もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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馬酔木

 

 

 「───────無始喰(むしば)め、『死蕾擢蝟(しらぬい)』」

 

 

 始開した瞬間、藍染美代の体から霊圧が消失する。彼女の膨大な霊力その全てが死蕾擢蝟(しらぬい)に収まっていた。

 そして魄睡から霊力が生み出されたそばから死蕾擢蝟(しらぬい)へと吸収されていく。

 

 ───体が軽い。

 体調を確かめるように、思い切り伸びをする。

 霊力による魂魄への負担が消えたことで、これまでにないほどの快調さを感じていた。

 

 そして、斬魄刀を見て────気がつく。刀身が錆びついていた。滑らかに光を帯びていた刃が輝きを失っている。錆は刀身を蝕み、ボロボロに朽ち果てていた。

 

 「あー……そうなるのね」

 

 これでは斬れないどころか、振るうだけで刀身が折れかねない。目を細め、刀をじっと見つめる。

 ではどうするのか、と死蕾擢蝟(しらぬい)に問うと、返ってきたのは、思いもよらぬ解答。

 

 背後から滅却師(クインシー)へと静かに歩み寄り、素早く手首を捻って取り押さえる。その瞬間、触れた肌から霊力が流れ込み、吸い取られるかのように斬魄刀へと蓄積されていった。抗う間も無く、滅却師(クインシー)の霊圧が完全に消失する。

 

 霊圧がモノを言う死神の世界において、霊圧を失うことは、極寒の中で服を脱ぐようなものだ。

 本来、霊圧無き者は霊圧を持つ者に干渉することすら叶わない。だが美代の場合、相手を自らの次元へと引きずり込むことで、それを可能としていた。

 

 そして、霊圧を奪ってどうするのか。

 斬魄刀の柄尻───本来、魂葬(こんそう)に使う筈の部分をそっと押し当てる。

 死蕾擢蝟(しらぬい)の真の能力を解放した。

 

 

 「──────『昏送(こんそう)』」

 

 

 瞬間、滅却師(クインシー)の肉体が跡形もなく霧散する。

 残された衣類がばさりと地面に落ちた。

 霊子の残滓が炎のように一瞬弾けて、消える。

 

 その斬魄刀は、魂魄を喰らっていた。

 

 ───死蕾擢蝟(しらぬい)

 それは魂魄そのものを消し去る。

 まさしく“死”を具現化したかのような斬魄刀であった。

 

 「……ッ!」

 

 全身を駆け抜ける、不思議な感覚。

 ずっと滞り、乾いて冷たくなっていた肉に、血潮が通うような───。

 

 斬魄刀は持ち主の魂を写す。

 死蕾擢蝟(しらぬい)の場合、それは文字通り魂魄の本質を写し出したそのモノであり、まさしく魂魄の分身と呼ぶに相応しい存在であった。

 二つの繋がりは他のどの斬魄刀よりも強固なものであり、故に刀が成長すれば魂魄もまた成長し、そしてもし斬魄刀が折れることがあれば───その時は魂魄もまた、同じ運命を辿るのだろう。

 

 死蕾擢蝟(しらぬい)がもっと魂魄を寄越せと促す。その衝動のままに、美代は動いた。

 

 次々に滅却師(クインシー)を喰らい、貪り、そして消し去ってゆく。そのたびに、欠けていたものが満ちていくような錯覚を感じる。

 

 百を超える魂魄を喰らったところで、それは訪れた。

 死蕾擢蝟(しらぬい)の刀身から、錆の小さな一欠片が剥がれ落ちる。

 

 ───驚いた。欠けたのかと思った。

 

 剥がれ落ちた奥からは、滑らかな刃紋が覗いていた。どうやら、喰らうほどに、死蕾擢蝟(しらぬい)は変質していくらしい。

 美代は自身の魂魄の変化───まるで存在が高次へと押し上げられるかのような変容を感じた。

 

 そしてもう一つの変化が。

 霊圧がなくなった影響か、隠密機動の者達でさえ気づかぬほど、誰にも気取られることなく戦場を動けるようになっていた。

 死神も滅却師(クインシー)も、その六感の内、いかに霊圧知覚に頼りきっているかを痛感する。

 

 彼らは霊圧の有無や強弱を基準に存在を探知する。ならばこそ、霊圧を持たない者は、存在しないのと同義であった。

 

 ふと、脳内に一つのアイデアが浮かぶ。

 ───これは使えるな。

 思わず唇の端を吊り上げる。

 今ならきっと、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の秘匿された領域にも踏み込むことができるはずだ。

 試してみる価値は、ある。

 

 戦場を縫うように進み、ひと気のない場所へ移動する。誰にも見つからずに行動することは今の彼女にとって造作もないことだった。

 

 

 

 斬魄刀を空間に差し込み穿界門を開く。

 断界を駆け抜けて現世へ足を踏み入れると、すぐ先に兄の背中が見えた。

 やはり兄も霊圧知覚に頼るところが多いらしく、まだこちらの存在には気がついていない。

 

 ちょっとした悪ふざけの気持ちで、背後からそっと近づいてみる。

 すると肩に手を伸ばしたところで兄が最大の警戒心を伴って振り返り、いつの間にか抜かれた斬魄刀が振り下ろされた。瞬間、美代と視線が交差する。兄の目が驚きで見開かれた。その本気の一太刀を紙一重で躱すと、悪戯が成功した子供のように笑いながら美代は言った。

 

 「驚いた?」

 

 兄は斬魄刀をゆっくりと鞘に戻すと、少しだけ苦笑を浮かべながら答えた。

 

 「……ここまで危機感を覚えたことは初めてかも知れないね」

 

 それもそのはずだ。兄に気配を気づかせないまま、ここまで近づける者はいないだろう。

 

