次もアオのハコでいきます。次の話は高校入学です。
お楽しみに。
「大喜、匡。土曜暇ならウチでやるサッカー部の練習試合見ないか?部活は昼からバレー部と卓球部が練習試合で使うから俺達は使えないし。」
そう言って、中学の部活を引退してからずっと高校の練習に参加してる2人に声を掛けた。
「サッカー部の練習試合ですか?」
その内の一人、笠原匡が質問してきた。サッカー部の練習試合を観る事に疑問を抱いたのだろう。
「ああ、サッカー部だ。相手は千葉経大付。去年の冬の選手権ベスト4、U-17日本代表が2人いる強豪校だ。恐らく日本で5本指に入る強豪校だろうな。その相手にお前達と同い年の如月がどこまでやるか興味ないか?」
コイツらの同級生になる世界レベルの選手の実力を生で観る良い機会だ。練習は偶に休憩中に観てるがどこまで凄いかっていうのは試合を観てみないと分からないからな。
「行きます!優が強豪校相手にどうするのか気になります。」
違う競技だがトップレベルの選手を観て勉強しようとする姿勢が大喜の長所の一つだろうな。匡も興味があるようで観ると返事をしてきた
「1時にキックオフらしいから練習終わったら飯食って観戦だな。」
そう言って約束し、家路に着いた。
水曜日、千夏先輩の両親が渡米する日。朝の便で出発するので皆で見送りに向かった。鹿野家、如月家総出でだ。
母親同士で別れの挨拶をしている。男同士は連絡事項の確認をしている。仕事か何かかって………。
「知り合いの料理屋には連絡入れといたので日本食が食べたくなったら予約してください。用意すると言ってました。」
「ありがとうございます。将史さん、千夏をよろしくお願いします。」
「分かっています。お任せください。」
千夏先輩のお父さんが此方をジロリと見てきた。身も心も竦むものがあるな、この視線。
「優君もよろしく頼むよ。」
そう言って肩に手をやってきた。そしてギュッと力を入れてきた。千夏先輩とお母さんには分からないように俺に釘を刺しにきた。気持ちは分かるが不器用過ぎるだろう。
「分かっています。千夏先輩が悔いなく高校生活、バスケが出来るように協力します。」
言いたいことは分かるが、ここはそっち方面の警告に気付かない振りをしておこう。
そんな俺の様子を見て更に眉間に皺を寄せたが、何も言わず更にグッと手の力を入れてきた。
「これ。良かったら………。」
そう言って手に持った紙袋を差し出した。
「これは………?」
困惑気味だが差し出した紙袋を受け取ってはくれた。
「おかきとか煎餅の詰め合わせです。流石に機内に生物は持ち込めないので乾物系ですが。」
中身の説明をすると更に困惑顔になった。
「食材何かはアメリカでも手に入りますが、意外にこういった日本のお菓子が手に入りにくいんです。なので良かったら持っていってください。一応、半年くらいは日持ちするのを選んだので。」
「ありがとう。喜んで頂くよ。」
よく見ないと分からないくらい微かに笑ってくれた。
そして直ぐに搭乗アナウンスが流れたのでその場で別れた。
ご両親が乗った飛行機が飛び立つのを見送り、帰ろっかと母さんの合図で空港を後にした。その車内で話題は土曜日に行われるサッカー部の練習試合の話になった。
「強豪校と試合なんだって?午前練だから午後の試合観に行くね。」
千夏先輩が楽しそうに言うが練習終わりだから無理しないで休めばいいのに。
「練習終わりだから無理しないでいいですよ。」
「栄明での初めての練習試合でしょ?気になるよ。渚達も観に行くって言ってたよ!」
前の助手席に座っている母さんが後ろに振り返って会話に入ってきた。
「何、あんた?練習試合あるの?言いなさいよ!」
「いや、観に来られても………俺の分析ではボロ負けするだろうし。」
「相手はどこなの、千夏ちゃん!?」
「えっと千葉経済大学付属って聞きました………。」
興奮気味にガンガン来る母さんに俺も千夏先輩も押され気味だ。
「なら川添君に中村君がいるじゃない!」
「まあ、いるね。千葉経大なら。」
「何時から試合なの?」
「1時から。何?来んの?」
「行くに決まってるでしょ!アンタの栄明デビュー戦でしょ。必見じゃない!ねぇ千夏ちゃん!?」
千夏先輩に振ると先輩も押されっぱなしみたいだ。
「そ、そうですね。友達も観たいって言ってたので皆で観戦することになってます。」
「保護者も観戦できるかしら。バスケ部の監督ってまだメガネよね?」
「えっと………はい……。」
母さんの監督ディス含み発言に戸惑い気味に返事をする千夏先輩…哀れな…………。
