キャット!キャッツ!ケット・シー!!   作:秋野 球磨

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一応言っておきますが、このお話はフィクションです。実際に諸々とは一切関係がありません。
ではどうぞ


人間の街

 クロックとマックスの2匹は歩いて山を降りていく。これまでかなり走ってきたため、疲れたのだろう。

 まだ1日の半分も経ってないのに本当に疲れた...。いつもはこの倍、走り回っても疲れないのに。

 

 新しい挑戦は疲れる。思い返せばいつもそうだったが、今日は特に疲れている。

 理由はわかっている。いろんな事を考えているからだ。家族の事、人間の事、猫の事、生きる事...。頭の中をくるくる回って終わらない。

 いけない。もっと気を強く持たないと。まだ人間にも会っていないのだから。

 

「父さん...。ちょっと元気ない?」

 

「ん。いや、そんな事は...。と言っても説得力などないか...。」

 

「...大丈夫...?」

 

「いや、少し、考えてしまってな...。もし俺が人間ならもっと幸せに生きれたのかも、と...。考えても仕方のない事であるのは理解しているが、何故だろうな...。頭が混乱しているのかもしれない。」

 

 朝の森は少し静かだ。いつもは騒がしい鳥たちの声も今日はあまり聞こえない。おかげで普段なら考えないような事を考えてしまう。

 

「...僕は父さんの息子で良かったよ。」

 

「...そうか。ありがとう。俺も、マックスが息子である事に誇りを持っている...。」

 

 マックスの言葉に少しばかり心が軽くなる。だが、考えがまとまる事はない。

 

「大丈夫だ。お父さんは強い。マックスも知っているだろう。お父さんは誰よりも狩りが得意なんだ。」

 

 猫の中では、だが...。

 言葉には出さず、心に留めるその言葉は、やはり自分がまだ悩み続けている事を如実に表しているのだろう。

 

 2匹は各々の気持ちを抱えながらも足並み揃えて、人間の街へ向かっていく。

 もしかしたら人間に会えばこの気持ちも少しは変わるのだろうか。クロックは「早く会いたい。」という気持ちと「会いたくない。」という気持ちがごちゃ混ぜになって、一度頭を振るった。

 

「あ。あれ人間の道じゃない?ユーリンが言ってたよね。あれに沿っていけば人間の街に一直線にいけるって。」

 

「ああ。そうだな。だが油断せず、『くるま』には気を付けて行こう。」

 

 ユーリンからは別れ際、いくつかのアドバイスを貰っていた。人間の道に沿っていけばいずれ人間の街に着く、というのはそのアドバイスの一つだ。

 2匹はアドバイスに従って、人間の道に沿いながら、とことこ歩いていく。

 

「マックス。わかっているな?最初の目的は 『おもち』だ。『おもち』を探すぞ。」

 

「うん。わかってる。真っ白で、もちもちな『おもち』だよね?」

 

 

 「おもち」。2匹が探している猫の名前である。なぜ彼らがその「おもち」を探しているのかを説明するには話を少し前に戻さなくてはならないが、結論から言えばこれもユーリンからのアドバイスの1つだ。

 ユーリン曰く。

 

『人間の街には行っちゃいけない場所、接触しちゃいけない人間、食べちゃいけないものなんかがたくさんあるの。初見じゃまず見分けられない最初にして最大の鬼門よ。』

 

『む。どうすれば見分けられる?』

 

『見分けるのは不可能だから知っている猫に聞きなさい。人間の街の東側の区画。まずはそこに向かって。彼がいるわ。』

 

『彼?』

 

『ええ。真っ白でもちもちな「おもち」。そして彼が率いる野良猫部隊。彼らに協力してもらいなさい。あなたたちの境遇を説明すればきっと力になってくれるわ。』

 

『ふむ。わかった。』

 

『ありがとう!ユーリン!』

 

『ふふ。いいのよ。...あ。あと、彼に会うまでは不用意に人間に接触しない方がいいわよ。何があるかわからないもの。』

 

 ...とのこと。そのためこれからの2匹の方針は人間をできる限り避けながら「おもち」に会い、協力を取り付ける。その後のことは「おもち」次第だが、それについて考えるのは会ってからという事にしている。

 

 クロックとマックスが会話しながら歩いていると、聞き覚えのある音が聞こえてきた。

 

 ぶうぅううぅううん...。

 