 「なんか、また霊圧が上がってるね」

 

 話していてどことなく兄の様子がおかしいことに気がつく。

 「どうしたの?」

 

 いつもより視線に熱がこもっているような気がした。

 それだけではない。

 その目の奥に、わずかに沈んだ色を見つけた。

 

 「私が、死んだと思った?」

 

 問いかけると兄は薄く笑い、ゆっくりと首を振る。

 

 「死んだ、とまでは思わないが、それに類する状態は想定したよ」

 

 冷笑をたたえながら、少し目を逸らす。

 

 「少し……そうだな。あれは感傷だろうか。そんな心持ちがしたよ。これから進む先を独りで歩むのは、些か味気ない気がしてね」

 

 微かに眉を顰め、遠くを見つめる目は、まるで自身の別の可能性を覗き見ているかのようであった。

 

 「強者とは、常に孤独だ。力なき者にその理想が理解されることはないだろう。私たちの進む先は、(ことわり)を超えたところにあるのだから。───無論、その程度で道を閉ざすことなどないが」

 

 「別に誰に理解される必要もないでしょ」

 

 言いながら、ゆっくりと歩を進める。

 

 「進むべき道を示せば、人は勝手に縋るようにその後を追うのだから。それに───」

 

 兄の正面に立ち、顔を覗き込む。昔は同じだった背丈も、今では兄の方が高くなっていた。

 

 「兄上の理解者は、私がいれば、それで十分でしょう?………私以外の理解者なんて不要だよ」

 

 本心そのままをぶつける。

 兄に並び立つ者は自分しかいないという自負が彼女にはあった。

 加えてこの親愛なる傲慢な捻ねくれ者には自分が必要だとも思っていた。

 

 

 独善的正義の行き着く先は孤独と破滅だ。

 

 

 故に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして恐らくそれは、どちらかが欠けていては成し得ないことだ。

 

 

 互いに互いを必要としていた。

 この緩やかに腐りゆく世界の中で、互いの隣こそが、相応しい場所だった。心安らぐ場所、と言っても良い。

 

 この思いも、肉親の情というものなのだろうか。それとも、長い時間を共にしてきたからだろうか。

 そのどちらでもない、と美代は思う。私たちはきっと、自身の理想のために互いを利用しあっているに過ぎない。そして目指すモノが、限りなく等しいだけなのだ。

 

 

 故に、二人の間に信用や信頼など無く。

 ただ、必然があるのみ。

 

 

 だからこそ。

 たとえ歩む道が千荊万棘なものであろうと。

 たとえ辿り着く先が閉ざされた闇の中だとしても。

 

 

 地獄の果てまで、付き合ってやろうじゃないか────。

 

 

 兄は美代の心内を読み取ったかのように、眼鏡の奥で僅かに目を細めると、静かに呟いた。

 

 「………そうだな。どうやら少し取り乱していたらしい、すまなかったね。───たとえなにが起ころうとも、共に歩む限り私たちに成し得ぬことはない。そうだね?」

 

 その言葉に満足気に頷くと、美代は小さくため息をつきながら言った。

 

 「全く。私がそう簡単にくたばると思う?」

 

 「美代が私の予想を上回ったんだ。胸を張って良い。───それで、一体何があったんだい?」

 

 ───そうだった。

 話すよりも見せた方が早いと思い、斬魄刀を抜き放つ。その錆びた刀身を見せると同時に、兄の手を取った。

 

 兄のその膨大な霊圧が奔流となって流れ込んでくる。その全てを受け止め、霊圧を消し去った。

 

 「私を引きずり降ろすか……!」

 

 兄が低く呟く。その声には隠しきれない高揚が滲んでいた。

 それは、自身と立ち並ぶに値する者への賞賛か、或いは他を凌駕するほどの霊圧を受け入れられ、無に帰されることへの悦楽か。

 

 「神すらも、地に堕ちれば唯の人、か」

 

 歓喜に染まった瞳で美代を見据えながら、兄は静かに続ける。

 

 「この上なく平等な能力だね。そのために、霊圧を捨てたのか」

 

 美代の力の前では、彼すらもその卓越した霊圧を失い、ただの死神となった。

 

 「そういうこと」

 

 美代は楽しげに言いながら、兄の手を握ったまま、僅かに力を込める。

 

 「私が触れているものは、霊圧を失うみたい。で、これを使えば隠密に動けるってわけ。だからさ────」

 

 まるで悪戯っ子が悪巧みを思いついたかのように、笑みを浮かべて言う。

 

 「今からちょっと、悪いことしに行かない?」

 

 兄の手を引いて歩き出す。その足取りは軽い。

 もはや、二人を見つけられる者はなく。

 まるで世界から切り離されているかのように、二人だけの時が流れてゆく。

 

 

 少し、旅をしようか。

 未知を探しに、共にゆこう。

 たとえ幾百もの屍を超えることになろうとも、その果てを目指して。

 (ねがわ)くは、我らの残した足跡が、世界の(しるべ)とならんことを─────。

 

 

 

 






名前:死蕾擢蝟(しらぬい)
卍解:???
解号:無始喰(むしば)
能力:魂魄(と霊力)の吸収
備考:常時解放型の斬魄刀

補足
霊力吸収は常時。常に霊圧デバフがかかっていて、触れたものも巻き込むイメージ。
霊圧=外に放出された体表面の霊力?だけ吸収する感じなので、相手の霊力が完全にゼロになるわけではない。
なお、霊力吸収によって素手の攻撃には霊圧防御貫通効果が付与されます。剣ちゃんが喜びそうだね()

ヨン様と同等スペックの妹だから扱えるピーキーな斬魄刀。
艶羅鏡典でコピったら多分持ち主は自滅する、実質呪いの装備。

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