文体や東航頻度はブレブレですが、誤字脱字に不安有りというところだけはいつまでも変わらないただ一つの真実です。
町が変わっても仕事は変わらず。いつぞやの仮面騒ぎのときは外れていたが、今日は私も見回りの当番だ。代わりに沙和が外れていて、さっき服屋で見かけた。慣れた様子で値切りはおろか服のデザインについて店員と語り合ってすらいたようだが、反対に今目の前にいる知り合いは団子屋の店員に注文することすら難しいようで、長いことうろうろもじもじしている。
見ている方も流石に焦れて、私はその知り合い……亞莎に声をかけた。
「ひゃっ!?はい!な、なにも怪しいことは」
「そんな怪しいやつの手本みたいな返事せんでも……」
余った袖で顔と体を隠すように縮こまり、まるで今にも折檻を受ける子供のような態度だ。戦でまみえたときはもっとクールだったのだが、それはON/OFFの切り替えということなのだろうか。
「いや、その、お団子を買おうと思っていたのですが……」
「ちらちら見とったからなぁ。団子屋」
「その、ちょっと、その、甘いものは贅沢品で、なかなか思い切りがつかなくて」
「えぇ……どう見ても庶民向けの店と品物やが」
それに亞莎はいわゆる高官で、仮に贅沢品でも「有るだけ全部」と買い上げたって何らおかしくない。いや、そこまで行くとさすがに財布にダメージが有るし市民の反感を買うかもしれないが。
「そうなのですか?そうかもしれませんが……戦場で育って、孫策様に拾い上げられてからは、拾って頂いたからには勉強の毎日だったので……」
「なら新しい勉強やな。いわゆる庶民は団子くらい気楽に食べる。もちろん食べられんような厳しい状況にある人らを忘れたらあかんけど」
というか、この終戦まで呉の仲間たちと甘味を伴った茶の席くらい無かったのだろうか。……遠慮してたら甘いもの嫌いと勘違いされてるのかもしれない。有りそうだなぁ。むしろあのアットホームな呉のメンツ、それくらいしか理由が思いつかない。
「でも、その……散々店先でうろうろしちゃいましたし……」
「気にしとらんと思うけど。……んだらこの後もちょっと間私と居れば『ああ待ち合わせか』思てもらえるわ」
「そ、そうですね。でも、ご迷惑じゃ……」
「さすがにこんくらいなんともないって」
見回りも仕事だが、この期間では旧他陣営メンバーとの交流も立派な仕事だ。
「胡麻団子くださいな」
「ああ、鑑惺将軍ですか。数は如何程?」
「四つ」
うーん、後ぐされは殆ど無いとはいえ、地元の店と比べるとちょっと冷たい雰囲気の対応だなぁ。しかしまぁ、できたての団子の団子の暖かさは変わらない。
「有り難うございました……」
「どういたしまして、って言うほどのことやないけどな」
亞莎は団子の包みを受け取る動作の間にもニ、三回頭を下げた。
「そ、それでは……」
「ん、これから仕事か?」
「いえ、今日はお休みですが、そのやはりご迷惑が……」
「いま別れたらそれこそ団子買うにも助けが要る思われるで」
「は、はう……」
「ちょーど話し相手が欲しかったんや。恩感じるんやったらそっちで返してくれ」
「私では面白い話は……」
「それは私が決めること。さ、行こか」
少し困った様子ながら、亞莎は見回りの経路に戻る私のあとについてきた。
「胡麻団子がお好きなのですか」
「え?いや……なんで?」
私が袋から一つ取り出したところで、亞莎が怪訝そうに訊いてきた。どうにも次に『私も好きなんですよ』とは言ってきそうにない雰囲気だ。
「胡麻が甘いって、変わったお菓子だな、と。点心として広く伝わっていることは知っているのですが……」
……そうか。すっかり無意識に亞莎といえば胡麻団子と思っていたが、亞莎が胡麻団子好きになるのって、本来は呉ルートの一刀の影響だ。
「それが意外と合うから料理って凄いんやなー」
少し、一刀のお株を奪ってしまったことに申し訳なさを感じつつ適当な返事を返す。いや、どうせ今頃桃香や蓮華なんかと新しいフラグ乱立中に違いないから良いか。
そんなおかしな思考は知る由もなく、亞莎は興味と疑いが半々といった様子で団子を口に運んだ。
「はムっ……?…………!」
「どない?」
「美味しいです……!甘くて、香ばしくて!食感も……」
「それは良かった」
やはり亞莎の舌に胡麻団子はピッタリだったようで、初めて私の前に緊張以外の表情を見せてくれる。花の咲くような笑顔。これで自分に自信が無いんだから、ある意味残酷なものだ。
