「別れよう」と上位存在の彼女に言うだけの短編集 作:やゆゆゆゆ
思い出すのはあの日、父さんに連れられて出向いた庭園のことだ。
その頃から僕は堅苦しい大人がたくさんいる場所は苦手で、大きな手で引かれながらべそを書いていたと思う。
その日はすっと透き通るような晴天で、風が通るたびに一面に咲いた桜からは吹雪くように花びらが散った。
そのうちの一枚が周りを飛び回るように近づいてきたあとに、春風に流れて飛ばされていく。
そいつを可笑しそうにつまんで、僕の目前で一人の女の子がかすかに笑った。
ほんのり青みがかった黒髪に雪のように白い肌。桔梗柄のよく似合った着物。頭から小さく出た一本の角。なんてきれいな人。なんてきれいなひとなのだろう。
「お前の許嫁だ。挨拶をなさい」
そう背中を押されてようやく「こ、こ、こんにちは」という言葉にもならない言葉が口に出て、僕はたどたどと、彼女は鈴のような声で挨拶を交わした。
いかにも坊っちゃんという様子の僕と美しい容姿の彼女。
まるで釣り合わない二人。
今思えば・・・今思えば、ここで僕が父さんの手を引いて僕では釣り合わないと手を引けばよかったのだろう。いつものように根暗なところを晒せばよかったのだ。
「身の丈にあったものを選ぶべきだ」なんて、そんなことは大人になったら嫌ってほどにわかることも子どもの僕には一つだって分からなかったけれど。だけど、不釣り合いになった天秤がどうなるのかなんてのは幼いながらに知っていた。
不釣り合いな天秤はガタガタと音を立てて崩れて行くのだ。
僕も、彼女も、すべてを巻き込んで。
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あの庭園での出会いから十年ほどが経ち、僕らは随分と背が伸びて高校生になった。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、人の性格というのは大きく変わるものではないらしい。あの頃と同じく僕は変わらず根暗に、彼女、栞さんはお淑やかなままで成長した。いや、物理的にも精神的にも成長が少なめな僕と比べると彼女の場合はいくつか社会的に見て変わった部分はあった。
例えば通う学校。うちの方針で一般的な公立に通わされた僕と違い、彼女は日本でも指折りの進学校へと通うことになった。もちろん、自力。金持ち的なイカサマはなし。10の位を約分すれば偏差値0になってしまう僕と比べると大層な違いだ。情けないことこの上ない。
また、家業を手伝うことになったのも彼女の違いだと言っていいだろう。そも、段々と大人になってわかってくることだが、5歳だのそこらで許嫁だのを作るような家が一般的な家な理由はない。察する人もあるだろうが、僕然り栞さん然り、互いの家はそこそこのいわゆる富裕層なのであるが特に彼女の場合は富裕層の中でも格式が違った。
代々続く華族の本家、戦前は国営企業として作られたいくつかの企業群の中の一角を担っていたのが望月家だった。流石に戦前よりかは財閥解体により規模は落ちたがそれでも日本の中でも有数の企業であるのに変わりはない。僕の家にしたって望月グループの一つである(つまりはこの許嫁にしてもグループ内での繋がりを強める内縁結婚という一面もあった)。
彼女は16歳になる頃から望月の会長、つまりはお父様の秘書として仕事をいくつか始めたようだが、批判されがちな家族経営の後継者候補ではありながら父さんから聞く限りでは案外と評判は良いらしい。まぁ、あの器量の良さと賢さならばさもありなんということだろうか。
「ねぇ、栞さん・・・一つお話したいことが・・・・」
だからこそ、彼女の活躍ぶりを忙しさを知っているからこそ、僕は思ってしまうことがあった。考えてしまうことがあるのだ。
「ねぇ・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・・・・・」
僕は小さな声で茶室でパソコンを弾く栞さんに話しかけた。高校になって、学校が変わってから一緒にいる時間を少しでも増やそうと設定した毎週一緒にお茶を飲む約束。はじめはただ話すだけだったこの時間も、月が進むごとに彼女が仕事をすることも多くなった。
『私、青さんと一緒にお茶を飲むこの時間が一番好きです。』
『なんだか、青さんと無言でも心が通じ合うような気がしてーーーーーーーーーーー。だから、ずっとこうやってのんびりと出来たら、どんなに楽しいんだろうっていつも思うんです』
そうやって笑ってくれたのはいつのことだったのだろうか。高校3年生にもなった今じゃあ、ほとんどかすかにしか思い出せない。かつては美味しい美味しいと二人で作法を学んだお茶の入れ方、しかし彼女のパソコンの隣に置かれた抹茶は減った様子はなくて、それがなんだか無性に寂しかった。
「すいません、今、仕事に追われていて・・・・・・・。近々、大きな仕事が控えているものですから・・・」
暫くしてから顔を上げた彼女の目の下には薄いくまがあって、それを見ると僕は何だか言いたかったことが何も言えないようになる。本当は少し将来の話をしたいだとか、学校の話だとか、最近どうしてるかだとか、したい話はいくらでもあったのだけれど、すべてが価値のない話のように感じられるのだ。
苦しい、ただ、胸が苦しい。
「いいんだ、僕はここで貴方を見ていられるだけで幸せだから」
そう強がってみれば、彼女は暫く黙って「あと三ヶ月、三ヶ月なんです。」と最近良く言う口癖をまた言った。
