がっぷり四つの様相になってきた。互いにハーフタイムで戦術の整理や意識の修正を行ったのか、最終ラインが高くセンターサークルを中心に球際の激しい奪い合いが起こる試合になっている。チラリと時計を見ると後半10分過ぎて尚、ボールが落ち着かない試合だ。俺も相手のダブルボランチとトップ下が素早く激しくプレスに来るので、俺に入るパスもファウル覚悟のタックルやチャージが来るのでキープもドリブルも出来ずにワンタッチやダイレクトでパスを回すしかない。
仕方ないと割り切り、サイドにボールが出たタイミングでサインを出す。するとボールを持ったサイドバックが下りてきたトップの川添に強い縦パスを入れる。それをダイレクトで俺に落とす。それを俺もダイレクトで相手の上がったラインの右裏にフライでスルーパスを送る。
最終ラインでタイミングを窺っていた右WGが抜け出す。左WGも抜け出したので相手キーパーと2対1の状況になる。
2人は素早く冷静にキーパーを躱し、ゴールを決めた。これで3点目。皆が決めた2人に近付いていきゴールを祝う。
そこから直ぐにサイドを上下し攻守に渡って躍動したサイドバック、中盤の底で攻守に渡って全方位に顔を出したダブルボランチが交代する。その時には感謝の言葉とお疲れ様と労わりの言葉をかけた。
相手もダブルボランチを代えてフレッシュな2人を投入する。
その2人を連れて左のアタッキングサイドでパス交換に参加する。ポケットに飛び出た左WGにスルーパスを出すも手詰まりになった。此方にリターンパスを返す。詰めてきたマークマンをルーレットでいなし、エラシコでもう一人のマークマンとの距離をずらす。ペナ角をゴールに1メートル近づいた位置から右足を振り向いてシュートを打つ。
数多くの名手が得意としたそのエリアから放たれたシュートは大きな弧を描いてファーサイドのネットに吸い込まれた。
決まったと思ったと同時にゴールパフォーマンスをする。この瞬間だ。試合が止まり、一心に注目を集めるこの瞬間は特別だ。最後に見に来てくれている千夏先輩の方向にガッツポーズをする。
前半が終わってハーフタイムになると寒かったのか千夏も部屋に戻ってきた。寒い寒いと言いながら温かい食べ物を注文し、飲み物も取りに行った。寒いんだし部屋で見ようとさなが誘うも、“せっかくこんな場所を取ってくれたんだから生で観戦しないと。部屋で観るなら家のテレビでも十分な訳だし。”と言う千夏に皆が顔を見合わせ、肩を竦めた。確かに千夏の言う通りだ。こんな特別な席を用意してもらったんだから。
全員上着を着て、後半は外のベンチで観ることになった。
如月君が点を決めてから10分もすると、ボールが出て試合が止まった。残り15分といったタイミングで交代があるようだ。ピッチサイドで交代する選手が準備している。手に持っている2つのの電光掲示板に10と9が映し出されていた。
交代を確認したのか天を仰ぎ見ながら大きな息を吐いたのが何となく分かった。ヘアバンドを外し、キャプテンマークをディフェンダーの人に渡し、ピッチの外へ向かっていく。
スタジアム中から“キサラギ、キサラギ”と大歓声が響き渡った。
手を上げ、全方位に振り返し感謝している事を伝えているのだろう。ピッチを去る時に一礼してから出た。自然と拍手が沸き起こった。彼が監督と握手をし、裏に下がるようだ。
「優君もベンチに下がったし、中に入ろっか。」
千夏がそう言ってきたので、皆ぞろぞろと部屋に戻った。
今日の試合での如月君の活躍について話が盛り上がった。“凄かった”や“かっこよかった”なんて話が出てくる。そんな話で盛り上がっていると、どうやら試合が終わったようだ。
選手が挨拶をして、敵味方審判と握手や肩を叩きあって健闘を称え合っている。いつの間にかU-19に点が入り、4対1になっていた。如月君も足まで覆うタイプの防寒着を着て輪の中にいる絵が映し出されていた。
今日の試合で一番活躍した選手だからかカメラに追われている。勝利監督のインタビューに切り替わった。当たり障りのない事を言い、選手の健闘を褒めて終わった。
次は如月君のようだ。それが分かると皆聞く態勢になった。
『スタジアムの皆様、テレビの前の皆様。本日のマン・オブ・ザ・マッチ如月選手に来ていただきました!おめでとうございます。』