「なら挨拶がてら許可取りに行くわ。千夏ちゃん、当日のお昼に訪ねるって伝えといてくれる?千夏ちゃんの事も伝えとかないと駄目だし。」
「分かりました。」
そんなこんな会話があり、母さんの観戦が決まった。父さんは接待ゴルフがあって観戦出来ないと悔しがっていた。
いつも通り6時のアラームで目が覚め、下に降りるとキッチンでは智さんがパタパタと動き回って朝食の準備をしていた。
将史さんはいつも通り新聞を読んでいた。
「おはよう、千夏ちゃん。優ならあそこに居るよ。」
キョロキョロと優君を探した私の様子を察したのか居場所を指差して教えてくれた。
確かに朝のニュース番組の声に混じって微かにサッカーの試合の声が聞こえる。隣の和室にいるようだ。ヒョコっと顔を覗かせると畳にマットを敷いて180℃開脚をしながら試合を観ていた。
「おはよう、優君。」
朝の挨拶をすると其処で気付いたのかパッと此方に顔を向け、いつものフワリとした笑顔で挨拶を返してきた。
「おはようございます、千夏先輩。よっと。」
掛け声を出して、腕を支えに一回も床に手の平以外が当たらずに倒立をした。ピンと上に向かって足を伸ばし一本の線のようになった。
重力に引かれ、Tシャツがヒラリと捲れた。引き締まった腹筋、背筋、側筋が露わになった。それを見るだけでトップアスリートの体型ってこういうものだと理解できた。肩や腕も細いのに自分の身体を支えるのに十分な筋肉が付いている。足(脚)も野生動物の様に今にも跳ね跳びそうな印象を持たせる脚だ。
バランスを取りながら倒立を止めた。
「どうしました千夏先輩?」
小首を傾げながら尋ねてきた優君に肉体美に見惚れていた私は慌てながらテレビに映った試合について質問した。
「っ、この試合って…………?」
「ああ、今日試合する相手の映像です。柔軟で身体を解しながら対戦相手をチェックしてたんです。」
「強豪校って聞いたけど勝てそう?」
私の質問に苦笑した。私、変な質問したかな?
「個人の能力差があるし、チームとしての成熟度が大きく違いますから爪痕残せればいい方かと………。それこそ2試合する予定ですがどっちもボロ負けすると思います。」
水曜日の両親の見送りの帰りに言っていた事は事実だったのかな?でも優君の実力ならどうにかなりそうだけど。
「優、千夏ちゃん!御飯用意出来たからこっちいらっしゃい!」
智さんの呼ぶ声に優君と顔を見合わせ笑顔が溢れた。2人一緒に返事をし、リビングに朝食を取りに向かった。
練習も最後のチーム内でのミニゲームに差し掛かった頃、体育館の入り口に一人立っていた。
カジュアルな服装にサングラスを掛けている。スラッとした体型からモデルと言われても納得するが此方を観察するサングラス越しの視線に放つオーラと云うか雰囲気でアスリートと直ぐに皆理解するだろう。智さんが見に来たようだ。
「こんにちは〜〜〜!」
試合が途切れたタイミングで挨拶をすると皆が気付いたのか一斉に挨拶をする。すると口元が若干緩み片手を軽く上げて応えた。そして続けてと手を前に差し出した。それに対し監督も分かったの続けろと声を出した。
一緒に休憩中の渚が顔を寄せて話しかけてきた。
「あれってバスケ元日本代表キャプテンの森川選手だよね。」
「うん。優君の栄明デビュー戦だから観に行くって言ってたよ。ついでにOGとして監督に挨拶するって。」
「やっぱり!!サインとか貰えないかな〜〜〜。」
そういえば渚って智さんのファンだったような。ポジションは違うけど憧れの選手って言ってたっけ。
「後で頼んでみたら?」
「いやいやいやいや、恐れ多いってっ………!」
「別に嫌とか言わないと思うけど………。」
そんな話をしていると控え組の試合も終わり、練習終わりの号令がかかったので挨拶をしてクールダウンを行うことになった。皆で身体のケアをしながらもチラチラと扉の前にいる智さんの様子を窺うように見ている。そんな私達の様子を見た監督は苦笑し、智さんに向かってこっちへ来いと手招きをした。
その様子に智さんも苦笑し、コートに一礼してから靴を脱いで入ってきた。監督の傍に来ると軽く談笑してから此方に来た。
「全くお前らチラチラと見やがって。知ってるやつも多いな。この栄明高校OGでバスケ元日本代表キャプテンで五輪銅メダリストの森川智子だ。今は結婚して如月になっているが。」
「OGの如月智子です。活気があって頑張ってる貴方達を見れて嬉しかった。全国出場、全国制覇目指して頑張ってね。応援してるから。」
「「「「「「「「「はいっ!!!!!」」」」」」」」」
智さんの応援に皆顔を見合わせると自然と声を揃って返事していた。
