雛鳥のカーテンコール   作:鳥籠のカナリア

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お待たせしましたデート回。
化粧をするのは周囲にさいきょーの自分を見せたい、もしくは社交性の表れと思っています。
両方ないね、睦は化粧をしません。


未編集
ただの買い物≠デート


 普通人とお出かけをするときは待ち合わせから始まるが、俺はあまり待ち合わせが好きじゃない。

 

 駅前のオブジェなんかを待ち合わせ場所にして、時間の10分、人によっては30分前に到着して相手を胸を高鳴らせながら忠犬のように待ち続ける。その待つ時間こそデートの醍醐味だろうが、面白みは感じない。

 

 今回は相手が同居人でいちいち待ち合わせなんてしなくてもいいだろう、と思いながらマンションのエントランスで大きな窓越しで日差しに焼かれながら睦を待つ。

 

 胸に回したショルダーバッグがお前はなにをやっているんだと非難していた。

 

「……部屋にいてもよかったな」

 

 桜も散って、梅雨も近い時期だからだろうか。カンカン照りとまではいかないにせよ眩しい太陽が主張する青空へガラス越しにため息を吐いた。

 

 なにせ、人と出かける機会は梔子空(くちなし そら)の人生で多くない。

 

 人と関わること自体を最近は避けていたのはもちろん、普段から交流するような社交性のある人間ではないためだ。

 過ごした時間の長い宏樹でさえ、月に二度遊べばいいほう。周囲の学生は夜通し遊び呆けているのに我ながら狭いコミュニティに生息していることを呆れているとエレベーターの間抜けな開閉音が待ち人の到着を知らせる。

 

「……おまたせ」

「んー……だいじょう……おぉ……」

 

 背負っていたギターケースを置いて隣に座る睦の容姿に目を奪われる。

 アイロンで流したストレートヘアにガラスのような双眸、ワンピースが普段の西洋人形のような印象ではなく舞台女優のような完成された透明感を漂わせるファッションに息を飲んだ。

 

 いつもよりほんのりと肌が見えている格好は色っぽさよりも無垢な少女としての印象を受けるのも相まって、犯罪的な背徳感が背筋をめぐる。それらを一息に飲み込んで、ひとこと。

 

「美少女というのは居るんだなぁ」

「びしょ……?」

 

 これが夏であれば麦わら帽子を被っているのだろうな、と自然と想像してしまう美しさに息も止まってしまいそうな感覚を覚えながらゆっくりと深呼吸。

 

 ようやく意識が現実に追いついてきたころ、シンプルながらに整えられた姿に感嘆のため息が漏れる……と同時に照明を受けても肌がそれほど白くないことに気付いた。

 

「もしかして……化粧とかしてこなかったのか?」

「……? うん」

「ノーメイクでそれだけ顔がいいのぉ……?」

 

 つるやかな肌が、まさかメイクもなしにあれほど整っているとは思わなかった。普段日に当たっていない肌は色白で、いい意味で日本人らしさを感じない。

 

 化粧をしてこなかったということは特別視されていないということでもあるが、同居人と出かけるのに肩肘張る必要はないと安心してもらえていると思うことにした。

 そうじゃないと、なんというか耐えられない。意識しているわけではないが、やはり男として見られていないのは心にクる。

 

「……きらい?」

「いや、元々美人だとは思ってたけどいつもと違った雰囲気で似合ってる」

「……びじん」

 

 装飾なく、素直に思ったことを口にするのはお世辞でもなく純粋に美しいと感じたから。

 

 自分で覚えようとしない髪の手入れは俺がやった。

 

 元々実家で使っていたものを使えばいいのに、メーカーを忘れたと俺と同じシャンプーやコンディショナーを使っている。そんな適当さも、彼女の素材の前では引き立たせる小道具に過ぎなかった。

 今の彼女をカメラマンが撮って雑誌で見たとしても他のモデルに見劣りしないほどのルックスは異性の俺ですら嫉妬を覚えるほどだった。

 

 それに比べて、と自分の服装を見る。髪は落とすのが楽なヘアオイルで整えた。

 

 黒のジーンズに白のVネック、黒のコーチジャケット。各パーツごとに微妙な色の違いをつけているが、黒いトレッキングブーツを履いていることもあって暗い印象を与えることは否定否めない。

