哂・恋姫✝凡夫   作:なんなんな

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戦う心すら捨てる系主人公


逃走!蛇が住むなら藪の中!?

 結局私は蔵荒らしの罪で、呑み干した酒を私財で補填させられたうえに一晩中鞭打ちを受けた。しかしその次の朝にも職務は変わりなく始まる。その内容としては、やはり戦時中と同じく警邏がメインだが、これには他所からきた将が街を回って蜀の住人と仲を深めるという意味合いもあった。城で暇そうにしているといつ恋に声をかけられるとも分からないので、その職務を口実にこれまで以上に長い時間を街で過ごす。しかし、ずうっと歩き回っているのもなんだ。かといって毎度茶屋や料理屋に入っていれば高くつく。そういう点で、私は立ち寄れるアテがいくつかあって幸運だった。

 

「よう、調子はどないや?」

「いやいや、おかげさまで」

「くく、まだ特に何かしたった覚えは無いけどな」

「いえいえこうしてお顔を出していただけるだけでも助かることがございますよ」

 

 もともとは武でも智でもなく情報でなんとかするつもりで生き抜いてきた私である。必要以上に市民に根を張り過ぎて華琳に警戒されたこともあるほどだ。そのときに懇意にしていた人物が何の縁かこちらに移って来ていて……という程上手い話ではないが、少なくとも手紙や又聞きで私のことを知っている商人は少なくなかった。そういった手合いは、噂に聞く鑑惺の力添えを得ようという下心も有ろう、私が少し寄れば快く座敷に招き入れてくれる。

 そうして数日。とうとう恋が私を探して街中を頻繁にうろつくようになってきたころ。その商人たちの筋から、ある報せが城に持ち込まれた。

 

「国土南端に不穏な影、か」

 

 領内で最も南を走る街道沿いに、奇妙な野盗がうろついているらしいという。野盗、と言っても、人間かどうか怪しいとか。妙に小さいしすばしっこいし、食べ物ばかりを狙っている。と、そこまで聞いた辺りでだいたい皆察しがついた。

 

「南蛮、ね」

 

 紫苑が言った。

 南方の小さくてすばしっこい奴らと言えば南蛮である。一応美以が蜀、そしてこれからは魏に従うことになっているといえども、そもそも美以がどの程度南蛮兵たちを制御できるかというと微妙なところ。

 

「やっと身内の不祥事以外の事件じゃな」

「せやね」

 

 桔梗め、自分も一度やったくせに皮肉めいた目で見てきやがる。

 

「いやぁ、私もこんな仕事がしたかったんよ」

 

 ともかく、これまでも、美以を抑えてからは大きな侵攻こそ無かったが、南方の防人の頭を悩ませる案件はだいたい南蛮がらみだったようだ。しかも最近は美以がこっちに居っぱなし。南蛮内部で何が起こっているか余計に分からなくなって当然である。下手をすれば王である美以が攫われたと考えて攻撃の機会をうかがっているという可能性も考えられる。命令するのもされるのも南蛮人の性に合わないが、美以は慕われてはいるようだし。

 

 

「と、いうわけで! やってきました南蛮密林!」

「南蛮大王直々の案内で旅行できる思たら贅沢なことやで」

「ドーンとまかせるのにゃ!」

 

 ひとまず美以を戻してみようという対応である。ただし、もし本当に蜂起の気風が高まっていたら、美以の方が逆にそれに乗せられないとも限らない。そうでなくともどう暴走するか予想がつかない。そういうわけで、付き添いが必要だった。それが、私と真桜だ。正確には真桜は私の付き添いだが。美以の付き添いの私に南蛮特有のトラブルが発生した場合にその発明力でサポートするのだ。

 

「うわぁ……それにしても同じ森でもここまでと雰囲気変わるなぁ」

 

 そして山越え谷越え、いよいよジャングル目前。その道程で報告にあったようなゴタゴタは無く。

 それもそのはず、南蛮の動きが活発になっているという情報は、真実と予測をもとにした嘘である。南蛮兵が断続的に蜀領に入ってトラブルを起こすことがあるのは本当だし、王が居なくなれば不安定になるだろうというのも当然の予測である。しかし、それで実際に活発化し、国境の警備を掻い潜って街道の商人を襲ったかというと、嘘。

 いやぁ、私は恋と離れられて、南蛮は混乱を予防できて、素晴らしい策である。やはり死んだふりで離脱なんかより、素直に任務で遠征するべきだ。

 まぁ、私の問題については時間稼ぎであって根本的な解決にはならない。しかし交流期間が終われば逆に各々地方入り乱れて恋の興味の対象も移るかもしれないし、忙しいからと躱す口実も増える。そのうちにじっくりと考えることもできるだろう。それよりなにより開放的な文化の中でゆっくりと心を癒すことができそうだ。南蛮が問題になるのは三国側の文化に合わないからであって、こっちが脳味噌をオフにして飛び込めばいい話である。お共に真桜を選んだのも、実は発明よりお気楽な性格を見てのことだった。

 

「おかえりにゃ~」

「だいおーしゃま~!」

「うむ! またせたのにゃ!」

「どこ行ってたのにゃ~!?」

「みんなもよんでくるのにゃ!」

 

 そうしてシダやツタを掻き分け掻き分け森に入ってしばらく進むと南蛮人に出くわした。一匹見れば三十匹、ではないが、美以の姿を見ては仲間を呼び集めニャーニャーニャーニャーと雪玉を転がすように取り巻きが増えていく。私と真桜にも興味津々のようだ。

 

「それで、今はどこに向かっとるん?」

「ムラにきまってるにゃ!」

 

 美以の後ろで、私は真桜と顔を見合わせた。初めからどうにかして入るつもりではあったが、まさかこうもあっさり招き入れられるとは。もう少し民族の秘密とかなんとかでもったいぶられるかと思っていた。その理由も、こっちが訊かずともすぐにこぼれ出る。

