作者の地元よりは綺麗ですけど。
「………ッ!」
ビシビシビシビシビシビシッッ
夜明け前、と言うには些か早すぎる早すぎる時刻。練習用のカカシを切り刻む音だけが裏庭の暗がりに響く。音の主は私。最近作った"極細剣"の使用感を確かめているのだ。大仰な名が付いているが、武器そのものは大したことはない。鉄筋にちょっとギザギザを付けたようなものだ。感触は上々。敢えて柄を作らず、代わりに指を通す輪を付けたことにより、何本か一度に持つことや、回転を利用した超変態軌道が可能となっている。それに、よく撓るので"飛ぶ斬撃"との相性も良い。サブウェポンとしては中々の私的ヒット作だ。
「うん。これは実用化やな。さて、次は……」
極細剣をしまい、次の武器を手に取る。まだ暗く、篝火だけがたよりのこの時間。決まって私は、所謂"隠し武器"関連の鍛錬或いは研究をしていた。他の時間は他の用事で忙しい、というのもあるが、一番の理由は諜報対策。遠くからでは何を持っているのか判別がつかないこの時間なら、思う存分に"切り札"を振り回せる。
「やっぱ血滴子はネタ武器。はっきり分か――」
「あれ、聆さん?」
「んあ?」
こちらに歩いてくる人影は……七乃さんだ。
「随分 朝、早いですねー。噂には聞いていましたが」
「そう言う七乃さんも大分早いやん」
結構な不思議人だとは思っていたが、まさか起きる時間まで変だとは。……人のことを言えた義理ではないが。
「私は今から寝るところですよ」
「……遅いな」
今は確か寅の刻だったはずだ。
「なんでまたこんな時間まで起きとん?」
「いやー、最近、ついに魏の正式な軍師になっちゃいましてー……。地味で面倒な仕事がいーっぱい……」
「あぁ……」
つまり、今までは戦の現場指揮(しかも殆どは賊相手)のみだった仕事が、戦略から政まで、多岐に渡る分野に広がったということだ。そりゃあ生活習慣も……
「……いやいや、それでも遅過ぎん?他の軍師とかそんな遅ぉないやん」
「お嬢様がお休みになってから仕事始めですから」
「あー、なるほどな」
七乃さんはちゃん美羽が起きている間は常にべったりだ。当然その間ちゃん美羽の世話以外の仕事はできない。
「んだら美羽様が起きるまでが睡眠時間、と」
大体、二刻半くらいか。私に迫る短さだな。
「ええ。お嬢様と添い寝ですよぉ♪うらやましいですか?うらやましいですね?」
「おねしょの被害が怖いけどな」
「何言ってるんですか?ご褒美ですよ!」
「なんや、変態か。……で、美羽様はこの事、知っとんか?」
「え?ご自分のお小水に滋養強壮作用があることですか?」
「そうやのぉて、七乃さんがこんな時間まで仕事しとることや」
「……えー、知る必要も無いじゃないですかぁ」
「自分の従者の職務状況を知るんは必要不可欠やろ。主として」
「ふふん。お嬢様にはそれを補って余りある可愛らしさが有りますからね!」
「まぁかわいいけども」
「それはそれはもう。おはようからお休みまで余すところなく可愛らしくってもう!あぁ!思い出しただけで忠誠心が鼻から漏れ出る!」
「はい、手拭いと詰め物」
「あ、ありがとうございます。例えばこの前なんかぁ、お嬢様、おねしょしちゃったんですけど――」
「『蜂蜜水をこぼしたのであって断じて寝小便ではないぞよ!?ほ、本当じゃぞ!』」
「!? お嬢様!!?」
「声真似ー」
「え……似てるなんて生温い領域じゃなかったんですけど……。それに台詞もそのままでしたし」
「台詞はマグレや。いやー、でも、アレやな。バレバレの嘘ついとるのは何かかわいいなぁ」「ですよねー。それに、ちょっと悪戯が成功したときの得意顔とかぁ」
「大体七乃さんの働きによる結果やのに自分がやった気になっとんやろ?」
「そうそう。それにぃ、逆に、バレて怒られちゃったときの不貞腐れた顔も可愛いんですよねー」
「憂さ晴らしにまた悪戯を繰り返すのまでで一組やな」
「んー、聆さんよく分かってますねぇ。……はっ!もしや聆さんもお嬢様を!?娘はやらんぞ!!!」
「娘ってなんやのん。あと、狙っとらんから安心せぇ」
「えーー、ホントですかねぇ」
「アレやな。七乃さんは美羽様を溺愛し過ぎ感が否めなんな」
「かわいいですからねー」
「つってもなぁ。あの年で着替えの手伝いまでされとるようではな。ほんで七乃さんの世話について美羽様も当然やと思っとるやろ?」
「『当然や』じゃなくてー……」
「…………『とーぜんじゃ♪』」
「うぉふ……やっぱり凄く上手いですね……」
「……で、私が言いたいんは、このままやったら美羽様が何も出来ん無能に育つんちゃうかって話」
「そんな風に考えていた時期が 私にも有りました」
「うん。……ん?」
「逆に考えるんです。何もできなくていいさ と考えるんです」
「……一旦聞こか」
「簡単な話です。お嬢様が何もできないのなら、私が全部やればいいじゃないですかー」
「うわぁ。予想はしとったけどアカンやつやなこれは」
「それに、逆説的にお嬢様が私から離れられなくもなりますよね?」
「予想以上のクズや」
「酷いなぁ。聆さん、愛ですよ。愛」
「愛ゆえに人は歪まねばならぬ……」
「例え歪んでいたとしても寄り添えるのなら本望です」
「うん。でもそれ美羽様、袁紹の二の舞いになるやんな?」
「……………」
「……………」
「…………躾、しますかー……」
「……できることは協力するわ」
このまま躾パートに移行するのも有りですが、最近流れが止まり気味なので一旦終了。
でも書きたいことが結構あるので、次以降の拠点フェイズでは、下手したら二連続美羽様イベントもあり得る話です。