なんか9000文字超えました。いつもの三倍です。
誤字も三倍ですね。
増殖!仮面舞闘会!?
戦が過ぎ去り平穏が戻った成都の町。その一角に建つ茶屋の店先に私は居た。あれから数日。人の行き交いにも活気が溢れ、なじみの薄い街とはいえ、眺めていると穏やかな気分にさせてくれる。
「民草とはまったく、強かなものよな」
「桃香様と華琳様の手腕によるところも大きいでしょうけど、私が思っていたよりずっと落ち着いているわ」
桔梗、それに紫苑もその様子を目を細めて見ている。
ついに魏が蜀を下し、天下は一つになった。そしてまず最初の政策として実行されたのが人事令。新しい魏国の担い手を示すものである。そこには蜀、呉地域の長として桃香、蓮華を筆頭に、元々敵だった蜀呉の将や文官の名も。魏としては敵方の命運すら完全に握ったとも言えるし、蜀呉からすればただ負けて滅びるのではなく、地域としてとはいえ国の名も面子も保たれることになる。まぁ、なんと丸く収まることか。問題は実際戦っていた将兵たちに敵だった者を赦す寛大さ、敵だった者に仕える忍耐が求められるという点だが……そもそもいわゆる"敵意"は無かったとか、上から偶に口出しが有るとはいえ自治が戻るなら上出来だとか、負けたら潔く従うものだとか……それぞれの胸中はあるが、ともかくこの期に及んで文句を言う者は少なくとも将には居なかった。一刀が予想していた大宴会も人事令が発表された日のうちに開かれた。そのときに、皆互いに真名を呼び合う運びになったのである。
そうして団結の意思が確認されたら今度は本格的に交流だ、ということで。華琳、桃香、蓮華の地域長(華琳は国王も兼任)は首都となる洛陽へ式典のため一旦行くことは確定として、三地域に高官が割り振られてしばらく滞在することになった。
「ちょっと拍子抜けやな。なんたらの恨みとかって棒で叩かれるくらい覚悟しとったのに」
「一番恨みを持ってそうな翠たちが魏地域に行っとるのが救いだったな」
「……冷静に分析せんで」
まぁ、そこも翠の性格を考えればそう時をかけずにある程度割り切ってくれると思っている。むしろ翠は純粋な敵であった私とより、靑さんとの関係の方が複雑そうだ。靑さんの方は「微妙になったら親離れとでも思っておくさ」と呑気なことを言っていたが。
「裏を返せばそのくらいか。呉の者たちは蓮華の意向に沿うつもりだろうし」
「恋が怖い」
「恋、ああ、お主はあやつにも色々とやらかしたのだったな。じゃが、あれも心根は善いものぞ」
「いやぁ、宴で顔合わせたときに『次は負けない』言われてな。どうやって逃げるか」
両腕両脚に胴までやられた重症ということで宴会にも車椅子で参加、交流も蜀待機組に即決だった恋。しかし、もう最近じゃその辺を平気で散歩するまでになっている。手合わせと称した血祭が開催されてしまう日も近い。
「……命まで取られはせんだろう」
「そもそも私の方が何回も殺されかけたし、最後のあれは六対一やったからそんな対抗意識持つ案件やないと思うんやけど」
「そうね」
紫苑が肩に掛けたバンドを直しながら相槌をうった。
「傷も凄い速さで治ってるし、うらやましいわ。私なんてまだ左肩がズキズキ痛むし、脚も、歩くのに杖が必要で。まるでお婆さんみたいですもの」
「……いやいや変わらずお若くお美しいですよホント」
「はっはっは。確かに恋より因縁を持つに相応しい者が居ったな。二戦二敗だったか」
「そうね。何と言っても天下の蛇鬼鑑惺ですもの。貴女の方が強いことは証明されているのだから、そうビクビクしないでちょうだい」
「確かにそう考えたら頭が高いぞ婆さん」
「………」
「はははは!紫苑、迂闊な意地悪は言うモノではないな」
「……まぁ、冗談はさておいて。戦の中では色々とおかしなこともしたし、何やかんやと掘り返さんで欲しい」
