もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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戦後

 

 滅却師殲滅戦。

 

 死神と滅却師(クインシー)との軋轢が肥大化した末に勃発したこの戦いは、現世に存在する滅却師(クインシー)の大半を消し去ることで幕を閉じた。

 

 それは表面的には一方的な勝利かのように見えた。だが、死神側も決して無傷ではなく、この戦いそのものに心を痛める者も少なくはなかった。特に、根絶やしにするようなその行いに対し、躊躇や葛藤を抱いた死神は数知れない。

 

 後の世で若い死神達が“かつての戦争”について尋ねても、この戦いを経験した者達は、決して多くを語ろうとはしなかった。

 

 戦いは終わった。

 

 だが、戦後処理という名の戦いは、なお続いていた。

 

 ある者は傷ついた仲間を癒し、またある者は現世での処理業務に奔走する。

 刀を収めた後にも、それぞれの戦場は続いていた。

 

 そして、五番隊でもまた、積み重なった書類業務という名の戦いが繰り広げられていたのである。

 

 

 

 「隊長、対処済みのものはこちらに置いておきますね」

 

 藍染惣右介が書類を隊首室まで運ぶと、そこには書類の山に埋もれ、項垂れている平子がいた。

 

 「エラいでぇ、惣右介。……その調子や」

 「僭越ながら、先程から手が全く進んでないように見えますが?」

 「アカン……もう限界なんや……」

 

 見た目通り、萎え掠れた声で平子が不満を垂れる。

 

 「五番隊は副官が空席のせいで、全部俺がやらんといけんのや……無理やろ、そんなん……!」

 

 後半になるにつれて怒気を孕んだ声と共に、平子が手を机に叩きつける。

 その衝撃で何枚かの書類が宙を舞った。

 

 落ちた書類を渋々と拾い上げる。

 紙には今回の戦いに関する隊士の手当て金についてが書かれていた。

 成果と報酬がちぐはぐに記載されたそれが酷く気になったが、口を出すのは平隊士の職分を超えていると思い、見なかったことにして未処理の束の上に重ねる。

 

 「惣右介、お前を副官にしたるから、これ全部やってくれへんか?お前のその処理能力が俺には必要なんや……!」

 「……着任拒否権って知っていますか?」

 

 冗談を装いつつも半分くらいは本気で口にしてそうな上官の言葉を軽くあしらう。

 まだ仕事が残っていたので、「では、僕はこれで」とその場を去ろうとしたところ、「ちょい待ちぃや」と呼び止められた。

 

 「惣右介、飯行くで」

 「……仕事がまだ終わっていないので」

 「そんなん明日やればええやろ!上官命令や!腹減ったんや、腹ァ!」

 

 強引に連れ出そうとする平子に手を焼いていると、隊首室の戸を叩く音が響く。

 戸を開けると、四番隊の書類伝達で訪れた妹がそこに立っていた。

 

 「あの、失礼します。五番隊士の治療経過報告書をお持ちしました」

 

 平子の代わりに書類を受け取ると、未処理の束の上にさらに重ねる。

 これ以上高く積むと崩れそうだった。

 

 「オマエが惣右介の妹か。これから飯行くとこやったんやけど、オマエも来るか?」

 「え、良いんですか!?実は訳あってちょうどサボる口実を探してたところなんですよね……!」

 「なんや、お堅い惣右介と違って話がわかるやんけ」

 

 妹の間の悪さに眉を微かに顰める。

 これでは完全に食事に行く流れだ。

 諦めて流れに身を任せようとしたところで、不意に平子と目が合う。

 どこか得意げなニヤけ面。

 

 「惣右介も、少しは見習ったほうがええんちゃう?」

 

 茶化すような声色に、わずかに目を伏せ、短く吐き捨てた。

 

 「……うるさいですよ」

 

 呆れと、少しの不満を滲ませた表情を作って言う。それを見て、平子の笑みが更に深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 美代たちが訪れたのは、平子御用達の定食屋だった。

