続きは来月になるか今月になるか。
気長にお待ち下さい。
「「言って来ま〜す。」」
朝7時前、2人揃って家を出る。後ろから智さんの“気を付けて行ってらっしゃーい”の声が聞こえる。
肩を並べて少し歩くと気になる事があったので尋ねてみた。
「そういえば優君って私と一緒に登下校していいの?」
「と、言いますと?」
本当にピンときていないのか疑問符が浮かんだ顔をしている。
「いや、女子と一緒に登下校してると色々あるでしょう?」
「ああ、そういう事ですか。」
やっと私の言ってる事に合点がいったのか納得の表情をした。
「俺は気にしたことないです。イギリスでも隣の家の女の子と登下校していたので。それに千夏先輩可愛いですから危険がないようにボディガード役です。母さんからも言われてますし。迷惑なら別々に登下校しますか?」
「ううん。そんなことないよ!優君と話すの楽しいし、勉強になる事も多いし!」
「なら良かったです。」
またふわっとした表情で笑う。優しげな笑顔に朝日が当たってキラキラ光ってるように見える。
「そういえば優君っていつも良い匂いしてるけど香水つけてるんだね。」
いつもすれ違う時に感じている柑橘系の爽やかで柔らかい酸味を感じる匂いが気になっていた。
「向こうではつけるのが一般的なので気にしたことなかったんですが、気になりますか?」
今度は不安げな表情を浮かべている。
「ううん!良い匂いだから気になって。」
なるほどと安心した表情になった。横に下げたバックをゴソゴソとして瓶を取り出した。
「これです。よかったら使ってみますか?」
キャップを外してこちらに向けてきた。
「とりあえず手首と首筋、膝裏に付けましょうか。一般的な場所なので。」
そう言ってシュシュッとしてくれた。柔らかく爽やかな香りが私を包んでくれる。
「気に入ったならあげますよ。」
はいとキャップを締めてこちらに瓶を差し出してきた。
「いいよいいよ!優君のなんだし。」
「気にしないで下さい。これ、イギリスのスポンサーのなんで定期的に送られてくるんです。なんなら東京に店があるので専用の作りに行きます?モチベーションの向上になるなら意味もありますよ。」
「なら次の休みに一緒に行こう?」
「分かりました。帰ったら予定調整しましょう。」
そんな事を話していると学校に着いた。
「「おはようございます。」」
校門前に立っている守衛さんに挨拶すると、優君とハモってしまった。お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
「じゃあまたね。」
「はい。頑張ってください。」
そう挨拶して体育館とグラウンドで別れた。
クラス委員長に島崎さんとなった。誰も立候補しないから仕方なくした。ぶっちゃけ最低一回は皆何かしらの委員会をするのだからさっさと済ませておこうと思った。
早速、放課後に集まりがあるので島崎さんと連れ立って向かうことにした。蝶野さんの事を話しながら向かう。
蝶野さんのお父さんが体操の日本代表だったそうで、俺の母さんと同じ日本代表仲間だって聞いた。
そして家族の影響で蝶野さんは新体操をしているらしい。中学は全中4位で新体操部では期待の星らしい。
集合場所の教室に入ると何人かの生徒がいた教室奥の前からから1年A組が縦に座っていくみたいだ。
座ってよっかと島崎さんに声をかけ、1年B組の席に座る。窓側の席に島崎さんが座る。その隣に腰掛けると声がかかった。
「優君?」
俺を呼ぶ声の方を見ると千夏先輩が俺を呼んだようだ。隣に前に紹介されたバド部の針生先輩も立っていた。
「鹿野先輩、お疲れさまです。針生先輩も」
席を立って一礼する。
「優君もクラス委員長になったんだ。」
嬉しそうに言う千夏先輩。それは大変結構なんですが隣の針生先輩がめっちゃ怪訝そうな顔をしてるんですが!
