もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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殲滅

 

 ─────日が、沈む。

 

 水平線の彼方で、太陽が静かに海へと身を沈めていく。その反対側では夜の帷が静かに広がり、橙色の空を侵食しながら、ゆっくりとその支配域を広めていた。海もまた闇に呑まれ、青さを次第に失ってゆく。

 

 空の半分が夜の闇に侵食された頃──“それら”はやってきた。広がりゆく夜空を背景に、方々で穿界門が現れる。中から黒い影が次々と出現した。その身に纏うのは、死覇装の黒。まるで夜の侵略を加速させるかのように空を埋め尽くしていく。

 

 太陽がさらに沈みゆくにつれ、空を彩っていた橙は次第に血のようにどす黒い赤色へと変わってゆく。その下で、島々に居並ぶ大勢の滅却師(クインシー)たちの白い装束は、赤黒い空色を映して染め上げられていった。

 

 滅却師(クインシー)の群れが、散霊手套を一斉に外す。

 滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)

 無数の片翼が次々と生まれ、まるで種子が芽吹き、繁茂するかのように、島々を埋め尽くしていく。霊子の奔流が激しく渦巻き、島全体が青白く輝いて見えた。

 

 黒の群れの中でひときわ際立つ白───隊長羽織を纏った死神が、一歩、前へと躍り出る。腰から斬魄刀を静かに抜き、言い放った。

 

 「皆の衆、儂に続け。

  ────万象一切灰燼と成せ、『流刃若火』!!!」

 

 

 刀身から溢れ出した炎が天を覆い、島々を燃やしつくさんと大気を舐め焦がす。

 

 隷属された静かな霊力(青色)と、死神の滾る霊力(赤色)とが衝突し、せめぎ合う。その余波は大気と海を震えさせた。

 両者が睨み合う中で、ついに太陽の最後の一欠片が海の中へと消える。

 暗くなった世界では、二つの光がより一層際立って見えた。

 

 

 

 

 

 

 青色と赤色の光で埋め尽くされたその光景は、映像越しであってなお、圧倒的な威圧感を放ち、ただの映像であることを忘れるほどの迫力を持っている。

 

 綱彌代時灘はその映像をじっと見つめていた。

 

 そこは薄暗い一室。

 広大な壁面を有するその部屋では、中央に設置された設備から無数の光が放たれ、壁面に数々の映像が投影されていた。

 瀞霊廷の賑やかな街並。

 死神が勤める隊舎の様子。

 雑然とした流魂街の一角。

 さらには、遥か遠く離れた現世の様子まで──。

 

 まるで、ありとあらゆる場所を覗き見ているかのようである。

 

 映像庁。

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)や現世の各所に配備された監視蟲などの映像監視システムの管理する、四代貴族の一角、綱彌代家によって創設された総合統括組織。

 歴史の管理を任された一族が、これから紡がれる歴史を記録する機関である。

 

 時灘は自らの地位を利用し、高みから現世を見下ろしながら、嘲笑った。

 

 「クハハハハハ!……罪人たちの末裔が、自らの罪を隠すために更なる罪を重ねるか!これは傑作だ!」

 

 彼の目から見て、真実を知らぬまま、それを正義だと信じ、無自覚に虐殺を行おうとする死神たちの姿はひどく滑稽に映っていた。

 

 此度の戦いは、四代貴族を含めた金印貴族会議で決定したことである。しかし、例え貴族であっても、今回の争いの真の目的を知るものはごく僅かだ。恐らくは、霊王宮の意向も絡んでいるのだろう。

 

 だが、知らぬことは消して免罪符にはならはい。

 無知もまた、罪である。

 時灘は思う。彼らに己の罪深さを知らしめてやれたら、どれほど愉快だろうか、と。この世界にも、死神にも、正義などないのだ。

 

 ───不意に、戦場に居るであろう、彼の妻のことが脳裏をよぎった。先程までの嘲笑がふと消え、眼差しにわずかな熱が籠る。こみ上げるその感情は一体何なのか。彼自身でさえその正体を測りかねていた。

 

 「歌匡、君もそこに居るのだろう?……これが、醜い現実なのだよ。もし君が真実を知ったらどう思う?それでも君は───────」

 

 数多の映像の中の一つ。

 その中で、見知った暗殺者一族の姿を彼の目が捉えた。綱彌代家子飼いの一族だ。だが、時灘は彼らに何も指示を出してはいない。

 

 ───まさか生き残り、だと?

