関係ないですが左目が超痛いです。
俺が華琳にオリエンテーリングの話をしてから数日後。
桂花を中心として計画は練られ、軍事訓練用オリエンテーリングが開催されることになった。
「おーし、みんな集まったなー」
聆がスタート地点に集合したメンバーを見渡しながら声をかける。主催者の華琳と桂花はゴール地点で待っているらしい。妨害者たちもそれぞれの持ち場へと散った。ここに居るのは競技者、詰まるところ、バ……活発な娘たちだ。先程からガヤガヤと好き勝手おしゃべりしている。
明らかに俺だけ体力不足なんだけど……。それに、もちろん妨害は武将基準で作られているわけで……学校のオリエンテーリングのようなレクリエーション気分ではやっていけないのは明らかだ。今回の訓練のきっかけを作った者として感想を聞きたいと華琳に言われてしまったので、サボるわけにもいかないし。
それに、その不安に更に拍車をかけるのは城から出発する時に桂花に言われた一言。
――覚悟することね――
まるで死刑宣告でもするかのような口ぶりだった。いつものような挑戦的な態度ならまだマシなんだけど、今回に限っては、もう既に勝ったって言うような態度だし……。
「決まりはもう分かっとるやんな。チェックポイントを通ってゴールに早く着いたモンが勝ちな。んだら、地図配るで」
現代の地形図に似た地図に、スタートとゴール、そして黒い円でチェックポイントが隠されている範囲が示されている。ゴールは斜面を登った上側。そして、蛇行して山を登る道の折り返し地点付近にそれぞれのチェックポイントがあるようだ。……道、と言っても、この辺の道は実は相当古いものでほとんど獣道と化し、所々途切れているのがここまで来る間に分かっている。黒円の範囲も地味に広いし、地図の裏に書いてあるヒントが頼りだ。
「ちなみに、優秀な結果を残した奴には華琳さんからご褒美があるらしいから」
「なに!?こうしては居れん!!出発だ!!」
「春蘭さんちょい待ち!準備が整ったらゴールから狼煙が上がるはずやから」
「あれ、そう言やレイ姉は準備しに行かなくて良いのか?」
「ああ、そう言えばそうだな。聆もディフェンスだよな」
「直接攻撃はせぇへんし、手動の罠も仕掛けとらんからな。脱落者の回収でもしながらゆっくり行くわぁ」
「嵬媼自ら手を下すまでもない、と……?ふん、なめられたものだ」
いや、それよりももっととんでもないことが……「脱落者」とかサラッと言ってたんですけど。
「お、準備完了やな」
ゴールの方角に狼煙の煙が見える。
「んだら、オリエンテーリングを開始する」
……とりあえず、生き残ることを考えよう。
「位置について………行ったれドンドコドーン」
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」
「……………ッッ!!」
「あっ、待ってくださいよ春蘭様ー!華雄さーん!!」
「おっと、こりゃ、あたいもぼさっとしてらんねぇな!!」
聆の号令と同時に、猛然と走りだりて行くのは春蘭に華雄。続いて季衣と猪々子だ。さすが、魏が誇る猛将四人。あっという間に最初の直線を抜け曲がり角に……差し掛かっても曲がったのは猪々子だけで、他の三人は森に消えていった。
「あーあ、やっぱルール分かっとらんかったか……」
「そうだな。明らかにゴールに直進しようとしている」
凪と聆がやれやれ、と肩をすぼませる。
「でもでも、沙和たちも急がないと負けちゃうよぉ」
春蘭たちのあまりの勢いに焦りだす沙和だったが――。
「なっ、なんだっ!?うわあああああぁぁぁぁっ!」
「春蘭様っ!?華ゆっ……こっちもーーーっ!?」
遠くから悲鳴が聞こえてくる。
「よぉ気ぃつけんかったらああなるんや」
「だ、そうだ」
「慎重さが要求されるというわけですね」
「さ、沙和、ゆっくり行くの……」
「その方が良さそうだな。じゃ、行こうか」
実質、魏軍を二つに分けた力比べとなっているオリエンテーリングが始まった。
「いってら〜」
聆の気の抜けた声を背に歩き出す。くそぅ……。俺も妨害に回れば良かったよ……。
――――――――――――――――――――――――――――
「さてと……いったいどんな試練が待ち受けてるのやら。気を引き締めて行かなきゃな」
「はい」
