以上。昨日一日で考えたことでした。
「隊長ー、疲れたのー」
午前の訓練もそろそろ終盤。二度目の休憩で音を上げたのは、例によって沙和だった。
「疲れたのは俺も一緒だよ。けど、兵の育成は計画の一番大事なところなんだから、もうひと息頑張ってくれよ、鬼軍曹」
「おにぐんそーとか言われても、疲れたものは疲れたのー……。それにぃ、聆ちゃんのとこの子たち、何か怖いしー」
「そーやんなぁ……。目が虚ろと言うか、気味悪いねんな」
「そうか?無駄口も一切無くキビキビ動く、良い兵士たちだと思うが……」
「うえー……」
「凪ちゃんは氣は読めても空気は読めないからね。しかたないね」
「なんだとっ!」
「それにしてもずっこいよなー聆。こんな日ぃに休んで」
「休んでるわけじゃないよ。朝、何か桂花に呼ばれたんだって」
「何かってなんよ」
「さぁ、そこまでは」
「あれあれ〜?奥様の用事くらいちゃんと把握しといた方がいいんじゃないの〜?」
「ブっ!?奥様って何だよ!」
「えー、なぁ?」
「あのでぇとを見たら、ねぇー」
「いやいやいや、お前たちがデートしろって言ったんだぞ!」
「何言っとんねん!全力で楽しんどったやないかい」
「……隊長も、やはり聆のような人が良いのですね……。私は氣は使えても気遣いは出来ませんからね……ふふふふふ」
「いや、凪、あのな?聆には聆の良さが、凪には凪の良さがあってだな……」
うわもう何だこの状況。って、あれ?向こうに居るのは……。
「噂をすれば奥様ご本人が登場してくださいましたなのー」
「私が奥様なんやのぉて隊長が奥様やって言うたら……どうする?」
「な、なんやて……っ!!」
「何だよそのわけ分かんない寸劇は。……聆、結局何の用事だったんだ?」
「劉備さんのところの兵が国境付近をうろついてるらしいのでその偵察にこれから行くんですよ」
「あ、七乃さん」
「私と七乃さんと秋蘭さんと、あとこっそり流琉も、やな」
「え?でも、劉備たちは今、南蛮と戦ってるんじゃないのー?」
それに、将三人に軍師一人の多所帯ってのは……?
「沙和。劉備たちも、今この瞬間もずっと連中と戦っているワケではないのだぞ?」
「……あ、せやんな」
「それに南蛮討伐に参加してない将も何人かいますからねー」
「厳顔に黄忠、馬超、馬岱と趙雲やな」
「つまり、相手の将との戦闘を想定してるわけか。……でもそれだと逆に、少な過ぎないか?」
下手したら五人もの将を相手にするってことだよな……。
「えー。まぁそうなんですけどぉ……。『来る』って確証があるわけでもないですから。あまり大群を動かして『敵は居ませんでした』じゃあ各方面から何言われるか分かったもんじゃありませんし」
「実はこの編成も、流琉は別任務で申請しとるからな」
「私たちが定軍山での蜀軍の牽制、流琉が益州遠征だ。実際、一日で行き来できる範囲でだが、流琉とは別行動となる」
……ん?定軍……。
「あーあ。でも黄忠厳顔の二人とかやったらダルいなぁ」
定軍山……。
「昨日の軍師級会議じゃ、馬家は来るだろうって結論が出ましたけどね」
「あれやろ?『まぁ、うちの子たちは仇討ちに躍起になってるだろうな』って靑さんの一言やろ?結局私が危ないやん」
「状況的に、聆さんが靑さんを討ち取ったと見られてるでしょうからね」
定軍山、黄忠、夏侯淵……!
「お、おい、やっぱり罠なんじゃないのか?」
「罠でしょうねぇ。相手も、このままじゃ勝てないのは分かってるでしょうから多少姑息な手も使ってくるでしょう」
そうじゃなくて……!
「だったら、全力で倒しに来るんじゃないのか?三人じゃあ……」
「全力で、と言っても、向こうも本国防を衛しなければならないし、南蛮で消耗した兵の休養も必要だ。そうどうにもならんような数は来んさ」
「これも何度も検討し直して決定した布陣です。おそらく、最も臨機応変に対応できる人選ですし、真桜さんの工兵隊員もいくらか連れて行く予定です。簡単に負けはしませんよー」
「でも、それじゃあ工作員でより詳細な情報収集をするとか……」
「目撃されたんが兵士やからなぁ。さっさと潰さんかったら定軍山、取られるかも知れんやろ?罠の可能性が高いからってのは華琳さんにももう伝えとるし」
「………」
「秋蘭様ー、出立の準備完了しましたー!」
「ご苦労、流琉。では、行ってくる」
「私がおらん間、新兵の訓練頼んだでー」
「えー!!じゃあじゃあ、帰ってきたらお昼ごはん奢ってもらうのー!」
「仕事で行かんなんならんのになんで奢らされるん?」
「そーやないと気ぃすまへんから」
「あーはいい分かった分かったクッソ安っぽい定食屋紹介したるわ。じゃあなー」
そう言って聆たちは行ってしまった。俺たちの歴史の「定軍山」は夏侯淵が黄忠に討ち取られる、という話だ。何とか止めたかったんだけど……確かに、俺にもこれ以上の策は思い浮かばない。それに、反董卓連合では華雄が生き残り、官渡では文醜が、孫策の反乱では袁術が、西涼では馬騰が生き残っている。必ずしも歴史をなぞる訳じゃない。……そう思って、自分を落ち着かせるしかないのかな……。
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「……ここが定軍山か」
数日後。私たちは定軍山に到着した。流琉とは途中で別れ、今は秋蘭、七乃さん、私……そしてちゃん美羽の四人を主とした隊で動いている。一刀には「もうやることないんだよアピール」を散々やったし、勝手に消滅フラグを立てることも多分ないんじゃないだろうか。……まぁ、その分私達だけで頑張らなければならないんだが。
「周り偵察してったけど、今んとこ特に変わった報告は無いで」
「近くの村人の話も聞き取りしましたけど、見慣れない騎馬が数騎うろついていた以外には特に変わったことは無かったと」
「全く……無駄足じゃったのぉ」
「そうとも限りませんよ、お嬢様」
「おうよ。森の中でなかなかクソッタレなブツを見つけてきたぜ」
「おー、六課長。でかしtうぇー……」
「そのようなものを妾の前に持ってくるでない!!」
「クソッタレと言うか……そのものだな………」
そう。六課長が持ってきたブツ……それは、籠一杯の糞だった。
「そうだ。糞だ。もっと言やぁ馬糞だ」
「あー……なるほどな」
「騎馬数騎でこれほどの量にはなりませんよねー」
「とりあえず西涼騎馬隊の残党は居るということか」
「アイツらマジでクソだな!」
「そんなん言うたらアカンでー」
「いてててててっっ!悪かった!もう言わないからグリグリはやめてくれぇぇぇぇ!!!」
差別は良くないからな。まして西涼出身の者も仲間に居るって言うのに。
「ホンマかー?ホンマにもう言わんかー?」
「ぎゃぁあぁぁ!!」
「ん?急に野太い声が出たのぉ?」
「お嬢様、あれは別人の悲鳴ですよ」
「ふむ。早速来たようだな」
「とりまさっさと森に逃げるか」
後に、「三国志は定軍山で決まった」と歴史マニアの間で語られる戦いは、こうして始まった。
余裕過ぎて華琳様が歪んだ娘になっちゃう可能性が微レ存です。