「別れよう」と上位存在の彼女に言うだけの短編集   作:やゆゆゆゆ

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天使

「別れよう」と薫に告げたのは二人で歩く帰り道のことだった。

 

隣を見るとこの世の者とは思えない端正な顔つき。まだ魔界と人界が繋がる前だったらどれほどもてはやされていたことだろう。唯一僕らと異なるのは背中に生えた羽と額に描かれた十字の紋章。畳まれた白い翼は太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。

 

僕はガラスに映った自分の全身を横目に見る。背の低い格好にお世辞にもかっこよいとは呼べない面、彼女の横に並んだら醜さが一層際立つ。

 

「僕ら、一緒にはいれない。釣り合わないよ」

 

そう言い訳する僕の脳内には夕日に照らされる薫と、彼女と仲良く話すバスケ部の斎藤先輩の姿が蘇った。学校で一番の美人と学校で一番人気の男子、二人が並んで話す様子は如何にもお誂え向きという感じであの時、声を掛けようとした僕は咄嗟に物陰に隠れた。

 

背の高い彼を上目遣いで見つめる薫、二人はまるで物語の中の幸せなカップルだった。

 

「わ、わけわかんないよ。どういうこと?エイプリルフールにはまだ全然遠いし、冗談でもあんまり面白くないなぁ・・・えへへ、ど、ドッキリってこと?」

 

「ドッキリじゃない、本気だ。本気で言ってる」

 

「本気で、薫と別れたいと言っている」

 

僕はまっすぐに彼女の目を見つめた。透き通るほど美しい金髪に隠れた、青い瞳。

 

「わかんない・・・わかんないよ。私・・・私、なんかしちゃった?壮ちゃんが気に入らないことしちゃったかな?」

 

「壮ちゃんが気に入らないっていうなら何でも直すよ。宿題も、ご飯も、、エッチなことも・・・なんでもする、なんでもするよ!」

 

「壮ちゃんのためならなんだって出来るから、だから・・・」

 

薫は縋るように僕の腕に抱き着いた。翼が二人を覆うように広がり、きらきらと羽が宙を舞う。美しい造形、宝石のような涙、琴のような透き通る声。

 

全部が全部、何もかも僕とは違う。違和感があり過ぎるほどに、違っているのだ。

 

「理由を教えて」と泣きつく薫に、しかし僕は当り障りのない、嘘っぱちのありきたりな言い訳ばかりを口にした。本音は、あの夕焼けの中で思った汚い本音は、間違っても口には出来ない。それは最後に残った僕の矜持、彼女と幼いころから付き合ってきた僕の我が儘だった。

 

薫の切実な言葉は続いた。

 

「私、壮ちゃんと別れるなんてことになったら死んじゃう。この世に生きる価値なんてないもの」

 

「壮ちゃんのためにこれからの人生全部捧げる。だから、別れないでください」

 

「お金だってなんだってなんだってあげる。望むならどんなものだって用意するから・・・」

 

「壮ちゃんが他の女の子と付き合うなんてことになったら、私、その子にどんなことするか分かんない」

 

「他のどんなものよりも、世界の全部よりも。何よりも、大切なの!」

 

「別れたら、私・・・死んじゃうかもしれない」

 

「お願いします・・・お願いします・・・」

 

泣き叫ぶ薫のセリフの全てに「いいえ」を返す。小一時間ほど続いた独白の全てが心に突き刺さって、つい「別れるなんて嘘だよ」と笑いかけたくなる気持ちが何度も起こった。

 

唇を噛む。

 

ダメだ、ここで引き返したら決してダメなのだ。もうずいぶんと悩んだ。悩んで悩んで、悩んで悩んで悩んで・・・そうして導き出した薫にとっての最適な未来がこれなのだ。

 

僕はぎゅうと抱き着き続ける彼女の指を一本一本外していって、もう一度、じっと彼女の瞳を見つめた。

 

「別れよう、もう、僕たちの関係はおしまいなんだ」

 

呟くように、しかし、はっきりとそう言えば彼女はもう何も言わなくなって、ただぼうっと立つのみになった。

 

僕は彼女を家まで送って行って(そうはいっても彼女の家は隣だから送っていくもないけれど)、これで最後だと力強く抱きしめた。華奢すぎるほどに細い体に香水の良い匂い。そういえばこの匂いが好きなのだと口にしてからもう随分と長くこれを使っているみたいだ。いつか、別の男が好きだといった香水をつける日が来るのだろうかと、そう思って涙が流れた。

 

「じゃあ、薫。これでサヨナラだ。今までありがとう」

 

「幸せに・・・幸せになってくれよ」

 

最後に精一杯虚勢を張るように、そう格好つけて歩き出す。夕日が影を長く伸ばした。格好がつかない終わり方だな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「止まりなさい、青木壮介」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、脳が震えるような言葉が体を貫いた。

 

 

足が、止まる、動かない――――体が、動かない――――――――。

 

 

背中に柔らかい感触。細い腕がすっと伸びてきて僕を強く抱きしめた。

 

 

 

 

「壮ちゃんが、壮ちゃんが・・・悪いんです」

 

 

「私と、別れようなんて言うから。あんなに、頼んで、頼んで、縋って・・・それでも別れようなんて言うから」

 

 

「だから、こうするしかないんです」

 

 

彼女の・・・薫の広げた翼が僕の視界を覆い隠す。

 

夕焼けも、帰る家も、学校も・・・周りの全てが白い羽に覆われて見えなくなっていく。 僕は必死に翼を払いのけようと腕を伸ばそうとしたが、まるで自分の体ではないようにピクリともしない。

 

 

「天国に・・・魔界に、行きましょう」

 

 

 

「あそこには私と壮ちゃんを邪魔する女も、学校も、何もないから・・・。ただ、気持ち良いことがあるだけだから・・・」

 

 

 

「あそこでいっぱい愛し合って、営みあって、二人でずうっと一緒にいて・・・そうしてながぁい時間をかけて教えてあげる・・・」

 

 

 

「私がどれだけあなたを愛しているか、私がどれだけつらかったか・・・私たち二人がどれだけ強くつながっているか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「あなたが、どれだけ罪深いかを」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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