「だが武人として強い相手と試合ってみたいという願望は、そう簡単に押さえられるものではない。今でこそ戦の直後で静かだが、すぐに騒がしくなるぞ。お主の周りは」
「それにどう言ったところで結果は結果だもの。本人が否定したって謙遜にしか聞こえないわ」
「他人が言えば僻みよのう。戦って確かめるしかない」
「私の記憶では戦いは数日前に終わったはずなんやけど……」
「試合う気になったら、一番手は儂だぞ」
ままならないことだ。話が分かるお姉さん的存在の人は、往々にして勝負好き。紫苑だって、実はさっきみたいな皮肉や意地悪が好きだし、腕比べにも意欲的だ。
「空、青いなぁ」
「そんなに嫌なら条件をつけてみてはどうじゃ」
「条件?」
「お主がのらりくらりとしていては、挑みたい者は焦れてそのうち奇襲でもなんでもやりかねん。なれば、筋道を用意し、そこに険しい障害を設けておく方が安全ではないか」
「それは一理ある。けども小難しい題にしたらやっぱり無視されるやろうしなぁ」
「勝ち抜き制はどうかしら?」
「誰が私の前座になってくれるん」
前座を頼みにいった相手から戦う羽目になりそうだ。いや、なる。
「やっぱきっぱり嫌や言うしかないか……」
「この憂鬱そうに黄昏ている女が武器を持てば烈士なのだから戦とは面白いものだ」
「って言うか、ワザワザ私と戦わんでも強い奴と戦いたいんやったらそれこそ恋とでもやればええやん。それに『はい今から始め』『これは反則』『こうなったら決着』とかいう勝負やったら、同じ北郷隊でも凪の方が絶対強いし見どころ有るって」
「凪というと、楽進……氣弾の遣い手か。確かに面白そうだ。あやつも今蜀に居るんだったな」
「今日は沙和や祭さんといっしょに街を見てまわっとるで」
「あと、魏から残ってるのは真桜ちゃんと猪々子ちゃん、それに美羽ちゃんと七乃ちゃんね」
「猪々子はさっそく麗羽様の三人組に戻ったけどな」
「蜀勢はその麗羽と斗詩、星と儂ら、恋と音々音、それに美以たち南蛮の者。呉は祭殿と小蓮、それに亞莎だな」
「なんというか……」
「なんというか?」
「問題児とその保護者みたいな組み合わせやな」
「そうだろうな」
「魏で集中して協議に取り組むには、ね」
「一方で国家転覆できるようなヤツでもなし、私ら警備隊と、えー……経験豊富な将を付けとけば治まるやろうと」
「今の間は何?」
「分からん」
「それは後々じっくり聞くとして……早速保護者の仕事ができたようだぞ」
俄に人々の流れが変わる。バタバタと急ぎ足。その先から何やら騒がしい声が、どんどん大きくなり始めた。
「落ち着きとはなんやったんか」
「……これも、日常の内なのよ、お恥ずかしいことに」
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「むねむねー」
「むねむねなのにゃー」
「おーっほっほっほ!」
紫苑の脚の様子に気を配りつつ、出来るだけの速足で到着した大通では、それぞれ仮面をつけた奇怪な一団が良く分からん騒ぎを起こしていた。
「うわぁ……」
「うむ……」
「これはすこぶるお恥ずかしいな」
中心で高笑いをしている麗羽に、猪々子と斗詩、特に激しく走り回っているのは南蛮兵たちだ。さらにその他大勢なゴロツキが取り巻きになっている。
特にモノを壊したり、人に怪我させたりというワケではないが、こっ恥ずかしい歌を歌いながら練り歩き、かなり迷惑そうだ。……おおう、逃げ遅れた店主が歌うのを強要されてる。ちゃんと逃げないと迷惑どころの話じゃないなこれは。
「はぁ……なーんで妾がこんなことを……」
「ほら、美羽さんもぶつぶつ言ってないで歌ってごらんなさい。美しい私を讃え崇めるこの歌を!」
「え、ええ。でも、麗羽姉様……なんといいますか……」
「どうしたのかしら?ほら、早く。美羽さんの可愛らしい声で歌えば、きっと素晴らしいですわ」
「(……七乃ぉ)」
