こっちは五輪の話になりますが。
少し短めですが、後々出てくるだろう内容もネタバレ的に入ってます。
ゴールデンウィーク真っ只中。
大学の講義もサークルもない平日の午前中にも関わらず、私は大学に来ていた。大学で出来た友達やサークルの仲間も。
体育の講義で行った事しかないサッカー部の綺麗に整備されたピッチに向かう。
「沢城君は?」
スポーツ推薦で同じ大学に入学した同級生について、待ち合わせて合流した針生君に聞く。
「一年だから準備に駆り出されてるよ。」
8時に大学に来たけど、他にも結構人がいる。圧倒的に女子が多いけど、男子もそこそこいる。
バスを降りると何故か沢先輩が待っていた。
「あれ?なんで沢先輩がいるんです?」
「出迎えだよ。後輩のお前がいるから俺に行けってお鉢が回ってきたんだ。」
「そっすか。ならお願いします。」
軽い感じで言うと、渋い顔をした。
「こちらです。」
沢先輩が先導してくれる。入り口からぞろぞろと連なって歩く。
今日、練習試合をするピッチを覆うフェンスが遠巻きに見える。通路の端に元治大の学生だろう。多くの人が並んでいる。
女子のキャアキャアとした歓声があがる。
入り口が遠くに見えてきた頃、顔見知りを見つけた。
「先に行ってて。」
そう言って列を離れる。3人組の少し背が高い子に話しかけた。
「元治大の学生ですか?」
「えっと……はい。」
急に近寄って来て、急に質問されたからか困惑しながらも答えてくれる。反対側の真面目そうな子に質問を振ってみた。
「今日は元治大と日本代表、どっちの応援に来たの?」
「えっと…その……日本代表です。」
「ホントに!?嬉しいな、ありがとう。」
お礼を言うと、赤面して下を向いてしまった。
俺の顔をジッと見ている人に笑うと、ポケットからある物を取り出した。
「これ、俺が一番好きなので抹茶ミルクキャンディ。はい、あ〜ん。」
個包装から取り出し、指に挟んで彼女の口元に持っていく。
固まって動かない彼女。仕方ないので唇に挟む。そして親指で口内に押し込む。指を離す時に、何度も触れた唇を撫でる。
フリーズしていた彼女も少しだけ氷解したのか反応が返ってきた。口の中に入った飴をコロコロと動かしている。
「今日は誰を観に来たの?」
「え……あっ……えっと……優さんです。」
しどろもどろで俺を観に来てくれたと言ってもらい、嬉しくなる。多分、満面の笑みを浮べているだろう。
「そっか、ありがとう。なら今日は全部君のためにゴールを決めるよ。」
我ながらくさいセリフだと思う。そんな自分に苦笑していると入り口から大声で俺を呼ぶ声がする。
「おい、如月!!ナンパしてんじゃねぇ!!さっさとこい!!」
「はいはい!今行きます!!」
遠くから聞こえる声に返事をする。かけていたスポーツサングラスを彼女にかけてあげた。
「じゃあ応援よろしくね。」
赤面している彼女に手を振りながらその場を離れた。
「千夏〜〜〜、ナンパされてんじゃんっ!しかもサングラスまで貰っちゃってまぁっ!」
同級生の優奈がからかってくる。ウリウリと肘で小突いてもくる。針生君はそのからかいが多分に混じった視線をすぐに止めて。
「違うって。そんなんじゃないよ。からかい目的だって。」
慌てて誤魔化すと、何故か納得したように頷く。
「まぁ〜そうだろうね。メアドもライン交換もなかったし、千夏は美人だけど如月選手ならモデルに女優と選びたい放題だろうしね。」
「そうそうっ!こないだのスターダストの表紙見たっ!如月君とジェーン・ウェルズリーのツーショット!エモくなかったっ!?」
「マジそれっ!優君のパンイチに上半身裸とジェーンのアンダーウェアの睦み合い。色気半端なかったよねっ!」
先月に発売されたスターダストの夏用カタログでブランドモデルを務めている2人が表紙を飾った雑誌で盛り上がっている。
優君が仁王立ちで下着1枚にジャージの上を肩で羽織り、ジェーンがスポーツ下着だけを履いて優にしなだれかかった形のポーズで写っている。
一昨年のU-20W杯での活躍、冬の選手権、去年のインターハイと選手権、そして去年の正月から選ばれていて、来月から始まるロンドン五輪の日本代表として戦う注目選手として老若男女から人気を博している。
