好きでいていい。そのままのあなたへ   作:ホワイトリリィ

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誠にお久しぶりです。更新までに約1年かかるとは思いもしませんでした。


笑う賢者、睨む巫女

 

スキマを通り抜けた先は少し寂れているような、一歩間違えば廃れてもう誰も管理する人がいなくなったような静かな神社の境内だった。賽銭箱に続く階段を登れば、なんと言うかは分からないけれど鐘を鳴らす紐と、中へと続く障子がある。スキマを通る前に紫さんが言っていたように、ここは博麗神社なのだろう。

 

本当に、私は幻想郷に来たんだ。今立っているこの場所に恋焦がれて、幻想郷を探すスレを覗いて何とか行こうとしていたあの頃を少し思い出した。

 

でも、私以外にもきっと、ここに来たいと願ってしょうがない人は沢山いるはずだ。それなのに、幼い自分が消えた後の残りカスでしかない私がここに。申し訳なさで押しつぶされる。やっぱり、私はもう、好きじゃないんじゃ。

 

「中にいらっしゃい。とっておきのお茶請けがあるの、一緒に食べましょ」

 

いきなり背後から声を掛けられて心臓が体から出ていきそうになった気がする。少なくとも、寿命が10秒縮まった。早く大きく心拍を刻むのをたしなめつつ振り返ると、霊夢さんが私の手を握って横の廊下へと足早に進んでいく。懐かしさを覚えるほど親しみ深い、二次創作で何度も見た廊下だ。高揚しつつも戸惑いながら霊夢さんに手を引かれて歩くと、柔らかな日差しが心地良さそうな縁側に着いていた。

 

霊夢さんは2人分の座布団を縁側へと敷き、私に座るように言ってお茶請けを取りに部屋の奥へと足を運んでいく。大人しく霊夢さんが敷いてくれた座布団に座り、神社の庭を眺めた。日が暖かくて、初めてここに来たのに何故か居心地が良いのもあって眠気を誘う。

 

「気持ちいいでしょ?はい、ここに置いとくから好きに食べてちょうだい」

 

パチンと眠気が爆ぜて、慌てて姿勢を直し横に座った霊夢さんにお礼を言う。霊夢さんはなんともないように、綺麗な背筋でお茶を飲んでいた。今どきこんなに綺麗な姿勢で座る人は滅多にいないな。と思ったけど、考えてみれば我々現代人があまりにも悪すぎるのだ。現に私は意識して直しても猫背気味なのだから。

 

気を取り直して、霊夢さんが持ってきてくれたお茶を一口飲んだ。猫舌な私には熱いけど熱さの分、お茶の匂いが口の中に吹き抜けて身も心も解されていく。猫舌なくせに、あんまりにお茶が美味しいものだから、熱いのを我慢して飲むせいで舌を火傷してしまいそうだ。

 

そして、お茶請けに出された白い饅頭を1つ手に取って口に運ぶ。口元へ運んだ時点で餡子と、先程飲んだお茶との香りが混ざって甘味欲を爆発させられそう。やはり和菓子と緑茶の相性は至高なのだ。塩辛いものと甘いものを交互に食べると最高なように、この2つもまた結果が決まっている。

 

まずは控えめにぱくりと頂いてから、驚いた。滑らかな舌触りで皮も丁寧にすり潰されている豆の甘さ。そこにちょうど良い塩梅に混ざる塩気。饅頭生地もお餅よりずっと柔らかく、噛めば直ぐに切れて当然のことのように美味しい。

 

先程飲んだお茶の香りと混ざり合って、甘いけど甘すぎず、むしろ一口含めばもう止まらなくなる魔性の和菓子となっていた。緩み緩んでいく頬の制御が効かない。しかも中の餡がこし餡の塩饅頭。こし餡派な私にとってこれはもうダメだ。こんなの出されたら表情筋がゆるゆるになってしまうのも無理はないだろう。

 

「どう?って、聞くまでもないか」

 

霊夢さんの声にはっとして、顔を正そうとするけれど。霊夢さんとっておきの塩饅頭の前には何も叶わず、ただ熱くなる頬に耐えるしかなかった。恥ずかしい。食べ物の魔力に勝てる訳ないが、かろうじて欠片程ある乙女心が悲鳴をあげている。

 

横目でちらっと見る。霊夢さんの、少し底意地が悪そうに目を細めて口元をニヤケさせた、けれど優しく見守るような微笑みが。ただの黒髪じゃなくて、日に当たって深い緑さえも感じさせて奥底に混じるような髪が。私の喉を詰まらせる。

 

綺麗な二重とまつ毛。肌だってどこにもシミなんか無くて、そのまま漫画やイラストの中から出てきたみたいに完璧な美貌。だから、劣等感も最早湧いて出てこない。ひたすら圧倒されて見蕩れるしかないのだから。