 

 睦ほどの完成された可愛さを持った人間の隣を歩いていいのか。

 否定するような声が自分のなかから聞こえても、今更仕方がないと棚に上げる。よほど気になるなら睦のファッションセンスをお借りして整えればいいだけの話だ。

 

「それで、アンプを買いに行くんだよな?」

「うん。買うものも、ある程度決まってる……」

「あぁ、時間かけてもいいぞ? 俺は荷物持ちだし気にすんな」

「……でも」

「任せろ。ライブハウスのバイトで機材搬入くらいはやったことある」

 

 高校生の時は親のツテをCiRCLEというライブハウスでアルバイトをしたことがある。もちろん長期的なものではなく、イベントや繁忙期に人が足りずに力仕事やホールスタッフとしての仕事が主な業務だった。あのとき関わった子たちは自分の演奏でどこをこだわっているか嬉々として話してくれたのをよく覚えている。

 

 自分が生み出すモノと向き合っている人間は独特の雰囲気がある。芸術に関するものであれば、道具の香りであったり、目の動きがソレにあたる。

 

「いいの?」

「お前だってこだわりはあるだろ?」

「……うん」

 

 小柄な女子高生に不釣り合いな大きなギターを持っている姿は見ていて不安になる。……もったほうが動きやすいよな。

 

「なら悩んでくれ。俺は見て楽しむ……と、ギター持たせてもらっていいか?」

「……なんで?」

「重いだろ、ソレ」

「……おねがい」

 

 少し悩んだ素振りを見せて差し出されたギターを出来るだけ丁重に背負う。やっぱり女子高生が背負うには重いよなぁ。

 

 二人して同じ場所から出ていくことにくすぐったさを覚えながら楽器店に足を向ける。

 

 自分よりも歩幅の小さな睦にゆっくりと合わせて横並びに歩くのが不思議と心地いいのは、どうしてなのか。

 

 街路樹の隙間から差す木漏れ日と春先の風が、外に出ているという実感に笑みがこぼれる。

 強い日差しは嫌いでも、優しい光は嫌いじゃない。

 

「睦は人と出かける機会ってあるか?」

「……たまに」

「俺より社交的なんだな……」

 

 自分の交友状況を思い出して悲しくなる。宏樹以外と出かけたのっていつぶりだっただろうか。

 睦も同類だとばかり思っていたのに、意外と友人が居るのかもしれない。性格的にありえるのだろうか。いや、良い友人が近くに居るのかもしれないと自分を納得させる。

 

「でも」

「……ん?」

「男のひとは、初めて」

 

 太陽を背景に、若草のような睦の長髪が風に揺れて少しうつむいた(ひとみ)が閉じられた。その様子はなんだか恥じらっているようにも見える。

 そんな彼女を見ていると、どう反応していいか分からなくて奇妙な沈黙が降りる。道路から聞こえる車の音がやけに大きく聞こえて現実感がない。こんな空気のままではいかず、咳払いをして気を取り直す。

 

「……買うのはおおよそ決めてあるって言ったけど、どういうのを買うんだ?」

「……これ」

 

 睦が出したスマホを見ると、横長のあまり見た覚えのないアンプが表示されていた。

 これ、バイトのときに見たことがあるような……と思って外寸を見てみれば縦横高さ、すべてが竹定規よりも長くて米俵よりも重い。とてもではないが運んで持ち帰ることはできないだろう。

 

「うーん……これ、家で使ってたやつ?」

「うん」

「そっか……おっきぃねぇ……」

 

 コンポアンプのような小型のものを買うのだとばかり考えていたけれど、人によっては大きなアンプを買うという選択肢もあるらしい。

 これ以外にもこだわりがあればエフェクターを噛ませたりすることもあることを教えられて顔が引きつる。それは、なんというか……。

 

「知らない世界だ……」

「聴かない?」

「音楽はPCで作業する時に聴くけど、正直聴いても機材は分からないな」

「……ライブ」

「バイトしてるときも接客がメインだったし意識してなかったよ」

「……」

 

 睦が居るから最近は避けているが、本来の趣味はPC関連。PC関連とひとくちに言ってもDTMなどの音楽関係でも動画編集などのクリエイティブな物でもなく、ゲームなどのコンシューマー機でも出来るようなものだ。

