もしヨン様に理解者がいたら   作:肩パルト

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滅却師殲滅戦篇
入隊


 

 ───────六年後。

 

 季節は巡り、柔らかな風が瀞霊廷を包み込む頃、藍染美代がこの地を踏んでから七度目の春が訪れた。ちょうど満開を迎えた桜の木々が、新たな門出を祝うかのように街並みを彩っている。

 

 今日は、真央霊術院を卒業した者達が護廷十三隊へと配属される日。彼らの胸には期待と緊張が入り混じり、晴れやかな陽射しに後押しされるかのように隊舎へと赴いたのであった。

 藍染美代もまた、その中の一人として四番隊隊舎へと足を運んでいた。

 

 「藍染美代と申します。鬼道の扱えない未熟者ではありますが、皆さんのお役に立てるよう精一杯努めさせていただきます。よろしくお願いします。」

 

 美代は回道以外の鬼道の使えない落ちこぼれとしてこの六年間を過ごす間に、回道の腕を評価されて何とか四番隊への入隊が決まったのであった。

 一方特待クラスを卒業した兄は、五番隊への入隊が決まっている。

 

 「ようこそ、四番隊へ。貴方を歓迎します。」

 

 四番隊隊長、卯ノ花烈の言葉で朝礼は解散となった。張り詰めていた空気がふっと和らぎ、隊士達はそれぞれの持ち場へと歩みを進める。

 

 「やあ、美代ちゃん。まさか四番隊に来るとはね。」

 

 かけられた声に振り向くと、そこには見知った顔───副官章を身につけた山田清之介がいた。

 

 「山田さん、お久しぶりです。以前は本当にありがとうございました。……副隊長に昇格されたんですね。」

 「なに、大したことはないさ。結局は君が自力で解決できる程度のものだったわけだしね。」

 

 言葉に反して、彼は素直に感心している様子であった。彼の矜持にかけて治し続けるつもりであった魂魄の損傷を自身の回道(ゴリ押し)で解決してしまったことは、彼の予想外のことであったようだ。

 

 「君のやっていることは、内側からの圧力でヒビの入った器を外側からの力で無理矢理押さえ込んでるようなものだ。何かの拍子で力のバランスが崩れれば壊れてしまうだろう。霊力の扱いには注意した方がいい。」

 「は、はい。」

 

 かかりつけ医であり、これから上司にもなる人の言葉に素直に頷く。──その時、慌ただしい足音が隊舎に響いた。

 

 「卯ノ花隊長、失礼します!」

 

 恐らく他の隊の者であろう。その佇まいには、四番隊の隊士とは異なる、鋭さと荒々しさが滲んでいる。彼は肩は上下させながら、焦燥に駆られた声色で告げた。

 

 「現世で滅却師(クインシー)の襲撃に遭い、三名が重症です!」

 

 

 

**********

 

 

 

 

 「藍染惣右介と申します。若輩者ではございますが、一日も早く皆さんのお力になれるよう頑張ります。どうぞご指導ご鞭撻をよろしくお願いします。」

 

 黒縁の眼鏡をかけた、柔和な雰囲気の青年が大勢の隊員の前で就任の挨拶をしている。彼からは特別緊張は見られず、終始落ち着い佇まいであった。

 ───あの眼鏡やな、京楽隊長の言うてたのは。

 そんな彼の様子を眺めながら五番隊隊長──平子真子は、京楽春水に頼まれたことを思い出す。

 

 「いやあ、なんか彼、綱彌代時灘っていう四大貴族とちょっとした縁があるみたいでさ。念の為、彼のことをちょっと見ておいてくれないかい?」

 

 その綱彌代時灘という男がどんな人間なのかを平子は知らない。だが、京楽のそう言った予感めいたものを決して侮るべきではないということを、これまでの付き合いの中で理解していた。結局は断る理由がないこともあり、渋々ながらもその話を引き受けたのであった。

 

 新人の紹介という年に一度のイベントを終えた朝礼はこれでお開きとなり、隊士たちはそれぞれ今日の業務へと取り掛かる。そんな中、平子は新人へと声をかけた。

 

 「惣右介、ほな行くで。」

 「えっと……どちらにでしょうか?」

 

 戸惑った顔を向ける新人が当たり前の疑問を口にする。一から説明するのは面倒なので、取り敢えず簡単に事情を話した。

 

 「現世や。ウチの隊のモンが(ホロウ)討伐中に滅却師(クインシー)に襲われてん。」

 「新人の僕が、隊長とですか?」

 「洗礼っちゅうヤツや。ええからついてきぃ。」

 