解散すると皆が一斉に智さんに群がった。握手やサイン、写真をお願いしている。渚もさっきまでビビってたのに。そんなチームメイトのお願い攻勢を捌き切るとお昼にしようと誘ってきた。
午後からのサッカー部の試合を観るためにお昼を持ってきた組が監督にお願いして借りた一室で取ることになった。
智さんにバスケの質問をすると、丁寧に真摯に一つ一つ答えてくれた。話は昔話に移り、監督の話になった。今でこそ埼玉県で唯一の全国制覇監督として名を馳せているが自分の頃は新米監督で、小中と全国制覇した智さんと話し合いながらチーム戦術やチーム運営をしたこと。私のお母さんやチームメイトに支えてもらえたからキャプテンが務まった話を面白可笑しくしてくれたお陰で和気藹々のランチ会になった。
智さんはゼリー飲料で済ましてるのが気になったので聞くと、いつもこれらしい。
それから話はこれから行われる試合に出る予定の優君についてが話題になった。
「それにしてもお子さん。優君凄いですね。日本代表だなんて。しかも飛び級でですよね?」
そう言って渚が褒めると智さんは苦笑した。
「大変よ、あそこまで突き抜けると………。海外遠征に合宿、FA…ああイングランドのサッカー協会の強化施策の参加、サッカー雑誌のインタビューや写真撮影、国際大会にトップチームと下部チームの練習参加。何より面倒なのが国内外問わず引き抜き交渉がひっきりなしに来ることよ!!」
指折り面倒な事を数えていたが、最後に辟易顔で吐き捨てる様に言葉を溢した智さんに驚きつつも何も言えずにいた。
「何時だろうが関係なく電話やメールやら入れてくるのよ、マジで!!真夜中でも関係なくガンガン!!代理人雇ってそっちに連絡が行くようにしたから落ち着いたけど………はぁ〜〜。優が代表になって良かったことと言えば前の試合みたいにマン・オブ・ザ・マッチになってスポーツ飲料と賞金持って帰ってきてくれること位かしら?ここ数年、ドリンク買ったことないのよ。」
昔を思い出したのか深い溜め息を吐いた。哀愁が漂う溜め息だった。話も落ち着いた所で時計を見ると1時前だったので、そろそろ行こうか声がかかり、皆で準備をして向かった。
一試合目に出るメンバーは両チームともベンチ前でミーティングをしている。残念ながら俺は一試合目の後半と二試合目の前半に出る予定なので、外れた所で股関節や膝関節、足関節を重点的に解している。
今日の審判は選手やコーチではなく正式な審判資格を持った人がやってくれるようだ。
「ゆ〜〜〜〜〜う!!」
そんな事をつらつらと考えていると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。来ると分かっていたが本当に来ると溜め息が出そうだ。
近くまで歩いてフェンス越しに向かい合う。
「何?」
「アンタ、いつ出んのよ?」
こういうストレートな所、我が母親ながらどうしたものか。
「一試合目の後半と二試合目の前半。」
「アンタ、無様な姿だけは見せないでよね。」
「その応援か発破かけてるのか分からんセリフ何よ………。」
俺は呆れながらその場を後にした。
「まあボチボチ頑張るよ。」
そう言って後ろに手を振りながらその場をあとにした。
前半が始まって半分が過ぎた。結果だけ言えば3対0で栄明が一方的に負けている。スコアでいえば3対0だが試合内容でいえば5、6点取られていてもおかしくない内容だ。
「まさかここまで点差が開くとはな………。」
「一方的に攻め込まれてる。ろくに攻めの形が作れていないな。」
「クリアが精一杯でサンドバッグ状態ですね。」
大喜も匡も一方的な試合展開を端的に評した感想を漏らした。
「前からのプレスに後ろがしっかりと連動し、どちらかのサイドに追い込み漁の様に追いやられてるんだよ。例えば右サイドに追い込むと決まったら順々に嵌めていき、逆サイドの左サイドのケアは置いといて右サイドと中央を厚くケアしてんだ、ほら。」
今の状況を適切に解説するとなるほどと感心した声を2人は漏らした。
「そしてボールを取ったらゴール前に目掛けて放り込む。そこにいるのは世代別日本代表のFWの川添だ。」
俺の言葉通りに千葉経済大学付属の右サイドがボールを奪取するとシンプルにアーリークロスを上げる。それに絶妙なタイミングで抜け出した川添が難なく決めて4点目だ。
沢城も攻撃的ポジションの選手なのにズルズルと下がる守備陣をフォローする為に下がり目のポジションを取らざるを得ず、今の所攻撃では何一つ出来ずにいる。