太鼓や指笛、拍手が会場中から沸き起こる。
『ありがとうございます。』
試合終わりで疲れてるだろうに何て爽やかに微笑むんだ、あの子は。こんな笑顔を見せられるとファンもさぞかし増えよう。
『1点目をアシストする速くて鋭い見事なクロスでした。あの時の様子を教えて下さい。』
『相手を躱した時に、前の3人をチェックすると川添選手が“来い”と目で要求してたので、一番厳しいボールをゴール前に出しました。それを見事に決めた川添選手にはお見事と言いたいです。』
『本当に見事なゴールでした。スタジアムが一瞬の静寂と大歓声に包まれましたから。』
『そうですね。あの瞬間は最高でした。』
自分で決めた得点の話もし終わり、締めの言葉をアナウンサーが貰おうとする。
『如月選手は秋にU-20ワールドカップがありますが、それに向けての抱負をお願いします。』
『そうですね。まだメンバーに選ばれたわけではないので言うのは烏滸がましいですが、選ばれたら優勝目指して頑張ります。』
『力強い抱負ありがとうございました。本日のマン・オブ・ザ・マッチ如月選手でした〜〜〜!』
締めの言葉を受け、観客席に向かって手を振っている如月君。近づいたカメラマンにペンを渡され、放送されているテレビカメラの画面にサラサラとサインを書く。そしてガッツポーズをして離れていった。
『次は先制点を見事なダイビングヘッドで決めました川添選手に来て頂きました!』
『どうも、よろしくお願いしま〜す。』
『最初の決定機を外してからのゴール。どんな心境だったんですか?』
アナウンサーが中々に際どい質問をする。
『次は思いきってやってやろうと思ってました。』
『如月選手に何か言われてましたが…………。』
『あぁ。決定機に何をしようか考えてしまって悩んだのを責められました。決める外すはどうでもいい。最前線で一瞬で勝負するストライカーだろ。本能貫けよって言われました。』
『そんな事を言われたんですね。それが次の時に得点に繋がったと?』
関心したような口調で納得の言葉を紡ぎ、川添選手が答える。
『そうなります。来ると思った瞬間に頭から飛び込んでました。』
更に幾つかの質問をこなし、締めにかかる。
『見事なゴールでした。次の試合もゴールを期待しています。先制点を上げた川添選手でした。ありがとうございました。』
『ありがとうございます。』
川添選手も観客席に手を振って後にした。
主要な選手のインタビューも見たし、そろそろ帰ろうって話になった。忘れ物が無いかチェックし、ある程度片付けをして部屋を後にした。
担当の松本さんが部屋の前で待っていてくれ、案内を受けながら出口を目指す。今日の試合の話で盛り上がりながら家路につく。滅多に出来ない良い経験をする事が出来た。
同年代の子の活躍、頑張りを間近で観ると針生じゃないけど刺激になるもんだ。明日から気分も一新、頑張ろう。
控え室に汗の処理や着替えが終わった選手、監督、コーチに今回エスコートガールをしてくれたモデルの人達とプチ打ち上げをすることになった。簡単なオードブルにドリンクが用意されている。皆が好き好きに飲み食いをしている。俺は乾杯の音頭が終わると監督やコーチに挨拶をし、選手にも一言ずつ言葉を交わすとこっそりと部屋を出て帰る準備をする。監督には帰る旨をつたえていたので問題ないだろう。
すると、俺が退室したのを目敏く見つけたのか、部屋に居ない俺を探していたのか花恋さんも部屋を出てきていた。
「何?優君もう帰るの?」
不思議そうに尋ねてきた。
「ええ。両親が飯がまだで食べてから帰るって連絡があったので家には千夏先輩が一人になるんです。なので早く帰ろうかと。一応一通り挨拶は済んだので。」
花恋さんは意外な答えを聞いたと目をパチクリさせている。そんなにおかしい事言ったかな?女性一人、しかも他人の家に一人待ちぼうけなんてあまり好ましくないだろう。
「なら私も帰るわ。少し待ってて。荷物取ってくるから。」
そう言って颯爽と立ち去る。この辺は流石モデルと思う。去る姿も後ろ姿も綺麗だと思う。その後ろ姿に声を掛ける。
「分かりました。ここで待っています。」
花恋さんは数分で戻ってきた。まあ私服だし預けていた手荷物を受け取るだけだから、そんなに手間暇かかる訳もないか。
