念のため。
「りょ、呂布だアァァアあぁぁぁぁぁぁァぁァぁァぁ!!!!!」
伝令か、悲鳴か、その両方か。三国無双の飛将軍による襲撃が報される。
やはり、呂布。前線を一気に突き抜けて、真っすぐに本陣に迫って来ているらしい。どうやら春蘭秋蘭も追ってきているようだが……その分趙や孫やの旗も近付いてきている。それとも単純に前線を崩されたのか。
そして呂布が兵の垣を破り、中陣の手前に設けられた広場に現れるのに時間はかからなかった。おおぅ、なんと豪勢な。愛紗と鈴々……関羽と張飛まで両脇に控えてるじゃないか。だが都合の良いこと(まあ予想していたが)に、二人は第二陣を背に立つ私の姿を見て、驚きに何か他の感情が少し混ざったような表情で足を止めた。
……対して呂布の容赦の無いこと。全くいつもの憎らしいほどの無表情で一直線に私に向かってくる。
呂布と当たるのは、これで三度目。この総毛立つような威圧感と恐怖にもいい加減慣れた。そう、例え汗が噴き出て膝が震えだしていても慣れたものは慣れたのだ。決してトラウマを植え付けられてなどいない。とにかく、いよいよ決戦、三度目の正直。今こそは逃げに出ない。
「呂オオオオオ布ゥゥゥゥァァァ゛ァ゛ァ゛」
速い速い呂布の脚。前までは何も分からない間に一撃打たれていたが、落ち着いて正対してみると余計に不可解なものだ。ずっと向こうに居たはずがもう互いの間合いの中。
ついに迎えた飛将軍呂布と蛇鬼鑑惺の真っ向勝負―――なワケ無いんだよなぁ……。
「……!」
呂布の刃より先に炸裂したのは、背後……魏の第二陣から放たれた鉄球。季衣の一撃だ。巨大で重く鈍い氣の乱流に、私は紙くずのように吹き上げられる。
高速回転しながら迫る鉄塊を防いだ呂布を次に襲ったのは巨大ヨーヨー。琉流。しかしこれにも一歩も退かずに対処。さすが呂布。魏軍の誇る最高クラスのパワー系二人相手に尚この不動っぷり。桁違いだ。
それにしても上に飛ばされたのは良かった。状況がよく見える。着地のことを考えなければだが。
愛紗と鈴々も一拍遅れて援護に走ってくる。季衣と琉流の二撃目はその牽制に放たれた。
「くッ……!」
「こっちはボクたちに任せて!」
「流石に強い……ッ、でも、少しなら抑えられます!」
それと同時に現れた第三の刺客。靑の突撃。人馬一体。跨る馬ごと氣で強化、制御した上での斬撃。しかしこれも防がれる。
だが四つ目の刃は、ついにその防御をすり抜けたらしい。呂布の澄まし顔が歪んだ。
「……まさか、私が飛将軍を討ち取ることになるとはな」
馬騰の陰に隠れて接近した公孫瓚の剣が呂布の胴を貫いた。
が、
「まだや白蓮!」
「へぇっ!?」
まだ倒れていない。そればかりか、檄を引いて攻撃の構えに移る。
「ッラ゙ア!!!」
落下の勢いそのままに、今度は私の剣が呂布の腕に突き刺さる。それに呼応してもう片方の腕を靑が裂いた。
「トドメよ」
正真正銘最後の一撃。華琳の鎌が脛を砕いて、ついに膝をついた。
「こうまですれば、いかに呂布と言えど歯向かわないでしょう。そうよね?」
「……」
「まぁ、最後に首を取らなかったという点で、こちらの意思を酌んで欲しいものだわ」
呂布はしばらく華琳を睨んでいたが、やがて観念したように目を閉じて、華琳の命で後方に運ばれていった。
私でも受けた事のないような重症だが……たぶん大丈夫だろう。呂布だし。史実のゲスさが丸々身体能力に変換上乗せされたような呂布だし。
「華琳さん直々に来るとは予定外やな」
「あら、元々貴女たちも『苦境になれば出る』なんていい加減な予定だったのだから大した問題ではないでしょう」
「大将だろお前は、てェな常識は通じんか……」
「それよりあなたたち五人でも怪しかったんじゃない?胴を突いただけで勝った気になってた白蓮はともかく――」
「う……」
「――脚だけになっても、蹴ってくるつもりだったわよ」