 値段の割に量が多く、味も良いと評判の店だ。

 

 注文を済ませ、運ばれた茶を一口啜ると、向かいの平子が口を開く。

 

 「四番隊はどないな感じなん?」

 

 手を拭いたおしぼりを机に戻す。食事時より少し早い時間帯だからか、店の中は程よく空いており、穏やかな雰囲気が流れている。

 

 「怪我人の対応に追われてすごい殺伐としていますよ。私はとうとう回道も使えなくなってしまったので、それはもう肩身が狭くて」

 

 美代は霊力を失ったことで、鬼道だけでなく回道までも扱えなくなっていた。

 

 「どないして回道が使えんくなったん?」

 「斬魄刀の始開の影響です。それで怪我人に触れることもできなくなってしまったので、むしろもう疫病神みたいな扱いになってますね。私の斬魄刀、四番隊への適性が低過ぎます」

 

 苦笑交じりに呟く。

 美代の斬魄刀は常時解放型ゆえ、触れたものから霊圧を奪ってしまう性質を常に有していた。

 ”触れた物の霊圧を吸収し、自身の膂力をあげる能力”。

 昏送のことは伏せ、周囲にはそう話していた。

 

 膂力については後から気がついたのだが、魂魄が変化した副次的な作用により、肉体の強度が増しているようであった。

 

 始開のことを隊へと伝えた時のことを思い出す。

 普段温厚な隊の者たちの何とも言えない表情。

 そして、錆びた斬魄刀を見た時の卯ノ花隊長の眼差し。

 

 彼女が初代剣八、卯ノ花八千流であることは事前に把握していたが、あれは八千流の顔だったと美代は思う。これでは斬り合えないじゃないか。そう言わんばかりのあの目つき。……くわばらくわばら。

 

 「そないなことになっとるんやったら、移動希望とか出した方がええんちゃう?」

 「実は、もう出してまして。取り敢えず十一番隊以外で希望を出してます」

 「せやったら、五番隊に来んか?ウチ、今人手不足なんや」

 

 意外な提案に、美代は目を丸くする。

 

 平子は机に肘をつきながら、どこか得意げな顔つきで兄を覗き込んで言った。

 

 「惣右介もそっちの方が安心やろ?なあ?」

 「隊長こそ、僕がもう一人居たら便利だなどと、失礼なことを考えていたんじゃありませんか?」

 「……んなわけあるかぁ、ボケ」

 

 案外仲良さげじゃない──。二人のやり取りを見て、そんな感想が浮かぶ。

 兄は猫被り……じゃない、“場に応じた振る舞い”の割に、それなりに素直な応じ方をしているようだ。

 

 以前、うっかり“猫被り”と口を滑らせてしまったとき、小言を言われたことを思い出す。

 『猫被り?……君はそんなふうに思っていたのか。これはただ、公私を分別しているだけだよ。誰しも多かれ少なかれ使い分けるものだろう?』

 

 そう言われてしまえば、確かにそれも一理あるのかもしれない。

 だが、それでもこの爽やかに微笑む優男は一体誰なのかと、会うたびに思うのだ。やっぱり猫被りと呼ぶのがしっくりくるじゃないか──。と、美代は内心で呟いた。

 

 

 出来上がった料理が運ばれてくる。

 この店の品書きは日替わり定食のみだ。その日仕入れた食材と店主の気分で決まるおかずが提供される。

 運ばれた盆の上には湯気を立てる汁物と白米、そして色とりどりの小鉢が並んでいた。

 そして、特質すべきは、ご飯の量。椀にこんもりと、少し驚くほどの盛られ方をしている。

 

 「隊長がそう言ってくださるのなら、是非お願いします。……なんかこういうのって、親類が同じ隊になるのを避けているのかと思っていました」

 

 手前の小鉢から小魚の佃煮を摘む。甘じょっぱさが口に広がり、遅れて僅かに山椒の香りがやってくる。ご飯がすすむ味だった。

 