千葉経済大学付属のフォーメーションは3CBに1DMF、2CMF、2SMF、1OMF、1CFWだ。
沢城にボールが渡ってもDMFの中村とスリーバックの誰かがプレスを掛け、CMFの2人とSMFの2人の誰かが素早いプレスバックで挟み込んで何もさせず、ボールを奪取して攻撃を続けている。
攻められ続けた前半がやっと終わった。相手はあれだけ攻めて4点しか取れなかったと不満げだな。
後半から如月が出るのかヘアバンドをしてユニフォームも着替え始めた。ここまで一方的な展開の試合でアイツに何が出来るのか見させてもらうか。
「ハ〜〜イ、トモ!」
後ろから私を呼ぶ声がした。振り向くと見知った壮年の男性がスーツを着て近づいて来ていた。
「デイビッド!貴方、よく学園に入れたわね?」
優の前の所属チームの極東スカウトのデイビッドだ。わざわざ観に来たのね。相変わらず良い鼻をしている。練習試合の情報をどこからか入手したのだろう。
「私は世界的クラブのチーフスカウトだよ。クラブのサイトにも顔が載っているし、身元保証をちゃんとすれば問題ないさ。」
「優を観に来たの?」
「勿論そうだ。彼の希望で契約解除し、日本に帰ったとは云えウチのチームの大黒柱だった選手だ。そして3年後口約束とは云え戻ると言ってくれた彼の状態のチェックは私の大事な仕事の一つだよ。」
「ご苦労ね。でも今日は見所ないかもしれないわよ?一方的にボッコボコにやられてただけだから。」
私の正直な所感にデイビッドは苦笑を浮かべた。
「分かっています。しかし優ならある程度の見せ場を作ってくれるのでは期待もしています。これは私の贔屓目でしょうか?」
本当に期待している顔で私の顔を覗き込んできた。そんな彼の視線に取り合わず前を向くと逆側から千夏ちゃん達女バスの子が不思議そうに私達を見ていた。
優の前の所属チームのチーフスカウトだと教えると凄いと騒ぎたった。センターサークルで川添君と話している。拳を当て合っている。
「何故君の母校に優を入学させたんだい?」
不意にデイビッドが尋ねてきた。彼を横目で見ると彼も顔を正面に向けながら横目で私を見ていた。
「優に聞いたら君とマサフミの母校で強い方を選んだと言っていた。君なら自分の母校のサッカー部がどれくらいの実力か分かっていたはずだ。何故弱い高校に息子を入れたんだい?」
真剣な声音と口調で聞く彼にはこの選択が理解できないようだ。まぁ、確かに普通ならそうだろう。前の所属チームからだいぶ格落ちするチームだ。それこそ冬の選手権優勝校の青森津軽や目の前の千葉経大もかなり落ちるがその2校の方がよっぽどいいだろう。
「あの子は今まで世界トップクラスのチームで過ごしてきた。そして対戦相手も世界トップクラスの人ばかりだった。イギリスに行ってからサッカーを始めた素人が追い付け、追い越せと死に物狂いでやって来て今がある。今度はあの子が下の子を引っ張り上げる経験をするべきだと思っただけよ。」
「優に悪い影響があるかもしれないぞ!代表に選ばれなくなるかもしれない!?」
「あの子はそんな軟じゃないし、向上心を失くすような子じゃないわ。」
非難めいた視線を向けてくるデイビッドが可笑しくてつい笑ってしまった。
「日本の諺に獅子は我が子を谷に突き落とすというのがあったな?それか?」
「まあそうかしらね。その諺、中国のだけどね。日本に獅子いないし。」
肩を竦めながら言うと、デイビッドが溜め息を吐いた。
「優が私の期待通りかそれ以上の成長をしてくれる事を神に祈るよ。」
後半もロスタイムに入った。後半だけのスコアでいえば1対0で接戦だ。優が攻守に渡って貢献している。守備では水際で得点を防ぎ、攻撃ではボールを相手に取られることなくキープして味方の休む時間を作っている。隣の針生先輩も厳しい表情で見ている。針生先輩が言うには優が孤軍奮闘している状態らしい。優がボールをキープする事で相手のDMFの世代別日本代表と他2人を引き連れてサイドに流れ、4人目が来た所でボールを放す。
それによってゲームが落ち着いてるのは良いことだが、普通なら攻めに出ないといけない所で何も出来てないから点を大量に取られてないだけマシだが前半と大差ないらしい。
今もあわやって所で優が身体を投げ出してクリアした。相手チームのコーナーキックになったからまだピンチが続く。
ゴール傍のボトルを手に取り、頭から水を被っている。ザッと両手で掻き上げ、水気を取り大きく息を吐いている。
そしてキーパーと何か話している。終わると此方を向いて指笛を鳴らした。そして右手の人差し指を宙に掲げた。
………?何かの合図か?