「あ。また『くるま』だ。でもさっきよりだいぶ遅いね。あれ?止まった?」

 

「む!あれは...まさか!マックス!そこの茂みに隠れるぞ!」

 

「え!?う、うん!」

 

 しばらく待つと、道の端に停止した「くるま」からから、何かが2つ、出てきた。

 それは真っ白で大きい、不思議な生き物だった。2匹は同時に直感する。あれが、あれこそが、人間である事を。

 

「あ、あれが人間か...。あんなに真っ白だとは...。それに表情もない。何だか恐ろしいな...。」

 

「2匹いるね。何か持ってるみたい。とりあえず隠れて様子を見よう。」

 

 内容はわからないが 、2人の人間はどうやら何か話しているようだ。彼らは会話しながら、隠れているクロックとマックスを追い抜いて山の方を入っていく。

 

『全く、何でこんなところまで来なくちゃいけねぇんだ。はあ。』

 

『まあ、しょうがないっすよ。上からの命令なんで。』

 

『この保護服もあちいしよ。...これ、脱いじゃだめかな?』

 

『だめっす。相手は猫とはいえ引っかかれたら痛いじゃないっすか。あと、制服みたいな意味もあるらしいっすよ。これを着てるからこの団体だってわかるように。ほら、ロゴもあるでしょ?』

 

『...まあ、そうだよなぁ...。言ってみただけだよ、マジで。』

 

 2人の人間はそのまま山の奥へ消えて行った。どうやらクロックとマックスには気付かなかったようだ。

 2匹の猫はしばらく隠れて息を潜め、気配が無くなってから2匹並んで茂みから顔を出す。

 

 まずは左を確認。

 

「...行ったか?」

 

「...うん。」

 

 次は右。

 

「...他にはいるか?」

 

「...ううん。」

 

 きちんと左右を確認してからいない事を確かめた2匹は茂みから抜け出し息を吐く。

 

「ふう。危なかったな。見つかるところだった。」

 

「まあ、僕は少し勿体無い気もしたけど...。」

 

「マックス。ユーリンも言ってただろう。今はまだ早い。まずは『おもち』だ。」

 

「わ、わかってるよ...。でもあの白い人間、一体何しに山へ入ったんだろ...。」

 

「さあな。今はどうでもいいさ。」

 

 2匹は再び前を向き、街までの道のりを辿っていく。 

 

---------------------

 

 徐々に人の通りが多くなってきた。それと同時に2匹の見る景色にも変化があった。

 

「わあ...!さっきの凸凹の景色は近づくとこんなふうに見えるんだ...。さっきはあんなに小さかったのに、なんて大きいんだろう...!」

 

「あの人間...。白くない...?人間にもいろんな種類がいるのか...?」

 

「すごい...!大きい建物だ...!きっと人間の家だよ、父さん!」

 

「む。そうだなマックス。だが、そっちは人間や『くるま』が多くて危ない。ここからこの家に登って、上から行こう。」

 

「うん!」

 

 人間の街の入り口に入ったためか、人通りは増え、大きな家も点在するようになる。また、さらに道を辿るともっと大きな建物も確認することができた。

 このまま道を辿ることもできるが、そうすると人間との接触は必至。急ぐものでもないためか、クロックとマックスは換気扇の室外機や、塀を駆使して家の屋根に登る。

 

 屋根からの光景もまたマックスの心を踊らせた。どこを見てもきらきらしている。山じゃ絶対見ることができない光景だ。マックスにとってはこの、新しい光景が何よりも大事だった。

 一方クロック、屋根に登ったのは安全のためというのもあるが、太陽の方向を確認するためでもあった。クロックは上を見上げながら東を目指して歩き出す。

 

 突然、マックスが何か思いついたように、にっと笑って言った。

 

「あっ!そうだ!...父さん!追いかけっこしよう!」

 

「む。マックス...。遊びじゃないんだぞ?」

 

 クロックは足を止め、振り返って呆れたように言う。

 

「わかってる。...でも、目的は明らかだし、人間と会えないなら暇だよ!父さんもそうでしょ?どっちかが『おもち』を見つけた時、鬼だった方が負けって事にすればいい!」

 

「うーむ...。いやでも初めて来る場所だし...。慎重になった方が...。」

 