普段の柔らかい雰囲気からサッカーの時に見せる真剣な眼差しと華麗なプレー、必死の形相で闘う姿、チームを鼓舞するリーダーシップと多種多彩な姿から特に女性から熱狂的な人気があり、智さんの息子としてTVで特集されたりもしている。
そんな人が私の彼氏だなんて………私、刺されたりしないよね?針生君、笑い過ぎ。彼女達の後ろだからバレてないけど。
ワーキャー元気な友達を押して練習を観るためにフェンスに移動した。
優君達は荷物を置いて、並んでストレッチを行なっている。丁寧に、そして入念に行なっているのが分かる。
出会ったときから、今に至るまで少しも変わらない。準備からケアまで徹頭徹尾、神経を行き渡らせるように行う。
ランニング、ボールを使ったアップ、ドリブル練習、パス練習、複数人で行う練習と徐々に規模、強度を高めていく。
シュート練習では優君と川添君は全部決めていた。こういった練習でもしっかりと決めるところは流石だ。
5分休憩と言われて、こっちに戻ってきた。タオルで汗を拭いながら私に向かって手をヒラヒラと振る。
すると、私の周りの女子がキャーーーと歓声をあげる。全く大した人気だこと。私に手を振っているのは分かるけど、色々な女子に人気なのは彼女としてあまり面白くない。
1時間程した頃、いよいよ練習試合が始まるようだ。両チームの出場選手がピッチに出てきた。
優君もヘアバンドを付けながら入る。すぐ近くの選手に一言二言話してから離れた。
ピーーーっと笛が鳴り、試合が始まった。
ちょくちょく如月の試合を観てはいたが、やはり他の選手と比べて上手いと思う。常に周りの状況をチェックし、ポジショニングに気を配り、相手にとって嫌な所、自チームにとってウィークポイントをケアする。
よくサッカーを知っているから出来るプレーだ。
今も右足で左サイドの選手に蹴ると思ったらアウトサイドで右にいた選手にパスを出した。左サイドに攻撃の比重がかかっていたからゴール前で一対一のチャンスになる。
サイドに深く抉り、マイナス方向にパスを出す。そこにマークを外した如月が走り込んでいた。ヒールで流し込んで決める。
ああいったのを簡単そうに決めてしまうのを見ると流石だと思う。チラリと斜め前を見ると、ちーが嬉しそうに拍手している。
如月を支えてあげたい。手助けしてあげたいと言っている。大学とは別にアスリート食や身体のケアの勉強もしていて凄いと思う。
ピッチに目をやると、1人躱して閃光のように相手の間を切り裂くようなパスを出していた。伊原が裏抜けから悠々とボールをゴールに蹴り込んだ。
親指を出してグーのサインをして、すぐに戻っている。
チームの調整が上手くいっているのか、チーム全体の調子が良さそうだ。そこからは如月の高速アーリーを川添選手が高い打点で叩きつけるヘディングシュートを決め、三笠選手が鋭いドリブルでファールを貰い、それを如月がフリーキックで直接叩き込んだ。
攻撃の起点が基本的に如月なのが見てわかる。当然相手チームは対策をしてくるだろう。そこで戦って勝っていかないと世界では戦えない。如月はそう言い、負けたら俺の責任だと自分にプレッシャーをかけている。
ピーーーっと笛が鳴り、試合終了を知らせた。少し早いなと思ったが30分を4本やるようだ。
次は下がり目のポジション、ボランチをやるみたいだ。
ここでも前後左右に動き、前後左右にパスを振る。守備でも貢献している。積極的にプレッシャーをかけたり、パスコースを消したり、カバーリングをしている。そしてコーナーやフリーキックでは良いボールを入れて、度々チャンスを演出する。
3試合目は休みのようで足のケアをされながら試合を観戦していた。側にいる川添や中村、先輩の三笠選手や伊原選手と指さしたり、ボードを使いながら話し込んでいる。
4試合目は控え選手中心のチームにトップ下で参加していた。
ここでは完璧に攻撃的選手としてプレーし、失点より多くの得点をあげ、勝ちを収めた。
その後はダウンをして、来てくれていた人達にファンサービスを行なった。
スマホで集合写真を何枚か撮り、応援のお礼を言って帰っていった。
ちーは友達と如月の集合写真を撮って嬉しそうにしている。いやいや、ちーは如月とどんな写真でも撮れるだろうに。
1週間の代表合宿が終わり、ようやく我が家に帰ってこれた。
とある事情で同棲している部屋に帰ってきた。5日後にまた東京に集まって、ロンドンに向かう予定だ。