 

 ちょうどその時、映像の中では山本元柳斎重國がその必殺の一閃を放ったところであった。

 どちらか一方が滅びるまで続く、血みどろの戦い。それが今、幕を開ける。

 ────だが、時灘が再びその映像に目を向けることはなかった。

 

 

 

**********

 

 

 

 

 戦場は、まるで灼熱の地獄と化していた。

 山本元柳斎重國の放った煉獄の一太刀が島々を襲い、炎が瞬く間に燃え広がったのである。そこかしこで黒煙が立ち上り、熱気が島々を包み込んでいた。

 その一撃で、一体どれほどの命が尸魂界(ソウル・ソサエティ)へと送られたのかは計り知れない。

 

 始めは纏まって行動していた死神たちも各々が敵を求めて散らばり、戦禍の中へ飲み込まれていった。

 そうして初撃を生き延びた滅却師(クインシー)と死神たちは、混戦の只中にあった。炎と煙が視界を奪い、怒号や剣戟があたりで響く。

 

 藍染惣右介もまた、混戦の中、五番隊と距離を置き、島の外れで戦いの様子を眺めていた。

 周囲には誰の姿もない。

 喉を刺すように乾燥した空気だけがその場を満たしていた。

 

 「木には望みがある。たとい切られてもまた芽を出し─────」

 

 どこからか声が聞こえた。

 遠くで死神と二人の滅却師(クインシー)が刃を交えているのが見える。滅却師(クインシー)の一人は既に深傷を負い、足元がおぼつかない。もう一人が庇うように前へと踏み出し、迫り来る刃をその手で掴んだ。

 

 「その若枝が絶えることがない。たといその根が地の中に老いその幹が土の中に枯れても───」

 

 声が聞こえる。

 滅却師(クインシー)が急速に霊力を収束させた。

 己の身を顧みぬ、決死の一撃。

 刹那、閃光が戦場を灼き、爆風が巻き起こる。

 

 「なお水の潤いにあえば芽をふき、若木のように枝を出す────」

 

 声が聞こえる。

 煙が晴れると、死神だけがその場に立っていた。始開の能力だろうか。手にする斬魄刀は盾のような形状に変化しており、それで一撃を防いだようであった。

 死神は静かに息を整え、ゆっくりと刀を下ろす。その視線の先には、膝をつき、肩で息をするもう一人の滅却師(クインシー)がいる。

 死神は一歩、また一歩と歩み寄ると──とどめを刺した。

 

 「しかし人は死ねば消え失せる。息が絶えれば、どこにおるか」

 

 聞こえる言葉は、人々に伝わる神の(聖書の)教えであった。声の方を振り向くと、先日の青年がそこにいた。

 

 「面白い。それは、人間の信仰する神の言葉だろう。君は霊の存在を知る滅却師(クインシー)でありながら、神の存在を信じるのかい?」

 

 どこか、この戦場に見合った一節にわずかな関心を抱き問いかけると、思いもよらず返事が返ってきた。

 

 「そう、かもしれません………。死神は世界の調整者(バランサー)。良くも悪くも人の命を物として扱う……。まさに聖書の神、そのものじゃないですか」

 「なるほど。では君は……君たちは、なぜ神に抗うんだい?」

 「本来なら、神に人が敵うはずがない。……それでも、抗うことで繋がる命があると信じているからです」

 

 それはまさに、人の美しさの根源とも言うべきものだった。死があるからこそ、人はそれに抗い、前進を続ける。その刹那的な輝きこそが、人を美しく見せるのだ。

 

 だがその先に待つのは、尸魂界への転生(仮初の死)

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)はある意味で死のない世界である。そこへ辿り着いた魂は、新たに現世で生まれ変わる時を待つ。その間に費やす時間は人の一生よりもはるかに長い。

 

 果てしなく続く停滞した世界では、人は希望を探すことをやめるだろう。生きていた時の覚悟や情熱も長い時の中で風化し、やがて惰性に身を委ねるようになる。

 そうして、魂は生きていた時の輝きを失い、ただ濁ってゆく。

 

 目の前で儚く輝く滅却師(クインシー)の命もまた、同じ運命を辿るのだろう。

 

