恋姫の中でも一層勢いのある仮面ネタを題材にしておきながら終始ねちっこい政争ものになってしまったお詫びとしてはなんですが、ここから数話オリ主がアレなことになります。
わりといつものことですね
主だったメンバーは抑え、それに怖じたか亞莎も活動を控えたようで仮面騒動は一応ながらひと段落した。南蛮組は紫苑に私も加わって手厚く相手してやることになったし、残るは昔ながらの星華蝶のみ。これでとりあえずあと一月も無い事前交流期間は安泰――と思いきや。私を取り巻く情勢は急転直下する。
呂布、完全復活。
今朝、食堂のこと。私はなんとなく周囲の会話を聞き流しながら少々味の薄い飯を口に運んでいた。
私かその一段下くらいの地位くらいにもなると、食事は業務に差し支えない範囲で好きなものを好きな時間に好きな場所でとって良いことになっているのだが、ときには兵たちの様子を見ることも必要だろうと食堂で朝食をとることにしたのだ。そんな思い付きは下級士官には少々迷惑だったのだろうか。朝の込み合う時間だというのに私の座った周りは空間が広くとられ、皆の背筋も緊張した様子になる。
凪たちといっしょにいるわけでもなければ子飼いを引き連れているときでもない私はこうも異質な存在で、今や普通の人間ではないのだなと改めて不思議な気分になった。そう思うと怖じずにセールストークをかけてくる商人たちはやはり強かである。
などという浮ついた思考は突如吹き飛んだ。そのまま地面に押し付けられそうな"圧"を感じる。脊椎にしみ込んだ戦慄を抑え込んで、どうにか呑気に食べる演技を続けるうちに、そいつ――呂布、もとい恋は入り口からまっすぐやってきて、私の左隣にゆっくりと腰を下ろした。
全く、何と思い上がっていたことだろうか。私の周りが空いていたのは、皆、そこに恋が座ることを無意識のうちに知っていたからだというのが正しいのではなかろうか。
「ごはん、もらってきたら?」
「……うん」
何かの要件が有ってやってきた恋。その恋が言葉を発するまでに持つ特有の間に、ささやかな抵抗としての当たり障りない会話を置く。相手は素直に従って料理の受け渡し口に向かい、ほどなくして戻って来た。さっきまで薄味だった焼き魚は、今や完全に味を失っていた。そんな私をよそに、向こうは働き盛りの男たちも満足する量のこの朝食を一瞬にして食べ終わってしまった。そして私の視線をうかがうようにしながら、肩をぐるぐる回したり、腰をひねったり。
「もう、なおった」
「へぇ、良かったやん」
最終決戦で傷を受け戦闘不能となっていた恋の四肢には、もうほとんど傷跡らしいものすら残っていなかった。魏による天下統一が成った今本来喜ばしいことなのだが、私にはそうは思えない事情がある。それは特別仲良いということもない私に恋がわざわざ朝から声をかけにきた理由でもある。
「手合わせ、おねがい」
三度戦って、二度私をぼこぼこにぶっ飛ばし、最後に六人がかりでやっとこさだったというのに……何を考えているのか、私に因縁を持っているつもりらしい。あまつさえ負けた気でいるようだ。
三国最強による手合わせの申し出。私の憂鬱をよそに、聞き耳を立てていた兵たちのひそめた声がサワサワと増えていく。
「私と恋やと相手にならんやろ」
「……聞き捨てならない」
「そっちが上過ぎるってつもりやけど?」
「それはありえない」
「意味がわからない」
戦闘、ことさら一対一の手合わせで、恋が私を上回っていないところがあるか?
