小さい頃から東方が好きだった。きっかけはあまり覚えてはいないけど、物心ついた時には既にたくさんの魅力的なキャラたちに惚れていたのは確かだ。しょっちゅう某動画サイトで原作プレイ動画やゆっくり動画を見ていたし、公式コミックも読み漁るくらい大好きだって自覚がきらきらと輝いていたけど。その時の熱量は多分、消耗品でしかなくて、それだけのちっぽけなものだった。
一過性の初恋。言葉で表すならきっとこれがぴったり。未練がましく置いてあるコミック表紙のキャラの目が痛く感じたのは、新作が出ても追えなくなったのは、全て私の熱が冷めてしまったから。
このままだらだらと、好きかどうかもあやふやな気持ちで過ごしていいのか焦りを覚える。昔の私のままが良かったのに。そうだったら、ずっと真っ直ぐな好きのままでいれたのに。今の私は、昔の私の抜け殻でしかない。
"今の私が、東方キャラ達のことを好きでいいのかな"
外にはまだ会社帰りであろう人達の足音や野良猫達の大集会が開かれているけど、自分の部屋にいるのもあって思わず吐いた。いや、どこか懺悔のように告白したかったのかもしれない。
あの頃のような熱意も、好きの濃さもないけれど、東方が好きなのは確かだって言いたい。でもどこかでやっぱり新作に追い付けなくて、段々と東方自体に触れることもなくなった自分はきっと、東方キャラから見たら飽きられたと思われて仕方の無いことをしてるんだって。
それが申し訳なくて辛くて、だから、好きのままでいるよりかは置いていった方がいいんじゃないかって思いを抱えてる。その思いを誰でもない東方キャラにぶつけて、肯定されて、何より慰めてほしい。
はたから見たらとち狂ってると思われてもしょうがない。流石に自覚済みだ。しかし思わずにはいられない。
静寂一色に染まる自室で、一人虚しく吐露をするだけ。それだけなら、許されてほしい。
はたと我に返る。何かがおかしいと。糸がぷつんと切られたような、少しばかりの違和感がしたから。そう、そうだ。何も聞こえない。静かすぎる。ついさっきまでは野良猫の大合唱がしていたし、外は暗いけどまだ人気があったはずだ。今や、自室だけが違う異世界に行ってしまったかのような、不気味な閉塞感が漂うばかり。
嫌な感覚を振り払うように、テレビのリモコンへと手を伸ばす。何かでも人の声や音がすれば、この気持ちも紛れるだろうと電源ボタンを押した。
しかしテレビに期待した音は何も出ずに、虚しくボタンを空押ししただけ。その代わりと言わんばかりに私の視界に入ったのは、今まで何度も画面の中で見てきた、空間の裂け目から覗く不気味な目達だ。
「幻想郷は全てを受け入れるのよ。もちろん、あなたもね」
聞いたことがない綺麗な女性の声を頭に入れた時には、既に目の前に現れた"隙間"に飲み込まれていて。瞬きを数度しただけで、どこかの御屋敷であろう和室に一人ぽつんと座り込んでいた。
暗かったはずの外は真昼な上に、見た事のある格好をした狐のしっぽが9つ生えた女の人と猫耳の女の子が私の前に立っている。
もしや幻覚でも見ているんじゃないかと思って頬を軽く抓ったけど、私の部屋にあるはずがない畳のいい匂いと消えることなくそこに佇む2人が何より現実であるということを証明していた。
頭が追いつけない。数分前までは、私は自分の部屋でテレビを見ようとしていて、いつも通りの日々を送るはずだった。それが、女性の声が聞こえたと思ったらここにいて。子どもみたいに、訳が分からなくなって泣き出してしまいたい。けど、まだほんの気持ちだけある大人としての意識がそれを必死に押し退けた。
まだ目の前にいる2人から目線を逸らして自然と畳へと頭を下げる。喉奥をキュッと締めて出て来たがる嗚咽を留めた。きっともう涙目になっているだろうけど、一応最低限の面目は保ちたかったから。
視界の上に誰かの足がスっと出てくる。黒いパンプス?に赤いリボンが巻きついた綺麗な足。明らかにあの二人では無い足だったから、思わず目線を上へあげて顔を見た。
美しい。ただ美しいとしか言えない。流れる金の髪とどんなモデルであっても叶うことの無い美しさ。何よりも目を引くのは決してカラコンではない紫の瞳だ。この人はきっと人間ではないのだろうと察せられるほどの美幌。
見るだけでもうっとりする。我慢して堪えた涙もこの人の前では消え去るしかできない。
「好きでいていいのか、とあなたは言ったわね。その答えを、他ならぬ私達本人から示させてもらうわ」
呟いた内容を聞かれていたことにまず恥ずかしさを感じたが、答えを示させてもらうとはどういうことなんだろう。いくらうんうん唸ってもどんなことか思いつきもしないから、どんどんと不安に変わって顔が強ばっていく。今だってこの状況についていけずに分からないことだらけなのに、謎が謎を呼び込んでいく。
「安心してください。あなたにどんな危害も害意も加えませんから」
感情が顔にそのまま出ていたのか、しっぽの生えた女の人...恐らく、八雲藍さんが優しい笑みで私にそう言った。こちらもまた絶世の美女であるのだけれど、これから私はどうなってしまうんだろうという恐怖の中では尚更不安が大きくなる。
「最初は...そうねぇ。拗ねるといけないから霊夢の所にしましょうか」
言うが早いか出すのが早いか。ここに来る前に飲み込まれたスキマを瞬時に出して、私に手を差し伸べる。
白い手袋の上からでも分かる。ハントモデル並、それ以上の手をしているんだろう。差し伸べられているにもかかわらず手を出すことを躊躇する。
手を伸ばす勇気が出ない。ただの人である私が、妖怪の賢者と言われる人の手を取っていいの?
「さぁ、行ってらっしゃい。私達の愛しいあなた」
出なかった重い手を、紫さんにリードされた。ふわりと浮かび上がる身体と、気が付いたら優しく背中に回った紫さんの手が妙に温かくて。誘導されたままに足をスキマへと踏み込む。
まだ、怖い気持ちはある。あるけど、私の手を取ってくれた紫さんにすっかり絆されたみたいで。スキマに飲まれる感覚に身を委ねていた。