笛が鳴り、蹴られたコーナーからのボールをキーパーが前に出てパンチングした。セカンドボールを優がいち早く拾った。相手も取りに来ていたがトラップと同時に相手を躱し抜いた。そのままスピードをグングン上げていく。ずっと優のマンマークをしていた選手が前に立ち塞がるも、スピードを落とさずボディフェイントを使い右横を抜く振りをし、相手が脚を開いた瞬間に股抜きをして左から抜いた。抜かれた相手は頭は反応しているが身体がついてきていないのか後ろを振り向こうとした瞬間に崩れ落ちていた。
センターサークル付近の最後の一人も右を突破するとみせてからクルリとルーレットで鮮やかに躱して独走態勢に入った。ペナルティエリアに入るとキーパーがスルスルと前に出てきたが、シュートフェイントであっさり躱して無人のゴールに流し込んだ。味方ゴールエリアから独走の圧巻のゴールだ。
上の服を脱ぎ、上半身裸になりバレンタインデーの試合にテレビで見たゴールパフォーマンスをしている。
上半身の鍛え上げられた肉体に息を飲んだ。俺も自分で言うのも何だが鍛えてる方だが優のはスポーツカーの様に芸術品の様に美しいのに、実用性を感じさせ、躍動感や加速性能が分かる見た目だ。
「あれ、多分如月の母親だな。昔テレビで見たことある。」
そう言って針生先輩が一人の女性を指差した。千夏先輩と並んで立っているサングラスをしている女性の事だろう。
千夏先輩や周りの女バスの人に話しかけながら笑っている。周りも笑っているから何か面白い事を話しているのは分かった。
その時、ピーーーーーと大きく笛が鳴らされた。何だと鳴った方を見ると審判が胸ポケットからイエローカードを優に出していた。
「まあそうだろうな。ルールでイエロー出るの明記されてるから。」
優は肩を竦めながら笑っている。母親は優を指差して爆笑している。千夏先輩達も笑っている。
そして試合終了のホイッスルが鳴った。一試合目は5対1でウチが完敗の結果に終わった。
二試合目は両チームとも控え組のメンバーで試合を行った。前半は優がいるにも関わらず控え組の層の厚さで3対0で大差をつけられた。後半は優が交代で退き、守備で抑えが利かなくなり5点入れられ、結局スコアは8対0で完敗に終わった。
優個人としては光る所を魅せることは出来たがチームとしては見るも無惨な結果になった。
夏の大会迄にあそこまである差を埋めることが出来るのか不安になると同時に優がどうするのか期待している自分もいる。
二試合目のハーフタイム中に着替えとクールダウンを済ませた優君が監督と一言二言話してからピッチから去っていった。傍の手荷物から財布を取り出していたから飲み物を買いに行ったのだろう。何か一言言おうと智さんや皆にちょっと離れると言って優君の後を追った。
確かこっちに行ったよね?なんて声を掛けよう………?ドリブルからの得点が凄かったかな?ユニフォーム脱いでイエローカードで皆笑っちゃったかな?チームは大敗してるから何て声を掛けたらいいんだろう…………。悩みながら歩いていると声が聞こえてきた。
「何でこんな高校を選んだ?」
「日本に帰ってきて何が良かったって抹茶ラテが飲めるって事だな。」
「おいっ!」
硬く冷たい口調で厳しい事を言っている声が聞こえた。それを感じている筈なのにのほほんとした口調で見当外れの返答をする優君。
「分かった分かった。巫山戯るのはもう止める。」
「ウチや青森、静岡、近江、鹿児島、他にも全国に強豪校がある。それなのにお前が選んだのは県予選すらも突破出来ない高校だ!」
「俺はこの栄明で全国制覇するつもりだよ。」
「舐めてんのか!?」
「至って真剣。」
「あの戦力でか?まだ高校入ってないんだったら問題ないだろう?ウチに来い。お前を攻撃に専念させる奴もお前の感性に応えれる俺もいる。お前の能力を発揮させるのは日本ではウチしかない。」