 異を唱える隙を与えぬよう、少々強引に新人を隊舎から連れ出す。戸惑う新人とは対照的に、残された隊士達からの視線はどこか暖かい。平子は時折、こうして気まぐれに隊士を自身の任務へと連れ回すのだった。

 ───まあ、まずはどないなもんか見たるわ。

 新人が付いてきているのを確認して、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 十九世紀。

 それは大西洋の島国で起こった技術革新により、社会構造の大きな変革が世界中で生じた時代である。日本と呼ばれるこの国においてもそれは例外ではない。やがて訪れる外国船の来航をきっかけに、これからその渦中に巻き込まれていくことになる。

 

 「ここは……。」

 

 藍染惣右介の目前には、港町が広がっていた。大通りを大勢の人々が行き交う。談笑する者、先を急ぐ者、売り声を発する商人(あきんど)に、飴をねだる子供。尸魂界(ソウル・ソサエティ)の住人にはない、生者特有の活気と喧騒で町は溢れていた。

 

 「何や、現世なんて霊術院の実習で来たことあるやろ。……あぁ、海見るんが初めてちゅうことか。」

 

 季節はもう春だが、海から吹く風はまだ冷たい。潮風が平子の長髪を撫でると、彼は少し肌寒そうに肩をすくめた。

 

 「死神が滅却師(クインシー)に襲われたというのは、どういうことなのでしょうか?」

 

 隊舎で平子が話していたことについて詳しく尋ねる。

 

 「滅却師(クインシー)に滅却された(ホロウ)は魂魄ごと消滅してもうて、それで三界の均衡が崩れてまうことは霊術院で習ったやろ?」

 

 頷き、続きを促す。

 滅却師(クインシー)のことについては綱彌代家にある資料も含めて把握していた。

 

 「この滅却行為をやめるようお上が掛け合ったらしいんやが、拒否されたらしいわ。それ以来死神と滅却師(クインシー)はバチバチの関係ちゅうわけや。」

 

 ───死神と滅却師(クインシー)が対立したとしても、滅却師(クインシー)に死神を襲う理由は無いはず。

 平子の発言に違和感を覚える。だがここで追及しても答えは得られないと判断して、これからのことを尋ねた。

 

 「それで、これからどうなさるのですか?」

 「何、ここら辺で待っとったらじきに───」

 

 ───右斜め後方。

 何かが飛来する気配を察知する中、反射的に反応しようとする身体を律し、気付かぬ振りをした。

 飛来するものが残り三尺ほどまでに迫った刹那、平子が動き出す。瞬歩で脇をすり抜けるのをやはり目で追わないように視線を固定しつつ、気配で彼の動きを追った。何かが斬魄刀によって弾かれる甲高い音を聞いてから、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

 「───向こうさんからやって来るやろってな。」

 

 平子の視線の先には、恐らく滅却師(クインシー)のものであろう、二つの霊圧があった。

 

 「ほないくで、惣右介!」

 

 駆け出した平子の後に続く。霊圧の居所は街外れの山中にある寺院のようである。二人の人影が神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を構えるも、矢が放たれるより先に平子が鬼道を放った。

 

 「─────縛道の六十三、『鎖状鎖縛』!!!」

 

 平子の手から放たれた鎖が対象を絡めとらんと襲いかかる。鎖は二人の内一人を捕縛したが、もう一人は飛廉脚で平子の背後に周り、神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を放った。

 

 「─────縛道の三十、『嘴突三閃』」

 

 神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)が放たれた瞬間を狙って嘴形の霊圧を放ち、対象を磔にする。矢を回避した平子が振り向いて言った。

 

 「ナイスフォローや、惣右介。」

 「ありがとうございます。」

 

 捕縛された滅却師(クインシー)を改めて見る。彼等の目には、はっきりとした憎悪が宿っていた。だがそれは、(ホロウ)を死神に横取りされた程度ではおよそ抱くことのない感情のはずである。

 ───彼らは一体、何に対して怒っている?