「(嫌って言っても聞いてもらえないんですから、歌っちゃうしかないんじゃないですか?同じアホなら踊らにゃ損損、ですよ)」
「(それでもこやつを讃えるなどと……ん?さっき妾をアホと申したか?)」
「聞き間違いじゃないですか?ほら、むねむね~」
「む、むねむね~」
「おーっほっほっほ!ほら、貴女も!」
「むねむねー!」
一歩下がったところでめんどくさそうにしている金髪ロングのロリと黒髪ショートの二人組はちゃん美羽と七乃さん。ちゃん美羽は麗羽を苦手としているが、麗羽の方はちゃん美羽をかわいい妹として気に入っている。大方、あくまで好意でむりやり巻き込まれたのだろう。で、もう一人、大荷物を背負った紫髪のミディアムツインは真桜か。これはなんで一緒に居るのか分からんな。
「……増えておるな」
「面目次第もあらへんわ」
猪々子はそういう定めとしても、半分は元魏メンバー。別に私が監督する義務は無いにせよ、もう少しどうにかできたかもしれない。
「そこまでだ!」
と、私が思わず顔を顰めたとき。街に勇ましい声が響いた。屋根の上に二人、蝶の仮面をつけた女が立っている。
「華よ、蝶よ、人の世よ」
「風よ、月よ、飽くなき悪よ」
「光の裏に影在れど」
「影在るところに我らは舞おう」
「星華蝶!」
「燦華蝶!」
「正義と愛を刃に込めて」
「信じる道を貫かん!」
「「華蝶連者、参上!!」」
頭の悪い部下のせいで頭が痛い。二重螺旋を模ったような二股の槍を振りかぶったポーズをとる星の横で、外向き鉤型コルセスカを天に突き上げているこの女……「サンカチョウ」って。そのままアイツだ。何考えてるか分からないし分かりたくもないヤツだとは思ってたが、本当に何を考えているのだ。
「おおーっ!待ってたぞ華蝶仮面!」
「星華蝶様ーー!」
「新しいのも居るじゃないか」
しかし観衆からは私の頭痛に追い打ちをかけるような歓声が上がる。
「こっちも、数こそ減ってるけれど……」
「怪我の恋と魏に行っておる朱里に代わって、誰だ?あやつは」
「……申し訳ない」
これは完全に私の管理の問題だ。
「出ましたわね、忌々しいちょうちょ仮面!」
「ここで会ったが百年目だ!『華蝶仮面に仕返しをする友の会』行くぞォ!!」
「「ウっス!!」」
ひょろりと背の高い男の合図で、男たちが本格的に武器を構え、華蝶仮面の立つ屋根の足下を取り囲むように陣取る。上ってくるヤツから叩き落せば負けは無いが、そこはヒーロー。二人は大袈裟なジャンプと芝居がかった着地で敵の目のただ中に降り立ち、背中合わせで武器を構えた。
「やれやれ、美しくない者どもだ」
「叩きのめされる覚悟はできていますか?」
「叩きのめす決意はしてるぜぇ!!」
バッと包囲が縮まる。星が高く跳び上がると同時に、三課長は地を這うような鋭い脚運びで一人のゴロツキに詰め寄った。
「とうっ!」
「げふっ」
上と下からの挟み撃ち。三課長のかち上げを防いだ男の首にストンピングが決まり、崩れ落ちる。反対に星はその反動で更に高く美しく跳ねた。しかし陽光を反射してふわりと廻るその姿に見とれていられるのは観衆だけ。コルセスカが躍動する。
「シャァアッ!」
「ぐわっ!?」
星の鋭く速い連突きと跳躍、三課長のぶん回しと低いステップ。対照的ながら非常にうまくかみ合っている。
「はっはっは!数ばかりではどうしようもないぞ、小悪党」
「くふふ……。所詮は烏合の衆。群れたところで一人ずつ倒れるだけです」
あっという間にゴロツキの男たちは残り三人もいなくなった。とはいえ、死んではいない。二人とも周りが血の海にならないよう、本気じゃないことは当然ながら、トドメはあえて柄をつかったり防具の上に打ち込んだりしている。
「がはぁッ!」
と、戦いの様子を反芻しているうちに
「やっぱり強い……何かよく分からないけど一緒に居たごろつきの皆さんが一瞬で………」
「『華蝶仮面に仕返しをする友の会』だ……がくっ」