「ちょっと前なら考えただろうが、今は迷いは一切ない。俺はここで全国制覇を果たす。」
「無理だな。あの面子、ウチでレギュラー組に入れるのは一人もいない。控え組にセンバのキャプテンぐらいだ。お前も理解してるんだろ?それでもか?」
「約束したんだ。ある人と……栄明で全国制覇するって。約束は破れないよ。」
「そうか、なら全国に出てこい。俺達がお前のその甘ったれた考え、圧し折ってやる。」
「分かった。」
そこで話が終わったのか相手チームの人が別れ、此方に来た。急いで物陰に隠れた。
私との約束が重荷になっているのか余計な約束をしてしまったのかと、心を一抹の翳りが覆った。
夜、すき焼きを食べた。智さんが言うにはずっと海外に居たから日本食を順々に食べたいそうだ。これは将史さんも同じで、どうしても海外だと手に入る食材が限定されるから作れないのが多いらしい。
千夏ちゃんが居るから豪勢にしてる訳ではないと、ハッキリ言われた。日本食絡みの智さんの面白話で2年ぶりに日本に帰ってきた時に空港の蕎麦屋で天ざるを食べて感極まって蕎麦啜らずに鼻水啜りながら涙を流したって優君が教えてくれた。
“余計な事を言うなっ!”って怒って優君の脛を蹴ったが、智さんの指が負傷した。脛も鍛えているようで蹴った智さんが痛がっている。そんな様子を笑ってしまった。
ウチはお父さんが寡黙な人で食卓に笑いが起こるって家じゃなかったから、この雰囲気が楽しい。
食事が終わると将史さんは晩酌をするから先にお風呂入りなさいと言ってもらったので先に入った。上がりましたとリビングに入って言うと、優に入るように伝えてと智さんに言われたのでリビング横の和室に行くと、大画面のテレビに多分今日の試合を映像が流れていた。机が出してあり、その上にノートを置いてある。頬杖を突きながら何か書き込んでいる。
“優君”と声を掛けると、パッと気付いて此方に顔を向けた。そして私を確認すると、いつものフワリとした笑顔を向けてくれる。
「智さんがお風呂に入りなさいって。」
「分かりました、ありがとうございます。」
そう言ってノートを閉じ、映像を止めた。
「さっきのって…………。」
大敗って言っていい内容の結果だったから尻すぼみになった。
「ええ、今日の試合です。」
「そう…なんだ……。」
あっけらかんと言う優君。あまり気にしてないのかな?
「負けました。完敗です。千葉経大、映像で見たことはあったんですが、実際やってみると強いですね。多分冬のトレーニングも怠りなくやっていたんでしょう。プレスの速度と強度が想像を上回っていました。」
儚げな笑顔を浮かべた。チームとしての力の差をまざまざと見せ付けられたからだろう。
意を決して言わないと、そう思って口を開こうとした。
「あのっ…!」
その私の頬に手をやり、親指を唇に当てて言葉を発するのを防がれた。
「心配しないで下さい。俺、今ワクワクしてるんです。こういった約束ってした事がなかったし、前のチームはめっちゃ強かったから下から這い上がるっていうの知らなかったんです。で、そういうのを経験するべきだって尊敬する先輩からも言われてたんです。今まではチームが強かったから個人で追い付け追い越せだった。チームでも経験するべきだって。なので俺の心を萎えさせるような言葉は言わないでください。」
目が爛々としてヤル気が満ち満ちている。
「次に失礼な事を言おうとしたら、千夏先輩のその唇を唇で塞ぎますからね!」
「ええっ!!!!!」
優君の発言に驚いて声を上げると笑い出した。
「アハハハハハハハッ。冗談ですよ。さて風呂に入りますかね。よっと。」
そう言って立ち上がって出て行った。顔か頬が熱い。赤くなっているのが感じ取れたので、もう暫くここに居よう。