 

 一度身になる程度にまで触れて知識だけは抑えているものの、もはやただのゲーム機となってしまったPCを思うと不思議と情けなさが募る。

 

 隣人がこれだけ努力しているのになにをしているのか。

 

 だから、というか。睦が知っている世界は俺にとっては触れてこなかった世界で興味が湧いていた。

 

「色々教えてくれると助かる」

「……なんで?」

「知識が多いとたくさんの世界が見えるからかな」

「……世界?」

 

 こればかりは感覚のようなもので言葉にするのは難しい、それでも強いて言葉にするのであれば、と自分のなかで感覚を理屈に変えて口を開く。

 

「たとえばギターを見てギターだと認識することは出来る。でも、どういう特徴があるかって前提知識がないとそのギターについては知らないまま」

「……うん」

「そうやって新しい知識をつけると分かることが増えていく。だから──」

 

 それは世界が広がるということではないか。あまり納得いかなかったのだろう。いつもの透明な視線を向けられて苦笑する。どうやら自分は説明下手らしい。

 

「ま、そんなとこだな……あ、ここか?」

「そう」

 

 話題の切れたタイミングで到着し、渡りに船と店内に入る。

 

 一応下調べはしたが、実際に入ってみると想像以上に広い空間が広がっている楽器店。

 ライブハウスでアルバイトをしていたときにバンドガールたちに伝え聞いていたよりもずっと多くの商品でごった返していた。

 

 壁沿いにギターやベースが並んでいるが……正直、門外漢の身では値段や外見以外になにが違うのか分からない。

 

「こういうのってエントリーモデルどのくらいなのかねぇ……」

「……5万円」

「なるほど」

「満足するなら、10万円」

「それは……大きな買い物だなぁ……」

「一生ものなら20万円」

「20万……PCが一台って考えるとそんなに悪くない、のか……?」

 

 学生が出す金額としては大きい。だいたいの学生は小遣いだとしても五千円前後、アルバイトを頑張っていたとしても5万円ほどが一ヶ月あたりに使える金額なのにギターだけでそれほどかかるとは思わなかった。

 

 曰く、買うだけなら2万円からあるものの、弦が高いことや品質にバラつきがあるせいで安物買いの銭失いになりかねない、らしい。そのうえでミドルクラスに移行するあたりが10万円で、初心者としては十分すぎるほどの性能があるようだ。

 

 どの世界にも満足するにはこの程度、という基準がある。自分が持っているヘッドホンなんかだと、重低音で有名な某メーカーのモデルを持っているが、あれだって買うのに勇気が必要だった。

 

 所得制限を考慮すればアルバイトで稼げる金額なんて大きな金額にはならないのだから学生にとっての諭吉さんとはやはり重い存在で、それが軽々と飛んでいく音楽の世界はハマると沈んでいく沼のような世界なのだろう。

 

「そう考えるとこの店はミドルグレードくらいなのか……」

 

 この店はミドルブランドを主に扱っている店舗なのか、10万円前後のモデルを中心にそれ以上のモデルも並んでいる。スマホと同じような値段なのに下手に触れて壊したらどうしようと気になるのは生活必需品ではないからだろう。

 

 音楽は生活とともに在るのかもしれないが、楽器は生活のなかにない。楽しげに歌うギターを映像で見たことはあっても、こうして沈黙しているものを見るとどこか冷たいものが背筋を走る。

 

 試しにいくつかのギターに触れてみたところで、木だからひんやりとしているなぁ、という感想は持つことは出来ても違いなんて分かりそうにない。

 

「……」

 

 もしや、睦が持っているエレキギターは二桁万円にいくのか……と静かに震えている俺をよそに睦はシールドやピックなどギターに必要なものを揃えていく。

 

 睦が普段使っているギターはエレキギター。弦の振動を電気信号に変換して音にする都合上、アンプがあってこそ弾いている実感が得られるらしい。

 

 弾いている人間としてはエレキギターにも魅力があるんだろうけど……聴いているぶんにはアコースティックが好きだ。エレキギターの人を殺せるほどの刺々しさよりもアコースティックの包み込むような優しいおとの方が人の生活に寄り添っているように思えて安心出来る。