2人並んで外に出るとタクシーが止まっている。出る前に頼んでいたのが待ってくれていたようだ。手を上げ、呼んだものだとアピールするとドアが開いた。どうぞと先に乗って下さいと促すと“ありがとう”とお礼を言い、乗り込んでくれた。“何処まで送りましょうか?”と尋ねると、最寄りの駅を言った。住所を知られるのを嫌がったのだろう。モデルをやっていて、今日初めましての相手なのだから一応の用心なのだろう。運転手にお願いしますと言い、タクシーが動き出した。
「タクシーで帰るんだ?」
「周りに今日観に来た人が大勢いますから公共交通機関は使うなと言われています。サインや写真撮影ならまだしも心無い言葉を言われることもありますし、危ない目に遭う可能性もありますから。」
花恋さんの質問に協会から言われている事を正直に話した。まあ隠してる事でもないし、実際に昔トラブルがあったからの対処だ。
電車で云うと数駅の距離なので直ぐに着いた。折角こうして知り合ったので連絡先を交換しようと言ってきてくれたので互いに交換している間に駅に着いたみたいだ。お金をスマホでサッと払い降りる。半分出すと言ってきたが断った。
「協会から出るので構いません。俺の懐は痛みませんよ。」
そう肩を竦めながら言うと、諦めたのが笑いながらありがとうと感謝の言葉を口にされた。
「ではまた。」
「うん、また。今日はありがとうね。」
「此方こそありがとうございました。」
互いに別れの挨拶と感謝を口にし、駅で別れた。
駅から10分程で家に着いた。玄関で靴を脱ぎ、片付けていると2階からトントンと音が聞こえてきた。どうやら帰ってきたのに気付いた千夏先輩が降りてきたようだ。
「お帰りなさい優君。お疲れ様。」
「ただいま帰りました、千夏先輩。」
荷物を自室に運び、着替えを済まし洗濯物の処理をし、シャワーを浴びる。試合が終わって浴びたけどエチケットとして再度浴びる。諸々終えてリビングで千夏先輩と話す事になった。
「今日はありがとう。いい経験になったし、思い出にもなった。」
「いえ、チケットを取れたのは母さんの強気のプッシュのお陰で俺は何も…………。」
「それでも優君があの場にいないと意味ないでしょ?だからありがとう。」
この人は感謝の言葉を照れもなく素直に口にする。律儀なのだろう。そして真面目で真っ直ぐで素直で優しいのだ。
「ならどう致しましてと言っておきます。何か飲み物を入れます。時間も時間ですしホットミルクでも入れます。」
そう言い、キッチンに向かう。小さな鍋を用意し、牛乳をマグカップ2杯分注ぎ、蜂蜜にシナモンを取り出す。
「そんないいよ。」
「気にしないでください。」
遠慮する千夏先輩を制し、作り始めると何か思い出したのか“ならちょっと待ってて”と言ってリビングを出ていった。トントンと足音がするのを察するに2階に行ったみたいだ。1分もかからずに降りてくる足音が聞こえてきた。何をしに行ったのか不思議に思っていると、手に何かの包みを持って現れた。
「じゃ〜〜ん、バレンタインなので優君にチョコをあげる。既製品だけど一緒に食べよ。」
そう言って袋を両手で持って見してくれた。日本で有名な赤い袋のお菓子だ。そんな子供っぽい仕草に笑いが漏れた。
「袋、空いてますけど?」
「え!?あ、いや、これは………。」
俺の目敏い指摘にアワアワと慌てている千夏先輩の様子に更に笑いが漏れた。
「すみません、意地悪な物言いでしたね。」
「もう………。優君って意外と意地が悪いよね。」
口元を手で覆い笑いを堪えながら謝罪すると、少し膨れた顔で文句を言ってきたが、その姿も可愛いなと思った。
「ありがとうございます。」
ちょうどフツフツと牛乳が煮えてきたので蜂蜜を入れてかき混ぜ、マグカップに注ぐ。仕上げにシナモンをパパっと振り、リビングにいる千夏先輩の元へマグカップを2つ持って戻った。
「どうぞ。」
「ありがとう〜〜。いただきます。」
家の中で暖房を入れてとはいえ、まだ2月。寒いから温かいホットミルクが五臓六腑に染み渡る。
「美味しい〜〜〜。蜂蜜の甘さとシナモンが良い仕事してるね。」
満面の笑みでホットミルクの感想を言ってくる。チョコを食べながらホットミルクを飲む。
「そういえばインタビューで秋にワールドカップがあるって言ってたけど?」
「ああ、はい。U-20ので今年の代表での目標はそこで優勝ですね。そこで活躍して今年、来年とあるオリンピックの予選に選ばれて活躍して本戦にも参加したいと思ってます。」
