もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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鏖殺

 

 

 鏡花水月の完全催眠。 

 その力は、一体何のためのものか。

 

 敵を、欺くため?

 ───否。

 

 己を、偽るため?

 ───否。

 

 人を、陥れるため?

 ───否。

 

 

 ────この力は「おっと、ここから先はまだ知られるわけにはいかないのでね」

 

 

 「…………」

 

 

 「───この力を、然るべく扱えるのか」

 

 

 「きっとそこが、この物語の分水嶺となるだろう」

 

 

 「さて、解に辿り着くことができるかな?」

 

 

 「……何にせよ、その覇道のゆく末を楽しみにさせてもらおうじゃないか」

 

 

 「なあ?─────藍染惣右介(主よ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 膨れ上がった霊圧を抑える。

 ずっと成長し続けていた霊圧が、始開を経てついに隊長各に倍するほどにまで達していた。

 霊圧において、もはや彼に比肩するものはいない。

 

 遠く離れた場所では、いまだ争いが続いていた。しかし、藍染惣右介の周囲だけは世界から切り離されたように静寂に包まれている。

 

 背後には、斬り捨てられた青年の遺体。

 斬魄刀を鞘に収めると、鍔が鯉口と打ち合う音が妙に大きく響いた。

 

 歩きながら、霊圧知覚に意識を向ける。霊圧の動きや生滅が手に取るようにわかる。

 無数にあった霊圧は、今や数えられるほどに減っていた。戦いの終焉が近い。

 

 ───刹那、戦火の中に居てもなお変わることのなかった彼の表情に微かな変化が生じた。わずかに目を見開く。それは驚愕か、それとも───。

 

 遠く離れていようとも、確かに、彼は感じた。

 藍染美代()の、霊圧が───…

 

 

 

**********

 

 

 

 

 風が吹き抜けるたびに、乾いた砂が舞い上がる。

 瀞霊廷のほとんど中央に位置する地───真央刑庭。そこは断罪の場であり、用いられる処刑用具の名を冠して、“双極の丘”とも呼ばれていた。

 

 本来刑を執行するためのその場所には、刑軍だけでなく、他の隠密機動分隊の者と四番隊の一部が配属されていた。

 そしてその場を任されていたのは、二番隊第三席兼隠密機動第三分隊『檻理隊』部隊長───浦原喜助。

 

 彼らに課された使命は現世同様、滅却師(クインシー)の殲滅───死した滅却師(クインシー)の魂魄を掃討することである。

 つまり尸魂界(ソウル・ソサエティ)は、彼らの存在そのものを抹消するつもりなのであった。

 

 今回の戦いは主に三つの部隊に分かれて実行されていた。現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)での滅却師(クインシー)の殲滅、加えて魂魄のバランスを保つための、虚圏(ウェコムンド)での(ホロウ)討伐。三界全てに跨がって死神たちは活動していた。

 

 「……これ、何でしょうか。初めて見ました」

 

 藍染美代の視線の先には、大きな柱がそびえ立っていた。同じ柱が四つ、広場を囲っている。その言葉は特定の誰かに向けて発せられた言葉ではなかった。だが、思いもよらず返答するものがいた。───実際に開発に携わった、浦原喜助である。

 

 「転界結柱という装置を改造して、転送する物を魂魄に限定したっス。………アナタは?」

 

 ────彼が浦原喜助、か。

 類稀なる頭脳を持つ者として、あの兄が目をつけていた人物だ。そして話に聞いていた通り、彼は正しく天才のようであった。

 

 「あ、はじめまして。四番隊の藍染美代です。……改造、ですか。すごい技術力ですね」

 

 対となる四本が現世にも設置され、結界の中で死んだ者の魂魄を呼び集めるように改造されているようである。

 やがてここへ、現世で命を落とした滅却師(クインシー)の魂魄がやってくるのだろう。

 

 「アナタが美代サンっスか。噂には聞いてますよ。珍しく、入隊前から回道を習得してた卒業生っスよね」

 「よくご存知ですね」

 「ボク、こう見えて情報通なんスよ」

 