 

 もちろん、エレキギターの電気信号が発する力強いサウンドも好きだ。多くのロックやメタルがそうであるように、曲の世界観に呑み込まれるような感覚のままに浮き足立った心と身体をどこか別の場所に連れていってくれそうな気がするから。

 

 これが実際に自分で演奏するならまた違った感想が出てくるのだろうな、と想像するだけで触れてみたい気持ちを抱くのだから俺は影響されやすいのかもしれない。

 

 忙しく明滅する目に見えない電気信号を変換して織りなす旋律。どこかセンチメンタルな気分を引きずりそうになって思考を中断しておく。

 

 一通りのものをカゴに詰め込んでから数多くのアンプを置いてある場所に足を向ける。店の中でも強烈な電灯に照らされた子どもたちは新たな主を今か今かと待っているようにも見えた。

 電気信号を正しく耳に届く音として変換する装置たちを見ながらそういえば、と聞いておきたいことを思い出した。

 

「今買おうとしてるやつってスピーカーみたいな感じ?」

「違う、けどそう……」

「あー……スピーカーに繋ぐ、本来のアンプリファイアってことか」

「うん」

「部屋は買い取ってるけど、元々が賃貸……隣室がある以上は防音室がいる、かも」

「ない……?」

「ないねぇ……」

 

 一般のご家庭に防音室はない。この様子だと彼女の家には防音室のような自由に音を旋律に変えることが許された場所があるのだろう。金銭感覚が生活レベルの差で生まれたものなのは分かっているが、住んでいる世界が違うのだろうなぁと他人事のように確認する。

 

 ギター関連に関しては睦が自分の口座から出す予定らしく、あまり見覚えのない黒いクレジットカードを持っている。

 

 親に与えられた磁気も削れず、通したあとすらほとんどないきれいなだけのクレジットカードは睦と誰かの関係性を表しているようだと邪推する脳みそを黙らせて口を開く。

 

「最近って便利なものでさ、工事不要の防音室もあるらしいんだ」

「……そうなの?」

「そうなの」

 

 防音室というのは部屋を丸々改築する形で防音処理を施すために工事をする必要があった。ただ、時代の流れもあって組み立て式の防音室も登場。

 

 元は商業のクリエイター向けに法人契約という形で販売されていたピアノで有名なメーカーが出している防音室は工事不要で組み立て自体も半日ほどで終わる。最近は配信者文化の後押しで一般化してきたこともありレンタルすることも可能で、レンタルして防音性能を確認してから購入に至るのが一般的……らしいと以前調べたことがあった。

 

 部屋を丸々改装するのと違って半日で終わる組み立て式はハードルは低いものの、大きな問題が残っている。

 

「防音室って2畳で130万前後だったはずなんだよな……」

「買う」

「買うじゃないが……?」

 

 100万円越えの出費。数字として見るなら大したことはなくても、新卒給料基準でならおおよそ5ヶ月分と考えれば大きな金額。未来へ先行投資だとしても、学生が一息に出すような金額ではないと思う。

 

 金があるのも、必要なのも分かるが金額のせいで分不相応に思えるのは彼女と同じ世界に生きてこなかったから生まれた齟齬のようなもので、自分の趣味に対して投資するということ自体はわかる。

 

 だから設置しようとするまでは、いいのだ。

 問題はマンションに置く都合上大家と揉める可能性がある以上は二つ返事でいいとは言えないこと、そして俺の気持ちだけではどうにもならない問題なこと。実際に出来るか見当しているせいで深刻な顔をしていたのだろう、少しだけ悲しそうに眉毛が動く。

 

「ダメなら……」

「俺が金出すわけじゃないから、買うこと自体はとやかく言わない」

「……」

「ただ、交渉が必要になるから無責任にいいとは言えない」

「……うん」

「交渉してみるから一旦イヤホンプラグも付いてるモデルにしておいてほしい」

 

 大家というのはだいたい面倒を嫌う。特に現状維持を望む大家は少しの変化も許さない傾向がある。今住んでいる一室は購入してあるとクソ親父に聞いているからハードル自体は少し下がると思うが……確信を持てない。

 

「怒らないの?」

「なんで?」

「やること、増やしちゃったから」

 