 

 「実はな、この間、お上から指示があってん。敵対した滅却師(クインシー)は、全員始末しろってな。せやけど、正直、俺にはその必要性がようわからんのや。………惣右介、オマエはどう思う?」

 

 ───やはり、隊長格にも詳しいことは知らされてはいないのか。

 平子の語った内容からは謀略の気配を感じた。その上からの指示とやらについて詳しく尋ねようと口を開いたその時──寺の中から声が響く。

 

 「あ、あの……その人達を、解放してくれませんか………。」

 

 現れたのは目鼻立ちのはっきりとした顔立ちに、ブロンドの髪を持つ青年であった。この時代の日本には珍しい、混血児のようである。整った顔立ちにとは裏腹に、ひどい猫背をしており、目の下には濃い隈が目立つ。どこか暗い雰囲気のある青年であった。

 

 「なんやにいちゃん、コイツらの仲間なんか?悪いけど、それはできへんねや。」

 

 青年はおどおどするのを通り越して、申し訳なさそうな顔で話しかけてくる。

 

 「ど、どうしても、ですか?」

 「どうしてもや。……なんや、調子狂うで。」

 「ご、ごめんなさい……なら、ボクは───」

 

 突如、青年の霊圧が膨れ上がる。

 

 「なっ!……惣右介、下がっとれ!」

 

 「───ボクは、死神(貴方達)を、殺さないと………。」

 

 

 

 

 

 青年が腰に差した棒、恐らく霊子兵装だろう──を手に立ち上がる。目線は平子ではないどこかを見つめており、何かをぶつぶつと唱えていた。

先程のおとなしそうな様子とは打って変わった異様な雰囲気をじっと観察しながら、平子は軽い口調で言葉を投げかけてみた。

 

 「にいちゃん、さっきとは随分雰囲気がちゃうなあ。」

 

 平子の発言を無視して青年はぬらりと構える。棒の先に細い霊子の刃が灯った。

 ───なんやそのへんてこな刀は。

 見た事のない武器だった。その細い刀身ではとても斬魄刀を受けられそうにない。だが油断はせずに最大限相手の動きを警戒する。突如、悪寒を感じて身体を捻ると、胸のあった位置を一陣の風が脇を突き抜けた。衝撃で彼の長髪が舞う。青年が一本踏み込むと同時に刃を前へ突き出していた。

 

 ───斬るためやなくて、突くための刀か。

 それは海の向こうから渡来した、レイピアと呼ばれる刺突剣を参考に作られた霊子兵装であった。

 後ろに大きく飛んで一旦距離をとる。

 ───始開しようにも、斬魄刀を回しとる間に刺されてまうやろなあ。ホンマ、使いづらいわ。

 相変わらず使い勝手の悪い自身の斬魄刀に心の中で悪態をつく。先手を取られると能力を使えないことが彼の始開の弱点の一つであった。

 

 青年が腰を深く沈めて肘を引く。───次の瞬間放たれた矢のように鋭い一撃を深く集中して見極め、突き出された刃の軌道に斬魄刀を添えて力の方向を逸らした。刃と刃が擦れ合い、火花が散る。

 距離が詰まったことで青年の呟きがはっきりと耳に届いた。「人は神の前に正しくありえようか。人はその───」感情の伴わない、平坦な声。淡々と紡がれる言葉はどうやら聖書の一節のようであった。

 

 空いた腹部に手を添えて白伏を放つも、手応えがない。青年の身体には霊子の回路──静血装(ブルート・ヴェーネ)が浮かび上がっていた。

 

 ───素早い刺突に身のこなし、オマケに守りも固いっちゅうわけや。こりゃ殺す気(本気)でやらへんとこっちが怪我しかねへんなあ。

 

 「!!」

 覚悟を決めたその瞬間、わずかではあるが青年に隙ができる。その不意を突いて斬魄刀を切り返した。すんでのところで後ろに飛んだらしく、傷は浅いようであった。青年が平子の背後見て目を見開く。

 敵から目を離すことに抵抗があったが、青年が動く気配がないのと背後にいるであろう新人のことが気になったので後ろを振り向く。

 

 振り向いた先では藍染惣右介が捕らえた滅却師(クインシー)を切り捨てたところであった。

 

 

 

 

 

 

 藍染惣右介は平子と青年の闘いを離れたところから見守っていた。

 

 鎖状鎖縛に捉えられている滅却師(クインシー)は恐らく捕えられる寸前に何か細工を施したのだろう。抜け出す機を伺っていることには気が付いていたが、あえて何もせずそのまま隙を晒しておいた。

 

 一体どうするつもりかと様子を窺っていると、ちょうど平子が青年の刃を弾いた瞬間に滅却師(クインシー)が鎖から抜け出し、神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)でもう一人の拘束を破壊した。

 そのまま一人が背後から襲ってきたので、平子の意識が青年の方へ向いているのを確認してから瞬歩で攻撃を躱し、すれ違いざまに斬り殺した。

 

 その刹那二人の闘いが中断し、平子がこちらを振り向く。拘束から逃れたもう一人が青年の側に駆けつけた。

 

 「ヨブ殿!ここは一先ず引きましょう!」

 