戦い方の骨子も固まり、チームもいよいよオリンピックが始まると、気力が満ちてきているのが分かる。
そんな事をつらつらと考えながら手に馴染んだ感触を楽しむ。
千夏を後ろから抱き締めながらベットの上で横になり、胸とお腹や脇腹を揉んでいる。肌に吸い付くような質感、キメ細やかで引っ掛かるところのない肌の感触を楽しんでいる。大きくもなく小さくもなく、俺の手にジャストフィットする胸が触ってて気持ちいい。たまに先端を弄ると官能的な声を漏らしてゾクゾクする。
色々と男女のやる事を幾度して、疲れて動かすのが億劫になった身体を動かすことなく楽しんでいる。顔は千夏の首筋や肩に顔を埋め、甘くて優しい匂いも楽しむ。何か俺変態だなと自身の癖を思い、内心で自嘲する。
「優って胸好きだよね?」
そんな事を考えていると千夏からの問いに一瞬考えを読まれたかと固まる。しかしよくよく考えればそんなことはない。俺が千夏の身体を弄っているから言ったのだろう。
「俺の唯一の清涼剤で鎮静剤、究極のリラックス法だよ。」
髪に鼻をやり、大きく息を吸って千夏の匂いを嗅ぐと、擽ったそうに身を捩る。そして目が合うと2人フフッと笑い、キスをする。
あ〜〜〜癒しだわ〜〜〜。これが一ヶ月近く無いないてゲンナリする。今からでも五輪代表辞退したくなる。
「そのさ……優は……一ヶ月出来ない訳じゃない………その時はどうするのかなって…………。」
恥ずかしそうに言う千夏が可愛すぎる。ギューーっと抱き締めた。
「どうだろう?多分我慢すると思う。俺は千夏としたいのであって、1人で処理したいわけじゃないからな〜?」
今回の日本代表はとあるクラブの施設を借りることになり、1人1部屋用意されている。サッカークラブの施設なので練習場やケア施設、その他娯楽施設もあり、充実している。
キッチンも借りれるので日本食を中心に過ごしやすい環境が整っている。
個室なので自家発電しようと思えば出来るけど………俺はしないな。
「なので帰ってきたら覚悟しておくように。精根尽き果てるまで朝晩夜通しでやるから!」
少し決意を込めて言うと、そんな俺が可笑しかったのかクスクスと笑う。
「優がすっかりエロくなってしまって。昔は可愛かったのにな〜。」
いやいや、俺も変わったかもしれないけど貴女も相当変わりましたからね。妖艶な表情や情欲に満ちた表情を見せるようになり、魅せられたように釘付けになる事もしばしばある。
「そっか〜〜……、一ヶ月後か〜〜〜。長いな〜〜〜。楽しみにしてるね?」
「はい。俺も終わった後の楽しみを糧に頑張ってきます。」
もう0時になる。そろそろ寝ようとなった。
とあるホテルのホールに監督、コーチ、そして選手が前の椅子に座り、前にはテレビ、新聞、雑誌などのカメラマン、記者、ライター、解説者が多く集まっている。
これからサッカー五輪日本代表の結団式が行われる。サッカーだけオリンピックが始まる前に予選が始まるから早めに行く必要があるので別枠でやるようだ。
この後、空港に向かいイギリスへ出発する。
1週間をロンドンでトレーニングし、本番を迎える。予選は1グループ4チームで、日本代表はウルグアイ、スウェーデン、メキシコと当たる。どのチームも中堅で油断できない。
一戦一戦しっかりと戦う必要がある。
監督、コーチ、選手の紹介が終わり、質疑応答が始まった。
「今回、チームキャプテンとゲームキャプテンを分けられた理由を教えてください。」
「純粋にチーム運営を考えた末の結論です。チームの規律や引き締めは藤峰が、チームの戦術的リーダーを如月に務めてもらう。」
「チーム最年少がキャプテンマークを付けるということですかっ!?」
段々と記者の口調に熱が帯びてきた。俺がキャプテンマークをつけるのが不満なのか心配なのか。
「そうなります。予選でチームの雰囲気がガラッと変わったのは如月の影響が強く、主力の選手何人かに聞くと特段不平不満が出なかったので、チームが強さを維持する為に私の判断で決断しました。」
監督が言い切る形の言葉で、会場の空気はピリッとした。別の人に質問の順番が変わる。
「如月選手に伺います。今回のロンドン五輪、最年少出場でありながらゲームキャプテンまで任されました。今の心境をお聞かせください。」
今の心境?千夏と離れて一ヶ月禁欲生活がツラすぎて帰りたいですって答えたらダメかな?ダメだよな?