 

チラッと顔を見ただけでもこれほどドキドキしている。顔が良いどころじゃなくて全てが良い。そうだ。ここに来る前も、あんまり顔を見てなかったとはいえ手だけで美人だと確信した紫さんも霊夢さんと同じくとても綺麗なんだろう。

 

そういえば、確かあの時紫さんは"最初は霊夢の所"と言っていたような気がする。ということは、他の人の所にも行くことは恐らく確定しているんだろう。

だが私は一体どの人の所に、何人巡っていくことになるの?それに私には仕事がある。今は何時だ?外を見る限り夕方も過ぎてもうすぐ夜になるくらいだろうけど、明日も仕事があるのに私はどうしたら。

 

一気に頭が夢から現実へと引き戻される。いや、もう身に馴染んだ社会人としての身体がこちらへ戻ってこいと言うように、仕事のことを考えさせる。

 

明日は人手があまりいないから欠員が出るとかなり厳しい日だったはず。尚更休めるはずがない。熱が多少あっても、やや無理をしても出なきゃいけない。

 

そう、気がついたら。仕事漬けの脳に戻る寸前に、不思議と凛と透き通る声が掛けられる。

 

「辛気臭い顔」

 

私の、とうに塩饅頭を食べ終わったばかりで少し指先がほんのり白く染まる手を右手で掴んでそう言う霊夢さんは。少し不貞腐れたような、心底つまらないと顔で文句を言っていて。

 

まばたき1つ。その間に、唇に何か触れた。それと、ふわと香る柔らかな匂い。そこにお茶のいい匂いも後からついてくる。遅れて追いついた視界の情報と、口への感覚は呆気に取られた私を正気に戻すには十分過ぎるほど衝撃的で、そして正気から混乱へ陥るのにさほど時間はかからなかった。

 

何故。という問いよりも早く、こんな自分に霊夢さんの口付けが落とされているなんて申し訳ない。という答えを叩き出した私の心は、掴まれている右手と霊夢さんの肩を押して引き離そうとした。けれど、霊夢さんの方が早く行動を起こす。

 

より深く口を交わしたところから、舌が侵入してくる。細かなザラつきがあるそれは、上顎を先端で一回り舐めた後に奥に引っ込めた私の舌を探し求めて口の中を優しく、息継ぎを途中で挟みながら地道に侵略されていく。

 

わざとなのか、自然とそうなっているのか分からないけど、口の中で鈍く響くぬちぬちとした水音が頭をぐらぐらと揺らす。

 

呼吸のために一瞬口を離すリップ音も、か細い濡れた声も、ぱちりと目線が合って火花散る感覚も。全てが直接脳に届いて。

 

そうして、互いの唾液が混ざる。混ざるにつれて粘性は高くなり、絡み合いも深くなる。舌同士に収まらず、身体も強く密着していく。しゃらりと揺れる霊夢さんの黒髪は私の身体にかかって揺れ、肩を押そうとして空を描いたはずの私の左手は霊夢さんの背中に回していた。

 

そのままゆっくりと、押し倒されるようにして畳に寝かせられる。口内のまぐわいは止まるところを知らず、荒く艶めいた息は増えるばかり。掴まれた手はもう抵抗する気も起きず、唾液で溺れそうになる喉に空気を求めるべく目の前の身体にしがみつく。初めてだったのに、なんてことは遠く頭の隅へと追いやられて、やがてプチンと消えた。

 

私の手を掴んでいた右手は、這うように私の服へと移動していく。頃合を見計らったように霊夢さんの手が服の間に入り、素肌が空気に触れる。

 

「あら、お熱いことね」

 

突然掛けられた、聞き覚えのある一声で背後を振り返る霊夢さんと、急に離されて息も絶え絶えになりながら私は目線だけを縁側へ向けた。

 

向けた先には、またしても見覚えのあるスキマと特徴的な赤いリボンがついたナイトキャップを被った八雲紫さんが口元を扇子で隠しながら優雅にこちらを見ている。

 

目元は確かに笑っている、ように見える。けれど。なんだか雰囲気が怖いような、怒っているような。そんな風に見えた。

 

「...何よ、紫。見て分からないわけ?」

 

「まぁ怖い」

 

まだ熱く、重く痺れていて上手く頭を回せれない。が、今起きている状況は理解不能だということはわかる。なんだって紫さんと霊夢さんは、まるで私を取り合っているようなやり取りをしているんだ。さっきキスをされたのも、肌に手が触れる寸前に都合良く現れたのも。まるで意味が分からない。

 