困惑する私を見て、恋もきょとんとしている。いったいどういった勘違いが起こっているのだろう。
「つまり私の方が強いかもしれんと? なんでそうなるんや」
「恋は、目的を果たせてなかった」
恋はぽそりと話しだした。言っていることは攻撃途中に帰っちゃったり私の首を取れなかったりのことか? ……今更すぎる………。
「聆は、寝てた」
「うん、私がその状態になる前に自分がしたことを思い出そな?」
「……演技」
つまり、あっけなく負けた演技をすることで武器も振らずに呂布を倒したことになってるのか。根本が違う。あっけなく負けた後に演技をしていたのだ。痛みですぐにも落ちそうな意識と涙をこらえてなんとか言葉をひねり出していた。
しかし、そう言っても納得しないのだろう。いつぞや紫苑たちも言っていたことだが、実際に結果がある以上、私がどんなに自分を下げたところで謙遜、挑発にしかならない。となれば口先でできることはもうほとんど無いのだが、一つ気になるのは恋がどうしてそう考えるようになったかである。
「目的とか演技とか……私はその場その場で必死にやっただけなんやけど。恋も命は取らずとも自分は無傷で私っちゅう敵将に重症負わせて十分な働きやんか。なんでそんなことを。それこそ誰かに騙されとんちゃうか」
恋一人でそういう考えに至るとは思えない。決してバカにしているわけではない。独特のテンポがあるだけで、地頭は良さそうだし、勘の鋭さではトップクラスだろう。ただ、その勘と圧倒的な力でどんな状況も打破できるがゆえに陰謀や演技を疑うことはあまりないはずなのだ。平定されて諸葛亮——朱里も味方になった後、誰が、呂布が私を意識するよう仕向けたのか。もしかすると新しいナニカが敵になったのかもしれない。……巷に流れる「鑑惺最強説」なるクソみたいなタワゴトを耳にしただけかもしれないが。
恋はピンとこない様子である。「騙された」という言葉にイマイチ心当たりが無いのだろう。私は少し言葉を変えた。
「あー、私が強いとか、他の人が言いよった?」
「……星」
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「それで、どーするの?」
一通り話を聞き終わって、沙和が小首をかしげた。
「どうするもこうするも。いまんとここうやって愚痴るしか思い浮かばん」
まず勝つことは有り得ない。可能性が無いという意味でもあるし、仮に勝てたとしても、そうするとなおさら付け狙われるようになるだろう。ならば説得はどうかというと、これもイマイチ。なにせこの問題には"かかっている"ことが無い。単に戦いたいと思ったから手合わせを申し込んできただけ。何か目的があるなら、それを足掛かりに交渉や脅迫ができるのだが……。今回、強いて理由をあげるとすれば恋の闘争本能だろうか。恋は戦争についてはほとんど自分と家族たちの食費のために参加しているだけだったが、一方、戦闘においては少ない言葉ながら相手の技を批評したり自分の強さを強調したり。"強さ"についてのこだわりは根深い感じがする。そしてこうなっては、私が余計な言葉を使って逃げる度にそれを刺激してしまうだろう。と、ぼやけた思考で休み休み考えた。
「それこそ聆のことだから、わざと酷くやられて見せそうだと思ったが……」
凪が不思議そうに顎を撫でながら背もたれに体をあずけた。確かにこれまで通り考えればそれも有りだろう。
「んー、入れ知恵した星に後悔させる狙いか。できるにはできるけどなぁ」
「できるんかいな」
「恋は嘘偽りない私の本気を試したいやろから、一旦手合わせを受けた後で『何で戦でもなしにそんな必死なん』とかなんとか言いながら適当やっとけば、ホンマに死ぬ寸前までボコスカにやられるやろう。最終的にいよいよ動けんなって、そこでとうとう呆れて帰り支度の恋に『大怪我で帰ったらえらい騒ぎなるから私はしばらくここにおる』とでも言って、あとはしばらく失踪。領の離れの潜伏先と、協力者……ここに残ってうまいこと誘導してくれる役と満身創痍の私を運んでくれる役をそろえればいけるな」
「……すらすらと出て来るということは考えてはいたんだな」
凪の指摘通り、確かにかなり早い段階で思いついた策である。もっとも、策のつもりではなく、真っ先に浮かんだ無様に負けるイメージからなんとか挽回する方法をひねり出した結果であるが。
「星どころか他の手合わせ狂いの面々にも考えさせられるええ策なんやがなぁ」
まぁ、なかなかの策である。恋なら本気でやりかねんと思う者も居るだろう。私については「また死んだふりか」と首を振る者が多いだろうが、一方、最近の私が「戦は終わったのに争いばかりだ」と弱っていた様に思い当たる面々もあろう。かえって真実味が増すというものだ。
そうしていよいよ死んだとなれば……さて、誰が呂布を罰することができよう? 実力的にも、精神的にも。恋は「手合わせ」を求めただけであり、それは武将たち全員が多かれ少なかれやっていたことである。加えて恋は一応蜀のメンバーであるが浮いた位置に居る。旧派閥間の戦争にも発展しにくかろう。闘争本能と行き過ぎた向上心による不幸な事例として反省するしかないはずだ。私が一時的に抜けることによる混乱も有ろうが、大きく分裂しない限りは天才文官たちがうまく纏めてくれよう。
「やればいーの」
「やったれやったれー!」
