負う旗の種類が違うだけで布陣自体は予想通りですから、ある程度は狙えると思いますが」

「蜀を後ろにつけたということは、今までの呉と同じようで大きく違うということでしょう。戦術こそ大きく変わらないでしょうが、負けを知ればなりふり構わず"ちゃんと"逃げるはず。どの道、決着は成都よ。無理に追って戦線を散らかす必要は無いわ」

「聆はなんて?」

「んーと……『黄蓋は危険』です」

「ふむ……確かに、怪我を負っているとは言え歴戦の猛者。奇襲戦でも部下共々良い動きを見せていましたし油断はできませんね。油断できない人物筆頭の聆殿が言うならなおさら」

「『油断できない人物筆頭』ね。全く。アイツのおかげで軍が妙なざわつき方して私の胃もざわつきっぱなしよ」

「敏い者からどんどん噂が広まって死亡説やら策略説やら単なるサボり説やら……」

「酷いのだったら神霊化説なんかも有るな」

「それについては『ええ感じでとっちらかっとるなぁ。あっはっは』って言ってました」

「これで何の効果も無かったら覚えてなさいよアイツ」

 

 しかめっ面でこぼす桂花。でも、聆だからこの程度の騒ぎで済んでるってとこもあると思う。普通、名の有る将……例えば春蘭が突然消えたらもっと大騒ぎになるはずだ。『鑑惺様がやることは分からない』という諦め……ある意味での信頼が騒ぎを抑えてるんだろう。そもそも聆じゃなきゃこんな騒ぎ起こすようなことしないってのは置いといて。

 

「……それで、作戦はどうするんだ?相手はこっちの予想の通りに来てるんだから、……」

「失格」

「うえぇ!?まだ草案も出してないうちから失格判定っ!?」

「……華琳様、この空気の読めない男の首を刎ねても構いませんか?」

「空気も何も、戦に策は必要だろ……」

「……牽制隊の比重を少しづつ呉に傾け、そしてこの会戦でも主力は呉。孫策たちは、あえてこちらに予想の手掛かりを与えてそれに乗っているのよ。気付かない?」

「……もしかして、罠か?」

「このお兄さんには火炙りと百叩き、どちらが相応しいでしょうか~?」

「風まで!?」

 

 まるでこっちの世界に来てすぐの頃のような疎外感。俺も軍議には慣れて来て、何も変なことは言っていないはずなんだが。

 

「おい、稟……」

「こういう時は、正面から叩き潰すと方策は決まっているのですよ」

「……いつもの稟じゃない」

 

稟はこういう他の軍師の意見が纏まってるときに逆のこと(特に慎重な意見)言い出す人だろ……。

 

「私は貴方と違って場の空気が読めますから」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「なっ………」

「一刀、この世には二つの戦が有ってね……」

「勝った戦と、負けた戦か?」

「違うわよ。……何その世紀末的な考え」

「いや、ちょっとした気の迷いだ」

 

華琳の喜びそうな答えを狙ったとは口が裂けても言えない空気だな。

 

「ともかく、二つ。策を弄して良い戦と、弄してはならない戦よ」

「……そういう考えなら確かに、バッターがホームラン宣言してるときに敬遠でフォアボールなんて出したら大ブーイングだよな……」

「飛蝗?」

「ほあぼる?」

「分かる言葉で言いなさい」

「真剣勝負の正面衝突を挑んだ相手に作戦勝ちしても、それは逃げと同じってこと、でいいんだな?」

 

と、俺がやっと状況を飲み込めたときだ。

 

「あーあ。こうやって無策に突っ込んだらそれに合わせてくれる相手ばっかりだったら軍師も楽な仕事なんですけどねぇ」

 

七乃さんが露骨に皮肉った。

 

「……そう言えば敢えて空気を読まない娘も居たわね」

「だって、いい加減鬱陶しいですよぅ。いつまでも足下に噛みついてくる子犬なんて蹴り殺しちゃえば良いじゃないですか。矜持や誇りも纏めてぶち壊して『呉は相対するに相応しくないもう終わった国だ』って分からせてあげましょうよ」

「それ美羽にも同じこと言えるの?」

「お嬢様は正々堂々真剣勝負なんてしません!!」

「うへぇ……」

「まぁ、七乃の言うことも分からないでもないわ。確かに呉はここまで恥を晒し続けて来ている。……けれど、私はまだ期待しているの」

「……うーん、まぁ、華琳さんが 敢 え て そうしようと言うのならそれに従うしかありませんけど」

「ごめんなさいね。貴女の辛辣な策は、また次の機会に参考にさせてもらうわ」

「それでは、こちらの布陣は……」

「中央先鋒は春蘭として副官に秋蘭、華雄と猪々子とその抑え役を左右に振り分けて遊撃に霞ってのがだいたい最大戦力だよな」

「或いは季衣と琉流の連携に期待して二人に左右どちらかを任せてしまうのも手かもしれませんね」

「私は霞ちゃんと秋蘭さんの二人を遊撃に出すのが良いかと~」

「……確かに、敵は周泰と甘寧を遊撃に出してくるはず。それに対応するにはこちらも遊撃を二枚置いても良いかもしれないわね」

「それに建業攻略戦に重なって面白いかもですねぇ」

「なら、その二人を遊撃に、左翼に猪々子と季衣。右翼に華雄と琉流、中央に春蘭と凪沙和真桜……そして一刀、貴方よ」

「聆殿の抜けた鑑惺隊を含め、北郷隊で臨機応変に中央を支えてください」

「後方や左右との連絡も重要よ」

「責任重大だな……。頑張らないと」

「春蘭にはいざとなればあんたを盾にするように言っておくわ」

「流石にそこまでの負担は背負いきれないな」

 