「沙和、隊長たちには負けないのっ」
「まあ、そう言うなって。ここはみんなで協力していこう。だって考えて見ろよ。罠を仕掛けたのはあいつらだぞ?」
その絡繰で何度も戦を勝利に導いた真桜を筆頭に、今回はやたらと自信満々の桂花。思いもよらない戦術で勝利をもぎ取ってきた聆。未だ人物像を掴みきれない風などなど……。正直、バラバラに行くと誰もクリアできないと思う。
「……そうですね。これはもう、脱落するかしないかの戦いです」
「うん、いっしょにいくのー……」
「よし。そうときまれば――」
「待ってください!」
そろそろ件の曲がり角に差し掛かるという時に、凪が静止をかけてきた。
「凪ちゃん、どうしたのー?」
「……この曲がり角の先で、戦闘が起こっています。……恐らくは猪々子殿と流琉かと……」
曲がり角の方にに目をやるが、密集した木々のせいで様子が窺えない。
「うーん、武器がぶつかり合う音もしてな――」
ズバァッッ
「……」
「…………」
「………」
「うん。今、すっごい光が見えたの。これ、戦ってるの」
「迂回しますか?」
「いや、このさい仲間は多い方が良い。加勢しよう」
「分かったの!」
「そうと決まれば早く駆けつけるぞ!」
ここはもう春蘭たちが走り抜けた後だ。罠は無い。
角の先では凪の予想通り猪々子と流琉が武器を構えて睨み合っていた。……少し楽しそうに。
「……これは、声かけちゃダメなやつだな……」
「そうですね。武人としての誇りある一戦のようです」
「早速目的を見失ったか……」
「でも楽しそうなのー」
「仕方ない。邪魔しないように、静かに横をぬけるぞ」
「はい」
「はいなのー」
決闘を行うため競技放棄で文醜脱落。残り競技者六名。
―――――――――――――――――――――――――――
「くくく……全て上手く行っているわね……。森の中から悲鳴が聞こえてくるし、斬山斬も見えるから、猪々子も狙い通り戦闘に夢中になっているわ」
ゴールの広場。桂花は文字通り高みの見物をしていた。
「この分なら今頃あの男も………。そうよ、あの変態色欲淫猥魔伝なら"アレ"に必ず引っ掛かるわ。その間抜けな姿を見た華琳様はきっとあの男への過大評価を改めて下さるはず。これまでの私の屈辱、思い知るが良いわ…………くくく……ふひひっ…ひはははははははは!!!」
小物臭い笑い声を出しても何ら問題無い。華琳はゴールで待つのが思いの外暇だったので眠っていたのだ。
―――――――――――――――――――――――――――
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……これって落とし穴、だよな?」
「そうとしか見えませんが……」
「あくまでも消去法で、なのー……」
俺達の前にあるのは、多分、きっと落とし穴。
今回のオリエンテーリングでは、ルートの至る所に罠が仕掛けてあるらしいから、落とし穴くらいあっても不思議はないんだが……。
「これは……」
「意味不明過ぎて逆に恐ろしいですね」
落とし穴に有るべき、小枝や木の葉での擬装工作が一切無い。半端な大きさで、半端な深さの穴がただそこに有る。しかも、その中には……。
「……下着ですね」
「どういうことなの……」
「これはひょっとしてギャグでやってるのか!?」
「周りに本命の罠が有るわけでもないですし」
「もしかして二段構造で、下着を取ろうと穴に降りたら更に落ちるとか……?」
「いえ……穴の掘り跡からして、細工はされていないでしょう。もしかして、この下着がこの先の罠を突破するための鍵になっているとか……」
「下着がねぇ……。とりあえず、回収だけはしておくか」
俺は穴の中から下着を拾い上げる。
「隊長〜、それちょっと変態っぽいの」
「変態っぽいとはなんだ!可愛らしい下着じゃないか!?」
「違うの。隊長が変態なのー」
「変態じゃないって!本物の変態は下着を頭にかぶるんだ。俺は被ってないだろ?」
「よく分かりません。天の国ではそうなのですか?」
「まぁ、そうだ。……はっ!?もしかするとこの罠の目的はこうやって無駄話をさせて時間を稼ぐことなのかも……!?」
「な……!?なるほど!!」
「じゃ、じゃあ早く行くの!まんまと嵌まっちゃったのー!」
おのれ下着!恐ろしい罠……!!