と、真桜に沙和も乗り気である。まぁ、こいつらは何も考えてないだけだが。
ともかく私はこれを実行する気は無かった。
「……それこそ『何で戦でもなしにそんな必死なん』やわ。まず私半殺しにされとるし」
「でも呂布と戦うねやったらそんくらいしかたないで。このままやったらどうせコテンパンなんやろ?」
真桜が極めてまっとうなことを言う。
「そうやけどなぁ」
この策ももっとちゃんと考えたら穴が有りそう……とかを差し引いて、何をするにしてもさっさと決めてやらなければならない。ただ、私は何もしたくなかった。本当に、これからこそ国の始まりだとは思っていたが、それは民の統治とかの話で、まさか武将たちとやり合うことになるとは思わなかったのだ。これからは「原作」など無い物語――いや、そのまま私の人生である以上、ここで失いたくはないという欲もある。
「まぁ、呑め」
なんとなしに机に突っ伏した私に、凪が静かに言った。顔を上げればなにやら神妙な顔である。
「凪ちゃん?」
「策がダメなら、勢いでどうにかするしかないだろう。しかし、最近の聆は冷静すぎるように思う。もう少し素直になることもあっていいはずだ。呑みでも年上の老将相手ばかりだろう……」
戦の中盤あたりから問題だったところだが、ここに至っていよいよどうにかしなければならない。とりあえずコミュニケーションツールとしてではなく思う存分呑むというのは景気付けとして良い選択だろう。
「凪こそ素直になりいや。最近聆が他所行きがちで寂しいってんが本音なんやろ? ずるいやっちゃでぇ。悩みに答えるふりして」
ところが、真桜はまた別のところに思い当たったようだ。指摘を受けた凪の顔を改めて見てみると、どうやらこっちが本当の事のようである。
「そうなん? 凪」
「そうなの~? 凪ちゃ~ん」
「べ、べつに、聆は一番の武勲をあげているし、しかたない。寂しくなんかない」
ぷいとばかりに顔をそむけるが、耳まで赤いから意味は無い。
「それもう自白みたいなもんやん」
「あーーー、ホンマ狡いわ凪ェ。そない言われたら離れられんくなるやん」
「ねー、たいちょーが居るときはず~とこの調子で夢中にさせてたの」
「なー。ホンマクソが」
「おい」
「私が嘘で塗り固めて枯れとる間に凪はホンマ女らしぃなってしもて。吸うたろか」
「なにを!?」
「そらもうアレよ」
「凪のアレやな」
「やめろ」
「三人で吸ったらどれくらい残るかな?」
「減るのか!?」
「とりあえず私は三分の一はもらう。今後のために四分の一は残すとして……あとの十二分の五で分け合って」
「おい、私の……何かは知らないが……アレを勝手に分配するな!」
「ええやないっすかぁ凪先輩は太っ腹なんすからぁ」
「ぬわぁ、もたれかかるな! 吸うな! って酒くさ!?」
俄に距離を詰めてしなだれかかった私の匂いに凪が驚愕した。それはそうだろう。
「ふふふ……この私に対して『まぁ、呑め』と。何を勘違いしとるか知らんが………酒なんか真っ先に頼る先なんよなぁ。一人でどんくらい開けたと思う?」
そう。私は既にかなり……いや、異常な量を呑んでいた。どうやらいつの間にか私には酒関係のメルヘンチックな能力が備わっていたようだ。
「……樽でも空けたか?」
「くふふ……蔵」
「………」
「もはや知らぬ……体内へ無限に酒を沁み込ませながら、私は何があっても開き直って愚痴をまき散らすことに決めたのだ………」
「通りでさっきから戸がドンドンうるさいわけやで」
戸の外に濃い怒りの気配が見える。そりゃあ、嗜好品の酒とはいえ蔵を空っぽにしたとあれば厳罰は避けられまい。制度外の私刑も恐ろしいものとなろう。
「南蛮兵になりてぇなぁ……」
「だめだこりゃなの」
私はもはや脱力して床に大の字だ。そこへ戸を跳ね開けて乗り込んできたのは祭と桔梗に七乃さんだ。
「聆! ここに居るのはわかっておるぞ!」
「儂の酒に一体なんということをしてくれたのじゃ!?」
「儂らの、だろう」
「面白そうなんで見に来ました~」
まさか天下の蛇鬼鑑惺が床に薄く広がっているとは夢にも思わなかったのか、三人となかなか目が合わない。そのうちに祭のむっちりした脚に踏みつけられた。
「聆は居ない……」
「何言っとるんじゃ」
「私の名前は髑髏仮面……」
「………」
魏メンバー標準装備のドクロアクセサリーを顔に乗せてみる。とはいえ射貫くような視線は防げない。
「……なら侵入者として捕縛じゃな!」
桔梗がパンッと平手を拳で打って気合を入れるような動作をしたかと思えば、たちまち両腕をそれぞれガッシリと抱え込まれてしまう。祭たちのドデカい胸の柔らかい圧迫感は女の私にとっても魅力的だが、これからどうなるかと考えるとそれを楽しんでいるわけにも行かない。
「助けろ……」
「ちょっと沙和には荷が重いかな~って思うな」
「絡繰じゃ人の心は救えんのやなぁ……」
お気楽な親友二人は流れるような熟練の動きで目を逸らした。長い付き合いを抜きにしても、最近では仮面遊びに興じていたことを不問にしてやっているというのに薄情なやつだ。
「凪……」
しかしもうひとり義理堅い親友が残っている――
「初対面で真名を呼ぶとは無礼なやつだな。髑髏仮面とかいうやつ」
――という望みはバッサリと切って捨てられて。私は不祥事を起こした将が受けるべき当然の仕置を受けることとなった。クソが。
何も解決していない…