 「むしろ逆や。六番隊は朽木家が集まっとるし、山田清之介の弟も四番隊に入隊予定って聞いとるで」

 「そう言われるとそうですね。むしろなんで私たち、別々の隊になったのでしょうね」

 

 汁物の椀に手を伸ばし、一口啜る。出汁のよく利いた優しい味わいが、じんわりと染みる。

 

 隣を見れば、兄は何も言わずに淡々と箸を進めていた。対して平子は、もはや会話より目の前の飯に意識を集中させているらしく、気の抜けた口調で答える。

 

 「ま、成り行きやろ」

 「そういうもんですかね」

 

 ───五番隊、かあ。

 これからのことを考えながら、一口、白米を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「──にしても、俺のも大概やけど、オマエさんの斬魄刀もクセ強やなあ」

 

 爪楊枝で歯の間を擦りながら、平子が気軽な口調で呟いた。

 その細身な体に見合わず、山盛りのご飯はすべて彼の胃に収まっていた。

 

 「惣右介のも、()()()()とかいう捻くれた能力やしな」

 「一言余計ですよ、隊長」

 

 鏡花水月の実演会のことを思い出す。

 

 能力を話したところ、興味を持った平子に「ほんなら皆の前で見せてみぃ」と言われ、開くことになったらしい。

 五番隊と、その他興味のある隊士が集まったそれに、美代も顔を出していた。

 

 公演は大いに盛り上がり、催眠をかけてほしいという隊士が殺到した。

 「嫌いな食べ物を好きな食べ物に見せてくれ」

 「むさ苦しい職場を華やかに変えてくれ」

 「肩凝りと胃痛を消してくれ」───。

 

 場が混沌を呈したところで、隊長各の一喝により解散となったのだった。

 

 「隊長のはどんな能力なんですか?」

 「そんなん、内緒に決まっとるやろ。手の内は隠しとくもんや」 

 

 「ずるいですね」と口を尖らせると、兄が横から告げ口をする。

 

 「隊長の卍解は、敵を同士討ちさせる能力みたいだよ」

 「コラ!勝手に言うなや!」

 「すみません、隊長。隠されているとは思いませんでした」

 

 全く悪びれることなく、さらりと謝罪する兄に、平子がしかめ面を向ける。

 同士討ちとは、なかなかにえげつない能力だ。

 

 「へー。個性的な能力ですね」

 

 よくよく考えると、この場にはアクの強い能力持ちが揃っていた。

 

 「なんかこう、単純にぶん殴れるのとかが良かったですよね」

 「まあ、しゃーないやろ。俺らみたいな性格のモンからそないな斬魄刀は生まれへんわ」

 

 斬魄刀は持ち主を写す分身とも呼べる存在である。つまり、能力に共通点があるということは、そのまま性格にも類似点があるということだ。

 

 「いや、私のは感覚操作系じゃないので、一緒にしないで下さいよ」

 「僕を同類扱いしないでもらえますか?」

 

 重なった抗議の声に、平子がすかさず突っ込む。

 

 「なんやオマエら、揃いも揃って否定しよって!そういうとこが似とるっちゅー話やねん!」

 

 兄ならまだしも、自分まで一括りにされるのは心外だった。

 

 ───もしかして、私も性格に難ありと思われてないよね?

 

 ちらりと隣の兄を見て、少しだけ心配になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「ほな、また明日から頼むで」

 

 軽く手を振り、平子は店の前で二人の背中を見送った。

 遠ざかってゆく兄妹を見ながら、ぼんやりと考える。

 

 妹の方は、兄と比べて随分と柔軟な性格をしているようだ。

 隊長という立場柄、そういった者の方が接しやすいのは確かだが、同時に捉えどころのないところがあるのも事実。

 単純そうに見えて、案外底が知れないタイプかもしれない。

 

 もっとも、本当に平子が警戒していたのは兄の方だったが。

 そしてその根拠は、ひどく曖昧なものだ。

 