「はい。誰も立候補しなかったので立候補しました。そしたらこちらの島崎さんも立候補してくれて。」
そう言って隣に座る島崎さんを紹介する。
「島崎さん、こちらバド部の針生先輩、バスケ部の鹿野先輩です。」
「新体操部の島崎にいなです。よろしくお願いします。」
針生先輩、千夏先輩が島崎さんに挨拶をした。
もう始まるから座りましょうかと言うと、急に針生先輩が俺の肩に腕を回して教室の後方に引っ張って行った。
「何なんすか、針生先輩?」
「如月ってちーと仲いいのか?」
「ちー???」
何となく話の流れで分かるけど尋ねた。細かく突っ込まれると困るから。
「ああ。鹿野千夏の事をクラスで仲の良い奴はちーって呼んでんだよ。」
「へ〜〜〜、そうなんですか。」
首の方に腕をグイッと回してきた。
「お前、俺が何を聞きたいか察しがついてんだろ?」
「と言いますと?」
分かっているが分かっていない表情と返答を返す。
「優君なんて随分と仲がいいじゃないか?ええ優君?」
「………ああ、今年入って直ぐに家族ぐるみで会うことになって、俺の家族全員如月なんで分かりやすくファーストネームで呼んでいるだけでは?」
「…………そういうことにしといてやるよ。」
そう言って解放された。やっぱこの人バド強いんだろうな。細かい所に目が行き届くというか気付くのは利点だからな。
「よっす〜〜〜。」
千夏先輩達の所に戻ると後ろから肩を叩かれたので振り向くと紅林先輩がいた。
「紅林先輩もクラス委員長なんですか?」
「俺は毎年前期にやってるよ。ほら俺優等生だし。」
フフンと自信たっぷりにいう先輩をマジマジと見てから針生先輩、千夏先輩に目をやると逸らされた。
「違うみたいですけど………。」
「あ〜〜〜ん細かいことはいいんだよ。細かいことは!ほら席つけ。先生がくるぞ。」
促され、席に着いた。
「いんや〜〜〜、凄い人気だね〜〜〜如月君。」
体育館と校舎の通路から見えるグラウンドを見ると周りのフェンスに多くの生徒がいる。8割方女子だが。
グラウンドの外にも大人が何人もいる。多分プロリーグのスカウトか何かなんだろう。
雛の言葉に納得する。圧倒的人気だ。体育館に来ていた鹿野先輩や雛を観に来た人よりも明らかに多い。
「クラス委員の集まりでまだいないのにな。」
匡が今分かっている事実を言う。クラス委員長の集まりで島崎さんと行っているのでまだグラウンドにいないのだ。
1年なのでネットやシャトル、部員一同のドリンクタンクの準備をし、ウォームアップをした。
各自練習が始まるまで軽く打っているが準備担当だったので行けなかったトイレに行こうと匡と連れ立って行っていたが途中で雛と出会って、この話である。
「おや?君は蝶野さんだよね?」
「えっ!?あ、はい教頭先生。」
「いや〜〜〜凄いよね〜〜〜。如月君様々だよ。雑誌の取材にテレビの取材、国内外問わずプロからのスカウト。彼には是非とも活躍してもらって我が栄明の名を全国に広げてもらわなければ!」
ニコニコと嬉しそうに言う教頭。
「蝶野さんも全国に向けて頑張ってね。お父様は日本代表でご活躍されたから。君と如月君には1年生だけど大いに期待させてもらうよ。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
笑顔で教頭に言う雛。無理してんな、こいつ。
「うんうん良い返事だ。君達も頑張ってね、応援してるよ。ワン・ツー、ワン・ツー。」
俺達にもそう言って変な掛け声をしながら去っていった。隣にいる雛に顔を向けると変な笑顔をしている。
「あんまり気にしなくていいぞ。」
「えっ?!」
驚きで笑顔ではなくなったが変な顔のままだ。
「雛が頑張ってるのはお父さん関係なく新体操上手くなりたいからだし、色々と努力してるの俺は知ってるから。」
「え、あ、うん。」
「俺も匡も自分の為に基本頑張ってるからな。お互い頑張ろうぜ。」
そう言って笑顔を向けると、雛は一瞬ポカンとしたが直ぐにいつもの天真爛漫な底抜けに明るい笑顔に戻った。
「うん!ありがとう、大喜。」
「おう。」
「そうだ大喜。頑張れって言って。」
「えっ、何で???」
雛、急にどうした?