  ―――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――ふむ、敵も展開し始めたか」

 

 そして呉の先鋒。"要注意"の黄蓋が魏の陣を睨んでいた。

特に気にしているのはやはり"要注意筆頭"の人物。

 

「……じゃが確かに、鑑の旗は無いのう」

「まさか、本当に……?」

「あれほどの者がこのように静かに死ぬとは思えぬが……」

 

  *—————————————————————————————*

 

「――鑑惺さんは出てましたか?」

 

 いよいよ会戦の平原が差し迫り、牽制を切り上げて戻ったすぐのこと。待ち構えていたように諸葛亮が孫策のもとへやってきた。

 

「……いや、儂らの方もそのことで意見を聞きたいと思っておったところじゃ」

「他の将が今まで通り比較的短い間隔で輪番を回している中、鑑惺は一度たりとも現れなかった。そして、祭が言うには鑑惺隊は北郷配下の他の隊に組み込まれていたらしい」

「ヤツの隊には多数の副長が居る。魏に居た間にそやつらの顔は覚えておったが……その殆どを見かけた」

 

 鑑惺が何かをしようとしているなら、普通はこの副官らも居なくなっているはずだ。もちろん、代わりに普段他の隊に居るものを連れて行ったかもしれないが……ワザワザ鑑惺隊のあの特殊な兵と入れ替えて大きな利が有るとは思えない。これまでそういう動きをした記録があるか、魏との戦闘経験(ついでに策をうたれた経験)が豊富な蜀の見解を知りたいところだ。

 対して諸葛亮は暫く無言で何やら考えた後、言葉ではなくある物を提示した。

 

「……これを」

「髪?」

 

 孫策たちの前に差し出されたのは長い髪の束。ゆらゆらと捻じれ、暗い琥珀色に光を反射いている。

 

「これは……!」

「間違いない。鑑惺のものじゃな」

「なんで……」

「呂布さんが持ち帰ったものです」

「呂布が鑑惺を討っていたの!?」

「それが、当の呂布がこれを私に渡したきり何も言わんのだ」

「趙雲……貴女に?」

「『ごめん』と一言だけ言って、な」

「普段恐ろしいほど求めてくる食糧報酬も今回は……」

「ううむ……」

「……ともかく、聆殿は、恐らく恋と討ちあってから全く姿を現していないということか」

 

  *————————————————————————————*

 

「呂布から聞き出せれば良いのだがな……」

「元から意思疎通が難しかったというし、今はそれに輪をかけて話さないと聞く。呂布から情報を得るのは難しいじゃろう」

「間諜の情報を待つしかないか」

「……殺したくない相手を殺したら、ああもなるとは思うけどね」

「………」

「呂布と鑑惺の間にそんな関係が有ったかはともかく、もし仮にそうだとしても殺さなければ良いだけの話だろう。呂布の力が有れば多少の我儘も通るはずだ」

 

 もっと言えば鑑惺には出会わなかったとすっとぼけてしまえば良い話。だが、周瑜のこの意見は他の二人にはあまり受け入れられなかった。そもそも呂布が"変わったヤツ"だから困っているのだ『~~すれば良い話だ』なんて常識を基にした論が意味を持つとは思えない。……もっとも、それを突き詰めればあらゆる推測が無意味なのだが。

 

「ふむ……やはり鑑惺。どこで何をしようと悩みの種だ」

 

それは『"何もしない"をする』ことも含めて。

 

「生きててほしい?死んでてほしい?」

「借りを返すためには生きておいてもらわんと困る」

「私も生きておいてもらいたいな。この目で首を刎ねる瞬間を見ない限り安心できん」

「……こんなことを言うようになる風に育てた覚えは無いんじゃがなぁ」

「昼間から酒浸りの大人を見てどう育つと思っていたのか甚だ疑問だわ」

「そりゃあ策殿のように明朗快活にじゃ」

「明るく元気な冥琳ねぇ……フフ」

「何を笑っているの」

「べつにー」

「本陣より伝令!開戦は間もなく。突撃に備えよとのこと」

 

そして伝令。

魏と、新しい呉の戦まで秒読みに入った。

 

「……さて、気を引き締めようかのう」

「久々の前線指揮……勘が鈍っていなければ良いが……」

「しっかりしてよね。この戦での私たちの仕事はただの前衛じゃない。……蓮華たちの道を切り開くのよ」




笑い所さんが行方不明

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