 やることが増えただけで怒ることなんてない。たしかに面倒かもしれないけど、同居人が少しでも住みやすく出来るなら手は尽くしたいというのはこの子に庇護欲のようなものを感じているからかもしれない。

 そんなもの高校生になったばかりの子が抱くべき歪みではないのに。少し苛立った心を胸のうちにしまいこむ。

 

 多分、陸は言葉と行動の両方で示さないと安心してくれない子だから──彼女の頭に手をやって安心させるように手櫛で髪を梳く。浮かんできた既視感に蓋をして、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「……ぁ」

「……気にしすぎだ。申し訳なさなんて感じなくていい」

「でも」

「睦はやりたいから買いに来たんだろ?」

「……うん」

「ほら、買いに行くぞ……って俺が買うわけじゃねぇけどさ」

 

 歳下の同居人に余分な苦労はかけたくない。冗談交じりに微笑みかけると、睦の表情が少しだけ和らぐ。その潤んだ瞳からは信頼のようなものが感じ取れて首を傾げる。睦が家に来てからまだ一ヶ月も経っていない思うのと同時に心を預けすぎていることに心配が勝る。

 

 踏み切る勇気を育む環境がきっと彼女にはなかったんだろう。

 でも、この子は背中を押してやれば進んでくれるはずだ……そう考えて睦を無理やりカウンターにつれていけば観念したのか、自分で店員と話し始めた。

 

 いや、あれは話しているというよりは押し付けず、ニーズに合わせてセールストークを変えられる器用な店員だから返答出来ているときだ。あの調子なら任せてもいいと思いながらメッセージアプリで親父に防音室を設置するのに許可がいるかを投げておく。

 

 本格的な交渉は後日になるが、今のうちにやっておかないと面倒になるだろう。

 

「……おわった」

「よくやった。アンプは?」

「……配送」

「なるほどね」

 

 どうやら店舗に在庫がないものがあったらしく、後日仕入れ次第搬入という形を取ったようだ。

 

 これで今日決まっていたことは終了……ということは、ここからノープラン。

 あらかじめ練っておけばよかったと言われればそれまでだが、人付き合いのない人間に期待されても困る。友人になってくれる人間が引っ張ってくれるやつなのもこのあたりが原因。

 

「……これからどうしようか。こいつ持ってきたってことは弾きたいんだろ?」

「……」

 

 ギターを指すとこくり、と頷いたきり黙る。

 

 沈黙が気まずい。デートだと言い張ったのだから男がリードしないといけないのは心では分かっていてにどうにもプランが決まらない。目を宙に向けそうになったとき、ぐぅ……と音がした。音の鳴った方向に目を向けると、いつもの無機質な顔を僅かに崩して恥ずかしそうにお腹を両手で抱く睦が居た。

 

 時刻は既に12時を回っていて昼時と言ってもいい時間だから腹が鳴るのも仕方ない。本人にしか分からない乙女的()は恥ずかしいかどうかは考えものとする。

 

「……まず、ご飯にしようか。どこか知ってる?」

「珈琲店とか……RiNG」

「RiNG……?」

「ライブハウス」

 

 ライブハウスRiNG、どこかで聞いたことがあるような……と思考を巡らせて思い出した。たしか、CiRCLEの2号店だ。CiRCLEは地下にスタジオがあって閉鎖感があるせいで開放感はなかったからと新設した……と知り合いから聞いたような気がする。

 

「うーん……コーヒーが気になるし珈琲店でもいいか?」

「コーヒー、好き?」

「俺は好きだな。正直違いなんて分からないけども」

 

 酸味やコクをしっかり認識出来るほどコーヒーに精通しているわけではないけれど、やはり珈琲店のコーヒーは気になる。

 

 ちゃんと挽いた豆から作られるコーヒーはインスタントとは比べものにならない深みが出る……らしい。その良さを実感したこともないので普段はインスタントになっているけれども。

 

「試してみたい」

「飲めなかったら俺に渡せよ……?」

「……私だって飲める」

 

 むっ、と睨んでくる睦はいつもに比べて表情が幼い。否定されて意固地になった姪っ子を見ている気分だ。

 

 昼食が終わってからは……ライブハウスにでも行こうか。

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