気まぐれで読んでくださる方がもしいらっしゃれば大変嬉しいです。
日暮らし
生まれ、弾け、また生まれ。
初めから泡に自我などなく、
ただ循環する
故に
故に
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そこは本来天国と称されるべき場所であったが、そう呼ぶにはあまりにも欲望のままに奪い、殺し、貪ることが日常となり過ぎていた。
現世にてとある僧の祖なる者が「生命とは苦である」と説いたというが、死してなお苦を生むこの惨状見て一体どう思うだろうか。
ここは流魂街の果て。
血と泥と欲に濡れた街は、今日もいつもと変わらぬ営みを続けていた。
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「こーんにーちは!」
「……なんだ、このガキ。」
家屋に向かって、少女が声をあげる。中には中年男性が1人住んでいるようであった。
少女は汚れによって元の色がなんであったかわからないようなボロを身に纏っており、痩せていて髪はボサボサ。それはこの街にいる孤児の当たり前の風貌であったが、一つだけ違うところがあった。およそこういった子供がする絶望と傍観が混ざったような眼ではなく、まっすぐで知的な眼をしていた。
「あーそーぼ!」
「おい、ガキ。うるせえからあっち行ってろ。」
「ほら、おじさん見て!お手玉!」
中にいる男は子供に対するべきでない野蛮な態度で少女に接した。場合によっては脅して追い出せるように、脇に置いてある鎌を手に取る。
孤児に与える優しさを持つような大人はここら一帯には居なかった。
そんな男の状況を知ってか知らずか、少女はあっけらかんと笑う。この街に合わない、純粋で無垢な笑顔であった。手から青白い光を発し、丸く形作ったそれを放って遊び始める。
「ほっ、ほっ、ほい!」
「チッ……いい加減にしねえと──うおっ!」
少女をこの場から追い出すために戸口から外に出たら途端、放って遊んでいた玉を投げつけられたのだった。玉は見事に顔面に命中し、弾けて消える。突然の顔への衝撃に男性の口から情けない声が漏れた。
「てめぇ、このクソガキが……!」
「にげろー!」
逃げた少女を男性が追いかける。
少女は男性から追い付かれないように、かといって逃げ切ってしまわないように気をつけながら走る。体から勝手に出てくる“ふよふよ”を足に集めると普通に走るのよりも早く走ることができた。
──そろそろいいかな。
大通りの角を3回曲がったところで思い切り加速して、男性を振り切る。
突き当たりにあった家屋の陰で少し息を整えてから、あたりを確認する。よし、誰もいない。
──おにぃはもう戻ったかな?
自身の片割れともいえる兄のことを考える。少女が家屋の住人を引き付けている間、必要なものを盗むのが兄の役割であった。今頃、上手く盗んだものを手に、もう住処に着いている頃合いだろう。
──早く帰ろ、おにぃが待ってる!