3ヶ月後に何があるかは僕には難しそうなことで検討もつかない。たぶん、大きなプロジェクトだとか、社内でのコンペだとか、そういうことなんだろう。
「そうだね・・・・・・・・3ヶ月後。応援してるから」
そう、小さく口にして、予定時間になってしまった時計を横目に僕は席をたった。「さようなら」も、「また会いましょう」も、彼女は何一つ言わなかった。そんなことはここ一年言われていなかった。振り返れば明かりのつい茶室の中で彼女はまだ黙々と作業を続けている。
僕はポケットから一緒に行くはずだった映画のチケットを取り出してぎゅうと握りつぶす。
その夜、僕は父さんに彼女と別れたい旨を伝えた。
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望月グループが子会社である青井物産の解体及び社長の解任を決定したのは2028年、春のことだった。
唐突なグループ内でも有数の企業の廃止に投資家は動揺したが、株主総会では「グループ内での新たな気風を生み出すため」と説明され、同時にユニコーンホールディングという物流会社の設立が発表された。
日経新聞の分析によれば望月グループの新会長への移行による影響であり、旧態依然とした体制を変え、新たなブランディングを作り出すための施策であるとのこと。
当初は疑問視された動きであったが、事実、新たな経営陣の業績か売上も上昇していき、物流業界でトップシェアを叩き出すようになるとむしろ賞賛する声も大きくなった。
弱冠20そこらでありながら、業界を席巻する若き会長は「成功の秘訣」について淑やかに、こう答える。
「必ず、一番欲しいものを逃さないこと」
「幸せを、はなさないこと」
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取材を終え、関連諸会社の書類を片付け終えると、望月栞は部屋の奥に隠された扉を潜り、無機質なコンクリート製の階段を下り始めた。
それは長い長い、いったいどこまで続くのだと言うほどに長い階段だった。
その途中は明かりが不定期に途切れ、先は目を凝らしたって見えやしない。下を見下ろせば恐ろしいと思う人もいるだろう。
30分ほど階段を降り続け、ついに最下層までたどり着くとまるで巨人が通るのかと思うほどの巨大な木造の扉がある。扉には数え切れないほどの錠前や電子ロックがつけられ、また、不思議なことに扉の外側から鍵を閉めるようになっているものもいくつかあった。
望月栞は楽しそうに鼻歌を歌いながらその一つ一つを解除していき、常人では開くことすら出来ない扉を軽々と開いてみせた。
「あっおさんが私を待っている。わったしをずうっと待っている〜」
下手くそな歌が扉の内側に反響する。彼女は仕事中では決して見せないとろけきった表情をしながら、部屋の中に入り、ある物を見つけるなり、急いで抱きつき、愛おしげに体を擦り付けた。
「あぁ、あおさん。私のたった一人のだんなさま。どうして貴方はこんなに愛おしいんでしょう………」
それは人。全身を魔界産の快楽針で固定され、もうかすかにだって動けないはく製にされた昆虫標本のような人だった。彼の手、腕、胸、腹、太もも、足首、首に至るまでそのあちこちに長い針が刺さっていて、身動き一つだって取れやしない。時たまかすかに動く彼の手先に彼女は愛おしげに指を絡め、何度も愛を囁いた。
「あ、うぁ、し、………さん。ごめ、ごめ、なさ………ごめ…………ごめ、なさ……………」
唯一針が刺さっていない顔面も、しかし随分と弱っているんだろう、満足に動かすことはできず、標本になった彼の声はおぼつかないままで消えていく。
それまでその指を口に含みによによと味わっていた女は彼の声を聞くなり、目を細め、その耳元で淑やかに囁いた。
「だからね、青さん………」
「謝って欲しいんじゃないんです。何かをして欲しいんじゃないんです。ただ、私はもう、貴方がどこかに行ってしまうのを我慢出来ないと言うだけ。貴方がいなくなってしまうと気が狂いそうになるだけ」
「でも………でも………」
「あと3ヶ月……あと3ヶ月で2人でずうっと一緒にいられるはずだったのに!私が会社を作って、貴方が成人して、ずうっとずうっと一緒にいるっていう約束が叶うはずだったのに!」
「貴方が裏切った。」
「貴方が、別れようなんて、言ったから。」
女はじいっと男の顔を見て、それからにこりと美しく笑った。それはあの桜の日とほとんど同じ、美しい笑み。
「大丈夫」
「大丈夫」
「会社がなくなったって、家族がいなくなったって、何もかもぜぇんぶなくなっちゃったって、全部全部大丈夫ですから」
「だから、だから、ずうっと………」
そうしてキスをされる瞬間、彼の脳内でなにかがガラガラと崩れ落ちていくような音がした。
それは、天秤か、家族か、学校か。
はたまた、それは。
彼の人生、なのかもしれなかった。
「ずうっと、一緒にいましょう」
「ね?」
設定
ユニコーン:生まれた瞬間、番が出来、20歳になるまで純血を保つ種族。幼馴染のことは溺愛しているがあまり表に出すことはない。薄い青髪。金持ち。隣の家。スレンダー。主人公のことはずっと好きでいるがあまり表に出すことは出来ない。基本的に正妻チックに振る舞うが主人公からは義務で付き合っていると思われている。別れた場合世界を滅ぼすし何もかもがどうでも良くなった。
という設定で書いたものです!!
今年の夏に前回配れなかった人向けに配布しようと思っていたのですが参加できず……ということで公開します!!
感想、評価などがめっちゃくればまた書きます!!