「猫の王様はイタズラ好き!いつでもどこでも気ままに楽しむんだろ?目的は忘れてないって!ちゃんと探すからさ!」

 

「いや、正直そんな気分じゃないというか...。」

 

「いいから!じゃあ父さんが先鬼ね!」

 

「ちょっ...!マックス!待つんだ!」

 

 その言葉を合図にマックスは走り出した。屋根を飛び越え、塀に降りて、また登る。するすると障害などないように進んでいく。

 クロックは慌てて後に続くがどうにも気が乗らないらしい。ただ、マックスを1匹にしておけない、と必死に追いかけている。

 

 マックスが突然こんな事を言い出したのには理由があった。クロックのためだ。

 さっきから父さん、落ち込んでるみたいだし、何か難しく考えているみたい。と、マックスは考える。

 父さんはいろんな事を知っているが故に、いろんな立場でいろんな事を考えるのが癖になっているだ。

 昔のことだけど、一度、狩ったネズミのことを考えて涙を流したことがあった。あの時は脈絡なく泣くものだから母さんもエミリーも随分騒がしくなったものだ。ある程度は割り切っているようだが、考えがまとまるまではおかしな行動をとることもある。そんな時は決まって僕やエミリーがイタズラをするんだ。なぜだかわからないが、父さんはいつもそんな事で元気になった。

 いつもならくすぐったり、おやつを勝手に食べたり、乗っかったり、揶揄ったりして、最後に笑い飛ばす。けど、今は大事なミッションの途中。イタズラも真剣にやらないと。マックスはそう思っている。あと、最近父さん付き合い悪いし。

 マックスは1つ先の家の屋根で走りながら尻尾を揺らしている。

 

「あっはは!ほーらほーら、捕まえてみてよ!狩りが得意なんでしょ?」

 

「っ!マックス。お前がこんな状況で、追いかけっこするからと突然走り出した事は後でみっちり叱る。...だが、まずは、父の威厳と実力を見せねばな...!」

 

 狩りの腕前は昨日みっちり見せたつもりだったがどうやら足りなかったらしい。クロックは一度身を低くし、体をバネのように縮めて一言。

 

「いくぞ...!」

 

 それとほぼ同時に爆発的な加速をしながら向かいの屋根を走るマックスを見据える。

 そしてそのままジャンプ!見事に向かいの屋根に飛び移った。

 渾身のドヤ顔を見せつけながら、そのまま追い縋ろうとさらに加速する...。

 

「あ。」

 

 と同時にマックスが急停止した。

 

「え?」

 

 猫は急には止まれない。屋根の上なのでバランスも悪く、避けられない。クロックとマックスが衝突するのは必然だった。

 

「ぶっ!」

 

「ぐえっ!...ちょっ、何すんのさ!」

 

「いたたた...。こんな不安定なところで急に止まるからだろうが...。...何かあったのか?」

 

「あ、そうだった。...父さん、あれ見える?」

 

 そう言いながらマックスは一方を指した。

 

「む。...あれは...。」

 

 2匹の猫はマックスが出した方向を揃って眺める。そこには、山に向かった白人間と同じ見た目の人間が1人。その白い人間の目の前には猫が1匹いることがわかった。

 その猫はエミリーのような白い猫で、目の前の白い人間を全く警戒していないように見える。

 

「山に向かった白人間と同じやつか?見た目だけ同じなのか?いずれにしても不気味だな...。」

 

「うん...。でも何してるんだろう?ああ、もしかして餌でももらえるのかな?」

 

「ちょっと様子を見てみるか...。」

 

 白色の猫が目の前の白人間に何か言っているのが聞こえる。

 

「ふふ。くるしゅうないわ。さあ、早くこの私にご飯を恵みなさいな。」

 

 どうやら白い猫はメスのようで、高慢な性格をしているようだ。

 一方で、対する人間も何か言っている。

 

 『はいはい。にゃーにゃー言っちゃってー。もうすぐ安全なところに連れて行ってあげるからねー。』

 

 こちらは何を言っているのかはわからないが、持っている箱に前足を伸ばしながら、白い猫の前にしゃがんでいる様子から本当に餌でも恵むのか、とクロックが思った瞬間だった。

 

 ガチャン。

 

『はい。保護完了、っと。』

 

 は?