 存外にもお互いの存在を認識していたようである。

 ふと、何かに気がついた浦原が広場の中央に視線を向ける。「来ましたね」と彼が言った瞬間、あちこちで滅却師(クインシー)が現れた。

 

 彼が指示を出すと、一斉に隠密機動が動き出す。

 その場に残ったのは、柱を守るための幾人と、負傷者のために待機する四番隊、指揮を取る浦原喜助のみであった。

 

 始めは戸惑いの声をあげていた滅却師(クインシー)たちから、悲鳴があがる。

 滅却師最終形態(クインシー・レツトシュティール)の後遺症か、彼らは既に、滅却師(クインシー)としての力を失っていた。

 次々に葬られてゆく滅却師(クインシー)

 それは戦いなどではなく、ただ一方的な虐殺であった。死者が、ここは地獄かと見間違うかのような光景が目の前に広がる。

 

 そんな光景に顔を顰めながら美代が声を上げた。

 

 「……どうして、ここまでする必要があるのでしょうね」

 

 彼は一体どこまでを知っているのか。それとなく探りを入れてみる。

 この戦いの真の目的が情報の隠蔽なのだとしたら、この行いは至極当然のものであった。だが、死神たちに知らされている通り、この戦いが三界のバランスを保つためのものなのだとすれば───明らかに、度を超えている。

 

 「これは御廷十三隊、ひいては尸魂界(ソウル・ソサエティ)の決断ス。………きっと、世界のために必要なことなんスよ」

 

 じっと目前の光景を見つめながら浦原が答える。

 先ほどと変わらぬ、淡々とした声色。仕草や表情から感情を読み取ることはできない。

 

 「そうですよね。……でも、もしかしたら────貴方なら他の手段も、見出せたのではないのでしょうか?」

 

 さらに踏み込んで尋ねる。

 上官に投げるべき問いではないことはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。事実、彼は望んだことを実現するだけの知性と技術を持っている筈であった。

 

 「……それは流石に買い被りッスよ」

 「そうですよね。……突然すみません」

 

 だが、そう簡単に本心など聞き出せるはずもなく、返ってきたのは取り留めのない言葉。

 猜疑心を押し隠しながら、素直に謝罪の言葉を口にした。

 

 ────うーん、こりゃわからんな。

 

 彼は何も知らないのか。

 知っていながら動かないのか。

 或いはもう、動いているのか。

 敵か、それとも味方たり得るのか。

 ………全てが未知数だった。

 

 考えても仕方がないと思考を切り替えて、戦場へと足を向ける。

 

 「どちらへ?」

 「この調子では四番隊の役目は無さそうですし、それに────せめて、早く終わらせてしまうべきでしょう。よろしいでしょうか、浦原三席」

 

 美代は四番隊には珍しい、腕っ節の強い人材である。

 浦原は、凄惨な光景に正面から向き合おうとする美代の様子を見つめ、わずかに目を細めた。

 数瞬の逡巡ののち、静かに口を開く。

 

 「……わかりました。負傷者が出た場合、戻れるようにしておいてください」

 

 殺戮の場へと向かう彼女の背を浦原は静かに見送った。その表情は、なにかを秘めているようにも見えた。

そして彼女に言われた言葉を思い出して小さく息を吐くと、誰にともなく独りごちる。

 

 「ボクならどうにか出来た、か。……全く、厳しい人スね。」

 

 

 

 

 

 

 惨劇の最中に足を踏み入れる。

 本来罪人を裁くためのその場所は、皮肉にも尸魂界(ソウル・ソサエティ)自身の罪を積み重ねる場と化していた。

 

 藍染美代は自身の感情を胸の奥に沈め、視界に入った死神以外の者を、ただ切り捨てることだけを考える。作業のように、淡々と斬魄刀を振るい下ろした。

 

 斬り捨てる、斬り捨てる、斬り捨てる───

 

 子のいた者。

 愛する人のいた者。

 夢を抱く者。

 

 斬り捨てる、斬り捨てる、斬り捨てる───

 

 邪な者。

 卑屈な者。

 傲慢な者。

 

 斬り捨てる、斬り捨てる、斬り捨てる───

 

 怯える者。

 喜ぶ者。

 驚嘆する者。

 

 すべて、等しく葬った。

 人を殺めるのは、流魂街で暮らしていた時以来だった。不意に、あの時の思考が蘇る。

 

 死んだ霊魂を消し去ることは、果たして殺人になるのだろうか?……もう、死んでるのに?