「あ、『がくっ』って口で言いながら倒れた」
最後の一人もおしまいか。
「おかーさん!」
「璃々?」
「あんたたちもここに居たのね」
それぞれにこの戦いを分析していた私たちの背後の、かなり低い位置から声がかかった。紫苑の娘の璃々と、その保護者をしていた小蓮だ。保護者の小蓮にもさらに保護者は要りそうなもんだと思っているのは内緒だ。
「見物に来たのか」
「元から近くに居たのよ。ま、始まってからはこの子が見たいって言うから、見やすい場所を探してたんだけど」
子供はもちろんだが、大人までわらわらと観戦に集まっている。最前列でもない限り、璃々たちのような子供では人垣に阻まれてしまって振り上げられた槍の先端くらいしか見えないだろう。小蓮だけなら屋根でも上るんだろうが。
「んだら私肩車しよか?」
「うん!ありがとー!」
「あら……」
「これは意外」
「どんな印象か知らんが、私かて人の子やぞ?」
どうにも鬼とかなんとか、半分本気で言われているような気がするのだ。
「ふん!まだどうでもいい居ても居なくても分からない呼んでもいない人たちが倒れただけですわ。お行きなさい!猫連者!貧乳の文!巨乳の顔!」
「その呼び方は引っかかるけど」
「はぁ……行くしかないかな」
「今日こそ勝つにゃー!!」
「(妾はどうしてこんな面妖な面をつけて大路の真ん中に突っ立って居るのじゃ)」
「(居るだけで良いんだから、何か無茶振りされるよりマシですよ)」
「(さっさと城に帰って茶でも飲みたいのう……)」
「(そうですねぇ……)」
「そこ、何か言いまして?」
「い、いえ何も……」
麗羽の言う通りここからが本番。戯れにしろ袁家の二枚看板と南蛮王、南蛮幹部三匹が相手だ。ちゃん美羽と七乃さんはいかにもやる気が無さそうだが、真桜も控えている。
「へへっ、やっぱ斗詩と一緒に戦うのは気分良いぜ!」
「もう……文ちゃんったら」
「む……この空気」
「敵ながら、愛を心得ているということですか」
「気を引き締めねばな」
星がトンっと軽やかに一歩踏み出した瞬間から第二ラウンド開始。迎えるように猪々子が斬山刀を一振りし、美以たちは三課長に飛びかかっていった。
「そりゃそりゃそりゃ!!」
「てやーっ!」
猪々子の連撃はその武器の巨大さからは想像できないほど速い上、僅かな隙も斗詩のハンマーが埋めている。
「くっ……!」
元から言えば星はこの二人より格上だが、連携が取れている上に魏で実戦と稽古共にかなり経験を積んでいる。ひょっとすると、本気で戦っても結果が分からないかもしれない。
「にゃにゃにゃにゃにゃー!」
「みゃー」
「ふしゃーっ」
そしてこっちは三課長が乱撃に曝されている。
「さすがに手ごわいですね……!」
南蛮兵たちが得意とする三次元的な足場の有る地形じゃないとはいえ、四匹の連携は三課長には荷が重いか。
「おーっほっほっほ!いい気味ですわ!気を見て敏なり、ここで追い打ちですわよ。カラクリハカセ!」
「やーっとウチの出番かいな。待ちくたびれたで!」
真桜のバックパックからゴツい大砲が現れ、小手調べとばかりに華蝶仮面たちの足下に一発。ズドンという衝撃と土煙だけでは終わらない。花火のように炸裂し、さらに広範囲にダメージを与える砲弾だ。
「いやぁ、手練れ相手に絡繰の試運転できるって最高やなぁ」
そんな理由かよ、真桜……。
「アレを何度も撃たれてはまずいな」
「幸い、取り回しはかなり悪い様子。速攻で行きます!」
「その程度の対策、欠かすワケ無いやろ!」
三課長の突進に、真桜は細身の剣で対する。確かに、取り回しの良い武器を持っておくのは定石だが、……それだけではないな。
「私の槍に傷がっ!?」
「天の国の技術、高周波ぶれーどってヤツや。大戦には開発が間に合わんかったんやけどな」
「得物が傷んで辛いのは分かるけど、呆けてるヒマはないぜ!」
「ぐっ……!!」
「燦華蝶!」