兄と今日の成果を分け合うことを楽しみにしながら、もう一度改めて周囲を確認して少女は帰路についた。
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「クソッ、あのガキ……!」
男性が少女を見失ってから家屋に戻ると、置いてあったいくつかのものが消えて無くなっていた。
どうやら、最近ここいらで噂に聞く盗人の双子の仕業のようであった。
──油断した。
話には聞いていたが、まさか自分の身に起こるとは。どうやら人の愚かな性分というのは死んでも治らないらしい。
冷めぬ怒りにしばし立ち尽くすと、背後に気配を感じた。
「旦那、ご機嫌が悪いようですがどうかなさいましたか?」
声がした方を振り向くと、戸口のところに痩せて背の曲がった男が立っていた。
そいつは、卑屈で強者に媚びへつらって生きる様からここいらで鼠と呼ばれる男であった。
細い枝よのうに節ばった腕を揉み手しながら下卑た笑みを浮かべている。
歯並びの悪くて閉じ切らない口からは涎が垂れていた。
「去ね。」
見ているだけで不快な男である。
「まあ旦那、話だけでも。あの盗人の双子の居場所でしたらアタクシ、思い当たるところがござんす。」
鼠はそれなりに賢かった。己の身の程を知っていた。そうでなければこの場所でこれまで暮らしていけない。みすみす今日の飯の種を逃すことのないよう、慎重に言葉を紡ぐ。
「東の茂みの奥に、もう誰も住まなくなったおんぼろ長屋がありますでしょ。ほら、辛うじて屋根だけついているようなアレでござんす。そこにガキ共が入っていくのをこの目で見たんですよ、アタシ。」
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現在仮住まいをしているおんぼろ長屋に着くと、少女は戸口(といっても、戸はもう無くなっているが)から中に入る。
中にはやはり、自分より先に戻った兄がいた。床の穴が空いていないところに今日の戦利品を並べている。
「おにぃ、ただいま。今日はどうだった!?」
「おかえり。米と、──少しばかりの干物があったよ。今日は米の半分と、干物を一つずつ食べようか。」
振り向いて話す少年の顔は少女とそっくりであった。少女と同じ栗色の髪も同じくらい伸びきっており、二人の違いを示すものは身にまとうボロ布の帯の色くらいのものである。
二人は双子であった。
天真爛漫な少女に反して、無表情でどこか冷たい雰囲気のある少年が口を開く。
「明日になったら、ここを出よう。そろそろ噂になる頃合いだ。」
「今回は割と早いねえ。」
二人は顔を覚えられ対策されないよう、地域を転々として暮らしていた。地域の人々をよく観察して“アタリ”をつけてから、盗む。そして頃合いをみて別の地域に移り、また同じことをする。こういった計画を立てることが兄は得意であった。
「よく噛んでお食べ。残りの米は水に浸しておいて明日食べよう。」
少年は米を取り分け、残りを雨水を溜めたボロ桶に入れた。米を入れたことで生じた水の動きが、底に沈んでいた細やかなゴミが浮かび上げる。
水に浸すのは、固くて食べづらい米を食べやすくするために少年が考えた方法だった。
米とは本来、水と共に加熱してから食べる物であり、生米は消化が悪く生身の人間であれば食べれば腹を下す。これは現世で育った者であれば当たり前に知っていることであるが、生前の記憶がなく、他地区で見られるような共同体のなかで暮らすことのなかった彼らには知る由もなかった。
最も、このボロ長屋にはそもそも火を起こすものなんて無いし、霊体である彼らは生で米を食っても腹を壊すことはないのであるが。
「あのおじさん、今頃カンカンだろうなぁ。毎度思うけどやっぱ盗みってあんま良く無いことなのかもねえ。」
「気にすることはない。どうせ彼らは飢えることはないんだ。彼らには過ぎたる物だよ。」
霊力をもつ彼らにとって、飢えは深刻な問題であった。彼らにとって食事は嗜好品ではなく、無くてはならない物だ。
硬い米をボソボソと噛んで食べる。ろくに噛まずに飲み込むと喉に引っかかるのため、良く噛んで食べる必要があった。固い干物も貯めた雨水に浸けて柔らかくしながらゆっくりと味わって食べた。
食べ終わる頃には、日が傾きかけていた。茂みの影に位置し、明かりなど当然ないボロ長屋はもう暗くなり始めている。
「動いても腹が減るだけだ。今日はもう休もう。」
「うん、わかった。おやすみ、おにぃ。」
──大好きだよ。
少女は兄に対して抱く親愛の情だけは口にせず、兄の横で丸くなって目を瞑る。
気付いた時から2人で
そしてこの──兄に対する親愛。
たった一人の肉親だから、双子の兄妹だから、気づいた時からずっと一緒に居たから──。
そのどれもが理由ではない気がした。なんだろう、もっと深いところからくるような。
汚れた水をすすり、盗み、飢えから逃れるその日暮らしの日々。それでも、少女にとっては兄といられることが何よりの幸せであった。