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幕間

「やっと綺麗になったー!」

 エミリーは達成感から大きな声で叫んだ。
 家の掃除はそこまで重労働ではないが、エミリーは苦手で、あまりやってこなかったからか、かなり時間が掛かってしまった。
 だが、これでもうお掃除の悪魔から解放されたのだー!エミリーがそう思った瞬間の事だった。

「あら。まだそこ汚いじゃない。まだ終わってないわよ?」

「え?」

 それはマックスとエミリーの遊び道具で、汚いものどころか、断じていらないものではない。

「これは、まだ使うものだから...。」

「ふーん...?あれも?」

 次にスカーレットが指したものはエミリーが取ってきた2、3本の草だった。それも使うものだ。間違いなくゴミではない。

「あれは、次のイタズラに使うの...。」

「じゃあ、これは?」

 さらにスカーレットが指したところにはいくつかの石が転がっている。それも大事なものだ。この前初めて狩りに連れて行ってもらった時の記念である。決して無駄なものではない。

「それは、大事なものだからゴミじゃないよ...?」

「ふーん...?」

 エミリーはスカーレットの顔を伺うように上目で見つめている。
 スカーレットは一度大きくため息を吐いてから言った。

「捨てよ?」

「!!」

 それはエミリーにとってあり得ない選択だった。咄嗟に身を低くし構える。

「ダメダメダメダメダメ!」

「いやー。こっちから見たらゴミにしか見えないわよ?それ。」

「ゴミじゃないもん!無駄じゃないし!だから捨てないのー!」

「でもねえ...?」

 どうすれば捨てられずに済むのか。エミリーは考える。...ただ、考えてもわからなかったのでとりあえずシャーッ!と威嚇した。

「百歩譲って使うものならいいのよ。でもその石ころとか外にいくらでも転がってるじゃないの。記念品...みたいな?正直、何の役にも立ちゃしないわよ。」

 飄々と言ってのけるスカーレットにエミリーは目を鋭くさせる。

「...そんなこと言って、わたし知ってるんだよ?昔ママがパパに貰ったネズミの骨の一部、今でも大事に持ってること。」

「!!?な、何でそれを...?」

「時々川で洗ってるもんねー。」

「そ、それは...。ほら...。」

「それにわたしとにいちゃんの子供の頃の毛、集めてたのも知ってるよ。にいちゃんは『勝手にさせとけ。色々あるんだ、親には』とか言ってたけど、わたしとにいちゃんの抜け毛なんて今日だって捨ててたじゃん。」

「いや...。子供の頃のとはまた違うというか...。クロックから貰ったネズミもだけど、見てたら当時の事を思い出すっていうか。...その、記念、と、いうか...。」

 エミリーはじとっとスカーレットを睨む。記念?さっき役に立たないって言ってなかったっけ?とでも言いたげな目だ。
 スカーレットはその言外の主張にたじろいで、1歩後ろに下がった。

「...。」

「...。」

「...申し訳ありませんでした...。」

「...よろしいー!にししし!」

 一瞬の沈黙の後の敗北宣言だった。

 ほんと、子供の成長は早いわね。楽しそうに笑うエミリーを見て、スカーレットはしみじみと思う。
 マックスもエミリーも立派に成長してくれている。その事が嬉しい反面、寂しくもある。親の心は複雑だ。少し前まではあんなに小さかったというのに。
 
 最近は月日が経つのはずいぶん早い気がする。私も歳を取ったという事かしらね...。スカーレットは目を細めて微笑んだ。

 いつか自分が死んだ時、未来を生きる私たちの子供は何を感じるのだろうか。スカーレットには、一時も立ち止まる事なく未来を生きてほしい気持ちと、しばらく立ちすくんでから少しずつ乗り越えてほしい気持ちが混在している。親の心は複雑だ。

 悲しいこともあるだろう。辛いこともあるだろう。
 だが、それでもどうか、この2匹の旅が幸せなものになりますように。
 スカーレットは声に出さずに強く祈った。

「でも、散らかしていい理由にはならないわよねー?大事なものならちゃんと整理整頓しなさい。気付かない間に捨てても知らないわよ?」

「うぇ!?...あい...。」

 もうしばらくは、私たちが導くから。
 せこせこと忙しなく動き回るエミリーにスカーレットはもう一度ニコッと微笑んだ。

「それが終わったらご飯にしましょうか。」

「うん!」

 数々の大事なものを抱えながら、2匹は楽しそうに笑い合った。

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