 

「おみゃーたちには『イッシュクイッパンノオン』もあるからにゃ! みんなでオモテナシするのにゃ」

「へ、へぇ、そりゃ楽しみやで」

 

 真桜は南蛮のエキセントリックな料理を思い出したのか引き攣った顔。らしくないことに私たちが世話したのは「一宿一飯」どころじゃないと突っ込むのを忘れていた。

 

  ――――――――――――――――――――――――――

 

「ほぉ……これは凄いな」

「これ村か!? むっちゃおもろそうやん!」

 

 高く高く絡まり合うようにそびえ立つ木々によって日光も遮られ、奥へ奥へと分け入り方向感覚もすっかり無くなった私の前に、パッと明るい広場が現れた。真ん中に焚火跡がある以外何のこともないかと思いきや、少し上に視線を移したとたん、真桜ともども思わず声をあげてしまった。

 あそこにも、ここにも。木の葉や蔓で思い思いの形に作られたエナガの巣のような家がいくつも、広場の周り、高さ二十丈もあるような木々のてっぺん付近までバラバラとくっついている。

 その真ん中の一点だけ日の光でスポットライトのようになったところに美以が立つ。

 

「みゃおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!!」

 

 高い声が森にしみ込むように消える。この広場の周りはもちろん、まだまだずっと奥からもザワザワと木々を揺らしながらたくさんの気配がやってくる。南蛮兵の大集合だ。

 

「まつりにゃ!」

 

 そうしてまだ集まり切ってもいないうちに美以が言った。しかし相手も南蛮人。急な話なんて気にもせずに祭りと聞けば色めき立った。

 

「まつり?」

「まつりにゃ!」

「なんでなのにゃん?」

「なんでもいいにょ」

「お肉をもってくるにゃ!」

「くだものにゃ」

「歌うのにゃ!」

「おどるのにゃー!」

 

 騒がしく行っては帰って人数も数えられないうちにどんどん祭りの準備は進む。準備……というかとにかく色々なものが広場に投げ込まれるように集まっているだけだが。何かの肉……いや、死体そのまま。見たことない果物や魚。あと、うず高く積まれたイモムシの山はあれどういうつもりだろうか。しかしその混沌とした様相のうちに私と真桜は美以に手を引かれ、焚火の前に連れてこられた。美以の隣、たぶん上座にあたるところだと思う。

 

「にゃー、にゃー、にゃー」

 

 風呂かと見まがう巨大さの土器の鍋が焚火の上に掛けられてからしばらくして、美以がその武器、肉球ハンマー『虎王独鈷』をかかげながら立ち上がった。祭りの初めの大号令だろう。しかし、南蛮兵は静かにそれを待ったりしないし美以もそれを気にしたりしない。

 

「今日はひさしぶりにもどってきたし、あたらしいナカマもいるのにゃ!」

「えーっと、私の名前は聆。よろしく」

「いきなり真名かいな!?」

「逆にここには姓とか字とか無さそうやし。美以は大陸風の名前持っとるけど」

「えぇー……? えーっと、ウチは真桜や。よろしゅうな」

「うんうん、めでたいのにゃ! おいわいにいっぱいおいしいものを食べて楽しいことをするのにゃ!」

「「にゃ~!!」」

 

 大きな葉っぱを二枚ほど重ねた皿に次々と料理が乗せられる。だいたいは我先にという勢いで食べているが、一応私たちはお客様待遇らしい。が、それは真桜には都合が悪かったようだ。メイン料理として特に多く渡された、言葉に表しにくい複雑な風味の煮込みはやはり苦手で、果物ばかり食べる方が真桜の舌には優しい選択だったらしい。嫌な予感の通りに食用だったイモムシが盛られたときなんかは面白い顔色をしていた。まぁ、これは一度口に入れてみれば気に入ったようだ。私はというと前回の料理勝負の時と同じくほとんどの南蛮料理を楽しめた。しかし途中に出て来た苦くて臭い茶色い物体はどういったものだろうか。美以は身体が丈夫になると言っていたが。

 煮込み料理が食べつくされて焚火があいたら、こんどは誰がともなくニャーニャー声を張って歌う。曲がった木や一本しか弦の無い琴のようなものが奏でる変則的なリズムに合わせて転がるように踊り出した。

 

「ここは参加するんが粋ってもんやな」

「真桜どっちやる?」

「まずは踊りやな」

「『まずは』な。どっちもやる気か。ま、良えこっちゃ」

 

 真桜は螺旋槍を持って焚火の前にとび出した。何をするのかと見ていると、それを地面に突き立てて、ドリルを回す反対に自分が高速回転してみせる。踊りかどうかで言うとたぶん違うが、やっぱり南蛮人はそんなこと気にしない。真桜の飛び入りは拍手喝采で迎えられる。これは負けていられない。私の方も、普段は殺意100%、部隊への指示に使うシャウトでリズムに加わった。

 

 どれほど経っただろうか。森に入ったのは昼前で、村に着いたらすぐに宴会が始まって、今真っ暗だから……ダメだ。時間の手掛かりになるものが無い。ひょっとすれば夜明け近くかもしれない。方向感覚に加えて時間間隔まで失うとか魔境かな? まぁ、木のてっぺんまで行って星を見れば分かるだろうけど、今は眠いし明日でもいいだろう。

 今夜の騒ぎそのままに折り重なるようにして眠る南蛮兵たちに埋もれながら、私もゆっくりと目を閉じた。休むつもりでここに来たんだし、何かを真面目に考えることも虫刺されの数を数えることも、全部後回しでいいだろう。




ここから怒涛の展開……にできたらいいなぁ

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