「貴女も、他人を心配してる余裕はないですよっ!」
「にゃー!!」
「ぐはッ!」
「おーっほっほっほ!さあ!そのままやーっておしまいなさい!」
三課長が真桜と猪々子に押し返されたところから、あれよあれよと態勢を崩されてしまう。なんとか三歩ほど離れたところで構え直したが、そこからなかなか前に出られずじりじり圧されてしまう。
「おいおい、今までにない危機じゃねえか」
「今回の敵、強いぞ……!」
「恋華蝶は何やってるんだ」
観客たちも騒めき出した。敵も多いが、三国最強の呂布の代わりにうちの部下じゃそりゃ苦戦もするってもんだ。
「がんばれー!!」
「ここまで押されておるのは珍しいな」
璃々もいよいよ必死になって応援しはじめ、桔梗も感心したように顎を撫でている。ヒーローショーとして、ここからどうやって巻き返すのだろう。互いに本気ではないとはいえ、じゃあ急にこっちが何の理由も無くパワーアップしたり、逆に向こうが急に手を抜いたら興ざめだ。援軍か必殺技がセオリーだが……。
「くっ……もはや出し惜しみはできんか」
「必殺技ですね。いざっ!」
必殺技の方か。ほっとした。仮面にこれ以上増えられてはたまったものではない。決戦の後、再び公孫瓚の名を捨ててしまったが、仮面の因子を持つ白蓮がヒラの使用人としてこの地に残っているのが頭をよぎったからだ。
二人の動きの様子が変わる。余裕を持ってそれぞれ近くの敵から片付ける形から、二人とも半ばがむしゃらな突進へ。星が振り回し主体、三課長が突き主体に入れ替わった。そして狙っているのは真桜か。厄介な絡繰と振動剣を速く仕留めておきたいのだろう。
『聖星燦散』
二人による素早い乱撃。観客向けなのか、振動剣を警戒してなのか、ほとんどが当てる気のないフェイントのようだ。その最後、星が跳び抜けざまに振り抜き、三課長も突き上げを繰り出す。が、避けられた。しかしその直後、槍同士を引っ掛けて星が空中で軌道を変え背後から回し蹴り。そして星を引っ張った反動で三課長が放った強烈な前蹴りも真桜の顎に吸い込まれるように決まった。
「あばーーーーっ!!」
「カラクリハカセがやられた!」
なるほど。乱舞技ではなく、あくまで最後の挟み撃ちがメインで、連撃は前振りということか。なかなか面白い技だ。
「うにゃー!仇討ちにゃ!」
「そんな安易な突進……っ!?」
真正面からの突進に、何の捻りも無い袈裟打ち。三課長の言う通り安易だが、受け止めることはできなかった。さっき真桜に傷つけられていた辺りから槍が真っ二つに折れてしまったのだ。
『地獄突き』
しかし、折れた槍を手放した手がそのまま新たな槍となる。四本指の貫手が美以の喉元に突き刺さった。一歩、二歩と退いて膝をついてしまう。あー、これはしばらく呼吸できないな。
「ミ゙ャッッ!?エ゙ッ」
突然の出来事に戸惑い嘔吐く美以に対して、三課長は反撃の手を緩めるつもりは無いらしい。元々格が違う相手、このチャンスを逃して本気になられた後では勝ち目がない。
『燦光魔術』
ダッと詰め寄り、左足を振り上げる。しかしそのまま蹴るのではなく、美以の胴へ引っ掛けるように踏み込む。本命はそこを軸にした右の膝蹴り。鈍い音を立て、シャイニングウィザードが側頭部を刈るように決まった。
「うっわ、えげつなー……」
武器を失った瞬間、怪我を負った瞬間、その優越感と達成感、あるいは勝った気になって相手には隙ができる。劣勢においてもそこを突けば逆転の目が有り、いかなる時も諦めず、いかなる場合にも攻撃できるよう技を磨く。低く滑るような脚運びといい、伊達に私のストーカーをしているワケではないということか。
小蓮はドン引きしているが。
「だ、だいおーしゃまーー!!」
「タイキャク、タイキャクみゃ!」
「ふみゃ~~」
「お待ちなさい!退却して良いなんて言ってませんわよ!?」
「はっはっは。とうとう二対二だな」