「やっぱり身近な人に応援された方が頑張れるじゃん。」
そっか。確かにそうだな。
「分かったよ。………頑張れ!」
頭をガシガシ掻きながら返事をし、気持ちを込めて頑張れって言うと、雛が凄く嬉しそうに笑った。
「言われなくても頑張るもん!」
「お前が言わせたんだろ!?」
そんなやり取りをした後、2人で顔を見合わせて笑い合った。
「相変わらず仲良いね、君達。」
「うわぁ、居たの!?匡君。」「おわぁ、匡!?」
「さっきからずっと居ただろ。途中から2人の世界になったからどこか行こうか、ここに居るか悩んだけど。」
匡いたの忘れてた〜〜〜。何か恥ずかしい。俺変なこと言ってないよな〜〜〜。
そんな事を考えていると、校舎から声が聞こえてきた。そちらに目をやると体が固まってしまった。
先頭に鹿野先輩がいたからだ。そして両隣に針生先輩と優がいて、仲良さそうに話していた。後ろに島崎さんと女子が、多分新体操部の部長だろう。楽しそうに話していた。
そして鹿野先輩と優がハイタッチをして別れた。
「あ〜〜〜、ドンマイ。」
ポンッと肩を叩く匡。
「まだ付き合ってないだろうし、チャンスはあるよ!多分………恐らく、きっと。」
勢いがどんどん尻すぼみで小さくなる雛の激励が更に不安を煽る。
「まあ、色々頑張らないといけないのは確かだな。部活も勉強も恋愛も。な、地区予選レベル。」
そう言って肩を叩いて匡はいつも奮起を促してくれる。
「そうだな、頑張らないとな。」
こうなったら部活部活!今日も頑張らないと。
練習が終わって、恒例の4チーム対抗罰ゲーム戦をやった。今日は総当たりミニゲームで3戦3勝した俺のチームが1抜けであがりだ。ただチーム内でジャンケンに負けたのでプールの用意をしている。
ホースで水を入れながら傍の製氷機から氷をガンガン入れていく。ドボドボと水を入れながら準備していると練習を終えた渚先輩を先頭に女バスがこっちに来た。
「如月君じゃ〜〜〜ん。プール作ってんだ〜?いいな〜〜気持ちよさそう!」
羨ましそうに言う渚先輩。別に俺は構わないから。
「なら入ります?別に俺は構わないですよ。」
「え〜〜〜!いいの!?」
「ちょっと渚!」
千夏先輩が止めようとしているが、別にいいんだけど。
「俺は構わないですよ?」
「んじゃ失礼して、………く〜〜〜冷た〜〜〜い!」
その様子を見て笑ってしまった。
「他の人もどうぞ。大体10分くらいでいいと思います。」
そう言いながら俺も入った。千夏先輩に優香先輩達合わせて5人くらいがいそいそと入ってきた。多分彼女達も氷風呂、アイスバスが気になっていたんだろう。
「そういえばこの氷風呂ってどういった効果があるの?」
優香先輩が聞いてきた。えっ、知らないの!?周りにいる女バスの人に視線をやると何となく知っている程度なのが分かった。
「運動によって引き起こされる高体温症。いわゆる熱性疲労や熱中症などを起こすほど体が熱を持つことですが、それに効果的に直接冷却する事で対処できることが示されています。それから筋肉の腫れや炎症を抑え、筋肉痛を軽減する効果があります。」
へ〜〜〜と感心したような声を出しながら聞いてくれている。
「深部体温を下げて、中枢神経の疲労をリセット。心拍や血流を落ち着かせ、循環系の負担を軽減。副交感神経を優位にし、リラックスと睡眠の質向上にも効果があると言われています。後半のは全身浴の場合ですが。」
「ならやった方がいいんだよね?」
「まあそうですね。基本的に運動後30分以内にするのが効果的でベストだと言われています。」
そんな話をしていると今週の土曜日の話になった。
「そういえば岡もっちゃんから聞いたよ〜。今度の土曜日、山梨の甲府学院と練習試合するんだって?監督も如月君がやるらしいじゃん?」
渚先輩の面白いこと聞いたぞと尋ねてくる。周りの知らなかった人達も驚きながら興味津々で此方を見てくる。
「監督って云うよりピッチ上で指示を出すだけですよ。午前から夕方まで3試合する予定なので選手変えて色々試すつもりです。来月の末にも予選が始まるので、急いでチームを仕上げないといけませんので。」