攻撃を途切れさせればその蹴りだけでやられるかもしれないという説得力が呂布の存在感には有る。ホント笑えない。
笑えないといえば、この状況もだ。呂布を討った開放感で一瞬忘れていたが、前線が崩されているんだった。……それが想定内とはいえ。
「季衣!琉流、無事か!?って、華琳様!?すみません!前線を破られてしまいました!」
「分かっているわ。そのための第二陣よ。二人も一旦こちらに移りなさい」
「愛紗!鈴々!状況は……――」
夏候姉妹と、それを追って来た星たち。状況を一度整理したいのは双方同じ。気付けばあちらとこちらでそれぞれに並び立ち、静かに対峙していた。
「関羽、張飛、趙雲、孫策、孫権、馬超……壮観ね。劉備もよくこれだけ集めたものだわ」
「反対に、そちらの面子を見ると頭が痛くなるな」
星は私、そして白蓮を順番に見た。馬超の視線は靑に釘付けになっている。
「お前らが流してくれやがった風評からすれば予想の範囲内やと思うけど?なんやっけ、屍霊術とか、洗脳とか、強姦とかやっけ?」
「おかげで西涼にしてもどこにしても、まず始めは抵抗されるのよねぇ」
「それで?『その風評を本当にしてやった』とでも言いたいのか?」
「貴女たちは夢を現実にするために戦ってるんでしょ?そう怒る必要も無いんじゃない?一足早く貴女たちの戯言‹ゆめ›を現実にして見せてあげたのに」
「星、お前白蓮とちょっとした知り合いやったようなそうでもないようなそんな感じのアレやったかもしれんよな?再会に感動して泣いてええんやで?」
「下衆すぎる煽りはともかく私と星との間柄の文言にいくつか文句をつけたいぞ」
「却下」
「ぞんざいだなちくしょう。昨日は『お前が必要なんや』とか言ってきたくせに」
「貴女たちそういう関係だったの?」
「あ、そういう関係ではないぞ。戦力とか政とかそういう方面の会話で」
「せやな」
「なら私が可愛がってあげてもいいわよ」
「そういう方向での重用は要らないんだよなぁ。やっぱ向いてないのか……」
白蓮は足元の小石を蹴った。まるでいじけたヤツのテンプレみたいなリアクションだ。
そんなとぼけた会話の一方で、マジメに激高してる奴もいた。本心はともかく、影が薄いだのなんだの言ってたせいで今更何とも言えない星と違って、全うに混乱する理由も権利もある奴が。
馬超が静かに、全身に力を込めて言った。
「なんでそっちに付いてんだよ……!」
「一つに魏がマトモな国だったから。二つに余計な風評を流してだまくらかしてくれたヤツを叩きのめしてェから」
孫策は無表情だったが、孫権は一瞬たじろいだ。なるほど。下衆い風評はどうせ孔明の策だと思っていたが、どうやら呉が主な源だったらしい。
「大方西涼を攻めた相手に味方すんのが気に入らねェんだろうが、仇討ちがしたいならむしろお前もこっちに来い。翠。……それとも、マヌケにもまんまと騙されたバカな首領を恨んでるんなら、このままヤり合おうじゃァないか」
一切の詰まりも無しに言い放った。全く、病のせいで一呼吸の間しか全力を出せないくせに立派にハッタリをかますのは流石経験豊富な名将だ。
「私は、今隣に立ってる仲間のために戦う!」
「ほう……その答えは親として鼻が高いなァ」
要らん覚醒スイッチ押したかもしれんが。
「どうやら話はついたようね。私も一つ舌戦……といきたいところだけれど、孫策とは建業で話したのよねぇ」
華琳はゆっくりと目を瞑った。まるで戦場の音を全て聞いているようだ。
「……両翼もそろそろ押し返している頃だろうし、劉備に訊きに行きましょう。この状況でまだ抵抗するか、と」
「どの状況か知らないけど、桃香お姉ちゃんのところには行かせないのだ!」
「元より素直に通してくれるとも思っていないわ。――全軍、突撃ッ!!」
華琳の号令に応え、魏の黒い大群が、根元から敵に攻め込まれているただ中の前線まで全て、成都の蜀本陣へ進み始めた。
三年前は二年前にここまで進んでる予定でした。