 霊にも死の概念が適応されるのだろうか。だとしたら、一度目の死は一体何だったのだ。

 そんな、下らない考えが脳裏に浮かぶ。

 

 ────馬鹿馬鹿しい。

 

 罪悪感のような感情が自分にも少しはあったのだろうかと、自嘲の笑みを浮かべる。

 善悪なんて関係ない。ただ、為すべきことを為すだけだ。

 彼らに、本当の死を送ろう。

 その瞬間、彼女は正しく死神であった。

 

 全く、余計なことを考えていた。そう内心で呟く。

 刀の柄を握り直し、迷いなく真っ直ぐに、斬る、斬る、斬る────……

 

 

 

**********

 

 

 

 地面には大小様々な石が無造作に転がり、隙間から生えた曼珠沙華が赤々と咲き誇っている。

 立ち上る靄によって、景色は朧げにしか見渡せない。靄の隙間から覗く曼珠沙華の赤だけが空間の広がりを感じさせた。

 耳を澄ますと静かな水音が聞こえる。すぐ側を川が流れているようだ。

 

 呆然としていると、何処からか声が聞こえた。

 

 「嗚呼、漸く────────」

 

 声が聞こえた方を振り向く。しかし、そこには誰の姿もない。辺りを見回も、気配すら感じられなかった。

 

 「こっちです、ここ」

 

 再び声を辿ると───居た。

 そこには、朽ち果てて骨だけとなった骸が座していた。

 

 「はじめまして」

 「………はじめまして」

 

 その見た目に反して、軽やかに語るその骸こそが、彼女の斬魄刀であった。

 ───ここが私の心象世界で、“これ”が私の斬魄刀、か。

 目の前の自身の写せ身の姿を見て、美代はどこか浮かない顔をする。

 

 「………斬魄刀は自身の魂を写すっていうけど、これは……」

 「ええ。貴方の魂魄が崩壊し続けていることの現れでしょう」

 

 骸はその骨のほとんどがひび割れ、風化しかけていた。触れただけで崩れてしまいそうな風体である。

 

 「ですが、安心してください。これからは、私が貴方の魂魄の代わりとなりましょう。」

 「はあ……」

 「どうしました?」

 「いやまあ……嘘をつく斬魄刀もいるらしいけど、信用して大丈夫なのかな、と」

 

 思ったことを正直に口にすると、骨ゆえに表情は読み取れないものの、どこかムッとした態度で返事が返ってきた。

 

 「私は貴方の魂の写せ身ですよ。自分が信じられませんか?……貴方の兄じゃあるまいし」

 「……それもそうか」

 

 確かに、自分はそれなりに素直な方だと自負していた。自分なら、嘘を吐くぐらいなら、そもそも最初から話しはしない。

 疑っていても仕方がないので、取り敢えずは納得して、言われた通りすることにする。

 

 「説明するのも面倒なので、まあ、ものは試しです。最初は少し驚くかもしれませんが、その内に慣れるでしょう」

 「ふむ、取り敢えずやってみますか」

 

 平静であった空間に風が吹き抜ける。曼珠沙華の花々が一斉にその身を揺らした。───不意に、浮遊感に襲われる。体の霊力が消失───いや、骸に引き寄せられ、吸収されていた。

 霊力を纏いながら、骸は軽快に言い放つ。

 

 「喰らい、終わらせよ。さすれば塵も、いづれ血肉を纏いて甦らん。さあ唱えよ、我が名は───」

 

 

 

 「───────『死蕾擢蝟(しらぬい)』」

 

 

 ─────美代の霊圧が、消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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