千夏先輩の質問に俺の中で考えている予定を話した。といっても選ぶのは監督なのでどうなるかは分からないし活躍出来るかも分からないが。
「高校サッカーでも全国は遠のいてるって言ってましたから、先ずは全国出場。目指せ全国制覇です。」
「言ったね。全国出場、全国制覇って。」
「え、ええ。言いましたけど。」
ニヤニヤしながら言う千夏先輩に困惑しながら答える。
「なら約束。絶対に全国に行くって。」
「はあ。分かりました。約束します。」
俺の答えに嬉しそうにする千夏先輩が何処か可笑しかった。
「なら千夏先輩も約束しましょうよ。今の仲間と全国に行くって。その為に日本に残ったんですから。」
俺の最後の言葉は余計なものだと言った後に思った。案の定、俺の言葉で真剣な表情に変わった。
「そうだよね。その為に残ったようなものだもんね。」
すると急に立ち上がると“ちょっと待ってて”と言い置いて何処かへ行ってしまった。パタパタと2階に上がる音が聞こえ、直ぐに降りてくる音も聞こえた。
「これあげる。」
そう言い、手を差し出してきた。手の平に一本のミサンガがのっていた。
「ミサンガ……ですか?」
「うん、そう。日本に残るって決めた時に作ったの。願掛けというか、決意を形にしておく為に。サッカーの邪魔になるならいいけど…………。」
「いえ嬉しいです。こんな願掛けしたこと無いので、何か心がワクワクします。」
「そう?なら良かった。一緒に行こう全国へ!」
千夏先輩は明るく元気よく高らかに決意を言葉にした。そんな先輩の表情に俺も覚悟を決める。
「ええ!行きましょう、一緒に全国へ!」
俺の言葉に嬉しそうに笑う千夏先輩が眩しいくらいに輝いている。
「約束です。」
そう言って右手の小指を立てて差し出した。そんな俺の指を見たあとに、“うん、約束!”と言い小指を繋いできた。
「指切りげんまん嘘ついたら……………何にする?」
歌い始めたが途中で固まり、尋ねてきた。
「何にしましょうか………アルファスタジオでハードトレでどうです?」
俺も困る。本当に針千本飲まされても困るし、飲んでもらっても困る。案を出すと賛同してくれた。
「「指切りげんまん嘘ついたらアルファスタジオでハードトレ、指切った。」」
互いに指を離すと、顔を見合わせどちらともなく笑いが溢れた。
「指切りなんて子供の時以来だよ。」
「俺もです。でもこうやって約束したからにはお互い頑張りましょう。」
「うん!」
貰ったミサンガを右足に着けると気持ちが締まったように感じる。ミサンガを着けた俺を見て嬉しそうに笑う千夏先輩に“そうだ。少し待っていてください。”と言ってリビングを出る。試合に持っていった鞄からヘアバンドを持ってくる。
「千夏先輩にミサンガを貰ったので代わりと言っては何ですが…………。趣味じゃないや付けない主義なら無理にとは言いませんが。」
「ホントにいいの?これ試合で使ってるやつだよね?」
「予備で綺麗なやつなので遠慮なく貰ってください。」
そう言って差し出すと嬉しそうに手に取り、頭に着けた。
「どう?似合う?」
「ええ、似合ってます。」
自分の足に付いているミサンガを眺めていると千夏先輩も足を差し出してきた。
「同志だね。」
「そうですね。」
こんな摩訶不思議な遣り取りが可笑しくて2人して笑う。
「行こう全国、目指せ全国制覇!」
あははと笑いながら言うと千夏先輩も乗ってきてくれた。
「いいねそれ。私達2人の合言葉だね。」
「そうですね。そうしますか。」
互いの顔を見つめると何となく言いたいことが分かった。そして自然と声が揃っていた。
「「行こう全国、目指せ全国制覇!」」
2人して笑っているが本気で目指す事を約束したのは変わらない。頑張らないとな。
「そろそろ寝ましょうか。父さん達、いつ帰ってくるか分かりませんし。」
「そうだね。」
そう言ってマグカップを千夏先輩の分も持ってキッチンに向かうとササッと洗い物を済まし、連れ立って2階に上がる。肩を並べて歯磨きをし、互いの部屋の前で別れる。
「お休みなさい、千夏先輩。」
「お休み、優君。また明日。」
寝る前の挨拶をして互いの部屋に戻った。
次は間違いなくSEEDです。
アオのハコは来月かな?暫くお待ち下さい。