「残りもやるわ」
「え、しかしそれでは聆様が……」
「ええって。もともと亞莎の買い物なんやし」
「もともと……あ!お代を」
「それもええって」
「しかし……」
「もう、こういうときはそういうのひっくるめて黙って受け取るもんや」
何とか周りの濃いキャラに負けまいと立ち回ってきたからか、こういういい子にどう接するべきか、私まで少し緊張するような気分だ。
「なんや小動物やなぁ」
「私は元々学も無く、粋も趣も分からない人間です。それに聆様や、他の皆様も凄いお方ばかり……」
「学も常識も無いやつなんかよーけ居るけどな」
「そんなそんな……それに、智を武器としない方々はそれが許される覇気や武を備えた人物ばかりです」
「でもお前が学で勝っとるに変わりはない」
この部分は動きようの無い事実だ。いくら自分に厳しい亞莎でも、これには言葉に詰まったようだ。
「せっかくこないして魏蜀のやつとも話せるようになったんやから、どんどん交流していかな。緊張するかもしれんが、どーせこいつアホやしとか、本気になったら殴り倒せるしくらい思って」
「そ、そんなとんでもない!」
「でもこれ亞莎が言うところの"聆様"の助言やで」
少し意地悪を言ってみる。
「聆様は、どうやってお強くなられたのですか。武でも策でも……」
「それこそ武将は騙して軍師は殴れの精神よ」
「え……」
亞莎は目を丸くした。
戦も終わって、皆と永く付き合うことになる。これからは蛇鬼鑑惺の化けの皮を積極的に脱いでいきたい。
「亞莎なんか素質有ると思うけどな。戦った感じ、器用そうやったし」
「……敵と己を知り、弱点を突けば戦は易いということですね」
そんな綺麗な話じゃないんだけどな。
「ともかくせっかくなんやし、もっと色んな人の話聞いてみ。呉のやつらにももうちょっと遠慮無しに。雪蓮さんかて期待して要職に取り立てたんやから、恩感じるならその本人が『自分なんか』言うとったらアカンわ」
「そうですね……急には無理かもしれませんが、少しずつ」
「あ、でも星には要注意な。一の教訓得る間に十の弱み握られる」
「ふふ、確かにそんな感じがします」
「それは聞き捨てなりませんな」
「ほらな」
「もう少し驚いてくれても良いのでは」
突然私達の背後に現れた声の主は呆れたように抗議してくる。亞莎なんか小さく飛び上がるほど驚いたのに、贅沢なヤツだ。
「驚き方の総量で言えば二人にしては多いからヘーキヘーキ」
「釈然としませぬなぁ」
「一体どこから……」
「大方、また屋根の上やろ? そろそろ屋根に道敷かなアカンわ」
仮面騒動への釘刺しのつもりも有って言ったのだが――
「ふむ。一考の価値は有りますな」
さらっと流されてしまった。もしくは、星も意外と天然なところがあるから気付いていないのかもしれない。
「ところで珍しい組み合わせですな」
「成り行きや」
「その、お団子を買っていただいて……」
「ほう……では私も一つ」
星は全く自然に手を出し、亞莎も思わずといった感じでそこに胡麻団子をひとつ渡した。
「こうして心置きなく美味なるものを楽しめる時をどれだけ望んだことか」
そう言いながら、星は晴れやかな気持ちを表すように腕を広げる。こいつなら戦の間でも色々と楽しんでいそうだが、やっぱり、終わったら違うんだろうか。
「? あれは……」
胡麻団子の感想なんかを言い合いながら五分も歩いた頃、視界の端に見慣れた横顔をとらえた。裏路地に入って行く。ちょっと嫌な予感がしたから、柄にもなく大きな声を出して呼びかける。
「おーい、猪々子」
「お、おう聆姉じゃん」
「あーら、星さんに聆さんと、……どなたでしたかしら」
「あの、亞莎です」
「こんにちは」
麗羽の三馬鹿。
「で、その手に持っとるもんは?」
「お、おーほっほっほ! 全く、何のことやら分かりかねますわね」
「むねむね団、の仮面……」
そして今まさに例の仮面遊びを始めようというところだった。ハッキリ言って華蝶仮面については傍観者で居たいが、事前に防げるなら防ぎたい。意図せず見回り業務でもいい仕事をしてしまった。
「えーっと、そうだ! 今流行のごっこ遊びをしようって姫が」
「猪々子!?」
「(何とか誤魔化さないとマズいですって!)」
「(それにしてもごっこ遊びとは何ですの。まるで私が幼い子供のようではありませんか。猪々子が言い出したことにしなさい!)」
「(えー! 嫌っすよー)」