「むぅきぃい!柔乳の張!貴女も少しは腕に覚えが――って、どこ行きましたの」
「七乃っちとお嬢なら随分前に帰りましたよ」
「なぁんですってぇ!?」
「なんですぐ近くで立ってた姫の方が気付いてないんっすか」
「うるさいですわよ猪々子さん」
「へ~い」
南蛮兵たちが美以を担いで一目散に逃げだし、あっという間に形勢逆転。三課長はいつの間にか振動剣を拾って武器の問題も解決している。
「さあ、一気に畳みかけるぞ」
「今の内から歯を食いしばっておくと良いですよ」
「ぐぬぬぬぬぬ…………さ、さて、そろそろおやつの時間ですし、私も帰るとしましょう。後は任せましたわ」
「ちょ、麗羽様!?」
「まぁ、飽きたならそれでいいだろ。アタイらもずらかるぞ!」
「お、お騒がせしてすみませんでしたーっ!」
「む、逃げるか。やれやれ、これからという時に」
「しかし、丁度良かったかもしれませんよ」
三課長の指さす方、麗羽たちが去った反対側の人並みをかき分けて、正規の兵たちがやってきた。先頭は街を見回っていた凪たちだ。
「アレなの!?」
「何か知り合いに似とる気もするが、他に居らんじゃろう!」
「ですね。星殿に似ている氣がしますが、あの人はああいったおバカな格好はしない方の人種のはず。……覚悟しろ、変質者!!」
警邏の兵としては随分遅かったが、理由は色々とあるだろう。まず、その辺にいた兵じゃあの仮面軍団には対抗できないから将軍格に頼る必要が有る。その頼るべき上官も普段と違うため混乱があるし、そもそも直接的な対処は華蝶仮面がなんとかするだろうと交通整備にまわっていた奴も見かけた。こっちが連れてきている兵は土地勘が無く、結局凪たち自身が騒ぎに気付いて場所を特定するのとそう時間が変わらなかったのではないだろうか。
「やれやれ、小うるさい関羽と馬超が居ないと思ったら、また別の将か。しかもなかなかの毒舌ときた」
「我々も退きましょう」
「だな。では、皆の者、また会おう!はーっはっはっは!」
「くっ……逃げ足の速い………」
華蝶仮面二人はまた器用に屋根に上がってそのまま走り去り、どこか適当な路地にでも降りたのか姿が見えなくなってしまう。祭たちが兵士に色々指示しているが、町のことをよく知らないか(華蝶仮面に関しては)やる気が無いか。見つけ出すのは無理だろう。と言うより、星を別人認定しているんじゃあ打つ手無しだ。一応、「マスクしただけで顔が分からなくなる」というお約束には引っかかってないみたいだが。
「儂らもさっさと散るか」
「やな。凪に『見ていたのに何故騒ぎを放置していたんだ』言うて怒られかねん」
「かっこよかったー!じごくづきー!」
肩から降りた璃々が興奮した様子でぴゅんぴゅんと手を振り回す。……よりにもよって地獄突きに興味を持ちますか。
「でも――」
「ああ、カッコイイばっかりやない」
星扮する華蝶仮面は、そのまま仮面ライダーやスーパー戦隊のような存在。問題は町中で行われる本物の戦闘で、交通もなにもガンガン阻害しまくるという点。もちろん、華蝶仮面の戦いの対象になるようなゴロツキやバカが一番悪いのだが、エンターテイメント重視で派手な動きや時には舐めプも有ることからとばっちりも有る。荒事を楽しまない層や商人、正規の警備隊からは悪印象を持たれてしまっている。『華蝶仮面に仕返しをする友の会』とかいう二次被害的なゴロツキも。
その辺の警備隊員が間に合わないことや、歯が立たない相手に対する者として、または娯楽として華蝶仮面は大いに役立つ面も有る。が、決まりの外で勝手に力を行使しそれを誇示する存在は、それもまた国家の敵である。
「でもはっきり言うと関わりたくない気持ちが強い」
「……そうじゃな」
シャイニング・ウィザードはクロス・ウィザードたる武藤敬司が使用するからシャイニング・ウィザードなのですが、シャイニング・ニーだと通りが悪いのでシャイニング・ウィザードの名前を使いました。