 平子はこのまま逃しても良いか逡巡しているようであったが、やがて構えを解いた。見逃すことにしたようである。

 

「ボ、ボクは……ボクは………。」

 

 ヨブと呼ばれた青年が倒れ伏す滅却師(クインシー)を見つめながらつぶやく。闘いの前の再び陰気な雰囲気に戻っていた。やがて顔を上げ、言い放つ。

 

 「し、死神の皆さん……五の島で、待っています。………そこで、全ての決着をつける、みたいです………。」

 「なんや、決着って。」

 「それと………。」

 

 平子を無視して青年はこちらをじっと見つめる。その瞳には仄暗い感情が灯っていた。

 

 「………あなたのことは、忘れません。」

 

 そう言い残して、滅却師(クインシー)達は去っていった。その先を見つめていた平子はやがて切り捨てられた遺体へと視線を移して、心配するような声色で声をかけた。

 

 「惣右介、大丈夫やったか?」

 「はい。」

 

 地に伏せる滅却師(クインシー)を見る。憎悪の瞳をこちらに向けたまま、事切れていた。平子の意識を逸らすためにもさりげなく口を開く。

 

 「平子隊長。」

 「何や?」

 「隊長のおっしゃってた新人への洗礼って、いつもこんな感じなのでしょうか?」

 

 平子は少しバツの悪そうな顔をして、頭を掻きながら答えた。

 

 「なに、今日のは特別大サービスや。」

 

 こうなることは彼にも予想外だったのだろう。続けて悪態をつくかのように軽口を叩く。

 

 「にしても、アイツは一体なんだったんや。神様がどうのって言っておったで。────あの世(ソウル・ソサエティ)には神様なんて、おらへんのになあ。」

 

 

 

**********

 

 

 

 ───息、が、でき、な

 肺ごと胸を切り裂かれていた。喉奥から血が迫り上がってきて、口からゴポッと溢れ出す。痛みよりも、呼吸できないことがとにかく苦しかった。このまま血の海で溺れて死ぬのか。───苦しみでパニックにになりそうな中、憎しみだけが理性を繋ぎ止めていた。

 

 まるで道端の石ころを見るような冷めた目つきで自分を見下ろしている、自分を殺した死神へ憎悪の視線を送る。何が死神(バランサー)だ、人殺しどもめ。

 

 やがて感覚が薄れていくのを感じる。死が近づいてきていた。

音が消える、視界が消える、匂いが消える、感覚が消える、痛みが、苦しみが消え───────不意に五感の全てを鮮明に取り戻す。

 

 「ヒュッ…ハァッ…ハァッ…ハァッ…!」

 

 胸いっぱいに空気を吸い込む。苦しくない。息が、できる、息ができる……!

 

 ───俺は、一体……。

 呼吸が落ち着いてから、冷静に考える。

 死んだ筈だった。死んだら霊になることも知っていた。だが、想像していたよりも意識も感覚もはっきりとしている。死んだという実感が欠如していた。

 

 だが道ゆく人に聞いてみたところ、ここはやはり死後の世界で、自分は死んだらしい。

 気持ちの整理がつかないまま、取り敢えず歩くことにした。歩いていれば何かわかることもあるだろう。

 暫く歩いていると、遠くに綺麗な街並みが見えた。だがどうやら住民の出入りはないようである。あそこへ行く手段があるのかを道行く人へ尋ねようとした、その時───

 

 「みーつけた。」

 

 突如、人影が目の前に割って入る。死覇装の黒が視界を埋めた。

 

 「……死神!?」 

 

 自分を殺した死神と瓜二つの女死神が、そこにいた。胸の奥から抑えきれない憎悪が湧き起こる。命を奪っておきながら、今度は何を奪うつもりなのか。もう、自分のことはもう放っておいてくれ。

 

 感情のままに怒りをぶつけようと、その顔を真正面から見た瞬間──湧き上がっていた憎悪が瞬く間に恐怖に塗りつぶされていった。

 自分を殺したアイツと同じ、取るに足らない物を見るような、冷めた目つき。なのに、その唇にはどこか親しみを感じさせる笑みが浮かんでいる。その温度差が、ぞっとするほど恐ろしかった。

 

 逃げなければ───そう咄嗟に思う。だか、足は地面に縫い付けられたかのように動かない。そんなこちらの様子を知ってか知らずか、女死神は朗らかなでありながら、どこか圧を感じさせる声色で話しかける。

 

 「初めまして、 滅却師(クインシー)さん。現世では兄がお世話になりました。………少し、お話を聞いても?」

 

 

 





原作200年前の滅却師殲滅戦編、はじまります。

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