「如月君がいれば何とかなるんじゃないの?」
「そう言ってくれるのは嬉しんですが、そんな簡単じゃないですよ。」
「頑張ってね。応援してるよ。」
最後に千夏先輩が優しく応援してくれた。続いて皆が応援してくれた。
「とりあえず楽に全国出場は果たさないと。目標は全国制覇ですから。」
「言うね〜〜〜。ま、がんばんなよ。」
そろそろ10分経ったはずだから上がろうと声を掛けた。足を拭いてくださいと使っていない綺麗なタオルを渡した。順番に拭いて最後に綺麗に畳み直して渡してくれる。ここら辺の気遣いが出来るのは俺的にポイント高い。
「次の準備をするので先に上がってもらっていいですよ。」
そう促して、氷を取りに製氷機の方に行くと背後から再度お礼の声をかけられたので“いえいえ”と返した。
氷をバケツに入れているとさっきまで隠れていた部員が戻ってきた。
「お前……よく話せるよな。」
「なにがです?」
「いや、その、………女子と………。」
もじもじする先輩、同級生にガクッとなった。
「いや、色恋関係なかった特段別に話すのは問題ないでしょ?」
「いやまあ、そうなんだけどさ………鹿野さんとかいると緊張してしまうし………。」
思わず絶句してしまった。思春期真っ只中の子供か!いや思春期真っ只中の子供だった。
「それは皆さんの問題なんで、まあ頑張ってくださいとしか言えませんよ。俺はアイシング終わったんで先に戻ります。」
そう言ってその場を後にした。
部室に戻って濡らしたタオルで身体を綺麗にし、制服に着替えを終えると、片付け組、罰走組が帰ってきたところだった。
「お先に失礼しま〜す。」
声を掛けて、いつもの公園に向かった。5分と待たずに千夏先輩が来てくれた。
「お待たせ!帰ろっか。」
「はい。」
「土曜日、午後練だから午前中に観に行くね。」
千夏先輩の応援行く宣言に少し驚いた。
「それはありがたいですけど。」
もう少ししたらインターハイ予選が始まるから観に行く事も難しくなるからと教えてくれた。
「全試合前半だけ出る予定なので一試合目の前半で終わっちゃいますけど………。」
「いいよ。私のモチベーションの向上に繋がるから。」
楽しいひと時だが直ぐ家に着く感覚だけは名残惜しいなと思った。
朝起きて下に降りてリビングに入るといつもの光景、キッチンに智さんがいて料理をしている。テーブルには新聞を広げて読んでいる将史さんがいる。
扉の開く音で此方に視線を向けてきて、挨拶を交わす。
「「おはよう、千夏ちゃん。」」
「おはようございます。」
「直ぐに朝ご飯持っていくわね。」
「ありがとうございます。」
返事をし、キョロキョロと辺りを見渡した。あれ?優君まだ起きてないのかな?そう思っているとガチャリと扉が開く音がした。タオルを首に掛け、タンクトップと短パン姿の優君が入ってきた。多分シャワーを浴びたのだろう。微かにシャンプーの香りがする。
「おはよう。」
「おはよう、優君。」
「おはようございます、千夏先輩。」
いつも通り挨拶を交わし、朝食になった。私はいつも通りの和食だが優君はゼリー飲料と果物を食べている。
9時キックオフだから消化の良いものを食べているのだろう。
そしていつも通り、準備をして一緒に登校する。いつものルーティンになりつつある。
「今日の相手って強豪って聞いたけど?」
「確か去年の冬の選手権はベスト8です。先週やった千葉経大に負けて。」
「全国でも強豪なんだね?」
「そうですね。ビデオでチェックしましたがドリブルやパスで相手を崩すのをスタイルとしている高校ですね。ロングパスは滅多に使わないようです。」
「ふ〜〜〜ん。で、如月監督はどうやって戦うおつもりで?」
前かがみになって顔を見ると、優君は不敵に笑った。
「今回は勝つよりも負けないの重視する予定です。イングランド仕込の前線からのハイプレスを実戦で理解させます。守備に感性とかは要らないので。」
圧倒的自信とこれまでの実績から来る言葉なのだろう。偶に凄く優君が大きく見える。
