ARMORED CORE VI The Warden of Rubicon 〜もしも、惑星封鎖が完遂しハウンズが惑星封鎖機構に入隊していたら〜 作:助兵衛
惑星ルビコン3──かつて「アイビスの火」と呼ばれる破滅を経験したこの星は、今や沈黙の中に閉ざされている。エネルギー革命の鍵として注目されたコーラルは、その無限の可能性と引き換えに、未曾有の災厄を引き起こした。だが、この世界では、企業間の争奪戦によるさらなる破壊は、起こらなかった。
起こさせなかった、惑星封鎖機構の名にかけて。
災害の直後、惑星封鎖機構が迅速に介入。ルビコン調査技研の廃墟からコーラルに関するあらゆる資料と技術をサルベージし、その利用を徹底的に禁じ、またその危険性を全宇宙に向けて周知させた。機構の手はルビコン3の隅々にまで及び、外部からの介入を試みる企業や勢力の影響力は封じ込められた。封鎖は完全だった。争奪戦の火種は踏み消され、戦場となるはずだったルビコン3は、静寂の中で眠りについた。
だが、その静けさは平穏ではない。惑星封鎖が完遂されたこの「もしも」の世界で、コーラルの脅威は確かに抑え込まれた。しかし、その根本的な性質は未解明のまま、封鎖された星の奥底で脈打ち続けている。
一部の高官たちはコーラルをただの危険物と見なさず、その未知の可能性に目を向け始めていた。そして、ルビコン3に派遣される新たな監視者は、この静かなる危機の渦中に足を踏み入れることとなる。
惑星封鎖機構の所有するルビコン3衛星軌道基地──広大な白い鉄壁と無数のランプが点滅する無機質な空間は高精度の監視システムと自動化された防衛タレットが配備され、惑星封鎖機構の象徴ともいえる厳重な管理体制を誇示していた。ここに配属される者は全員、封鎖を守るために選び抜かれた精鋭たちである。
衛星軌道基地のメインハンガーは、冷たい白光に包まれた無機質な空間だった。巨大な格納庫に整然と並べられた機材や装備、規則的に行き交う兵士や技術者たち──それら全てが、この場所が惑星封鎖機構の要であることを物語っていた。
そんなメインハンガーに、誰かを待つかのように落ち着かない士官が立っていた。時折通信端末を気にしては、開かない格納庫のハッチを見詰めている。
暫くそうしていると、一隻のシャトルが滑るように降下してきた。白い外装には封鎖機構の紋章が刻まれ、機密任務を帯びた者が乗っていることを示していた。ゆっくりと開くランプから、異様な姿をした一人の女性が現れる。
彼女は、搭乗した車椅子を操作し、ゆっくりと格納庫に降り立った。
痩せ細ったその身体は骨と皮だけと言っても過言ではなく、どこかガラス細工のような脆さすら漂わせている。白い髪が細い肩に無造作に垂れ、血のように赤い瞳が周囲を見渡しても、そこに感情の光は一切ない。彼女の姿は生気を感じさせるものではなく、むしろ機械のような冷たさと無機質さが漂っていた。
彼女は第4世代強化人間、その名をC4-621。脳深部コーラル管理デバイスによって神経系を強化・最適化した彼らは余計な機能は削り落とされ、凡そ人間らしさというものを失っているとされている。
C4-621を出迎える任務を帯び待ち構えていた士官は、彼女の様子を見て噂があながち間違ってはいない事を悟った。
士官は、C4-621を一瞥し、何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。その異様な姿を目にした瞬間に、彼女がどんな存在かを理解したのだ。彼女の動きは滑らかでありながら、どこか機械的で、肉体の衰弱と神経系の異常な最適化が奇妙な調和を生んでいる。第4世代強化人間──その冷徹さと効率性を象徴する存在。それが彼女だった。
「……着任を確認した。今からお前を直属の指揮官に引き渡す」
士官は平静を装って声を出し、車椅子を操作する621を見下ろした。だが彼女は何も応じず、代わりに腕に装着されたコンソールを操作する。「了解」とだけ表示された簡潔な応答が士官の端末に送信される。
士官は思わず嫌悪感で眉をひそめた。
自分が出迎える新兵が人間離れしていることを悟っていたものの、目の当たりにすると、その冷たい無機質さにどこか戦慄を覚える。
「あのハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな……これも巡り合わせだ、仲良くやろう」
彼は振り返り、メインハンガーの出口へと向かう。621は何の反応も示さず、淡々と車椅子を動かして後に続いた。基地の廊下は広大で、白とグレーの無機質な壁が果てしなく続いている。自動化されたドアが音もなく開閉し、周囲を行き交う兵士や技術者たちが二人に視線を送るが、皆すぐに目を逸らす。621の存在が、それだけ異質だった。
やがて二人は大型エレベーターに乗り込む。士官は静かに操作盤を触れながら、ようやく口を開いた。
「お前の指揮官となるのはグレイ執行上尉だ。彼はここでの監視部隊の実戦指揮官であり、この基地の中でも最高レベルのアクセス権限を与えられている」
621はその説明を聞いても何の反応も示さない。ただ、コンソールに手を添えたまま、エレベーターの床を見つめていた。
「グレイ執行上尉は……少々癖のある人物だが、優秀だ。お前も自分の仕事を全うしていれば問題はないだろう。金が欲しいのなら、猟犬らしく夢中に働け」
そう言いながら、士官はちらりと彼女を見た。冷たく沈黙したその横顔からは、彼の言葉が届いているのかさえ分からなかった。
エレベーターが停止し、扉が静かに開くと、二人は上層区画の一室へと通された。その部屋は標準的な指揮官室で、白い壁にモニターディスプレイと書類ラックが整然と配置されている。室内には一人の男性──グレイ執行上尉が待っていた。
彼は薄い銀色の髪を持つ鋭い顔立ちの中年男性で、戦闘用スーツの上に羽織った黒いコートが目を引いた。彼の鋭い青い瞳が、621に向けられる。
「申告」
グレイ執行上尉の鋭い声が、静寂に満ちた指揮官室に響く。その言葉は威圧感を伴い、彼の性格をそのまま物語っているようだった。
621は、彼の命令を受けて車椅子を動かし、一歩前に進み出た。その動きは滑らかで無駄がないが、どこか危うさを感じさせるものだった。痩せ細った身体がかすかに揺れ、骨ばった手が車椅子の操作パネルに震えるように触れている。
彼女は一瞬だけ顔を上げ、グレイ執行上尉の鋭い目を受け止めた。だが、その紅い瞳には何の感情も浮かんでいない。ただ機械的な無表情がそこにあった。
「申告せよ」
グレイが再び命じた。少しだけ強い口調になったその声には、明確な試す意図が含まれている。
621は小さく頷き、車椅子から体を軽く浮かせようとした。その細い腕と脚に力を込め、礼式に則った申告の動作を試みる。だがその動きは危うく、全身が小刻みに震えていた。
「……ッ」
彼女の身体がわずかに崩れかけるのを見た士官が、一瞬手を伸ばそうとしたが、グレイがそれを制止するかのように手を上げた。
621は誰の助けも借りず、再び車椅子に戻りつつ、コンソールを操作し始めた。画面には静かに文章が表示される。
『C4-621、第4世代強化人間。惑星封鎖機構、ルビコン3衛星軌道基地監視部隊への着任を報告』
それを確認したグレイは、わずかに眉を上げた。そして冷たく笑みを浮かべる。
「なるほど。礼式を重んじているが、効率を優先する。さすがはウォルターが送り込んだ傭兵だ」
グレイは621を見据えたまま、一歩近づいた。彼の目には冷徹な分析の光が宿っている。
「俺の指揮下では、無駄な行動は許されない。お前がその脆い身体でどこまでやれるかは分からんが──ここでは結果だけが評価される。分かったな?」
621は黙って頷くと、再びコンソールを操作した。『了解』という文字が端末に表示される。
グレイはその反応に満足したように頷き、椅子に腰を下ろした。
「では、初任務に取り掛かれ。詳細はお前の端末に送信済みだ。監視任務だが、軽いものではない。封鎖の崩壊を望む連中が現れれば、ただちに排除しろ。それがお前の、猟犬の役割だ」
再び短く頷いた621は、車椅子を操作しながら部屋を後にした。その背中にはどこか不安定さが漂っているが、それを意に介する様子はなかった。
部屋の扉が閉じると、グレイは端末を閉じ、低く呟いた。
「……まるで幽霊だな。ウォルターの猟犬は相変わらず興味深い。先任の3人は、まだ人間味があったんだがな」
冷たい空気が漂う部屋の中で、グレイの独り言は、すぐにその静けさに飲み込まれて消えた。