これで風邪も楽勝です。
「『形象八十二手』……形意拳の類か?小難しいな……後回し……」
広い広い書庫の片隅。武術関連の書が纏められた一角に私は居た。何か新しく、幅の広い戦闘技術のヒントになるモノを探しているのだ。
「『猿でも分かる暗器』……本読める時点でそこそこやろ」
これからの戦、乙女武将と一騎討ちをしなければならない場面も有る。赤壁の黄蓋などだ。その時、今のままでは恐らく瞬殺される。多少卑怯な手を使って引き分けに持ち込むにしても、ちょっとぐらい打ち合えなければ何ともならない。春蘭や凪を見て分かったことだが、武の英傑達は筋力は勿論、反射神経も桁違いだった。単にデカい武器を振り回すだけでは確実に負ける。
「『五胡格闘の基本』……柔道とレスリングを足して追撃を酷くしたモンみたいやな」
私の基礎能力を鑑みれば、例え血反吐を吐くほど鍛練しても彼女らより"強く"はなれないだろう。ならば、より"上手く"戦い、"やりにくい相手"になれば良い。剣術一本極めようとしたところで、どうせ筋力不足で頭打ちだ。それを諦め、その時間を多くの武器と技を使う武術の訓練に向けることにした。幸い私の身体は、筋力は心許無いが人外的変態動作に耐え得る柔軟性を持つ。コンボを練って挑めば或いは無理なことも無いかも知れない。
粗方目ぼしいものを物色し終わり、政治と思想の区画へ移動する。道教についての書が欲しい。できれば、老子本人の言葉が載っているもの。何事にも動じない穏やかな心の持ち主にならなければ、関羽とか前にしてチビってしまいそうだ。
「老子……老子……ろ、ろ、ろ……」
「一番下の段よ」
背後から声をかけられた。桂花だ。
「あぁ、ありがとー」
「やっぱりそれだけ背が高いと、低い位置にあるものが見え難くなるものなのかしら」
「まぁなー。やから戦のときは結構気ぃつけとるで」
「そう……。ところで、兵法について学んでいたのは知ってたけど、思想にも興味があるの?」
「戦いには精神も重要やからな。落ち着いた思考やったら老子が一番やろ」
「そうね。他はどうしても政本位の物が多いから。……持っているのは……武術指南書?『猿でも分かる』?……随分初心者向けのものじゃない」
「上級技能なんか本で読んでサッと出来るモンとちゃうから後回しや。それよりもまず種類を揃えたいし、初心者向けほど大切な心得が書いてあるから良えんや」
「……器用貧乏にはならない?」
「それぞれの技能が相互に活かし合えるように考えて戦えば一つ一つの練度が低くても十分に効果を発揮するはずや。例えば、春蘭さんの突進は怖いけど何を仕掛けるか分からへん秋蘭さんの方が怖いやろ?」
「……酒を飲んで下品なコト言ってるだけの田舎者だと思っていたけど、そこそこしっかりした考えが出来る頭も有るのね」
普段、警邏の時間以外は人目につかない所で鍛錬して、書庫で本を借りた後自室に引きこもって勉強してるからな。付き合いのために真桜たちとぐうたらすることが有るが、その時に酒も済ましてしまう。桂花が見るのは大方この時なんだろう。……それよりも桂花がデレた。男じゃないだけでこうも難易度が下がるのか。俄にテンションが上がる。
「惚れたか?」
「何を言っているの!ちょっと褒めたくらいで」
「えー、やたら厳しい桂花さんに褒められるって、脈有りやと思うんやけど」
「まあまあ使えると思っただけよ。そんな風になんて考えていないわ」
「私は桂花さんのこと結構好きやけど」
嘘だがな。
「は、はぁ!?」
「何かアカンか?」
「わ、私は身も心も華琳様に捧げているの!」
「はぁ……。それじゃあつまらんやろ」
さり気なく近付き、重く、しかし努めて静かに、呟くように言った。対して桂花は怪訝そうに私を見返す。雰囲気にまかせて更に一言。
「なら」
桂花の背後の本棚に片手を掛ける。私の前から逃げられなくするように。……そんなこと気にしなくても良いか。桂花は全身を緊張させて見上げてくるだけだ。完全な受け体質だな。華琳が気に入る訳だ。スルリと唇を近づけ、耳元に囁きかける。
「私と遊んでみない?」
敢えて訛りは消して。緩やかに笑みを浮かべたまま、見開かれた瞳を覗く。桂花の顔は見る見る赤く染まって行き、微かに開いた唇が震えている。天才軍師とは言え少女ということか。
し ま っ た 。本を適当なところに置いて両手共フリーにしておくべきだった。ホールドしてキスぐらい出来ていたかも知れないのに。
「……冗談やで?桂花さんちょ〜っと動揺しやす過ぎん?」
自然な発展がパッと思い付かなかったから、体を離して冗談で流す。……そもそもなんで桂花とイベントを起こしているんだ?桂花とか別に好きじゃない。何かシチュエーションに流されすぎた。図書室に二人きりという王道。あと「惚れたか?」にマジレスされた事で火がついたとも言える。
「〜〜〜っ!!うるさい!うるさい!!うるさぁぁぁい!!!出てって!早くここから出てって!!」
「いや、まだ探し物有るんやけど」
「そうなこと言って、またあんな事するつもりなんでしょう!?」
「いや、面白い題名の艶本探すだけやで」
「死ね!死んでしまえ!!」
なんだかんだと言い返すが結局、駄々っ子のように腕を振り回して喚く桂花に追い出されてしまった。
おかしい。
もうちょっと聆の出来る娘アピールをした後に艶本関係のドタバタ劇を展開するはずだったのにソフト壁ドンなんてしちゃってる不思議。
3日後辺りに見直した時が地獄だ……。