「なら何が必要なの?」
私の顔を見下ろす。そしてトントンと頭を叩いた。
「ここですよ。バスケットと比べてピッチの大きさは約17倍、試合時間は45分ハーフの90分。高校は一部を除いて80分ですが。そんなサッカーにはどうやって攻めるか守るかの他に、どうやって時間を使うかと云う観点が必要になってきます。」
「どうやって時間を使うか………?」
「千夏先輩はバスケの試合を40分ハーフの80分間出来ますか?」
ブンブンブンと頭を横に振った。絶対に無理!1Q10分でもキツイのに40分するなんて。
「つまりは上手く時間を消化しないといけない。ゆっくりパスを回す。ボールがピッチから出た所で休憩をとる。試合展開を考える必要があるんです。」
優君の言っていること、言いたいことは何となく分かる。でもそれをどうやって行うのかがピンとこない。そんな私の様子を察したのだろう。苦笑しながら片手で私の頬を挟んで押した。
ぶにって頬がなり、唇が突き出た。そんな変な顔になった私を見て笑った。
「あはははは!今日の試合で多分理解出来ると思いますよ。見ていてください。」
子供の様な無邪気な笑顔と大人のように冷静に遠くを俯瞰するような目をする優君の横顔がアンバランスなのにバランスが取れているのが印象的だった。
8時を半を過ぎると9時からの部活の人が徐々に来たのでここら辺で切り上げないととボールを片付け始める。後はボール籠を倉庫に持って行くだけの時に部活にやってきた針生君に声を掛けられた。
「ちー、相変わらず練習熱心だな。」
「針生君。そりゃあ全国目指してるから頑張らないと。」
「そっか。バスケ部の練習午後からだろ?昼過ぎまでどうするんだ?帰るのか?」
「ううん。渚達とサッカー部の試合観に行く約束してるから。」
「そっか。俺も午後から観に行くから如月に頑張るように言っといてくれ。」
「分かった。じゃあね。」
そう言って別れ、着替えてグラウンドに脚を向けると渚達がもう着いていた。
「おっす〜〜千夏。」
「おはよう千夏。」
「おはよう。みんな早いね。」
朝の挨拶をしていると、急にグラウンドの方から声を掛けられた。
「君達、可愛いね。ここの生徒?」
「連絡先教えてよ。」
ナンパしてきた。この人達試合しに来ているのに。
「彼女達は俺の知り合いです。そういった下世話な事は遠慮してもらいたい。」
優君が颯爽と現れた。ホントにタイミングがいいな〜。狙ってるわけじゃないよね?
「あん?誰だよ、お前?」
「栄明の如月です。」
いつもの優しげな顔ではなく、冷徹な笑みを浮かべながら自己紹介をした。そしてその雰囲気と名前で気づいたのだろう。しどろもどろになっている。
「き、如月って………。」
「っ日本代表のっ………。」
「ええ。一応U-21にも選ばれている如月です。」
「ちっ、行こうぜ。」
「あ、ああ。」
不敵な笑みを見せると、気まずげになり、その場を去った。
「監督がベンチにと。どうぞ。」
そう言って案内してくれた。
“では俺は試合なんで”と立ち去った。
「ようこそ女バス諸君。今日は楽しんでいってくれ。」
岡本先生が歓迎してくれる。部員に私達の人数分の飲み物まで用意してくれて、至れり尽くせりだ。
試合が始まった。ウチが前からプレスに行く。
「今日は、ハイプレスの実戦練習だ。現代サッカーの主流になりつつある守備戦術。前から奪いに行く攻撃的守備ともいえる。」
「それって難しいんですか?」
渚が質問する。
「簡単だ。ハイプレスをするだけなら。問題は、それが効果的に掛けられるかだ。」
「???」
何人かの頭に疑問符が浮かんでいる。ぶっちゃけ私もピンときてない部分がある。
「先ず前提として前線から全員がプレスに行くから一人でも躱されたら一転ピンチに早変わりだ。だから一人でもサボるやつがいれば上手くハマらない。そしてそれを熟すには膨大な体力と高いモチベーションがいる。」
私達の反応を見てくる。理解してるかどうかチェックしているのだろう。でもここら辺はバスケのオールコートプレスと似ているところがあるから皆理解出来ているだろう。