何か露骨にむこう向いて顔寄せ合ってコソコソ言ってるが、「そうだ!」って言っちゃってるし、仮面ごっこってほぼ事実だし……
「それで、星さんたちの方は……」
その間に斗詩が何とか話題を逸らそうと頑張る。
「何と言うことも無い。私もつい先ほど聆殿に同じような質問をしたばかりだ」
「ああ、散歩兼見回りや。この際やし麗羽さんらも一緒に散歩せんか?」
相手をするのはちょっと……いや、かなり疲れるだろうが、変身されるよりはマシだ。見張りのために一行に誘う。ひょっとすると星とマイペース同士で打ち消し合って平和になるかもしれない、と希望的観測で心を落ち着ける。
「い、いえ私たちは」
「仮面"ごっこ"か?」
「失礼な! 私たちは本物の――もごご!」
「ぜひご一緒したいです!」
変な挑発の乗り方をしかけた主を抑えて斗詩が返事をしてくれた。
そのせいか、しばらく歩いても麗羽は不機嫌そうだ。移り気であるから、何か有ればまたころっと変わるのだろうけれど。
「全く、この私を誘ったのですから、相応の場所に連れて行ってくれるのですわよね?」
「そう言われると、私らこっち来て浅いしなぁ」
「ああ、行きつけのメンマ専門店が……」
まぁ、そうだろうな。これは星にうっかり目線を振った私が悪い。
「漬物屋ですらなくメンマのみ、か」
「それ何が面白いんですの」
「む、語ると長いですぞ」
「手短に頼みますわ」
「メンマはいいぞ。」
「そう……(無関心)」
星は普通に良い店も知ってそうだが、一方で自分のアイデンティティ、ネタを重視する面もある。メンマが却下されたからといって、メンマ押しを曲げることは無いだろうなぁ。
「あの、それなら一つ……」
さてどうしたものかと腕を組んだ横から亞莎がおずおずと手を上げた。
「ふぅん、なかなか良いお店じゃありませんの」
亞莎に案内されてやってきたのは香の専門店。恋姫にありがちなファンタジック薬物の香ではなく、ちゃんとした、香りを楽しむための香の店だ。バカでこそあるが、麗羽は基本が生粋のお嬢様。いつ突発的に事件を起こすか分からないという点はともかく、一応は大人しく香を楽しみ、吟味しはじめた。
「(よぉ知っとったな。来たこと有るんか?)」
「(いえ……実は、入る勇気が無くて……)」
なるほど。さっきの団子屋も私が通りがからないとここみたいに買えず仕舞い入れず仕舞いになってたかもしれないワケか。
「(やったらもうせっかくやし他にも入るん躊躇った店廻ろか)」
「(な、何か利用するみたいで申し訳ないです……)」
「(相互利益や)」
「そこ、何こそこそ言ってますの」
匂い袋から原木まで、はじめの大人しさはどこへやら、エンジンのかかってきた麗羽は気に入ったものを次から次へと買い込んだ。城の各部屋に置くつもりならともかく、そんなに一度に持っても仕方ないだろうに。と言うか香はものすごく値が張る。しかもナチュラルお嬢様の麗羽が何気なしに選ぶものは香の中でも高級品ばかりだ。
「えぇ……何この金額。隊の運営予算の書類とかでしか見たことないんやが」
こんな金どこから出ると言うのか。しかし斗詩は落ち着いた様子だ。
「麗羽様、くじは当たるし賭ければ勝つんで……」
何故か増えていく金で、怪しげなぼったくり品を集めたり変な集団を雇って騒ぎを起こしたりするのに比べれば、相応に良いものを買うのは随分マシとのこと。ならばそれに協力するのもやぶさかではない。私たちも気に入った香をそれぞれ一つずつ買って店を出るときに、亞莎に「予算の心配は全く必要無くなった」と伝えた。
そのためかどうか分からないが、次に亞莎が選んだ料理屋も中々の高級店。それぞれが一品ずつ欲しいもの(亞莎は完全にハマってしまったのかまた胡麻団子だった)を注文した後で、麗羽がそれではまどろっこしいと言って前菜から点心までの、現代で言うところのフルコースになった。
「それにしても亞莎さん」
「は、はい!」
「食事の場に、その袖、何とかなりませんの?」
かねてから気になっていた、という様子で麗羽が言った。亞莎は器用に食器を扱って、万が一にも汚すということは無かったが、まあ、袖から手を全く出さずに過ごしているのも思えば異様ではある。ザ・非常識の麗羽が指摘するのは不思議な感じもするが。……或いは、別の意図が有るような"匂い"もする。
「えっと……はうぅ………」
「ふむ。次の行き先が決まったようだな」
星がニィっと笑った。
どうあがいても変身