「ちょっと、出かけてくるよ。」
「はーい、いってらっしゃーい。」
昨日盗った干物を齧りながら返事をする。
最近、兄はよく一人で外出をする。一体何しに行っているんだろう。兄の気配を辿ってみるが、大通りの突き当たりを曲がったあたりからわからなくなってしまった。いつ戻ってくるのだろうか。
干物を食べ終えて手持ち無沙汰になったので、庭先に出てみる。現在の住処は庭付きの家屋だった。
あれから夜通し歩いた先で見つけた、住居区の端にある家屋が現在の住処だ。住人に不幸があったらしく中は酷い有様だったが、そのおかげか誰も寄り付かなくなったようで、すんなりとお邪魔することができた。
こういった住民不在の家屋は意外と多く、どこへいっても住処に事欠くことはなかった。
縁側に腰掛けて足をぷらぷらさせる。暇であった。なんとなく、近くに落ちていた石ころを拾って放り投げてみる。石は地面に落ちてから二、三度跳ねた後、少しだけ転がってから動きを止めた。ふと、転がった石の先に咲いている花が目に入る。
花茎から細長く反り返った花弁が何枚も伸びている、真っ赤で、美しい花だった。
──なんて名前なんだろう。
地面にあるのものは大概木の根か石ころ、たまに死体くらいのもので、花を見かけることは珍しかった。こうやってじっと眺めるのも初めてのことである。
──きれいって、こういうやつのことを言うのかな。
そのまま、少女はしばらくの間花を眺めていた。
ふと、兄がこちらに近づいているのを感じる。花を眺めている間に思いの外時間が経っていたようであった。やがて、彼の足音が聞こえてくる。
「おにぃ、おかえり!」
「ただいま。」
兄は出かけた時と変わらない様子で帰ってきた。居間に上がり、縁側の隣に腰掛ける。そして今日の出先で決まった明日の予定を妹へ伝えた。
「明日、朝に二人でちょっと出かけるよ。」
**********
男死神が大通りに面する茶屋に腰掛けていると、約束の時間どおり、例の双子がやってきた。この間会った時は夜闇が深くてよくわからなかったが、なるほど確かにそっくりである。
「お待たせしました、父上。」
「ち、………え!?」
見た目はそっくりだが、中身のほうはだいぶ違うようであった。大人しい兄とは対照的に、妹は無邪気な性格をしている。静かに微笑みを浮かべる兄の隣で琥珀色の目を大きく開いている妹の方を向いて、男死神は挨拶をした。
「初めまして、私は藍染
伊左雄は、いわゆる斜陽貴族であった。身内に不幸が重なり、気がつけば藍染家は彼のみとなっていた。残った彼自身、散々努力をして十九席という微妙な実力であり、また唯一生き残った彼のことを疫病神と敬遠する者もいて、そんな没落寸前の彼の家に嫁入りしてくれる女性が現れることはなかった。
そんな彼が家を存続するために考えたのが養子をとることであった。それもただの子供ではダメだ。この家に纏わり付いた悪い流れを断ち切るためにも、才のある子供が必要だった。
もちろんそんな都合よく才能ある子供を養子にとることなんてできない。可能性があるとしたら、それこそ流魂街で孤児を拾うくらいのものだ。
つまり先夜の出会いは彼にとって千載一遇の幸運なのであった。
「えぇ、養子!?父親!?……よ、よろしくおねがいします???」
妹の方はまだあまり状況を飲み込めていないようであったが、取り敢えず話を続ける。彼との約束の内の一つだ。
「それで君達の名前だが、考えてきたよ。まずは君だが……“惣右介”だ。藍染惣右介。」
「……はい。」
「そして君は、“
「……え、あ、はい。わかりました?」
彼らには名前がなかった。自分達以外と関わることがないので特に必要とも思わなかったらしい。
彼──惣右介がこちらに要求したことは、三つ。名付けと衣食住と教育だ。
元より彼らには死神になって家を継いでもらうつもりだったので、こちらとしても願ったり叶ったりであった。
「惣右介、美代、それじゃあ早速家に案内しよう。話したいことは色々あるだろうが、まずは帰って身支度をしてからにしようか。」
少し気恥ずかしさを感じながらも、二人の名前を呼ぶ。こういうのは初めが一番肝心だ。一度臆すると、そのままずるずると呼びづらくなってしまう。
彼らは元の色形が良くわからないボロ布を纏っており、当然のように裸足であった。
まずは身体を綺麗にして、綺麗な服を着せて、髪を整えて、それからご飯を食べさせてやろう。必要なものは一式取り揃えてある。
これからのことを考えながら、伊左雄は二人を連れて帰路についた。
**********
少女は──藍染美代は、現在の状況に混乱していた。兄について行った先にはこの間自分達を
父(と、これから呼ぶことになるのだろうか?)は、あまり記憶に残らなそうな印象の薄い目鼻立ちに、切り揃えた黒い頭髪の平凡な容姿をした男であった。
父が、家へ案内すると言って背中をこちらに向ける。本当について行っても大丈夫なのか心配だったが、兄が何も言わずに歩き出したので、渋々と後に続く。
──まあ、おにぃと一緒に居られるなら何だっていいや。
取り敢えず、そう自分を納得させた。
**********
少年──藍染惣右介は、歩きながらこれまでのことを追想していた。
妹と二人きりでその日暮らしをしている内に、いつからか自分達は
だから初めて見た死神から自分達と同じものを感じた時、きっと自分達も死神なのだろうと思った。何かの間違いで
それに親愛なる妹のことも気がかりだった。
彼女は、──恐らく自分よりも優れている。この不思議な力も彼女の方が大きく、日に日に増していた。それに伴うように日々の暮らしの中で少しずつ、彼女に必要な食事の量が増えていることに彼は気がついていた。暮らしが回らなくなるのは時間の問題であった。
この間の死神と同じ気配を近くで感じた時は、普段気運を信じない自分にしては珍しくツイてると感じた。
交渉するなら一人の方がやりやすいし、妹にしては珍しく気配に気が付いていないようであったので、自分一人で死神に近づいた。結果、向こうも養子を求めていたということで、渡りに船であった。それから何度か会って話をして、迎え入れる準備ができたという話を昨日聞いたのであった。
隣の妹を見る。まだ少し混乱しているようであった。やはり事前に会わせておくべきだったかと少し考える。
彼もまだ見たことはないが、食べ物も、住むところも、人も
どこか上の空な様子の妹に話しかける。
「これからは貴族になるんだ。……今日から僕のことは“兄上”と呼ぶようにね。」
「えぇ〜…………はあぃ。」
不服そうな妹の返事に小さくため息をついて、目前の男──父上の後に続いた。
妹の方が今は見かけ上優れてるように見えるだけで、実際のポテンシャルは兄妹どっちもおんなじです。
霊圧感知も妹の方が優れてるみたいな書き方をしましたが、これもヨン様が単純に強者には敏感で弱者に鈍感だっただけです。