舌に残る、霊夢さんの唾液がいつまでもこびり付く。僅かに晒された右の横腹がスースーして、どことなく視線を感じる。その視線の元は。きっと、スキマから。

 

すぐに目線を私から霊夢さんへ移し、スキマから降りて縁側に立つ紫さんは、扇子を閉じてた穏やかな笑みを浮かべて霊夢さんに話しかける。

 

「私が来たことにも気が付かないなんて──らしくないわね」

 

「それとも...そんなにあの子が恋しかった?でも、だからといってそれは境界線超えよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、私を抱いていた霊夢さんが立ち上がり、縁側へと歩き出す。畳を踏む音が大きく聞こえて、空気が変わったかのような錯覚を覚えた。

 

「紫こそらしくないじゃない。覗き見なんて本当に趣味が悪い」

 

そう霊夢さんが紫さんへ言い放った時、私は床から生えてきたスキマに飲み込まれて視界が黒と目玉に覆われる。そして、私の体はスキマから紫さんに抱えられる形で移動させられていた。

 

目をぱちくりさせる私とは違い、紫さんは優しい顔で私の頬に手を添えながら顔を近づけていく。なびく金の美しい髪と、紫の瞳は真っ直ぐに私だけを捉えて離さず、やや空いた唇からは真っ赤な舌が覗いている。

 

親鳥が雛鳥に餌を与えるように、唾液を流し込まれる。口を開けて逃そうにも逃れず、貯まりゆく涎は飲み込むしか呼吸が楽になる道はなかった。

 

こく、こくと喉を鳴らして与えられた唾液を体内に取り込む。紫の目と見つめ合ったまま、視線を逸らせれない。先程のキスの感触が、新しく、そして強烈に上書きされていく。脳内を揺らす音も、体温さえも。

 

丁寧に、少量ずつ。私が飲み込んでからまた送り込まれる。私が出した涎は紫さんが舌で掬いとって。紫さんが流す唾液は私が。その繰り返し。

 

舌と舌の往復が続く。終わりが見えないその行為は、紫さんから離す形で訪れる。

 

「ふふ。ご馳走様」

 

口の端を指先で触れながら微笑む紫さんを見ただけ。それだけで背筋を震わしてしまう怖さを感じたのは、やはり妖怪だからなのだろうか。そして、その妖怪に見られた人間は動くことすらもままならない。でも、動くことが出来ないのは多分、紫さんだけではなくて霊夢さんからの目線と圧が怖いから。正直、霊夢さんから紫さんに向けられてる目線の方が怖くて動けない。

 

「紫。久しぶりに弾幕勝負しましょう。最近体が鈍ってるからついうっかり掠っちゃうかもしれないけど、いいわよね」

 

「珍しいこともあるものね。この子を魔理沙の家に送ってからなら良いわよ」

 

「は?一晩泊めるって話だったでしょうが。何勝手に変更してんのよ」

 

笑う賢者と睨む巫女、間に私。という何とも挟まりたくない間にいたのもつかの間。抱きかかえられていた体勢からゆっくり地面に下ろされるようにあの黒と赤色の目玉の空間に投げ出された。

 

まだ薄く、閉じてないスキマから霊夢さんと紫さんが光の玉を張り合い美しく紙一重のところで避けているのが見える。花火よりも幻想的で、規則的に並び相手を追い詰めるまさしく"弾幕"だ。その弾幕が、画面の中で平面的にしか見れなかった弾幕勝負が今、私の目の前で繰り広げられている。

 

綺麗だ。非の打ち所もなく、心の底からそう思えた。流れる光は一見すると穏やかだが、確実に動きづらくする為に配置されているし。飛び回るお札は大きく広がって閉じ込められるようになっている。二人の避け方も華麗に、かつ動きが最小限だ。弾幕だけでなく、避ける動作ひとつにすら美しさを纏っている。本当に美しい。弾幕の軌道や二人の動きが全部、見るものをうっとりさせる。引かれ合う天体のようにすら見えそうだ。できることならずっと眺めていたい。

 

しかし、そう感じたのは瞬きの間。スキマはすぐに次の場所へと境界を開く。

 

足を地面に着けた途端、スキマはもうとっくに閉じていたけれど。美味しそうなコーンスープの匂いがどこからか漂っている。その匂いは案外近くにあるようで、今立っている場所からすぐ目の前にそびえ立つ家の中からだった。

 

この家が私の次の目的地で良いのかと玄関前でおろおろとしそうになっていると、腹からグゥと元気な空腹の訴えが出てきた。塩まんじゅうを食べたのにもう消化したのか、なんて我ながら呑気なことを考えると、ドアを開いてこちらを見つめる魔女と目が合う。

 

「よっ、待ってたぜ。普通の魔法使いが作るご飯に興味は無いか?」

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