スポンサー提供のペットボトルのコーヒーの封を開け、一口口に含む。一呼吸置いてから質問に答える。
「緊張も高揚もあります。当然プレッシャーも。ですがこのチームで優勝を目指して戦う。その事に嬉しさと楽しさ、そして興奮してワクワクしています。」
「先程優勝と言われましたが、可能性としてどれくらいでしょうか?」
知らんよ、優勝の可能性なんて。
「分かりません。ただ、出場する以上は最高順位を狙う。それだけです。」
「今回、拠点がロンドンブルーFCのクラブハウスを借りる形になりましたが、それは如月選手が間に入ったのでしょうか?」
そう今回のロンドン五輪、チームのロンドン合宿から期間中の拠点は俺が所属していたクラブの施設を借りる形になった。
「特に自分から働きかけをしたことはありません。ただ練習場を探していたついでに、そういう流れになったと決まった後に聞きました。」
そこからも質問に答えていく。流石に疲れてきたなと思った時に、質疑応答の時間が終了となった。
最後に集合写真を撮ってお開きとなった。
荷物を取りに行き、空港にバスで向かう。ザッとパスポートのチェックを行い、専用機に乗り込む。
その前に彼女に一通のメールを送った。
大学の講義中、ブブブッとスマホが震えた。画面に優君から一言。
『行ってきます。金色の太陽を獲りに。』
簡潔に、でも自分の目標を私に少しキザな言い回しで伝えてきた。
『頑張ってね。準決勝から観に行くから。』
そう送ると、すぐに返信が来た。
『ご褒美、楽しみにしてます。朝晩夜通しですからね!』
フフフ、優君はそればっかり。嬉しい気持ちと待ち遠しい約束で幸せな顔をしていたのを見られていたのに気付かなかった。
講義が終わり、一緒に受けていた友達が私を囲んできた。
「千夏〜〜、珍しく講義中にスマホいじったと思ったら随分嬉しそうにしてたね〜。彼氏からの連絡でしょ?よっぽど嬉しい事が書かれてたの?」
脇を擽りながらからかってくる。
「もうっ!それやめてってば!」
脇にやられた手を外しながら振り返る。くすぐっていた優奈、他の3人も面白いものを、からかいのネタを見つけたと言わんばかりに底意地の悪そうな笑顔を浮べている。
「あ〜〜あ〜〜、元治大一のマドンナが彼氏持ちでガッカリした男子も多いのに、そんなに幸せそうな顔しちゃって。」
「もう!そういうからかいはいいからっ!早くカフェテリア行こっ!昼も講義あるから早くお昼食べないと。」
そう言って少し強引に話を切り上げて移動を促す。講義をしていた校舎を出て、カフェテリアがある別の校舎へ歩く。
外に出ると青い空が広がっている。その青空に一筋の白い線が通っていた。飛行機雲だ。
多分アレじゃないと思うけど、優君にエールを念じた。
“頑張れ、優っ!”
サッカー日本代表専用機。カラオケボックス、喫煙所、シャワールーム完備の飛行機で持ち込んだ文庫を少しリクライニングを倒して読んでいた。匡から勧められた歴史ものを。
離陸して10分くらいした時、不意に後ろからフワッと風が吹いた。柔らかく優しい風で、嗅ぎ慣れた甘くとふんわりとした匂いがした。
ありえないと分かっているのに、宙に浮いたような感覚を覚え、背中をはそっと後押ししてもらったような気になった。
飛行機の中でありえない現象なのに、確かに感じた。
“行ってきます”、そう彼女に心の中で呟いた。
日本代表、頑張れ!