「たとえボールを完全に奪うまではいかなくても、強度の高いプレスは相手の自由を奪い、ストレスを与え、ミスを誘発させる。」
そしてマイボールになると、此方は悠然とパス回しを行なっている。………行なえているが正しいのだろう。相手がプレスをかけるも度々顔を出してボールをピッチ全体に散らばせている。なので栄明ボールになるとゆっくりとパス回しが行えている。
「俺は如月を過小評価していたようだ。代表でも前のチームでもトップ下。攻撃的な選手だったからな。………まさかここまで守備に造詣が深いとは思ってなかった。」
優香が岡本先生の言っていることが分からなかったのか質問した。正直私もよく分からなかった。
「どういう事なんですか?」
「誰がマークに行くのか、どこを捨ててマークを厚くするのか、ボールを奪った後の相手のプレスの回避先としての立ち位置。ピッチ上の全て調整しているのがアイツだ。」
優君の凄さを言語化されると怖いくらいの能力だ。
「ウチの選手達を悪く言いたくないが、相手と戦力を比較すると2段位は相手の方が上だろう。でも如月が的確に指示を出し、その差を埋めている。こないだやった千葉経大や高校No.1の津軽は更に2段上だろうな。そして如月は更に4段位は上かな。」
岡本先生の言葉に皆が顔を見合わせた。驚愕の言葉に驚きの顔をして。
「俺、アイツの実力が気になって前のチームに電話したんだよ。そしたらアイツ、去年1年はトップチームの練習に参加してたんだ、ずっと。トップチームがホーム離れる時だけU-23の試合と練習に参加してたんだとさ。」
更に驚愕の事実が発覚した。
「しかもただのトップチームじゃないぜ?去年、一昨年のイングランドリーグ1位のチームのだ。今年も今のところ1位だしな。」
「「「「「……………。」」」」」
「トランスファーマーケット、いまゆる市場価値での評価なんだが………アイツ2000万£、日本円で40億獲得するのに必要だって値がついてる。」
「「「「「………………………。」」」」」
あまりの話のスケールの大きさに絶句してしまった。
「実際獲得するのに2倍から3倍跳ね上がるのもざらだから100億前後かかる。まっ、アイツ前のチーム退団してるから移籍金かからなくなったから、どこのチームから見てもお買い得商品なんだよ。だから日本のチームもスカウトに来る。あそこら辺のは全部そうだよ。」
そう言ってピッチの外、フェンスを隔てた道路に数多くの大人の人をスーーーっと指さした。あれが全部プロのスカウトなんだ………。
「だからアイツは怪我さえしなきゃあ玉の輿確定だ。頑張るんだな、鹿野。」
「「「「「えっ!!!」」」」」
「違いますっ!優君とはそんな関係じゃあ!」「まじっ!!」「そうだったの!?」「いつの間に!」「いいな〜〜〜。」
皆が一斉にざわめき出したから混乱の渦が発生した。わちゃわちゃごちゃごちゃだ。私と優君はそんな関係じゃあ………。
「監督、時間です。」
部員が傍によって時間だと伝えてきた。ただ何の時間かは私達には分からないのでポカンとしている。
「鹿野、彼奴等にラスト10分って伝えてきてくれ。」
岡本先生に言われたので前に出る。皆が何だと此方を見ているのが分かる。“残り10分!”と大声を出す。
すると優君が指笛を鳴らし、両手を掲げた。よく見ると両手の親指と人差し指、中指を立てている。あれはバスケのスリーポイントのジェスチャーだ。どういう意味?もしかして3点取るという事?
優君が前に素早く出てパスカットをした。もしあのジェスチャーが3点取るということなら本気の彼が見られるということなの?
優はレギュラーとして選ばれてるU-19の代表と自分では認識してる感じで、U-21はお試しで選ばれたと個人的には思っている感じです。千夏先輩達をナンパしている男達への見栄でU-21って言っただけです。
市場価値の金額設定も、とりあえず海外の選手の金額を参考に少し盛ってる感じです。
次の話は試合内容の予定です。