 ────逆撫が反応してたんは、鏡花水月が同じ感覚操作系だからなんやろか。

 

 藍染惣右介が悪い噂の絶えない綱彌代家と関わりがあったことは、八番隊の京楽から聞いていた。

 だが、それよりも気になったのは、性格の悪い自身の斬魄刀が珍しく興味を示したことだ。

 

 普段外界に興味を示さない逆撫の反応は、平子にとって無視できないものだった。

 

 一人、隊首室への道に戻る。

 人前ではサボり、誰も居ないところで働くのが捻くれ者たる彼の流儀だった。

 

 「はあー、今から仕事とかダッルいわあ」

 

 両の手を袖中に入れ、背を丸めながらトボトボと歩く。

 

 考えるのは、部下のこと。

 能力に長け、理知的。

 人当たりもよく、隊士からの印象も良い。

 

 そして入隊したばかりの頃に感じた、どこか作られたような完璧さ。

 だがそれも僅かに薄れ、最近は彼の人間臭さも垣間見られるようになった。

 

 ……もし逆撫の反応が、藍染惣右介ではなく、鏡花水月に向けたものであったなら。

 彼に抱いた警戒心は杞憂だったのだと安堵できる。

 だが逆撫が、そんなことを教えてくれるはずもなく。

 

 ───なあ、惣右介。少しはオマエのこと、信用してもええんか?

 

 答えはまだ出ない。

 

 だが、なんだかんだで情に流されやすい自分のことだ。時間が経てば、いづれ彼のことを信用してしまうだろう。

 ……いっそのこと、本当に副官に任命して、側に置いておくのも悪くないかも知れない。

 

 そんな考えが、頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、傾き始めた陽射しの中。

 宿舎のある方向へと、ゆっくりと歩を進める。

 風がわずかに吹き抜け、生温い空気が頬を撫でた。

 

 背後から、何やら急いだ様子の死神が追い抜いていく。

 慌ただしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、美代は辺りの気配を探った。

 

 ───監視蟲は居ない。

 

 それを確認してから、口を開く。

 

 「この後どうする?」

 「少し、綱彌代家に寄っていくよ。………()()も見つかったことだしね」

 

 霊王を人為的に作り出す研究。

 それなりに成果が出ていた。

 

 時灘がどこまで本気にしていたのか、正確にはわからない。

 だが、彼の発案で始まったのは確かだ。

 霊王の代わりを作る──そんな大義名分の元に。

 

 ……まさか、それが意図せぬ形で役に立つことになるとは。

 

 「よくあの人との関係を続けられるよね」

 

 呆れ混じりの問いに、兄が薄く笑みを浮かべる。

 

 「彼が悪辣な存在であり続ける限り、使い道がある。世界の大多数にとっては迷惑な話かもしれないが、私の役には立つんだ。物は使いようだよ」

 

 本当に迷惑だな、と美代は思う。

 

 あの愉悦趣味の悪漢の考えそうなことといったら、他人を利用した挙句に種明かしをして反応を楽しむことだ。

 確実に自分たちに対しても何か企んでいるはず。

 

 ……そういう意味では、案外この二人は馬が合うのかもしれないな、と密かに思う。

 だが、巻き込まれるのは御免こうむりたかった。

 

 化かし合いは二人で勝手にしてくれ。

 

 「裏切られたりとか、大丈夫なの?」

 

 特別心配しているわけではなかったが、念のために尋ねる。

 兄は微笑を崩さないまま答えた。

 

 「たとえ彼が何か企んでいようと、問題はない。それも含めて、計画の上だよ」

 

 いつもの、不遜な態度。

 

 その物言いに大概の者は圧倒されるだろう。

 だが、美代には通じない。

 

 その言葉に滲む傲り。

 実力に裏付けられた自信。

 

 我が兄は今日も絶好調だなと、美代は小さく、内心でため息を吐いた。

 

 






妹除湿機のお陰か、ヨン様の平子に対する湿度が下がっているようですね。

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