―――――――――――――――――――――――――――
鬱蒼とした森の道を一人で歩く。私は、一刀たちを送り出してしばらくしてから歩きだした。猪々子と流琉の戦いは、私が通り過ぎる頃丁度「なかなかやるじゃねぇか」「そちらこそ」のテンプレ的掛け合いをしていた。あとそれぞれ一回ずつぐらい見せ場があって、何かのどんでん返し的な展開で決着するだろう。多分。まぁ、あまり長居して巻き込まれてもつまらないから見物はしなかった。道なりに進んでいくと、解除された罠や、残念ながら不発に終わった罠などが散見される。桂花が担当したエリアだが……なんだろう。真桜と真逆だ。質も威力もお粗末。これでよくあんな自信満々でいられるものだ。と、遠くに、うずくまる人影が。まさかの脱落者か!?
「おーい、どなしたん?」
「あ、聆さーん!」
と、帰ってきた声は七乃さんのものだった。次第にその様子がよく分かってくる。なんと足元にはちゃん美羽が大の字に横たわっていた。
「お嬢様がですね……競技者にちょっかいをかけたいとおっしゃってここまで来たんですけど、急にこうなっちゃってー……」
「妾は疲れたのじゃ。もう一歩も歩かんぞ!」
「……負ぶればええやん」
「私にそんな体力ありませんよー。山道で、場所は知ってるとは言え罠まであるのにぃ」
「はぁ。んだら私がやるわ。ほら、美羽様」
「うむ。くるしゅうない」
背中にゆるりと重みがかかる。………え?何このいい匂い。
「じゃあお嬢様、ごーるに戻ってお昼寝しましょうか」
「何を言っておるのじゃ七乃よ。このように妾の疲れの問題は解決したのじゃから妨害の続きをするに決まっておろう!」
「えー、でも、もう見失っちゃったじゃないですかー」
「今だいたい一個目のチェックポイント辺りちゃうん?」
「だったらなおさらほっとかないと。あの辺りはヒドイですからー……」
「なら追い打ちをかけてやるのじゃ」
「ダメでーす。あそこに行ったらお嬢様ぜーったい、『もういやなのじゃ〜!帰りたいのじゃ〜〜〜!!』って泣き出しちゃいますもん」
「……そんなにか」
「割と本気出しました」
「うむむ……じゃあ、先回りして待ち伏せなのじゃ。早く行くぞよ!」
背中のお姫さまに急かされて駆け出しながら思う。これは、本格的に競技者にならなくて良かった、と。
――――――――――――――――――――――――――――
山道をぬけると地獄だった。
俺たちは今、第一チェックポイント付近に居る。地図の裏によると、人の顔っぽい岩が第一チェックポイントらしい。その近くに狼煙を上げるための道具が入った箱が有る。
「隊長、それらしい岩、ありばしたか」
「いや、こっちでぃはだいだー……」
俺も凪も不自然な発音で会話する。漂う腐臭を避けるために鼻をつまんでいるからだ。
「ギャーーー!!だんかブリュッとしたどふんざったどーー!!」
沙和の足下から何かの内蔵っぽいものがのぞく。けど俺も凪も特に驚かない。見慣れてしまったからだ。なんと、この辺りには夥しい数の何かの死体が散乱していた。もう、罠でも何でもない。ただの嫌がらせだ。最初こそ俺と凪も沙和みたいに驚いてたんだけど、もう、何か、疲れてしまった。
「あーー!あったど!顔っぽい岩!これでこどくっさいところからおさらヴぁできうどー!!」
沙和の声のする方をみると、確かに顔っぽい岩が有った。一目散にそれに駆け寄る沙和。
「……!?沙和!あぶだい!!」
凪の声が届く頃にはもう遅かった。沙和が振り向くのと、足元が崩れるのとは同時だった。
汚物の沼に叩き込まれ于禁再起不能。残り競技者五名。
沙和はおしゃれポイントが下がりすぎると死んでしまいます。
飼うときは十分に気をつけましょう。
やばいですね。迷走気味ですね。