 今の死の形は、生者への───彼らの覚悟への冒涜だ。死とは、ただ未知であるだけでなく、明確な終わりとして存在するべきだ。

 藍染美代()であれば、そう憤るだろう。

 

 なぜ、わざわざ器子に縛られる生に執着するのだ。とっとと死んで、尸魂界(ソウル・ソサエティ)で第二の人生を歩めば良かろう。

 あるいはいっそのこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 綱彌代時灘であれば、そう嘲笑しただろう。

 

 では、藍染惣右介はどうだろうか。

 彼の瞳は、ただいつものように目の前の光景を映し出すだけで、そこに感情の色を読み取ることはできない。まるで全てを見透かしているかのような、変わらぬ表情のまま、彼はゆっくりと口を開いた。

 

 「───そうか。ならば、止せとは言うまい」

 

 そう言い静かに斬魄刀を抜き放つ。

 だが刀を握る手には、彼にしては珍しく、普段よりもほんの僅かに力が込められているように見えた。

 そして斬魄刀を振るい──────………

 

 

 

**********

 

 

 

 気がつくと、小舟の上にいた。

 櫂はなく、大河の上をただ漂うだけの舟。

 あたりは靄に包まれ、対岸どころか川面すら霞んでよく見えない。風はなく、聞こえてくるのは水音だけである。

 

 そこは、斬魄刀と藍染惣右介の心が織りなす精神世界であった。

 刀に込めた霊力によるものか、あるいは何かしらの感情が彼をここに引き寄せたのか。

 理由はわからない。

 ただ導かれるでもなく、そこへと辿り着いていた。

 

 そして彼の正面───舟の舳先に“ソレ”はいた。靄に包まれて姿は見えない。声だけがこちらに届いた。

 

 「嗚呼、漸く────────」

 

 親愛と慈愛の篭った声色で“ソレ”は続ける。

 

 「お会いできて嬉しゅうございます。

        ───────藍染惣右介(主殿)

 

 “ソレ”が近づく気配を感じながら、眼鏡の奥で目を細め、静かに口を開いた。

 

 「君が、私の斬魄刀か」

 「はい。貴方様がいらっしゃるのを、ずっとお待ちしておりました」

 

 “ソレ”が歩み寄り、迷いなく肩に手を回す。もう片方の手でそっと頬を撫でた。まるで我が子を慈しむかのような仕草。

 彼は微動だにせず、ただじっと座していた。

 “ソレ”が耳元でそっと囁く。

 

 「我が力───()()()()()()()()()()()()を、貴方様へ」

 「ずいぶんと献身的なのだな」

 「この身は貴方様の魂魄の写せ身故。当然のことでございます」

 「……やれやれ、全く。───()()()()()()()()()()()?」

 

 小さく溜息をつきながら問う。その表情にはどこか呆れが滲んでいた。

 “ソレ”がわずかに息を呑んだ気配がする。

 一歩距離をとると、戸惑いとわずかな不満を浮かべた声色で“ソレ”は問い返した。

 

 「なぜ、そうお思いに?」

 「なぜか、だと?─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「…………ふ、ふふ」

 

 突如、“ソレ”は肩を振るわせ、堪えきれぬ愉悦に身を悶えさせた。喉から笑い声が漏れ出す。

 先程までの慈愛に満ちた雰囲気は消え去り、尊大な態度が滲んでいた。

 

 「くふ、ふふふ…………一体、いつから気が付いていた?」

 「前から君のことは感じていたよ。────まるで、私を品定めするかのような気配をね」

 

 淡々とした声で返答すると、“ソレ”は僅かに肩をすくめ、気怠げな様子で言った。

 

 「全く、つまらんな。もう少し可愛げがあっても良いものを。────まあ流石は、写せ身たる我の本体と褒めておこうか」

 

 刹那───世界が変容する。

 “ソレ”を中心に世界へ亀裂が走り、砕け散った。砕けた残滓がキラキラと宙を舞う幻想的な光景の中、真の姿を現した“ソレ”は口元を歪ませながら常人を畏怖させる声色で告げた。

 

 「では望み通り、力を授けようじゃないか。

───高みへ至らんとその身を砕き、足掻き続けると良い。さすれば虚もやがて、実へと至らん。さあ唱えよ、我が名は───────」

 

 

 

 「────────『鏡花水月』」

 

 

 

 

 






ヨン様「私の斬魄刀、ちょっと性格悪くない?」
妹「www」

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